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    TariSDMitsu

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    TariSDMitsu

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    流三利き小説の作品を掲載します。
    こちらは作品「E」です!

    #流三利き小説
    #流三
    stream3

    「ねえ知ってる?」
     金髪の女性マネージャーが車のハンドルを切りながら助手席の流川に話しかけた。
    「なに?」
     前を向いたままあまり興味のなさそうな声で返す。
    「チョコレートって昔は飲みものだけだったんだって。しかも媚薬あつかい!信じられないわよねー、いまじゃ子供だって飲んだり食べたりしてんのに!」
    「飲み物?ココアみたいな?」
     流川たちの世代にとってチョコレートといえば真っ先にどこでも売ってる板チョコを思い浮かべる。
    「そう。まあ、媚薬ってほどの効果はないけど、中世の貴族とかでは『ショコラはいかが?』がベッドへのお誘い文句だったんだって。なかなか粋よね、まあチョコレート自体上層階級だけの贅沢品だったから、粋なのも頷けるわ。今みたいな固形になったのは最近…150年ぐらい前じゃなかったかしら?いろんなショコラティエが試行錯誤して作られたのよね。有難いことだわ」
     そうなのか、と流川は耳を傾けていた。
     これから行く仕事に関係があるから、知っておいていいかもしれないぐらいの気持ちで。


     流川は特段ココアもチョコレートも好き、ということはなかった。出されれば飲むし、あれば食べる程度で、買ってまでは食べないほうだった。

    「ねえ、カエデ、それでさ、ほんとビックリしたんだけど、日本ではバレンタインデーは女の子から男の子にチョコレートあげて愛を告白する日なのね!」
     アメリカでは男性が女性にチョコレートに限らず花束やいろんなものを贈って感謝や愛情を告げる日だということをこちらに来て流川は初めて知った。
    「あなた、ハイスクール時代とかすごく貰ったんじゃない?」
     ふと、高校時代、たくさんチョコを貰ったことを思い出した。いろんな工夫と思いを凝らしたかわいいリボン付きのラッピングチョコに、『好きです、もらってください』の言葉を添えられて。

    「まあ、そこそこ」
    「謙遜しなくていいわよ。毎年日本から空飛んであなたのところに届けられるチョコ、今年もきっとたくさんあるわよ。でも今回の仕事、アメリカじゃ男性から贈るものだからカエデにはピッタリの役よ、今年のチョコレートアンバサダーさん?」

     流川はとある超有名チョコレートショップのバレンタインアンバサダーに選ばれていた。
     チョコが好きだと公言したことなど一度もないから本人はなんで?と思ったが、本人がチョコ好きかどうかなんてべつにチョコレートショップには、売れさえすればどうでもいいことなんだろう。
     本当にオレなんかでいいのか?とキャシーに確認したらあなたがいい、是非ともお願いしたいってことよ?NBA選手としての実力も、東洋の神秘的な美しいルックスも、すぺてを兼ね備えた流川楓がモデルにさえなってくれればそれでいいんだって、という事で話はすぐに決まった。


     ただシーズン中は遠征したりホームだったりで試合がつねにある。暇なんてほとんどない。
     だからいま隣にいるマネージャーのキャシーが何とかやりくりしてクリスマスゲーム出場の代休を使って撮影することになった。


     スポーツ用品、服飾プランドなどの広告への出演は経験済だが、チョコレート、バレンタイン、愛と感謝、なんてどんな風に演じればいいのかいまいち分からない。
     日本にいる、恋人の三井に相談しようかと思ったが、時差の都合で掛けそびれて、結局相談できなかった。

     二人のバレンタインといえば、三井はいつも流川に律儀にチョコレートと、かつて流川が三井の下宿に泊まりにきたとき美味しいと言っていた佃煮の詰め合わせを贈り、流川はアメリカにはない習慣のホワイトデーにお返しのセンスのいい香水などを贈る。
     こんなの着けたら、あの人たらしな人がもっとモテるんじゃないか?と心配しながらも自分の恋人には輝いていてほしいという複雑な気持ちを抱くのは恋人の欲目なんだろうか。
     思い出せば会いたくなる、寂しい、恋人と離れて今こんなに切なくて寂しい思いを抱えた自分がホットな愛のアンバサダーを演じるなんて皮肉だよな───







    『会えない時間が愛を育てる、って歌があったろ?』
     ある時三井はそういった。
     その時はまだ流川は留学したてで若くてよく分からなかったけれど、年と重ねるごとにしみじみと知るようになった。
     会えない時間があってこそ、会える時間がとてもとても大切になるんだと。

