100日後にくっつくいちじろ43日目
「やっちまった……」
山田一郎、本日の出勤地は隣ディビジョンの野菜農園であった。
と言ってもほぼ梱包作業であった。畑で収穫した野菜を梱包し、それを提携しているイケブクロのレストランへ卸す仕事だ。午前中に農園での梱包作業を終え、好意で農園の家族から昼食をご馳走になり、午後、バンに商品を積んでイケブクロに戻った。
そして野菜の入ったカゴを両手で店舗内へ運んでいたとき。なんと自転車が角から飛び出してきた!間一髪、ぶつかりそうになって身を翻したはいいが、バランスを崩した。ヤバい、一郎は一瞬の間に自転車と巻き添えで転ばないよう、そして商品の野菜を台無しにしないよう反射的に足を踏ん張った。しかしそれが良くなかった。グキ、と嫌な痛みが左足首に走る。そう、完全に挫いたのだ。
自転車の運転手は顔面蒼白で繰り返し一郎へ謝罪をしたのでお咎めはなしとして、車道でない道の角でスピードを出して曲がると危ないから今後は気をつけろと注意だけに留めた。
「どうすっかなァ……」
痛みを堪えてどうにか商品を全て運び終え、バンの前で立ち尽くす。流石にこの足で運転して何かあったらコトだ。しかし弟達は免許を持っていないし……困り果てていると見かねたレストランの店主が代行で自宅まで運転すると名乗り出てくれて、一郎は大人しく助手席に収まり、帰宅することができたのであった。
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「ただいまー、兄貴見てくれよ、現代文のテスト平均ギリ取れ……ん?何か歩き方おかしくない?」
帰宅したら二男に、コンマ三秒でバレた。あからさまに足を引きずってキッチンを移動していた兄を見て二郎は鞄を床に放ると駆け寄って背中を支える。
「あー、挫いた」
「えっ、どうして?」
「……チャリとぶつかりそうになって避けたら変な着地しちまってよ」
「は?なにそれどこのチャリだよ?いつの話?」
「キレんなって……大丈夫だ。ぶつかってないし向こうもスゲェ反省してたから」
「そういう問題じゃないよ。兄弟が轢かれかけたってのに黙ってられるかよ」
ブチ切れている。どうしたものか……確かにもしこれが自分でなく弟だったらと思うと血管が切れそうになっているところだろう。気持ちは分かるが、何とかこの場は治めよう。ふつふつと怒りを煮立たせている弟の背中を一郎は強目の力でさすった。
「それより洗濯物取り込みたいんだがこんな状態だし、手伝ってくれっか?」
「当たり前だよ!兄貴はソファーに座ってて!」
「おう、悪いな」
頼ると途端に胸をドンと叩く二郎。肩を支えられてひょこひょこ歩きながらソファーまで移動すると、ゆっくり支えて下ろしてくれた。
「洗濯物は取り込むよ。ただその前に手当てしなきゃ。どうせ病院とか行ってないだろ?」
「あー……おう」
「待ってて。テーピングとか取ってくるから」
間もなく部屋からスポーツ用で常備しているサポーターやらテーピングを持ってきて、ソファーに座る兄の前に胡座をかいて座る二郎。そっと一郎の足を持ち上げて、自身の腿の上に乗せた。
「痛いのここ?」
「ああ、外側に体重がかかると痛えんだよな」
「もう腫れてるしね……」
サッカーでの負傷への対応に慣れているのか、どんどん器用に足がテーピングされていく。固定されている感じがしてきて素直に凄いなと感心してしまう。足首までしっかりテーピングされると「どう?違和感ある?」と尋ねられて一郎は少し足を動かしてみて大丈夫だと答える。
「はい、じゃあ冷やすよ」
「あ、おう……」
テーピング道具と一緒に用意してきた氷水の入ったビニールを当てられる。ひんやり、布生地の上から徐々に患部が冷えていき気持ちがいい。さっさと冷やしておけば良かったな、なんて思いながらも二郎の手際の良さに思わず一郎は目の前にある頭を撫でた。
「お前、凄いな。器用にやるもんだ」
「サッカーでメンバーが怪我することよくあるからさぁ」
「ありがとな、何もしてなかった時と全然違うぜ」
「あ、テーピングしたからってあんまり無理して動いちゃ駄目だからね。明日の仕事は?」
「明日は3丁目のばあちゃんの日用品買い出しと書類整理と……」
「ばあちゃんちは俺が行くから。兄貴は明日、書類整理のみね」
「えー……いや、マジで?」
「マジだよ。明日くらい安静にして、それから様子見て考えようよ」
「大袈裟じゃねえか?骨折でもねえし、ただの捻挫だぞ」
「あのね、兄貴が無理できたとしても俺や三郎は心配だし、それがきっかけで事故ったりとか……それに、無理して動いて悪化して、兄貴しかできない仕事に穴開ける方が駄目だろ」
今日は無理せず俺と三郎を頼ってよ。
そう言って優しく笑う二郎を見下ろし、一郎は悪いと思いながらもどこか嬉しくて、努めて兄の顔で「サンキュ」と笑い返したのだった。
2024.12.5