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    fuyukichi

    @fuyu_ha361

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    fuyukichi

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    100日後にくっつくいちじろ47日目

    「山田君、今ちょっといい?」
     告白だな、と三郎は思った。
    真っ直ぐ自宅に向けていた爪先の向きを180度変えると三郎は声をかけてきた彼女を目視で確認した。隣のクラスで、同じ委員会の女子。
    「いいけど、今日ちょっと急いでるから歩きながらでもいい?」
    「あ、うん」
     自宅近くのドラッグストアでタイムセールがあるのだ。トイレットペーパーとティッシュが安い。申し訳ないが二郎に啖呵を切って自分が買いに行くと言い切ってしまったからには外せない。彼女も了承してくれたので歩調を合わせて住宅街を進む。
    「……」
    「……」
     互いに無言。……気まずいな。正直言えば三郎はそう思った。相手が緊張しているのはひしひしと隣から伝わってくるので催促する気はないけれど。しかし、このままいくともうあと5分もしたら目的のドラストへ着いてしまう。
    「……あの、委員会でさ」
     漸く彼女が口を開いた。
    「うん」
    「私、話し合いの内容まとめて提出する係なんだけど」
    「知ってる」
    「え、あ、ありがとう……」
     何故かお礼を言われてしまった。普通に半年やってきているのだからそのくらい把握しているけど。しかしここである言葉を思い出す。
    “お前は普段から余計な一言が多いんだよ。俺にはいいけど外ではあんまやめとけ”
     以前、同級生と揉めて、その親が山田家に文句を言いに乗り込んできたときのことだ。一郎は頭を下げつつも三郎の思いだとかを何とか理解してもらおうと相手方と話をしてくれた。帰った後、兄と話し合いをして、自分にも悪かったところは理解できた。けれど兄に迷惑をかけたことや、やはり悔しい気持ちがあって部屋でひとりベソベソ泣いていたとき、アホの二男がホットココア片手に言ってきた言葉だ。そして最後に「ま、そんな気にすんなよ!ダチと喧嘩なんか俺の方が何度もあるし兄ちゃんにも叱られてるしな!」と笑ったのだ。

     ……今思えば癪だが、確かに二郎の言うことも一理ある。というか円滑な人間関係を保つために思っていても言葉を取捨選択するというのは賢い方法だ。なので余計なことは口に出さないに限る。それが他人と他人のコミュニケーションだ。相手は何でも受け止めてくれる兄弟じゃないのだから。三郎は過去の教訓を以てして、余計な言葉を発することなく彼女の話の続きを待った。

    「それでね、山田君が覚えてるか分からないけど、なかなかまとまり切らなくて、ひとり居残りして作業してたとき、手伝ってくれたよね」
    「ああ、結構前だけど、あったね」
    「……うん!それで、私、それが凄く嬉しくて、それで」

     彼女は頬をピンクに染めて、少し潤んだ瞳で三郎を見上げた。

    「私、山田君が好きです。付き合ってください」

     三郎は一呼吸置くと、きちんと彼女の目を見て答えた。

    「ごめん、今そういうの考えてないんだ」

     ──……号泣されたりはしなかった。けれど無理して「そうだよね。聞いてくれてありがとう」なんて笑って、しかしその目には涙の膜が張られていて、彼女はそのまま三郎に手を振ると次の角で曲がって行った。
     決して面倒だとかそういう意味ではない溜息が漏れる。……さて、さっさと特売に行かなくては。そう思って再び歩き出すと、後ろから自転車の音がして振り返った。すると。

    「え、一兄……?」
    「あー……すまん、聞くつもりはなかったんだけど」

     “追い越すタイミングがなくて……”
    そう言って申し訳なさそうに頬をかいている一郎が少し後ろにいた。まさか、告白されている現場を兄に見られるなんて。ぐう、と頭を抱えて何とも言えない気持ちをこらえていると慌てて横に並び、背中を擦ってくる兄。

    「ごめん、まじで。盗み聞きするつもりとかはなかったんだが」
    「……まだ一兄でよかったです。二郎じゃなくて」
    「べ、別に二郎だって茶化したりはしないだろ」

     苦笑いしながら一緒に歩く兄弟。気まずい沈黙が流れる。

    「あー……三郎が彼女つくらないのって、家の手伝いとかDRBのせいだったりするか……?」
    「いや、違いますよ!全然関係ないです」
    「そうか……?ほら、忙しくさせちまってるだろ」
    「そんなんじゃないですから。単純に、まだ……その」
    「そっかそっか。いいんだ、別に無理してつくるもんでもないしな」
    「……一兄は」
    「ん?」

