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    fuyukichi

    @fuyu_ha361

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    fuyukichi

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    100日後にくっつくいちじろ26日目


    「兄貴、おつかれ!」
    「おわっ、二郎か……!」

     夕方の依頼であった犬の散歩を終え、飼い主宅へ引き渡しをした直後。依頼人宅の門を出たところで声をかけられ、珍しく驚いて肩を跳ねさせた一郎。一方で悪戯が成功したように笑いながら駆け寄ってくる二郎は学校帰り、制服姿だ。

    「もうこのまま家帰るっしょ?」
    「おう、二郎はちょい遅かったんだな。サッカーか?」
    「いや、その……補修」
    「……まーた赤点か?」
    「う……抜き打ちだったんだよ。やむを得ないよ」
    「得なくねえ」

     あほたれ、とドアをノックするように裏手で二郎の頭を小突く一郎。
    後ろからバタバタと軽い足音が近づいてきて、小学生が「B.BとM.Bばいばーい」と走って二人を追い越した。「気を付けて帰れよー」と返事を返してやる。平和な夕暮れだった。

    「あれ、一郎君?」

     今日の夕飯はお裾分けで貰って冷凍してあったコロッケにするか。そんな提案をしようとした時、鈴の音が転がるような声が聞こえた。一郎の足がピタリと止まる。次いで二郎も足を止める。すると、正面から大学生らしき女が顔を綻ばせてこちらへ手を振っていたのだ。誰だ?二郎は目を細めて彼女を見る。

    「偶然だね、まさかこんなところで会えるなんて」

     嬉しそうに頬を染め、前髪をちょいちょいと直しながら彼女はヒールを鳴らして二人の前まで来た。黄色いフレアスカートがひらひら揺れて可愛らしい。黒髪に垂れ目。先日、一郎がひったくり犯から鞄を取り返した被害者だった。
     別に何もやましいことはないはずだ。なのに一郎は何故か背中に変な汗をかいて固まっていた。目の前に現れた彼女より、隣にいる二郎の表情が気になってしまって意識がそちらにいっている一郎。口角を引き攣らせながらなんとか乾いた喉を開く。

    「あ、ああ……今、帰りで」
    「そうなんだ。あ、私、家すぐそこなんだ。ちょうどこの前見つけたんだけど、そこの角のご飯屋さんが美味しかったから、今度一緒に行くお店、そこでもいいかな?」
    「いや、あー……」
    「あ、ごめんなさい。弟さん一緒だったのに呼び止めて……」

     こんにちは、と花がほころぶように微笑んで二郎に挨拶をする彼女は決して悪い人間ではない。ただ、一郎にとって今、最も『不都合』な相手であった。たらり、謎の汗が背中を伝う。二郎はといえば「どうも」と短く返事をして僅かに会釈を返した。

    「じゃあ、またメッセージするね」

     また、と手を振って彼女は反対方向へ向かっていった。
    その場に残された兄弟。一郎は我にかえったように慌てて口を開いた。

    「この前、ひったくり捕まえたんだけどさ、その被害者の人で鞄返したらお礼したいって。ハハ、律儀な人だよな」
    「そうなんだ……」

     二郎は兄を見て「へえ」と相槌を打つと、再び歩き始めた。一郎も追いかけるように踏み出して、さらに言葉を続ける。

    「すぐ警察行ったみたいなんだが俺はその後まで同行しなくてな。一応連絡先受け取ってたから大丈夫だったか聞いたんだよ」
    「さすが兄貴」
    「い、いや……ンなことねえけど……」

     なんだか自分の功績を自慢して褒められ待ちのようなことを言ってしまった。一郎は尻の座りが悪そうに頭の後ろをかいた。すると二郎がぽつりと呟く。

    「でもさ」
    「ん?」

     まるで浮気してきた男が嫁の機嫌をうかがうかのように、即座に反応し、二郎の顔を覗き込む。すると二郎は兄へ視線は向けずこう言った。

    「兄貴がその後も個人的に連絡するなんて珍しいね」
    「いや、それは」

     “どことなくお前に似てたから”などと口が裂けても言えないことであった。珍しく言葉に困り、返答に詰まっている兄を見て二郎は笑いながらその広い背中をバシンと叩いた。

    「別に責めてないって!なにその顔!」
    「いや……なんつうか……」
    「兄貴、爆モテで、女の子の知り合いも沢山いるだろうし。気になってる子のひとりや二人いたって全然ヘンじゃねえよ」
    「別に気になってるワケじゃ……」
    「照れんなよォー」

     にしし、とどこか茶化したようなことを言って中身があまり入っていない鞄を背負い直した二郎。……あんまり気にされてないんだな。さっきまで焦って謎の弁解めいたことを言っていたのに、二郎の発言ひとつで一郎は、ずんと胸が重くなった。しかし。

    「……」

     ふと二郎の表情を盗み見たとき。その表情が曇っていたのだ。さっきまでの明るい声は無理に出していたかのように影を落として、どこか置いてけぼりにされた子供のように暗い表情。……きっと兄を取られる、という弟としてのフクザツな心境なのだろう。一郎は頭でそう理解しつつ、落ちた気分がぐんと上がるのを感じた。さっきからとんでもなく気分が昇降を繰り返している。

    「……今日の夜はコロッケにするけど、味噌汁なにがいい?」
    「コロッケ!やった……んー……ジャガイモと玉ねぎは?」
    「ポテトコロッケだから芋かぶるぞ……」
    「あ、そっか……じゃあなめこは?」
    「あー、いいな。なめこだけ買ってくか」

     さっきまでのペースに会話を戻した一郎。同時に内心では、彼女には悪いが、食事は断って、もう連絡は取らないようにしよう。そう決めたのだった。


    2024.11.18




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