100日後にくっつくいちじろ68日目
「告白の返事、1ヶ月待たされた上にフられたんだけど最悪じゃない?」
二郎は電車に揺られていた。イヤホンを忘れた二郎の耳には、隣の席に座っていた若い女二人の会話が否応なしに届いている。その中で発せられた言葉が二郎の胸にグサッと刺さった。告白の返事をなかなか寄越さなかった上にお断りしてきた奴がいるらしい。彼女達は話を続ける。
「そもそも告白を一旦持ち帰って、その上で何週間も待たせるとかありえなくない?」
「いやそれなー」
待ってください、じゃあ何日くらいまでは許容範囲ですか?二郎はスマホを見て『全く聞いていません』みたいな顔をしながら内心で滝のような汗をダクダクとかいていた。俺も今、兄貴にそれと同じようなことをしている。現在進行形で。断ってはいないけれど。
「てかさ、完全にナシなら最初に告白したときに断るじゃん普通。それを考えるって言われたら普通に期待しない?」
「いやするよ、普通に」
自分だって普段はそうしている。告白されて、一度持ち帰るなんてことをしたことは一度もない。いや、兄に告白されるまでは一度もなかった。その場で断っていた。けれど、大好きな兄貴から告白をされて、動揺したのもあるけれど、その場ですぐに断るなんてことが、むしろ自分の頭の中で選択肢になかったのだ。かと言って、すぐに手放しで「俺も」と答えることもできなかったのだが。自分の気持ちが何なのか、分からないのだ。二郎は無意味にスマホ画面をスクロールしながら悶々としていた。
「あ……」
彼女達の会話に集中していたせいで、プシューとドアが開いたことで目的の駅に到着したことに気付いた二郎。慌てて立ち上がり、ホームへ降り立った。
改札を抜けて、切符売り場の邪魔にならない位置で壁にもたれて立ち止まる。そして数分後。
「二郎、悪い!」
「あ、おつかれ」
「印鑑、分かったか?」
「うん、これでいいんだよね?」
「おう、そうそう。ありがとな」
一郎が現れた。
数十分前に兄から連絡が来て、急遽、仕事先で印鑑が必要になったので持ってきてほしいと言われたのだ。
「もしよかったら印鑑押したらすぐに帰れるからさ、一緒に帰ろうぜ」
「あ、うん」
「じゃあそこのカフェでコーラでも飲んで待っててくれ」
そう言うと一郎は500円を二郎に押し付けて戻って行った。
「い、いいのに……」
そんな兄の背中を見送りながら二郎は小さく呟いた。
「本当にちゃんと考えてるから、俺……もう少し、それこそ年明けになっちまうけど」
誰も聞いていないのに二郎は言葉にした。
2024.12.30