100日後にくっつくいちじろ49日目
「一兄、ちょっとお願いがあるんですが」
「ん?どうした?」
事務所でデスクに向かっていた一郎の元を訪れた三郎。後ろ手に持っていたプリントを見せた。
「“天体観測合宿”……?」
「はい、学校で配られたんですが、近隣の大学主催で海外の天体望遠鏡が一時的に日本に来ているらしくて、それを使って天体観測できる一泊の合宿ツアーがあるんです。それに特別枠で中、高の学生も参加可能になっているので、もし一兄から許可を貰えたら参加したいなと思って」
三郎が家族のいない集団イベントに参加したいということ自体が珍しいのに、その上、泊まりがけときた。一郎は、おお、と動揺した声が出てしまったが、三郎から受け取ったプリントに目を通す。学校で配布されたプリントなら変なものではないのだろう。
「おう、もちろんいいぞ。行ってこい」
「ありがとうございます…!日程が割と近くて、来週の水曜日なんですが」
「え、平日?」
「ええ、学校が終わったらそのまま参加して、翌日、参加者は特別に学校は休みです」
お前、それを狙ってないか?と一郎は一瞬思ったが口には出さなかった。そうか、と頷いて保護者同意書にサインをして三郎に渡す。
「楽しんでこいよ、せっかくだから」
「はい、ありがとうございます」
「うん、…あっ、今何時だ?」
「もうすぐ6時です」
「あー、俺からも頼みがあんだが」
「ええ、なんでも言ってください」
「今日この後、ダチに急遽呼ばれてさ。なんか相談があるとかでメシ食いに行くことになったんだよ。クリームシチュー作ってあるから今日は2人でそれ食べてくれるか?」
「もちろんです。というか夕飯作ってくれたんですね…ありがとうございます」
「悪ぃな。そろそろ支度するわ」
そんな会話をしていると部屋の外から玄関の開く音がして二郎が帰宅を告げた。程なくして事務所のドアが開いて、二郎が顔を出す。
「リビングにいないと思ったらここか」
「おう、二郎おかえり」
「あれ、兄貴どっか行くの?」
「ああ、ダチとな。相談事あるっていうからメシ行ってくるわ。そんな遅くはなんねぇと思うけど先に寝ててくれ」
「うん、楽しんで」
パソコンを閉じ、身支度を整えた一郎は事務所を後にした。
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「は?合宿?お前が?」
「何だよ、その見るからに失礼なことを考えてる目は」
「だってお前が学校行事でもねぇのに自ら進んでダチと泊まりがけで出かけるとか……」
「友達じゃない!何度言えばいいんだ。有志の天体観測に興味のある学生の集まりだ」
「ははーっ、珍しいこともあるもんだなァ」
まあいいんじゃねえの、たまには。お前星座とか小難しいもん好きだしな。
などと知性のカケラもない台詞を吐いてポテチをつまむ二郎。三郎は「お前に許可されなくても行くんだよ」と鼻を鳴らしてポテチの袋を強奪し、口に放った。
「なー、暇だしゲームでもしようぜ。お前部屋からなんか持ってこいよ」
「何様なんだお前は!…まあでも仕方ないな。馬鹿でもできるゲームがちょうどあるから付き合ってやるよ」
「へいへいよろしく」
普段から喧嘩に明け暮れている弟二人。各自の部屋で別々に過ごせばいいのに、リビングで仲良くテレビを見ているのだから結局、仲が良いのである。
三郎にゲームを取りに行かせている間に二郎はゴロンと仰向けでスマホを眺めていた。SNSをぼんやり眺めて、最近新発売したお菓子の紹介だとか、そういうものを適用に見ていた。そんな時。
「……え」
流れてきた兄の画像。通り過ぎようとスクロールした指を止めて元に戻すと、それは兄の友人のアカウントだった。一度一緒にカラオケに行ったことのある人だったので二郎もフォローしていた人物の投稿。いつの投稿だ?と確認すると日付は今日。その投稿は24時間で自動的に消えるタイプのものだ。写真は顔が全部は出ていないものの、赤い左目が写っており、服装も明らかに夕方、兄が着ていたものだ。そして兄の隣には、こちらも顔までは写っていないが、女の子。そして写真に書かれていた文字。
『合コン中』
ハアー?二郎のデカい声がリビングに響いた。
三郎が間もなく戻ってきて「何だようるさいな」と苦言を呈してきたので噛み付くように尋ねた。
「兄貴ってダチとメシって言ってたよな?」
「うん、そう聞いてるけど?」
「これ、兄貴じゃね?」
「は?」
三郎にスマホ画面を見せる。最初は訝しげに画面を覗いていた三郎だったが、二本指で画像を拡大すると顔を離して呟いた。
「一兄だな」
「行ってんの合コンじゃん!」
「ええー……?」
一兄、僕達にそういう会に行くって言うの恥ずかしかったのかなあ。三郎は一瞬そう思ったが、しかし出かける前の兄の様子や、そもそも兄の本心を知っている以上、兄が他所でそういう出会いを求めていないことを知っているからこそ、きっと無理矢理連れて行かれたとかそんなところだろうと簡単に推測がついた。しかし二郎は違うらしい。
「てかあの人はどうなったんだよ……え、誰でもいいから彼女ほしいとかそういう感じなのか?」
ぶつぶつと爪を噛みながら画面を睨んでいる二郎。……お?なんだその反応は。三郎の眉が上がった。
「まあ別にいいんじゃない?一兄だって遊んだりしたいでしょ」
「遊ぶって……おま、中坊が何言ってんだよ!」
「お前こそどんな想像してんだよ」
顔を赤くして起き上がる二郎。「相談だと言うから行ったものの蓋を開けてみれば合コンに強制参加させられた」ってとこだろ、と言ってやるのは簡単だ。しかし二郎の反応が引っ掛かり、三郎はその調子で続けた。
「つか別に隠さなくてもよくね?堂々と言えばいいじゃん」
「いちいち言う必要だってないだろ。兄弟とは言えそんな義務ないんだし」
「それはそうだけど、なんかいやらしいじゃん」
「ぶっ、」
「おい!笑うなよ!」
くつくつと笑っていると二郎は更に顔を真っ赤にして食ってかかってきた。これが兄離れできていない弟の反応なのか、はたまた。
「……兄貴は俺達といるより、やっぱ可愛い女の子とレンアイしてぇのかな」
そもそも兄弟と恋人を同じ土俵に上げてる時点でズレているのだが、そのあたりは分かっているのだろうか。
三郎は別にフォローを入れてやる義理もないなと笑って二郎に「ほら、ゲームするぞ」とコントローラーを放ったのだった。
2024.12.11