ポカぐだ♀ / ほのぼの / ちゅーちゅー②日が翳って、視界が急に暗くなる。
あれ?と見上げたすぐ近くに彼の顔が迫っていて。
それからすぐにキスが降ってくるの。
くちびるに訪れるふにっとやわらかい感触。
鼻に煙草のにおいがかすかに届いて、頬に触れるさらさらの髪がくすぐったい。
それからちゅっと音を立てて、くちびると影が離れてゆく。
わたしはぽかんと彼を見上げたまましばらく固まって。
上手な返しとかあしらい方とか、知らないからできないんだけど。
できないなりに、なにか言ったほうがいいのかな?なんて思って言葉を探すものの。
頭なんて全然回らないから、結局なぁんにも言えなくて。
サングラス越しに彼の瞳を見ていたハズなのに、気づいたらわたしの目は彼のくちびるに釘付けになってしまっていて。慌てて頭を元の位置に戻して、元々してたことをこなすことにするの。
平静を装って。
絶対、動きも話すのもぎこちないと思うけど。
なんでかわからないんだけどさ。あのひと、今キスがマイブームらしいんだよね。
だいたいがマイルームで編成組んでる時なんだけど。カルデアの廊下とか作戦の休憩中とか、はたまた管制室での会議中とか。状況とかひとがいる・いないとか関係ナシにしてくるんだ。
なに?なんで?どうしたの?って、最初の頃は聞いてたんだけど。
ただ無言で見下ろしてくるだけで何も答えてくれないから、最近はされるがままだ。
表情を見るにからかってるワケじゃないみたいなんだよねぇ。わたしの反応を窺うように、無言でじぃーっと見てくるの。
どういう反応をするのが正解なのかわかんないから、ちょっと困る。
うそ。すごく困る。
ほんとーに!こまる!
きっかけはたぶん、いや絶対、アレなんだけど。
とある特異点にレイシフトした直後に突然超巨大エネミーに強襲されたことがあったのね。
味方はテスカトリポカしかいない中ふたりで撃退するしかなくて。苦戦を強いられてしまってヤバめなピンチに陥ってしまったの。
あとちょっとの魔力があれば宝具が撃てる!
でも令呪を切るのはこれからの任務を考えたら温存しておきたい!
エネミーが強力な一撃を放つモーションに入っている!
迷ってられない状況で、わたしは粘膜からの魔力供給を……ええっと、ハイ。彼にちゅっとくちづけして、魔力を受け渡すことにしたのです。
突然のくちづ……ゴホン!魔力供給に目を丸くするテスカトリポカを真正面からキッと見据えて宝具をオーダーして。
彼はすぐに応えてくれてエネミーをオーバーキルしてくれたのです。
かくしてわたしたちは危機を脱したのでした。
いくら敵が強くってもね、わたしのテスカトリポカに宝具撃たれたらそりゃあひとたまりもないですよ。
ということで、我ながら最適解だったなー、アレは緊急事態で事故みたいなものだもんねー!なんて言い訳して、ニヤニヤしちゃダメだぞ感触を思い出しちゃダメだぞって自分に言い聞かせたのだけれど。
……彼、戦闘後にぶちゅーっと熱烈なキスをしてきて、「相変わらずのクソ度胸だなぁ!」なんて上機嫌に背中をバシバシ叩いてきましてね。
なーんかそれ以来、ことあるごとにちゅっとしてくるようになったのです。
いやぁ、ほんと困る。こまるんですよ。
だって。だってさぁ?……キスだよ?
それも、それもさ……す、好きなひとからのキスなワケで。
やっぱり特別じゃない?とくべつでしょ?とくべつだよね?
なのにあのひと、普通のことですよって感じで、まったく動じることなくちゅっとくちづけしてくるの。
わたしはこんなにどきどきして慌てふためいてるのに。
キスしてもらってニヤニヤよろこぶのを許してくれたら……頭撫でてくれたり笑い返してくれたらいいけどさぁ。
ただの戯れだぜ?って鼻で笑われたらイヤだし。
やめてって言うのは……正直、やめてほしいワケじゃないから、言うのイヤだし。
なので、どうしていいかわからないまま、舞い上がってるのを必死に隠しているの。
あー、でも。みんなの前でキスするのは、やめて欲しいかな。
みんなに見られるの恥ずかしいし。みんながいるときってだいたいお仕事中だし。そういうときはさ、やっぱりよくないよね。
……あ、食堂でもされたことあるけど……。食堂もよくないと思うんだ。
ごはん中にそういうの見たくないよね。きっと。
ということで、管制室でのブリーフィング中、みんなの前でちゅっとキスを落とされて、わたしはついに彼に言うことにしたのです。
これは意見じゃないよ?お願いなんだけどね?
と、前置きをして。
「ええっと。みんながいる前で、キ、キスするのは、そのう……やめてほしいなぁーって。思って、まして……」
つっかえつつお願いを口にするわたしを彼がじっと見つめてくるものだから、思わず目を泳がせてしまう。
見上げる瞳は湖面のように凪いでいて。普段はキレイだなぁってじっと見ていたい瞳なんだけど、今はサングラス越しでもいろいろ見透かされてしまいそうだ。
これまで抗議もせずに受け入れてきたわたしが突然お願いするのって、もしかして気を悪くしちゃうかな?って不安もあったんだけど。
でも彼は怒りもせず笑いもせずに、でも不思議そうにコテンと首を傾げてわたしを見下ろしてきた。
え。ナニソレかわいいんですけど。
「イヤだったのか?」
「え、」
イヤかどうかって……そりゃあイヤじゃないんだけど……みんなの前がイヤなだけなんですって、強調して言うの?それって、ふたりきりのときなら大歓迎ですって意味で捉えられない?