     一年に二か月ほどしかない貴重なオフシーズンは、チャリティに呼ばれたり、地元の学校に呼ばれたりといろいろバスケ以外のイベントをこなさなければならないが、なるだけ早い時期に済まさせてもらってすぐに日本に帰って三井と空港で待ち合わせ、実家よりさきに三井のマンションに向かってそこでずっとオフシーズン中を一緒に過ごすのが毎年のルーティンだ。
     会えない時間の分だけ、会える時の二人の時間は濃密な愛に溢れていた。
     自分ってこんな性格だったのかと思うぐらい流川は三井に甘え、三井は求められるだけの愛を惜しみなく流川に与えて、一日一日を大切に過ごす、それこそチョコレートよりも甘い時間を。






    「カエデ、着いたわよ、あなた寝てない?寝起きの顔なんてダメよ?」
     もの思いに耽っていた流川がはっと現実に戻る。
    「寝てねー、考え事」
    「あら珍しい」
     冗談を言い合いながら高級チョコレートショップ会社の大きなビルの地下パーキングに入っていく。
    「ここ?」
     首を傾けて流川は窓から見上げる。
    「そう、大会社だからちゃんと中に自前の立派な設備も整ったフォトスタジオもあるワケ、新商品の宣伝とかに使ったりね」
    「へえ」
     確かに今までもそういうところは在った。ファッションブランドなら当然だろうと思っていたけれど、チョコレートショップでとは意外だったが、なるほど『世界中で有名な超一流チョコショップよ』とキャシーが言っていた意味がそれで理解できた。
     まあ、いつもみたいにカメラマンの言うとおりにすればいいんだろう。モデルが本職じゃないんだから指示してくれる通りに動けばいい───そう思いながら流川は車を降りて、ビルに入って行った。


     先にスタジオを見てみたいと流川は言った。
    「あら、珍しいわね」
    「こんなのやったことねーからなんとなく」
    「やる気満々ね、いつもそうあって欲しいわ」

     フォトスタジオを見せてもらう。
     かなり広めの部屋で、いろんなセットが区切られて置かれているが、ああ、ここだなと一目でわかるものが正面にあった。

     天井から赤いビロードの生地がたっぷりのドレープを作って床まで覆っている。
     そこに、小道具というには大きなプロップが立ててある。
     チョコレート色をした2,1,4の数字だ。
     14───それを見た流川の胸がトクン、と鳴った。

     途端に目の前に浮かぶ、あの人のユニフォームに描かれた数字。
     汗にまみれ、へろへろになりながらもその手が放つ確実で綺麗なスリーを決める放物線。

     ふと流川はあることを思いついてひっそりと口元を緩ませた。





     フィッティングルームでスタイリストが用意したチャコールグレーのダブルのスーツに薄い上品なピンクのシャツ、深いワインレッドのネクタイ、ブラウンの革靴を着用し、
    「あとでアウトポケットに差すバラを渡しますね」
    と彼に言われた。
     メイクアップされるのももう慣れたもので椅子に座るとあとはすべてアーティストにお任せだった。
     長い前髪をダックカールクリップで止めてベースから始める。
     白く肌理の整った美しい肌と整った顔立ちにむしろメイクは不要じゃないかと思うほど、こんな美しい男性はいないなとアーティストは内心で感嘆する。
     東洋人の神秘的な美しさを活かした透き通るようなメイクを主体にほどほどに強調した目元と薄く上品な唇が出来上がる。
    「どうかしら、これで」
    「素敵にしてくれてありがとう」
     流川はぺこりと頭を下げて礼を言う。

     次はヘアメイクで、
    「メイクがセクシーだからそれを活かして顔を出すようにしようね」
    「お願いします」
     アンシンメトリーに分けた髪のボリュームを少し抑えて、セクシーな目元が見えるように片方をかき上げてワックスでゆるく固め、片方は柔らかくムースで小分けにまとめて斜めにふんわり流す。
    「こんな感じでどう?ホントにカッコいいな、君は」
    「あなたのおかげです、ありがとうございます」
    とまたぺこりと頭をさげた。
     流川がそんな風に感謝の言葉を口にし、頭を下げるようになったのも三井にアドバイスされたからだ。
    『アリガトウとゴメンナサイははっきり口にしろ、日本を代表する日本人なら感謝の気持ちで一礼しろ』
     だから流川はどこに行っても仕事がしやすいと評判だった。
     それを指南したのが元ヤンの先輩だとは誰も思いもしないだろうけど。



     仕上がった流川がドアを開けると撮影のセットの裏側に出てきた。
     スタイリストから受け取ったバラを胸に差して階段を上がってセットに向かう。
     2と14の間に立ってカメラマンがあれこれ指示する通りにポーズを取る。


