100日後にくっつくいちじろ73日目
「え、俺も行く!」
一郎が仕事を終え、隣駅まで仕事で使った資材を戻しに行くと車を出そうとしたとき。ちょうどコンビニに行っていた二郎が居合わせて、助手席に乗り込んだ。
……こいつ、ちょっと前まで、俺のことを避けていたくせにもう通常運転に戻ってやがる。と一郎は嬉しくもフクザツな気持ちでエンジンをかけた。冷えた車内がだんだんと暖かくなっていく。
「コンビニでなに買ってきたんだ?」
「テレビでコンビニスイーツ特集やっててさ。クレープと、どら焼きと、シュークリーム」
夜、三人で食おうぜ。そう言って機嫌良さそうにシートベルトを締めた二郎。一郎の運転するバンはゆっくりと動き出し、すっかり街灯が灯った町の道路へと滑り出した。
「あと久しぶりにタピオカ飲みたくなってさァ、コンビニにまだあんだね。買ってみた」
そう言うと二郎はビニール袋からタピオカミルクティーを取り出し、ストローをプツリと蓋へ刺して飲み始めた。流行ったときに「コンビニのは微妙」と生意気なことを言っていたが進化して美味くなっているのだろうか。
「うーん……やっぱタピオカはタピオカ屋だわ」
「お前、前もコンビニのは合わないって言ってたじゃねえか」
「え、そうだっけ。あ、そうかも。もう結構前だから忘れてた」
まあ別に不味くはない、とまた偉そうなことを言って再びストローを咥える二郎。そして信号で停車すると、ずいっと目の前にそれが差し出された。
「飲んでみ」
「え、あ、おう」
言われるままにストローに口をつけて吸ってみる。甘いミルクティーと一緒にスポポとタピオカが口の中に滑り込んできてそれを噛んだ。ふにゃ、と独特の触感がするが、歯ごたえがやはり違う。
「やっぱタピオカ屋のだな」
「だよねー、帰り買っていく?」
「ありだな。……ていうか、お前さあ」
「ん?あ、前、青」
信号が青になり、アクセルを踏む。二郎は、兄が言いかけた言葉の続きが気になって催促をした。
「ていうか、何?」
「……お前、警戒、外し過ぎじゃねえ?」
「ケイカイ?」
「……好きだって、分かってんだろ。俺がお前のこと」
バンは交差点でカーブした。二郎と三郎で買った交通安全のお守りが車体の動きに合わせて揺れる。そして直線に戻ったところで、二郎が蚊の鳴く声より小さく返事を寄越した。
「ウ、ウン」
「……ちと前までビビって俺のこと避けまくってたくせに、最近じゃくっついてきてみたり、二人きりなの分かってて車乗ってきたり。俺がいつまでも何もしないって思ってナメてんのか?」
「ビ、ビビッてねえよ!」
「そこかよ」
「ナメてもねえし……」
「分かっててやってんの?」
別に怒ってるわけではないので、語気が強くならないように尋ねてみた。すると二郎はタピオカを握りしめながら、ややあって答える。
「別に、試そうかそういうんじゃない」
「おう」
「おちょくってるワケでもない」
「おう」
「兄貴が、俺のことを、その……」
「好き?」
「ぐ……ッ、いや、ウン、好き……っていうのが、なんか実感なくて、そんで、こんなすげえ男が俺のこと好きなんだと思うと、びっくりするというかなんというか……」
要は現在、咀嚼しているところらしい。
「まあ俺も、そもそもお前に告白してどうこうなりたいと思ってたワケじゃねえからな」
「え……ああ、三郎からのメッセージでバレただけだもんね」
「ああ、言うつもりなかったし、だから付き合いたいとかその先を求めてるつもりじゃねえが、普通にスッパリ振ってもらえるもんだと思ってたから尻の座りも悪くてよ」
またカーブ。そろそろ目的地に着きそうだ。最後の信号で引っかかり、停車。ちらりと一郎が横目で二郎を見ると、何故か二郎はどこか悲しそうな表情をして手元を見ていた。
「……兄貴は、別に俺と付き合いたいわけじゃないんだ」
「え、いや、だって普通にお前が無理だろ」
「なんで決めつけんの。俺が付き合いたいって言っても無理ってこと?」
「おい待て待て待て」
落ち着け。そう言いながら青信号になったのでアクセルを踏む。何を言ってるんだこの子は。タピオカにアルコールでも入っていたのだろうか。やがて目的地の駐車場に到着したので「とりあえずすぐ済むからここで待ってろ」と言い残して運転席を降りようとした。しかし二郎が、腕を掴んで止めてきた。
「兄貴は振られ待ちかもだけど、俺はまだ何も返事してないから!」
「お、おう……」
「勝手に決めつけんなよ、アホ兄貴」
「アホて……」
はじめて弟にアホって言われたかも。そう思うと急におかしくなって笑いそうになった。しかし、二郎は真剣そのものなので、ここで笑ったら余計に怒らせると思い、一郎は「分かったよ」と頷いて車を降り、二郎に見えないように笑った。
2025.1.4