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    TariSDMitsu

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    TariSDMitsu

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    流三利き小説の作品を掲載します。
    こちらは作品「D」です!

    #流三利き小説
    #流三
    stream3

     陽の光が明るく、生命が光り輝き温かな風が身を包む桜月。
     神奈川県立湘北高等学校一年生、男子バスケットボール部のエース、流川楓は焦っていた。
     登校日だった同部三年生の三井寿を流川の自主練習に付き合わせ、三井がジャージから黒の詰襟学生服に着替え終わるのを、同様の学生服に着替えて待つ。
     教室の半分程の広さの部室。引き戸の出入り口から伸びた壁に沿い、ステンレス製の鼠色のロッカーが並んでいる。ロッカーは出入り口に近い方から一年生、部屋の奥側は三年生が使用する。帰り支度を終えた三井が奥から三番目のロッカーの扉を閉じたとき、流川は三井の前に仁王立ちした。
     そして、都内四年制大学推薦合格おめでとうございますの言葉の後、高らかに宣言した。
    「ホワイトデーは、先輩の手作りにして」
     三井は栗色の瞳を丸くし、焦る流川とは正反対に、下校時刻を知らせるチャイムがやけにのんびりと鳴った。部室の外からは、男には余裕がなくちゃねえ、という女生徒の話し声が通り過ぎていった。
     流川は焦っていた。
     何故なら、恋人である三井が、あらゆる人から好かれやすいと気が付いたからだ。
     きっかけは冬の選抜。
     夏のインターハイと冬の選抜で活躍した三井は、モテた。
     流川も自然発足した親衛隊から黄色い声を貰う程ではあるが、その実、告白はあまり受けていない。反して三井は、目立つ応援はないのに女生徒からタオルの差入れやスポーツドリンクを受け取ったりしていた。
     宮城曰く、三井は手が届きそうな感じがするからではないか、とのこと。
     そのせいか、三年生が自由登校になる前の十二月、クリスマスも相まって、ちょくちょく三井が呼び出しを受けているのを校内で見かけるようになった。
     これはまずいと玉砕覚悟で三井に告白したところ、なんと恋人同士になれたのだ。
     そんなこんなで無事恋人となった初めてのバレンタイン。
     三井は人を虜にする魅力があると気付き、流川はバレンタインに自分がチョコを贈ることにした。自分が一番三井を好きなのだとアピールするために。
     そして流川はお願いした。
     流川がバレンタインを贈るから、誰からも受け取らないでくれ、と。三井はきょとんとしていたが、承諾してくれた。
     しかし、部活復帰二か月足らずで部どころか三年三組にまで馴染んだ三井は、二月十四日に本気と本気紛いの義理チョコを十数個貰った。泣かれてどうしても断り切れなかったと流川に謝りながら。
    けれども三井は、流川以外にお返しはしないと言ってくれた。
     だが流川は焦っていた。
     手作りから高級品までのラインナップを見て、もし三井が贈り主のことが気になってしまったら。人情に篤い彼のことだ、貰ってばかりでは申し訳ないと思ってしまったら。
     そこで流川は考えた。
    三井からの特別が欲しい。
     人に施すことを厭わない世話好きの三井は、宮城にも桜木にもよく奢る。
    他の人も手にすることができる物を貰うだけでは嫌だ。
    ホワイトデーはこの世に一つしかない三井の手作りにしてもらおう、と。
     ばたんとロッカーの扉を閉じた三井は、スポーツバッグを斜め掛けにすると、仁王立ちした流川の前で呆れた顔で言い放った。
    「俺、料理したことがないから無理」
     あっさり断り部室を出て行く三井をじっとり眺めながら、それでも流川は諦めきれなかった。どうしたら三井に手作りしてもらえるのだろう。
    流川は考えた。外堀から埋めようと。
    まずは堀田だ。
    三井に料理の経験が無いというのならば。三井が気の置けない仲としている堀田に、変に器用な彼から料理の手ほどきを受けさせよう。
    昼休みや授業と授業の合間に堀田を探し、三井に見つからないように廊下の端まで引っ張っていく。そして三井に料理を教えてくれと頼み込んだ。
    堀田は訝し気どころか心底呆れた顔をした。そして流川のたっての頼みも虚しく、三っちゃんの手を煩わせるなとすげなく断られた。それでも一応頼んでおいた。
