100日後にくっつくいちじろ42日目
「うりうり、おー、わァったって。ハハ」
立てた膝の上に乗せた猫と戯れる二郎 in da コタツ。平和すぎる光景を眺めながら一郎は出力したお歳暮のチェックリストを確認していた。
「……この光景、WEB会議の背景にしてぇ」
蚊の鳴く声よりも小さく口の中で呟く一郎。二郎は全く気付かないまま、ハチとイチャつく。
「ねえ兄貴、俺の待ち受け見て」
「ん?ああ、ハハ、可愛いな」
二郎が見せてきたスマホのロック画面。ハチが窓辺でこちらを向いている写真だった。
飼い主が見つかって離れ離れになる時、玩具を買ってきたり一番構ってる三郎が酷く落ち込むのではないかと心配している割に、二郎もすっかり愛猫として接している。
「登録してる飼い主探しサイトでも連絡こないよね」
「ああ、自分の猫かもって確認も意外と来ないよな」
「似てても、やっぱ首輪が特徴的だからかな」
「それはあるかもな」
お前どっから来たんだよ、まじで。
そう言って額を擽りながらテーブルにあったコーラへ二郎が手を伸ばし、ハチと二郎の距離が縮んだ。そのとき。
「うあっ」
「!」
ハチが二郎の唇をペロリと舐めた。驚いて声を上げる二郎と、それをバッチリ見ていた一郎。
「猫に舐められたのはじめてかも!犬はあるけど…え、可愛いー…おま、可愛いな!」
可愛いメーターが振り切れたらしい二郎。今度は二郎からハチの口へキスをした。待て!写真を撮るからちょっと待て!スチル回収させろ!慌ててスマホを取り出そうとするが間に合わず。兄は心のデータフォルダへスクショすることにした。しかしそんな兄からの視線に気付いたらしい二郎はニヤリと笑った。
「へへ、兄貴羨ましいんだろー?」
「え」
「されたことある?ハチに」
「いや、ねえな…」
「多分、兄貴のことも好きだし、してくれるよ」
ほら、と何を思ったのか二郎はハチを抱えて一郎の側まで膝歩きで近付いてくると、兄の目の前にハチを近づけた。目と鼻の先の距離で目が合い、瞬きをするとハチが頭を前に出して鼻で一郎へキスをした。
「ほらー!やばくね!?かわいくね?」
あ、ああ……と歯切れの悪い相槌を打って一郎は苦し紛れにハチの頭を撫でた。
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「あ、一兄ただいま帰りました」
「おう、三郎。おかえり」
掃除当番からの委員会が長引いて帰宅がいつもより少し遅くなった三郎。12月にしてはあまり寒くなくてマフラーはしていかなかったが夕方になると風が強くなってきて少し後悔した。バタン、と家に入り靴を脱いでリビングに向かおうとしたところで一郎がちょうどリビングから出てきた。
「寒かったな、何か飲むか?ココアとか」
一郎はそう言うと、少し赤くなっている三郎の鼻の頭を軽く摘んで微笑んだ。長男との触れ合いが嬉しくて「うん」と答えながらも思わず頬を緩めた三郎だったが、ふと兄の頬がうっすら赤いことに気付く。
「一兄はなんだか暑そうですね」
「え、あ、そうか?」
「はい、暖房の設定高いんじゃないですか?」
「コタツ入ってたからかもな」
パタパタと襟口に空気を送る一郎。目線が泳いでるし、なんだか様子がおかしい。不思議に思いながらもトイレに入って行った兄と入れ違いでリビングのドアを開けるとコタツに入ってのんべんだらりと仰向けで寛いでいる二郎と目が合った。
「おー、珍しく遅ぇじゃん」
「委員会だったんだよ」
「そらご苦労なことで」
二郎が腹に乗せていたハチがストンと床に降りて三郎へ駆け寄った。「あっ」と声を漏らす二郎と反対に「ハチ、ただいま」と嬉しそうにしゃがんで出迎える三郎。そのくらい俺にも可愛げのある態度取れよ、と内心で苦言を呈す。ハチは三郎に撫でられてご機嫌そうにゴロゴロ喉を鳴らした。
「浮気者ー」
「あんまりあの馬鹿と戯れてると低脳がうつるよ」
「ぶっ飛ばすぞ」
「暴力はんたーい」
部屋は三郎の予想に反してそこまで暑くなく、結局一郎が何故あんなに火照って見えたのかは分からないままだった。
