100日後にくっつくいちじろ86日目
「一兄、遅くないか?」
「確かに、もう7時だしな…ちょっとみてくるわ」
夕飯前。6時半頃まで事務所で仕事をしていると言っていた兄がなかなかリビングに現れない。夕飯の支度はもう出来ているので、あとは一郎を待つだけだ。
二郎はリビングから事務所へ向かう。コンコンとノックをして静かにゆっくりドアを押し開ける。電話中、来客中の可能性もあるから事務所のドアは静かに開けろと常々言われているからだ。
「え……寝てる」
事務所の明かりは点いていた。しかし、一郎はデスクで腕を枕に寝ていた。
「疲れてんなぁ……」
二郎は笑いながらそばに行く。一郎はすうすうと静かに寝息を立てて寝ている。我が家は割とリビングやらで兄弟が寝落ちしていることはよくあることだが、事務所で寝落ちははじめてかもしれない。
「あにきー」
大きい声で驚かせるのは可哀想で、優しく声をかける。が、起きない。肩に手を置いてゆさゆさと軽く揺すると一郎の黒髪が揺れる。
寝ていると、いつもより少し幼く見える気がする。唇を少しだけ開けて寝てるからだろうか。
「………兄貴のこと、可愛いって思うって相当キてるかな」
ポツリと思ったことが口に出た。そして自然に手が頭に伸びて、その髪をくしゃくしゃと優しく撫でる。もっと触りたい。そんなことまで思った。
「ん……」
一郎が身じろぎをした。アッと咄嗟に手を頭から離して引っ込める。一郎はゆっくりと体を起こして目を開いた。
「うわ……俺寝てたわ……」
「おはよ」
「え、今何時?」
「7時。もう夕飯できたんだけど、来れそう?」
「うわ、もう7時か!悪い、パソコンだけ閉じたら行くわ」
「オッケー、じゃあご飯よそっちゃうね」
「サンキューな」
ぱたん、後ろ手でドアを閉め、廊下へ出る。妙に忙しない心臓。胸に手をやりながら二郎は足早にリビングへ戻ったのだった。
2025.1.17