    続いて、彩子と晴子だ。
     女子からなら聞く耳を持つかもしれないと、ホワイトデーは手作りが流行っていると三井に言ってくれと内密にお願いしてみた。
    彩子はしたり顔で、晴子は疑問符を浮かべて、それでも流川の頼みを聞いて、練習の休憩中に三井に話をしてくれた。マネージャー二人からそれを聞いた三井の反応は、薄かった。
    それなら最後は宮城だ。
    普段色々話をする新主将からなら、下世話な話もしているようだし聞き入れるかもしれない。
    練習終わりに三井が水を飲みに行った隙に、ホワイトデーは手作りが欲しいものだと三井に話して聞かせてくれとお願いした。
    宮城は心から嫌そうな表情を浮かべ、俺を巻き込むなと言いつつもその日の帰り道で三井に声をかけてくれた。三井は「そうかあ?」と首を傾げていた。
     しかし外堀は埋まらない。三井の反応は思わしくないものばかりだ。
    流川は落ち込んだ。
    弁当を食べ終えたばかりの、同じクラスの石井の机の前に仁王立ちし、愚痴をこぼす程度には流川は落胆していた。
    「オフェンスがうまくいかない」
     そう告げて目を下げると、石井は眼鏡を片方ずり落として口をまん丸に開けた。
    「流川が沢北以外にオフェンスで悩むなんて……! 相手は誰? また陵南の仙道さん? もしかして海南の牧さん?」
     慌てる彼の声を聞きながら、流川は気持ちを立て直した。
    そうだ、自分はオフェンスの鬼だったのだ。
     いつだって攻めて、攻めて駄目なら攻め倒せ。
    「三井先輩に、ホワイトデーは手作り一択だって言って」
     首を傾げながらも部の練習前に三井に話を振ってくれた石井を見て、彼に寝ているところを起こされたら出来るだけ穏便に目覚めようと誓った。
     かくして、出来るだけのことをやったホワイトデー当日。
     偶然にも日曜日だった三月十四日に、流川は三井宅にお呼ばれした。三井から、親はいない、良いものだぞ、という言葉付きで。
     少しでも格好良いと思って貰いたいと、黒のフーディーにブラックデニムと、ダークトーンでコーディネートした服で三井のもとへ。
     三井は白の丸首ニットにインディゴブルーと爽やかな出で立ちで流川を迎えてくれた。もこもこのニットが可愛くて、頭から丸呑みにしたくなる。
     いかんいかんと煩悩を振り払い、胸をときめかせ、三井の部屋へ入れてもらう。
     戸建て二階にある三井の自室、ドアノブを回し、ダークブラウンの扉を開いてぐるりと中を見渡した。
     横長方形の部屋は左手の壁に窓があり、その窓に沿うようにベッドが、正面の壁に向かい合うように片袖机が置いてある。右手の壁には本棚や木製の棚があり、バスケットボールに関連するものが収納してあった。床には机の前から出入口にかけて、部屋半分程の面積の長方形のダークブラウンのラグが敷いてある。
     壁に向かって設置された、右側に引出しのある机の上に、それはあった。
     ワクワクして机の前に立ち、縦長方形の箱に目を落とす。
     淡いピンクがかったベージュの箱に、印字されたチョコレート色の「H」の飾り文字。明らかにブランドの店で買った箱に、流川はとてもがっかりした。
    「その店のパティシエ、ヒサシっていうんだぜ」
     流川の心とは裏腹に、お前が何が好きか沢山考えたと上機嫌で説明する三井。
    にこにこする恋人に、残念そうにしてはいけないと唇を引き結ぶ。誰にもお返しはしないと約束してくれたのだから、流川のためだけにこの菓子を買いに行ったのだと思うと少しは気持ちが浮上した。
    「ありがとう。先輩」
    言いながら箱に手を伸ばすと、ふと一番下の引出しから何かはみ出しているのが見えた。
     それはオーガンジー素材の青いリボンだった。
     淡く透けるそれは、贈り物に掛けられるもの。なぜ、そんなものが三月十四日の今日ここにあるのだ。
     嫌な考えが流川の頭を駆け抜ける。
    もしかして、流川の他に菓子を渡す相手ができたのだろうか。
     かっと、流川の頭に血が上った。
    「先輩、これ何」
    三井が機嫌よく説明した箱より先に、引出しからひらりと見える青いリボンを指さして、流川は低い声で唸るように尋ねた。
    「あ? これってどれ」
     流川の指が示す先を三井の目が辿る。
    「あ!」
    言うや否や、三井は瞬時に赤面し、机と流川の間に割り込み立ちはだかった。
    「何でもない!」
    トマトのような顔で叫ぶ三井。
