100日後にくっつくいちじろ37日目
「これより報告会をはじめる。まず二郎」
「はい、報告します。何の成果も得られませんでした」
「じゃあ次、三郎」
「はい……すみません、悔しいですが横の低能に同じです」
「そうか……じゃあ最後、俺だな。俺は……」
一郎は目を閉じて腕を組むと静かにすうっと息を吸い込んだ。
「っいやー、ぜんっぜん駄目。全滅」
「溜めたねぇー」
「はあ……結構特徴的だし余裕だと思ったんだけどな」
コタツを中心にして三人はガクリと肩を落とし、カーペットの上でぷうぷうと腹を上下させて寝ている猫の丸い背中を見ながら溜息をついた。
昨日、二郎が保護した迷子猫。綺麗な黒と白のはちわれ柄で、毛並みも上等。肉付きも悪くないし、ターコイズ色という特徴的な首輪もしていたので、まァ今日にでも見つかるだろうと三人は高を括っていたのだ。しかし、一郎がそのテの伝手へ片っ端から電話しても、二郎が町中で聞き込みや探し猫のポスターをしらみつぶしに探してみても、三郎があらゆるネットワークを探してみても手がかりはゼロだった。
「イケブクロ内じゃねえのかもな」
「イケブクロ以外の東都エリアに広げて探しましたがそれでもヒットしなかったですよ……僕の予想は、イケブクロ以外のエリアで、尚且つネットに明るくない高齢者だと思います」
「ああー……なるほどな」
「んじゃあ俺、もう少しエリア広げて足で探してみるわ……」
「飼い主は心配してるだろうが、俺達が焦っても仕方ねえし、まあ地道にいこうぜ」
幸いにもあまり好き嫌いなく、とりあえず近所のペットショップで勧められるままに買ってきたキャットフードを食べてくれているし。一応、獣医に診てもらったが問題なさそうだった。預かっておいて何かあったら事だしな、という一郎の判断だ。
「とりあえずうちで預かってる間の名前決めませんか?」
「ああ、いいな。何にする?」
「そうだなあ……11月だし、サジタリアス・オリオン・スターなんてどうです?」
「長すぎ長すぎ」
「サジ……って何だよ」
「サジタリアス。いて座のことだよ。今の時期は星座で言うと、いて座だし、空にはもうオリオン座が出てる時期だしちょうどいいだろ」
「分かりにくすぎだろ……」
素敵ね。一郎は三郎の独特なセンスを微笑ましく思いながら頷きはしたものの、毎回その長い名前を呼んでいられないこともまた事実であった。うーん、と考えながら猫に目をやると、首輪に何かの文字が印字されていることに気付く。少し身を乗り出して確認すると。
「首輪に “H” って入ってるぞ……」
「Hですか……」
「あ、分かった。ハチじゃね?」
「それじゃ犬だろ」
「何でハチだと思うんだ?」
「はちわれだから」
「まんまだな」
その後も会議は続いたが、最終的に『H』だし拾ってきたのは二郎だし、二文字で短くて呼びやすいのでハチに決まった。すまん、三郎。ハチは三人の視線を受けて『何だよ』とでも言いたげに身を捩って二郎へ近寄ってきた。
「つかこいつメス?オス?」
そう言って猫の体を覗き込む二郎。その覗き込んだ態勢のまま「あ、キンタマついてるからオスだわ」と回答を口にした。男所帯にまた男か。
「一郎、二郎、三郎ときてハチ……随分飛んだな」
「そんな馬鹿のところにいると低能が移るぞ。こっちおいでハチ」
「んだとクソガキ」
「はは、ちゃんと来た」
僕の言葉が分かるのか?と語り掛けながらハチを膝に乗せる三郎。一郎はスマホを構えた。弟が可愛いからである。
「俺、学校でも心当たりのある奴いないか聞き込みしてみるよ」
「仕方ないから僕も来週そうするよ」
「明日、俺も仕事先で聞いてみるからな」
「だってさ。一兄と僕がいるから心配いらないぞ」
「おいナチュラルに俺を抜くな」
憎まれ口を叩きつつも楽しそうにハチへ話しかける三郎。そんな末っ子と猫の姿を眺めながら兄二人は顔を見合わせて微笑ましく笑った。
「そういえば僕、一応猫じゃらし買ってきたんです」
「え、まじか」
「い、一応ね。ストレスとかにならないために」
持ってくる。そう言って立ち上がり部屋へ向かった三郎。
「あいつ……まじで猫とか好きだよね」
「はは、かわいいなーさぶちゃん」
とん、とコタツの中で足が触れ合う。一瞬どきっとして顔を上げると、二郎が「ねえねえ」と二人だけなのに何故か小声で兄に少し身を寄せた。
「な、なんだ?」
「あいつ、飼い主見つかったら泣くんじゃね?」
「これまでそんなことなかったけどな……保護期間が長引けば三郎も余計に寂しいだろうし。ハチのためにも三郎のためにも早く見つけてやらねえとな」
「そうだね……」
ふう、と息を口をすぼめて息を吐き、服の胸のあたりをつまんでパタパタと風を送ると「コタツ暑いの?」と二郎が笑ったのだった。
2024.11.29