100日後にくっつくいちじろ80日目
「まーたコイツは……」
助っ人でサッカーの試合行ってくる。
午前中、早い時間にそう言ってウィンドブレーカー姿で出て行った二郎。仕事を終えた一郎が帰宅した17時のリビング。ソファーで仰向けになり腹を出して寝こけている二郎がいた。
「しかもユニフォームのままだし……」
部活着である青いユニフォーム姿のまま、口を開けて爆睡。暖房がきいている部屋とはいえ冬だぞ。まったく、と一郎はソファーの前に座り込んだ。強く叩き起こせないのはつい一昨日まで献身的に看病をしてくれていたからというのも正直あった。
とりあえず腹を隠してやる。つまんだユニフォームの生地が薄くて、本当に風邪ひくぞ、と一郎は眉を顰めた。まあ運動着なのだから薄く通気性のいい生地なのは正しいのだが。いつも帰ってきたらすぐ着替えるように言っているのに。よっぽど走り回って疲れたのか。
「あー、あったけぇ」
どうやって起こそうか。そう考えているうちに一郎もつられて眠くなってきた。誘われるように、その薄い腹へコテンと頭を乗せてみる。……硬い。しかし温かく、一定のリズムで上下するので余計に眠気がくる。
「ん……」
「あ、起きたか」
腹に重みを感じたのか、二郎の瞼がゆっくり開いた。そして自身の腹の上に頬を預け、自分を見つめている兄と目が合う。
「さぶ……いや、え、にいちゃん……?」
小さい頃の三郎の夢でも見ていたのか。寝ぼけて弟の名前を呼んだ二郎だったが、すぐにそれが兄であると気付き、目を丸くした。
「なにしてんの……?」
「お前こそユニフォームのまま寝てんなよ」
「あ……外寒かったじゃん、それで、帰ってきて暖かくて気付いたら寝てた……」
寒暖差で眠気がきたらしい。確かに冬に暖房が効いた電車に乗ると眠くなったりするもんな。一郎は「まったく」と苦言を呈しながらも頭を弟の腹からどけようとはしない。
「あのう……また熱でも出た?」
「出てねーよ」
「俺の腹、硬くね…?」
「硬い」
喋っている兄の前髪が落ちてきて、目元を隠した。二郎はナチュラルに手を伸ばし、兄の前髪をどかしてやる。そして現れた赤い瞳と視線が合って、そこに熱が籠っているのを直感的に感じた。
「普通さ、兄貴がこんなんしてたらすぐに退かすだろ」
「え……」
「少しは抵抗しろよ、お前は」
「えと……」
「昨日だって期待するって言ってんのに、やめろとは言わねえし」
どうやら風邪をひいて以降、一郎は気持ちを隠すことをやめたらしい。熱に浮かされて態度に出してしまったし、そもそも二郎にはバレているし、と吹っ切れたのだ。
「全部お前が悪い。さっさと振らねえから。普通は拒絶すんだよ」
「さ、されたいの…?」
「されたくない」
「ええ……」
「なあ、今も振り解くとかしろよ」
「いや、え……」
今度は一郎が二郎の顔に手を伸ばす。そして人差し指の背中で頬をすりすりと摩る。
「もう本音を言えばお前から返事が欲しい。いい返事でも悪い返事でもお前の意思は尊重する」
「あ、うん……それは、もちろん」
「……前までの盲目的になってるお前だったら、今みたいに俺にガンガン来られたら、言われるまま流されて頷いてくれてたかもしれねえな」
「うっ……」
「けど今は違うだろ。いい返事をくれたらもう逃してはやらねえからそこだけ覚悟はしとけ」
二郎は急に恥ずかしくなってきて、慌てて兄の顔を腕で突っぱねて起き上がった。一郎は声を出して笑いながら「そんくらい意識してくれるとやり甲斐あるわ」と頭を撫でると夕飯の支度をはじめたのだった。
2025.1.11