     少し経って休憩のときに、ふと小道具がおかれたところに赤い幅広なリボンが目に入った。
     高校時代もらったチョコはどれも可愛いリボンを巻いてラッピングされていたな───
     流川はカメラマンのところに行き、頭の中に思い浮かんだイメージを伝えてそれを試させてくれないかと丁寧に頼んだ。
     カメラマンは面白そうだねと快諾してくれた。

     小道具係が二人、リボンと鋏を持ってやってきて流川の伝えたように上手く細工をしてくれる。
    「すごくいい、イメージ通りで素敵です、ありがとう」
     またぺこりと頭を下げて礼を言う。


     出来上がったところで撮影が再開し、流川はいままでにないノリで素晴らしいショットを連発した。
     終了後、撮影された写真のデータをカメラマンと一緒に見て、最高の一枚を選ぶ。

    「いいねえ、君のアイデアは素晴らしかった」
    「いいえ、あなたの腕のおかげです」
    「一つ、聞いていいかい?」
    「?」
    「君は14になにか思い入れでもあるのかい?」
    「そうよ、私も聞きたい、あんなカエデ、見たことない!」
     流川は答えず、ただ笑みを返した。











     クリスマスも終わり新年を迎え、
    三井から『ハピバ!二十六歳、おめでとう!』
    とラインが来た。
     流川は、
    『アリガトウ、寿さん、そしてちょっと早いけどハッピーバレンタイン』
    と送り返す。
     三井はいまいちその意味がわからず、
    『なに?なんで今それなんだよ?』
    『それは…』
     答えを待つ三井に送られてきたのは一言だった。
    『ナイショ』






     お正月の祝いも終わるとすぐにバレンタイン商戦が始まるのはアメリカも日本も同じだった。
     どこもが一斉に今年の広告を公開する、その中で一番に話題を搔っ攫っている広告があった。


    『三井サン、こっちじゃ大騒ぎなんだけど、そっちなら、渋谷がいいかな、地下ならヤエチカとか行ってみなよ!』
     宮城からラインが来た。
    『え?なに?なんなんだよ?オレはなにもしてねーぞ?』
    『いやそうじゃなくて、とにかく行けば分かるからちゃんと見てあげなよ?じゃね!』

     宮城の言葉の勢いに背中を押されて、三井はとりあえず服を着てダウンの上着をひっかけ、ボディバッグに財布だの携帯だの放り込んで外に出る。
     車は停めるところを探すのが面倒だから電車に飛び乗って渋谷に出た。


     スクランブル交差点はスマホを構える女性や女の子だらけだった。
    ───え?なにこれ?
     彼女らが一点を見据えている、その視線の先を見て、三井は固まった。


     巨大広告に流川がいた。
     赤をバックに、飛び切りのオシャレをして髪をセクシーに整えて、それだけじゃなかった。
     2の数字の上に軽く手を乗せ、片方は赤いリボンで一つにくるくるとまとめられた14の数字をバラを持った手でしっかり抱きかかえ、ほんのり薄く開けた唇で14に口づけしながら、見る者すべての心を奪う極上の艶っぽい流し目でこちらをじっと見詰めている───

     固まっていた三井の頭の中で年始に交わしたやり取りが繋がって、その意味が分かって三井は真っ赤になった。心臓がバクバクする。
     14を抱き、そこにキスを落としながら、妖艶な色気をしっとり纏った秋波を、あいつはこの『オレ』に寄越している───


     その時スマホが鳴った。
     流川からだ、こんな時間に?とすぐに出る。
    「ひさしさん?」
     三井は周りに聞こえないように人混みを離れる。
    「おう、オレだ」
    「見てくれた?」
    「見た、がっつり見た、カッコよすぎて心臓止まるかと思ったぜ!お前なー、オレだけじゃなくて世界中の女、虜にしてどうするよ!」
    「ふふ、気に入ってくれてよかった、心配しないで、オレはひさしさんのものでひさしさんはオレのものだから。早いけどハッピーバレンタイン、じゃあ、またね」
    「ああ、またな」
     いまみんなが騒いで見上げているその本人と電話してるなんて周りには秘密だ。
    ───心配?オレがオレ達のことで心配なんかするかよ



     三井はまたみんなに紛れて広告の写真を何枚か撮って、ついでに自分と一緒に自撮りしてそれは流川に送ってやった。
     ぽこんぽこんと音がしてハートとピースサインが返ってくる。

     三井はこんな素敵でサプライズな『ナイショ』に胸を弾ませながら、世界一カッコいい自分の恋人にしばらく見とれていた。
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