100日後にくっつくいちじろ88日目
「おい!飼い主見つかったぞ!」
ゲームしてくる、と自室に引っ込んだ三郎が珍しく足音を立て、勢いよくドアを開いてリビングに突入してきた。二郎の膝の上で丸まっていた猫のハチがビクッと目を見開く。
「え、飼い主って……」
「ええ、もちろんハチのです」
「マジか……!」
迷い猫のハチを二郎が保護してからどのくらいが経つだろう。すっかり山田家に馴染んできているが、その飼い主がなかなか見つからず、そろそろ捜索を打ち切って新しい飼い主を探すかという話題が出ていた頃だった。三郎がノートパソコンを兄二人に見えるよう、テーブルに置く。
「ほら、登録してあったサイトからメッセージが来て……特徴と、ハチの首輪の内側に書かれた文字を申告してきた」
「ブクロの人か?」
「いえ、隣町ですね。でもまあ、移動できる距離かと」
よかった、と一郎と三郎で顔を見合わせて笑っていると、二郎はどこか顔を曇らせながら言った。
「どうしてこんな時間かかったんだよ……もっと必死に探してたらすぐに見つかるようなサイトとか、機関とかにも申請出してたのに」
「ああ……飼い主はやっぱり年配の人だったみたいだね。サイトの使い方とかも分からなかったんだけど年始に子供が帰省したタイミングで相談して色々調べて漸く辿り着いたみたい」
「……大丈夫なのかよ、戻して」
二郎はハチを抱き締めた。身動ぎしてスルリと腕の中から抜け出すハチ。一郎と三郎は再び、目を合わせた。少し意外だったのだ。二郎が一番喜ぶと思っていた。拾ってきて一番心配していたし。しかし、だからこそ二郎は心配だったのだ。事情が分かっても、どこか納得できず、二郎は眉間に皺を寄せた。
一郎は二郎の目の前に座り、その顔を覗き込みながら優しく声をかけた。
「ハチ、こんだけ人懐っこいだろ?二郎が見つけてきたときだって、綺麗なもんだったし、傷ひとつなくて……それに首輪も特注みたいだしな。だからきっと、優しい家で育ってきたんだと思うぞ、こいつは」
一郎の足元で丸まったハチの背中を優しく撫でる。二郎は兄の言葉を聞くと、ハチをじっと見つめた。そして三郎に顔を向ける。
「本当に飼い主で間違いねえのかよ……?」
「ないだろうね。送られてきた写真と、うちで撮ったハチの写真の画像分析は後でしてみるけど、ほぼ間違いなさそう」
「そっか……」
二郎は手を伸ばしてハチの首を撫でて、ハチへ声をかけた。
「お前も、やっぱ家族んとこ戻りてえよな」
そう言うと、暫しあってハチは、ナア、と短く鳴いてついでに欠伸をしたのだった。
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「二郎、今いいか?」
深夜0時前。一郎は二郎の部屋のドアをノックしていた。中から「うん」と返事があり、ドアを静かに開ける。二郎はベッドの上でハチと寝転がっていた。寒い日は誰かしらのベッドの中に潜りに行くハチだったが今日の寝床は二郎らしい。
「飼い主がハチ迎えに来る日、決まったぞ」
「え、いつ?」
「五日後。車で息子さんが飼い主のおばあさん連れてくるんだと」
「そっか……五日……」
しゅん、とあからさまに肩を落とす二郎。感情移入すると別れが辛くなることは分かっているが、どうしたって一度、懐に入れた相手に感情移入してしまうのが二郎の良いところでもある。一郎は眉を下げて困ったように笑いながらハチの頭と、そして二郎の頭を撫でた。
「当日は笑顔で見送ってやろう」
「うん」
おやすみ、と去って行く一郎。残された部屋で、二郎はハチに顔を寄せながら、小さな声で呟いたのだった。
「いい加減、兄貴とも覚悟決めて向かい合わねえとな」
2025.1.22