向日葵の彼女『翠ちゃん?』
「はい!緑色の髪をしている子で、よく社に遊びに来てくれるんです」
『そうなんだ!会ってみたいなぁ〜』
噂には聞いていた、向日葵の笑顔のような少女___及崎翠ちゃん。私は普段から社に留まっていることが少ないから、翠ちゃんとはすれ違いになってしまい未だ一度も会えていない。会うことが出来たら、是非とも仲良くなりたいなぁ。
そう思ってはいるものの、今日は仕事が立て込んでいる。早速、仕事相手の元へ向かわなければ。運が良ければ会えるかな?と小さな期待を膨らませて、仕事へ向かうべく社を飛び出した。
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ぐうぅと鳴る腹の虫を収めるべく、洋食屋さんへと入る。仕事相手の方に勧めていただいたお店だ。こじんまりとした処だけれど、家具や小物がアンティークで統一されていて、ステンドグラスが映える素敵なお店。入った瞬間香る美味しそうな料理の匂いにごくりと喉が鳴った。
「店長さんこんにちはー!!」
入口で足を止めてしまったが故に、元気よく入って来た少女とぶつかってしまった。少女はよろめいたものの、しっかりとした体幹で踏みとどまった。
「わーーっすみません!!お怪我は!?」
『私は何ともないよ、ご心配有難う。私こそ立ち止まっていてごめんね』
あわあわと手を振って怪我がないか確認してくれる。私より二十センチ程小さい為か、小動物のようで迚も可愛らしい。
『此処は君の行きつけ?』
「はい!近くを通ったら必ず寄るんです。オムライスが絶品で…!」
『そうなんだ!私もオムライス食べよっと』
さて、と店内を見渡すも昼時は人が多い。緑色の髪をした少女と相席をすることになった。店の一番隅の席に腰掛ける。オムライス二つと、彼女がまじまじと見ていたデザートを注文する。どうやら彼女は顔に出やすいようだ。素直な子は話しやすい。
『そういえば、名前を聞いてなかったね』
「そうでした!私、及崎翠って言います!」
彼女の名前を反芻して記憶を遡る。緑色の髪、社交的な性格……そして点と点が繋がった時、私はこの出会いに運命を感じた。
『鳴呼、君が!社の皆から話は聞いてるよ』
「社…って、武装探偵社ですか?」
『そうそう!私は柳生伊織、武装探偵社の一員さ』
私が名乗ると、翠ちゃんは大きな声でようやく会えた!と喜びを露わにしていた。真逆、こんな形で出会えるなんて。直ぐさま連絡先を交換し、談笑を交えた。
「伊織さんのこともよく伺ってますよ!聞いていた通り、お姉さんみたいで優しい人…会えて嬉しいです!」
『ふは、嬉しいなぁ。私も翠ちゃんと会ってみたかったから…想像よりもずっと素直で可愛らしい。今日は良い日だ』
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「不思議な子だよねぇ、翠ちゃん」
『明らかに治は嫌われてるけどね』
「あ、やっぱり?嫌われることをした心算は無いのだけれど…如何してだと思う?」
治の隣に腰掛け、敦や鏡花と話を弾ませている翠ちゃんを見る。
初めて会ったあの日から随分経った。翠ちゃんとの仲は随分と深まり、時間が合えば電話をしたり、食事に行ったりするようになった。翠ちゃんは会話に身振り手振りが多くて、少し落ち着きのないところがあるけれど、そこがまた愛嬌があって放っておけない。
仲良くなってからたくさんのことを知った。けれど勘の良い私にとっては、それが少し酷でもあった。
頬に貼られたガーゼ。これだけならまだ良かった。彼女はよく動く子だから、何処かにぶつけて怪我をしたのだと。ただそれだけで終わったのに。
服に染みつく火薬の匂い。手を握った時に感じた、年頃の子にしてはやけに厚い皮膚。これは日常的に銃を扱う者によくある事だ。反動を受けるから人差し指と親指の間の皮膚が厚くなる。
『………気づかなかったことには、出来ないのかな』
治の問いかけには応えず、小さく呟いた。その呟きは賑やかな探偵社の中に消えていく。けれど隣に座っていた治には聞こえていたようで、肩を竦めて少し考えた。
「伊織が何に気づいたのかは知らないけど…」
ぐぐ、と伸びをし乍ら立ち上がった。腰に手を当て、歓談する後輩たちを眺めている。
「その時が来たら考えればいい。その時は、皆で頭を突き合わせて考えよう。社の皆にとっても、彼女は良き友人なのだから。
何も伊織だけが悩まなくて良い」
きっと、私が何に気づいたのかなんてお見通しだ。最初の問いかけだって、治の頭脳があれば直ぐに判る。けれど知らないふりをしているのは、彼の中の良心であり、私への気遣いなのだろう。
「伊織さん!」
『はーい』
翠ちゃんは本当に楽しそうにしていて、一見すると普通の女の子だ。ごく普通の家庭で、闇なんて知らない世界で生きているような、暖かい笑顔を見せている。
『…翠ちゃん』
「何ですか?」
『次来た時には、一緒に周辺を散歩しよう。初めて会ったあの洋食店にも行って、たくさんお話して。なんなら泊まりに来たっていい。
待ってるから、何時でもおいで』
「はいっ!!」
にぱっと大きく口を開けて笑う。心の底から嬉しそうな声を上げる彼女に、私も釣られて口角を上げた。
ヨコハマの深い闇の中で、彼女が何を思い、何をしようとしているのか……私が口出しすることでは無い。
___けれど。それでも、無邪気に私の名を呼んでくれた彼女を、此の儘放っておくことは出来ない。だって、大切な友人なのだから。彼女が自分で選んだ路を後悔しないように、これから歩むのが正しい路であるようにと、私はそっと彼女の頭を撫でた。