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    fuyukichi

    @fuyu_ha361

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    fuyukichi

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    100日後にくっつくいちじろ52日目


    「やべえ、三郎見ろ。カップルと家族連れしかいねえ」
    「そりゃそうでしょ……」
    「兄弟で来てる奴いねえのかよ……」
    「見る限りはね。ていうか僕も恥ずかしいから少し距離空けて歩けよ」
    「酷過ぎない?」

     土曜日、晴天。絶好の水族館日和である。
    兄は宣言通り、朝から依頼で出かけ、弟二人は昼過ぎに駅で待ち合わせをして合流。先日、二郎が良くしてもらっている肉屋のおばちゃんに貰った水族館の特別入場券。それを水族館の受付で出すと二人は館内へ通された。しかし水族館の中は二郎の言う通り、ほぼ肩を寄せ合うカップルか、子供を連れた家族ばかり。ちょっぴり肩身が狭いなと思いつつ、せっかくだからと二人は順路に沿って足を進める。

    「ここの水族館はイルカショーとか派手な見ものがない代わりに珍しい種類の魚と、ラッコがメインらしいね」
    「ほー」

     パンフレットを熟読しながら話す三郎。なんだかんだ言いつつ、博物館だとか水族館だとか、何か普段触れ合う機会の少ない知識を入れる場所が好きなのだ。

    「ラッコいいな。可愛いくて」
    「まあラッコのコーナーはマップ的にも最後の方だけど」

     二人は【東都近郊の海】、【チバディビジョン海域】、【熱帯の魚】、【深海魚】、【クラゲ】……と順々に進んだ。

    「中坊の頃に学校行事で水族館は来たけど、あんま来ることないから割と新鮮だな」
    「まあ三人ではわざわざ来ないしね」
    「あの魚、すげぇ柄してるな……食えんのかな」
    「食い気しかないのか。でも食べられるよ」
    「え!?まじで?」

     二郎と三郎はモンガラカワハギが悠々と泳ぐ水槽の前で食べる、食べない、なんて話をしながら周りをザワつかせていた。明らかにバスターブロスの山田二郎と三郎だ。しかし楽しそうにしているし、プライベートだろうし、そっとしておこう。そんなギャラリーがチラリと二人を見ては通り過ぎていく。



    「おっ、次、ラッコだってよ!」
    「思ったよりも広かったな」

     小一時間、館内を堪能した二人。終盤に設置された目玉のラッココーナー。広い水槽で泳いでいるやつもいれば、ぷかぷか浮いているだけの奴もいる。しかしどのラッコも非常に愛らしく、流石の二人も足を止め、まじまじと水槽に張り付いて眺めた。

    「やべぇ……可愛すぎんだろ」
    「くっついて浮いてる……」
    「なあ、風呂場で飼えねえのかな」
    「うちのお風呂じゃ狭くて可哀想だろ」
    「それもそうか……」

     ちらり、三郎が横目で二郎を盗み見た。ぽかんと口を間抜けにあけて、ラッコを夢中で見ている。

    パシャ

    「え、なに撮ってんだよ」
    「ラッコと間抜け面の低能」
    「ざけんな」

     不意に三郎がスマホで写真を撮って見せてきた。画面を見ると、ラッコも若干写っているがほぼ二郎がぽかんと口を開けている横顔の写真である。こいつが俺の写真撮るなんて珍しいな、なんて二郎が思っていると、なんと三郎はその写真をアプリで兄へ送信したのだ。

    「兄貴に送るならもっと格好いいところ撮れよ」
    「え、格好いい瞬間なんてなくない?」
    「お前は可愛い瞬間がない」
    「お前に可愛いなんて思われても嬉しくない」

     ラッコの前で始まる兄弟の小競り合い。すると近くにあったパネルを見ていた子供がワッと声を上げた。

    「ママー、このラッコ、一郎っていうんだって!」
    「え」
    「え」

     二人は同時に振り向く。子供はキャッキャとはしゃいでいて、親は「本当ね」と微笑ましく手を引いている。二人もそのパネルを覗き込むと、どうやら、それぞれのラッコの名前と性別が書かれているらしい。そこの一匹の名前が、確かに【一郎】だった。

    「二郎はいねぇのかな?」
    「いないね……三郎も」
    「ちぇっ、一郎どれだー?腕に赤のマーカー巻いてるって書いてあるけど」
    「うーん……」

     二人は再び水槽にへばりつくようにしてラッコを観察。一郎を探すと、三郎がアッと声を上げた。

    「あそこの岩の横で浮いてる奴じゃないか?」
    「どこ」
    「ほら、こっち」
    「…お!まじだ!あいつじゃん!」

     二人はキャッキャとはしゃいで写真を撮って残りの時間を楽しみ、出口にあったお土産店も大いに満喫したのだった。



    「兄貴ー、おかえり」
    「お、まだ起きてたのか」
    「遅くまでおつかれ。三郎はソファーんとこで寝落ちしてる」

     夜、一郎が帰宅すると二郎も三郎もまだリビングにいた。マフラーを外しながらソファーに寝そべって静かに胸を上下させている三郎の寝顔を見下ろして頬を緩める一郎。

    「腹は?」
    「賄い出してもらったから平気だぜ。サンキュ」
    「ならよかった」
    「水族館楽しかったか?」
    「うん、思ったより広くて。兄貴も今度行こうよ」
    「おっ、いいな」
    「んで、これお土産」
    「え?」
    「これは俺からの土産で、三郎からは後で本人が渡すと思うけどクッキーね」

     二郎は小さな紙の袋を兄の冷たい手に乗せた。一郎は「まじか」と笑いながらテープを開ける。

    「ラッコ……のストラップ?」
    「そいつ、一郎って言うんだって」

     二郎が渡したのは鈴のついた小さなラッコのストラップだった。腕に小さく赤いマーカーがしてある。弟達が行った水族館限定のグッズだ。

    「二郎も三郎もいなかったんだけど、一郎っていう名前のラッコがいたんだよ」
    「ははっ、まじで?イケメンだっただろ?」
    「いや、岩にもたれて爆睡してた」
    「ははっ、まじか」

     ぷらぷらとストラップの一郎を揺らして眺める人間の一郎。満足気に笑う二郎。まるでこの一瞬で仕事の疲れが吹っ飛ぶ気持ちになって「ありがとな」と兄は二郎の頭を撫でたのだった。


    2024.12.14

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