    何でもなかったら、なぜそんな反応をするのか。やはり、誰かにあげるものなのだろうか。
    流川は地を這うような声で三井ににじり寄る。
    「見せろ」
    「何でもないって!」
     三井は両手を広げて断固として動かない。
    「何でもないなら、見せられるだろ」
     がっしりと三井の腕を掴んでどかそうとする。しかし抵抗されて退かせられない。  
    ひたすら何でもないと喚く三井を強引に押しのけて、流川は引き出しを開けた。そして、青いリボンがかかる包みを引っ張り出した。
    引っ張り出したそれは、透明な水色の袋。
    青色のリボンで巾着のように袋の口が結ばれている。
    透けて見えるその中身は、丸のような四角のような、所々焦げがある不格好なチョコチップクッキー。
    明らかに手作りと分かるクッキーが五個入っていた。
    流川は、ひゅっと息を止めた。
    「わああああ!」
    三井は耳まで赤く染め、叫びながら流川の手の中の袋をむしり取り、後ろ手に隠した。
    流川は呆然とその様を眺めていた。
    「先輩……それ……」
    「違う! 違うからな! も、貰ったんだよ!」
     ホワイトデーのこの日に貰っただなんて、明らかな嘘。
    流川はガラガラと足元が崩れ落ちていくように感じた。
    流川には市販のクッキーだったのに、流川の知らない誰かは三井の手作りクッキーを貰えるらしい。お返しは誰にもしないと言っていたのに。誰に、何で、どうして。
    胸が抉られたように痛くて、項垂れた。
    全ての音がどこか遠くにいってしまったように何も聞こえない。うまく息が吐けず、真っ暗な冷たい海底に落ちたように息が苦しい。まるで今にも凍えて溺死してしまいそうだ。
    両脇に腕をだらりと垂れ拳をぎゅうと握りしめる。
    三井の手作りを貰える誰かが、心底羨ましい。
    誰よりも三井の時間をかけてもらえた、誰かが。
    そこで流川は気が付いた。
    流川が手作りを強請ったのは、好きな人に自分のことを考えて欲しかったからなのだと。
    三井の二十四時間のうち、一分、一秒でも流川のことだけを考えてくれたなら。
    それなのに、三井は恋人である流川以外の人間を思い、慣れない菓子を作って渡そうとしていたというのか。
    悔しくて悲しくて、ぎゅっと眉間に皺を寄せた。
    すると、三井の背中側から名刺サイズの白いメッセージカードがひらりと床に落ちた。
    そのカードには綺麗な手書きの文字で、「流川へ」。
    思わず目を見開く。
    三井は声にならない叫びでカードを拾うと、ぼすりとベッドに突っ伏した。
    「先輩」
     震える声でベッドに突っ込んだ三井を目で追い、呼ぶ。
    ベージュのブランケットに顔を埋めた三井は、小さな声で、
    「徳男にまで頼んでんじゃねえよ、ボケ」
    と、悪態をついた。
    そして、普段の快活な様子からは伺えない程にぼそぼそと喋りだした。
    普段料理をしない三井がお返しに慣れない手作りだなんて、恥ずかしい。なのに流川が憚ることなく周囲に頼み込んでいるのを知り、更に気恥ずかしくなってしまった。
    本当は堀田に作り方を教わろうとしていたのに、先に「流川が三っちゃんの手作りが欲しいって」と言われ、聞けなくなってしまった。
    仕方なく見よう見まねで一人で何度か作ってみたが、上手く出来ず。買ったものの方がはるかに美味しそうだしどうしたって見栄えが良い。流川に喜んで欲しいから、買ったものを渡そうとしていたというのに。
    「素直に待ってろよ、ばか」
     三井は項まで林檎色になって呻いた。
     三井の告白に、先ほどまでのどん底な気持ちが嘘のように、流川の胸は膨らんだ。膨らんで膨らんで、天に昇り今にも破裂してしまいそうだ。
    込み上げるこの思いは、なんと言ったら良いのだろう。脳内に花が咲き乱れ、鳥が囀り蝶が空中を舞い踊る。多分、金色の巻き毛の天使がラッパまで吹いた。
    三井の流川への思いをひたひたと感じ、三井のこととなると余裕がなくなる自分を自覚し、反省した。
    流川はベッドにそっと乗り上げ、耳と首裏まで赤くした三井の腰にゆるく腕を巻いて、そっと抱きしめる。熟した耳朶に唇で触れ、そっと問いかけた。
    「いつから、練習して作ってくれたんですか」
    ブランケットでくぐもる声で、三井は呻く。
    「内緒だ、ばか!」
     そして、可愛い可愛い年上の恋人の唇を、手作りのクッキーと共に有難く美味しく頂戴した。
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