100日後にくっつくいちじろ65日目
「ハチー、ほら、うりっ」
二郎はかれこれ三十分、迷いネコのハチと戯れていた。
ハチは未だに飼い主が見つかっていない迷い猫だ。こんなに飼い主の目途もつかないなんて山田家でも初めてのことで、もうきっと年内はこの家にいることだろう。
二郎はソファーで仰向けに寝そべり、三郎が買ってきた玩具の猫じゃらしで、ソファー下にいるハチと遊んでいる。その様子を近くで一郎は視界の端に捉えながらラノベを読んでいた。
「お前ゲンキだなー。全然バテないし飽きないし」
可愛い子猫と戯れる可愛い弟(180cm)。写真を撮りたい光景だったが、気持ち悪いと思われたくなくてやめた。二郎はハチに「よく飽きないな」などと言っているが、一郎からすれば二郎にも同じことが言える。さっきから永遠とハチに構い倒しているのだから。こんな近くに、休みで家にいる兄がいるというのに。昔なら「兄ちゃんアニメ見よう」と隣を陣取ってきていたじゃないか。……まァ、最近のことで言うと自分が原因でもあるので強くは言えないが。
「うおっ、急に乗るなよ!」
ハチは猫特有の身軽さでもって、床からソファーの上の二郎の腹へ飛び乗った。重くはないけど急に鳩尾に飛び乗られたものだから二郎は身をくねらせ、しかし落ちないようにハチの背中を押さえてやる。
「あー、お前あったけえなァ」
ごろごろ、二郎が首をかいてやると喉を鳴らして目を細め、気持ちよさそうに伸びるハチ。可愛いし、平和な光景だ。しかし一郎はどこか面白くない。それにさっきからラノベも全く頭に入ってこない。
もういいか、と溜息を吐いてラノベに栞を挟んでテーブルへ置くと、一郎は膝立ち歩きをして、ソファーの麓へ移動した。
「え」
そしてソファーに背中を預けて座る。急に近距離に来た兄に、二郎は思わず声を漏らした。ちらり、と振り向く兄と目が合う。
「お前、ハチばっかだな」
「え、え」
「俺、久々に休みで一緒にゴロゴロしてんのに」
「ええ……と」
まるで不貞腐れた子供のようだ。どうしたものか、二郎は考えて、昔、施設生活していて三郎が不貞腐れたときのことを思い出し、声をかけた。
「兄貴、アニメ見よう」
ね、どう?
とご機嫌のお伺いを立てるようにそう尋ねると、一郎は少し考えて、それから満足そうに笑った。
「おう、いいぜ」
そんな子供みたいな兄に、二郎は途端におかしくなって、くつくつと肩を震わせ、リモコンを手に取った。
2024.12.27