     “一兄こそどうなんですか”
    半ば、照れ隠しのように、そう尋ねようとした。が、しかし三郎は言葉を止めた。きっと一兄は二郎への思いを自分に吐露することはないだろう。自分の気持ちよりも自分達、弟のことを一番に思ってくれる人だ。しかし、絶対に白状しないと分かっているからこそ、聞きたくなかった。自分に本心を打ち明けてくれないことが、寂しいのだ。単純に。

    「……ねえ、一兄」
    「ん?」
    「腕、組んでいいですか」
    「え?」

     少し置いてけぼりにされている気分になって三郎は、一郎の胴体と、ダウンで着ぶくれした腕の間に自身の腕を突っ込むとそのまま腕を組んだ。驚いている一郎を見上げて三郎は照れくさそうに「へへ」と笑う。

    「どーしたんだよ、三郎」
    「別に」
    「別に、かぁ」

     何だよ何だよ、と言いつつも嬉しそうな一郎。そんな兄を横目で見て三郎は尋ねた。

    「ねえ、一兄?」
    「ん?」
    「僕と二郎、どっちが可愛いですか?」

     目が合う。こんなこと普段聞かないから驚いている。僕に秘密をつくっている罰だ。ちょっとおちょくるくらい、罰は当たらないだろう。ねえ、どっちですか?と小首を傾げてみると一郎はガバっと道のど真ん中で三郎をハグした。

    「どっちも可愛いに決まってるけど今は三郎~~~!」
    「へへ、苦しいです一兄」
    「可愛い~」



    「なーなー!朗報!」

     ドタバタとやかましい足音を立てて二郎が帰宅した。
    サッカー帰りらしく、土と汗の匂いを若干させながら冬とは思えない薄着で帰宅した二郎に三郎は蔑むような視線を向けた。一郎も三郎も既に帰宅し、風呂を沸かして夕飯準備をしているところだった。

    「せっかく一兄と二人楽しく料理してたのに、五月蠅いな」
    「おっ、今日は肉じゃが?よっしゃー!」
    「おかえり二郎。ンで何が朗報なんだ?」
    「あ、そうそう聞いてよ」

     ゴソゴソと鞄の中を漁る二郎。そして取り出したのは二枚の半券だった。三郎が顔を近づけて、よく見てみると、他ディビジョンでオープンした水族館の特別入場券だった。

    「これ、さっき肉屋のおばちゃんがくれたんだよ!二枚だけど良かったらいるかって」
    「まじか、今度お礼言っとかなきゃな」
    「うん、俺もめちゃくちゃ言ったけど、会ったらよろしく!んでさ、一枚は普通に買ってさ、三人で行かない?」
    「お、いいな」
    「あー、でもこれ日付指定券で、今週の土曜日なんだけど、どう?」
     
     三郎は顔を顰めた。何故なら、今日、同じクラスのやかましい集団がそこへ行くと騒いでいたのを聞いていたからだ。休日にわざわざ出くわしたくない。

    「……僕は用事があるからパス」
    「はあ!?お前に何の用事があるってんだよ?」
    「張り倒すぞ」
    「ええー、じゃあ兄貴は?」
    「あー……悪い二郎。俺も土曜日は依頼ギチギチに詰めちまって……」
    「まじかよー!」

     がーん、と自分で効果音を口にしながら大袈裟に壁へ凭れる二郎。
    ひとりでやかましい奴。三郎は呆れながらあく抜きしていたジャガイモを水から上げた。

    「じゃあ仕方ねえな。ダチ誘うかなー……」
    「え」

     ダチって、二人で?
    一郎は刻んだニンジンを掴んだまま固まった。

    「なんかみんな土曜は他校の女子とカラオケ行くとか言ってたんだけど、確かひとりだけ午前中にバイトあるから行かないって言ってた奴いるんだよね。午後からそいつ誘ってみるわ」

     引き続き固まる一郎。そんな兄を横目で見ながら三郎はハアと溜息を吐いた。そして──……

    「じゃあやっぱ僕が行く」
    「へ?お前用事あんじゃねえのかよ」
    「別に、一日かかる用じゃないし、行こうと思えば行けなくもない」

     よく分かんねえけどまあお前行くならそれでいいや、と頷く二郎。そして三郎が一郎に再び視線を向けると。

    「三郎か!うん、それがいい、二人で行ってこい!」

     心底ホッとしたように顔を綻ばせ大賛成していて、それを見た三郎は思わずおかしくなって、笑ってしまった。
     兄は恋をするとこんな可愛らしいのか、と。

    2024.12.9

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