イヤ実際そうなんですけど!
ええっ!そんな、そんなこと言えないよ!
だってまだ告白もしてないのに!!
しどろもどろになって言葉が出てこないわたしにいつもより低い声が降ってきた。
愛情を注ぎすぎるとソッポ向かれる、なんて語った時のような、ちょっと拗ねた声。
「おまえさんが望んでるんだと思っていたんだがね?」
キ・ス
と、大きな口が動いて口パクでキスを形作った。
え。
なんでバレてるの?
いや。いやいやいや。まさかそんな。
わたし、テスカトリポカにキスしてなんて言ったことないよ?
一回も!
バカみたいに口をぽかーんと半開きにして見上げるわたしに再びキスを落として、彼は口を開いた。
いつものキスの後の、じっと見つめてくるあの顔で。
「キスされるのわかってて顔を上げるって、そういうことだろ?」
…………え?
なになに?そういうことだろ?どういうことなの?
ぱちぱちと瞬く。
ええっと。ギミックを検証しますね。
テスカトリポカが近づく。
わたし見上げる。
キスされる。
顔上げるとキスされてますね!
発動のトリガー引いてるの、わたしですね!
「ほんとだ!!」
びっくりして思わず大きな声が出た。
ぼぼっと火がついたみたいに顔が熱くなる。
たしかに強引に上向かされてキスされた、なんてこと今までなかったね!
はじめてならまだしも、何度も同じことされてるのにそれでも彼の気配を感じて顔を上げてたの、ハイ、わたしです!
みんなの前でキスされるのはやめてほしいなぁなんて言って、わたしが顔上げなきゃよかったんじゃーん!
熱くなった頬を押さえて汗をかきかき、大混乱中のわたしを見下ろし、テスカトリポカは腕を組んで逆側へと首を傾げた。トントン、と、指先で腕を叩き、再びわたしに問いかける。
「で、イヤだったのか?
拒絶はしないが喜びもしない。おまえさんの反応を見てもイマイチよくわからん。」
怒ってはいないしからかってる感じもしない。やっぱり拗ね成分が多い気がする。
そんな声色で尋ねられてしまって、わたしは素直に告げるしかなかった。
「う゛……うれしい、んだけど。時と場所は考えてほしいかな?
って、わたしが気をつけます、ハイ」
結局、言ってしまった……気持ちをバラしてしまうことになるとは。
彼のリアクションを見るのが怖くて、わたしはがっくりと項垂れた。
「うおっほん!」
突然、第三者の咳払いが聞こえてびっくりして背筋を伸ばした。咳が聞こえた方向へとしゅばっと顔を向ける。そこには目を泳がせる新所長がいた。
彼は眉を下げつつ、なんとも言いづらそうにゆっくりと言った。
「フジマル。あのね、今、ブリーフィング中だからね?」
ブリーフィング。
新所長の言葉に我に返り周囲を見渡した。
そこには顔を真っ赤にしたマシュ、にんまり顔のダ・ヴィンチちゃん、顔を引き攣らせたカドック、やれやれ顔のシオンに、彼らのような表情のカルデアの職員のみんながいた。
「わあぁ!そうだった!ごめんなさいっ!」
そうだよーっ!ブリーフィング中なのにキスしてきたから、やめてねってお願いしたんだった。
わたしはごめんなさいとみんなに頭を下げてブリーフィングを続けてほしいとお願いをした。
新所長が再開を告げた。
みんながそれぞれのタブレットへ視線が向いたことを確認して、わたしはばくばくとうるさい心臓を落ち着けようと深呼吸を繰り返した。
ひえぇ、恥ずかしすぎる。みんなに見られてたじゃん!やっぱりお仕事中はよくないよ。
わたしがちゃんとすれば大丈夫だってことは今わかったから。
わたしがしっかり!ちゃんと!気をつけないと。
ダ・ヴィンチちゃんが資料番号を読み上げる。
わたしも手元のタブレットに資料番号を入力した。
GOと書かれたボタンをタップして、シオンがまとめてくれたデータを展開した。
資料は白紙化されてしまった地表の調査結果だ。
真っ白な地球の3Dマップ上に赤い点が点在している。カーソルを合わせるとエネミーの出現傾向が表示される仕様であるようだ。
わたしは地球をくるりとひと回しして点の位置を確認していった。
太平洋と、北米、中南米、そして……
ふっと、照明が翳って急に画面が暗くなる。マップが見辛くなった。
急な変化にわたしは首を傾げた。あれ?と顔を上げる。
見上げたわたしの目の前に、ニヤリと笑った彼の顔が迫っていて。
あ。やってしまった。
そう思うよりもはやく。それからすぐに、キスが降ってきたのです。
「ぴゃー!」
「……ック!ふはっ……オレは画面を見たかったんだがね。
おまえさんが望むのならば、仕方がないよなぁ?」
テスカトリポカがおかしくてしかたないって感じに笑いを漏らす。
わたしはもう、すっかり条件反射になってしまっていたみたいで。
絶対わかってやってる!くやしいくやしいっ!
「もう!いじわるしないでよう!」
キッと睨みつけても彼は口の端を吊り上げて笑うばっかり。
たのしそうな顔を見てたら怒りも萎んでしまって。
なにせ好きなワケで。笑った顔かわいいな、なんて思ってしまう、ダメなわたしなのでした。
再びブリーフィングを止めてしまいみんなを見たら目を逸らされてしまったので。
再び深くふかーく頭を下げて、やっぱりしっかりしよう!と決意したのだった。