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「二郎のミートスパうまいな」
「ソースは普通に缶のやつだけどね」
「色々適当に味付け足してるだろ?これが美味いんだよ」
夕飯。本日は二郎特製のミートソーススパゲッティ。三人とも既に二杯目だ。話題は一郎が駅前で芸能人を目撃した話から、三郎の委員会の会議が生産性がゼロの堂々巡りで辟易したという話へ移っていた。そんな中、ふと一郎が「そういえば」と新たな話題の封を切る。
「クリスマスのケーキ屋ヘルプなんだが……」
「それなら既に去年とは被らないように担当割り振り考えてあります!」
「え?まじで?」
「はい。二郎から既に依頼件数は聞いていたのでリストを見せてもらいました。あとで資料にまとめてますので展開しますね」
「さぶちゃん、しごでき過ぎない?もしかして社会人経験ある?」
「へへ、このくらい当然ですよ。それより一兄、今年はどうやって絞ったの?もっと依頼きてましたよね?」
「あー、先着にさせてもらった。普通に」
今年のクリスマスは平日なのでフル稼働できるのは一郎だけだが弟達も学校が終わったら手伝いに行くことになっている。そして仕事が終わったら漸く家族三人のクリスマスだ。
「……なあ、二郎も三郎も毎年手伝わせちまってるが、ダチと出掛けたいとかねぇか?」
ふと、一郎は不安になった。弟達が手伝ってくれるのはとても助かる。出来る限り学生の二人には負担をかけたくないがイベントごとがあると正直ひとりで回らないのが実情だ。以前に一度だけ誰かアルバイトでも雇うかと呟いた時、二人に全力で止められた。自分達がやるから!と。今年も二人は普通に手伝ってくれる気満々なので、それが当然のように話を進めてしまったが、今更言い出しにくいとか、ないだろうか。そう思って尋ねたのだが、しかし弟達。
「え、ないよ。全然大丈夫」
「ないです」
「あー…じゃあクリスマス前の土日とかは」
「そこも勿論、フルで二日空けてるよ。ヤバいだろケーキ屋の依頼」
「そうですよ」
「そ、そうか……?」
申し訳ないという兄、もっと頼りにしてほしい弟達。交わっていないようで互いを思い合っているのである。
「……ごめんな、毎年」
「謝るなんて土臭いよ」
「水だろどんな間違いだよ」
弟が尊すぎる。兄は目頭を熱くした。そんな兄を他所に二郎は「もうちょっと食お」と三杯目のスパゲッティを皿に盛るため立ち上がった。そのタイミングで一郎はふと思う。
「……なァ。じゃあイヴの仕事の後は」
ぱちくり、三郎が瞬きをひとつ。
「え?いつも通り三人でクリスマスパーティですよね?」
「あ、ああ。だよな。うん」
当然だとでも言うように三郎が答えた。まあ、三郎はそうか。中学生だし。一郎は振り返り、台所で鍋からソースをスパゲッティにかけている二郎へ尋ねた。
「なあ、二郎は?」
「へ?なに?」
「クリスマスの仕事のあとのメシ……家で、食うよな?」
どうする?ではなく最早確認であった。
交友関係の広い二郎のことだ。友達とクリスマスイヴの夜に出掛ける約束をしていてもおかしくない。もしくは、好きな相手だとか。急に心臓の裏側がゾワゾワするような心地を感じながら一郎は尋ねた。しかし。
「え、うん。去年みたいに形崩れたケーキとか貰えたらラッキーだよなー。あとチキンは食いたいし……買い出しそれぞれ割り振り決めとこうぜ」
あっけらかんと、三郎同様に突然三人で過ごすという前提の返答であった。ほう、と一郎が胸を撫で下ろす。
「ダチと、直前の土日の夜に集まるかー?って話に一瞬なったんだけど、そもそも男だらけでクリスマスパーティとか虚し過ぎてしねぇ?って話になって萎えてなくなった。ワハハ、女っ気なさすぎだよな揃いも揃って。まあ俺もなんだけど」
「確かに…確かにな!いや、確かにそうだな!」
「いやめちゃくちゃ同意すんじゃん」
俺達も男だらけだけどね!と笑いながら三杯目のスパゲッティを頬張る二郎を見て、嬉しそうに水をごくごく煽る一郎。今年もクリスマスは例年通り家族団欒になりそうだ。いつも通り。
「………」
一郎を横目で見ながら三郎は静かに味噌汁に口をつけた。
2024.12.4