夏の思ひ出これは平和な学園生活の、とある一頁に綴られたお話。
「いおりんお疲れ様〜」
『伊織先生ね?お疲れ様!水分しっかり取るんだよ』
授業終了の鐘が鳴る。生徒が全員校内へ入ったのを確認してから、職員室に昼食を取りに行く。空は真っ青に晴れ上がり、留保なく地上に照りつける太陽が梅雨明けを宣言していた。そして正門近くの壁に近づき、手で日差しを遮り乍ら上を見る。
『翠ちゃーん』
「あっ、伊織先生!こんにちは!」
ひょこっと校門の壁から顔を覗かせた、校内に侵入してくる少女。近くの高校に通っていて、私の家の近所に住んでいる及崎翠ちゃんだ。昔からの仲で、一緒に遊んだり勉強を教えたりしている。
『お昼、一緒に食べよう』
「はい!是非!」
慣れたように軽々と着地する。相変わらず元気そうで良かった…とはいえ昨日も一昨日も来ていたけれど。日陰になる処に腰掛ける。翠ちゃんの通う学校もだいぶ個性の強い人が多いみたいで、笑い乍ら学校のことを話してくれた。
小さい頃は伊織ちゃん伊織ちゃんと後ろを着いてきてくれていたけれど、私が教員になってからは先生呼びになったから、一寸だけ寂しいかも。
『そういえば、夏休みの予定って決まってる?』
「まだ全然。なので皆を誘おうと思って」
『そっかそっか!』
愉しみだなぁ、と心を躍らせ乍ら御飯を頬張っている。夏休み中に行われる行事と云えば夏祭りかな。確か祭りの運営さんに出店の手伝いをするようにお願いされてたっけ。他には部活の遠征について行くくらいしか予定はない。主要教科を持ってる訳じゃないし時間はある。
『ねぇねぇ、今年は私とも遊びに行かない?』
「行きたい!!」
前のめりになって返事をする翠ちゃんがあまりに可愛いかったので、お気に入りのおやつであるラムネをあげた。海に花火に…と指折り数える彼女に、私も心が浮き立った。
✳ ✳ ✳
『凄く愉しかったね!充実してたなぁ』
「連れて行ってくれてありがとうございました!私も愉しかったです〜!」
パチパチと弾ける線香花火を持ち乍ら、夏休み最終日の夜を満喫する。海へはうちの生徒と日にちを合わせて行き、私と全力競泳をしたり、ナンパされている友人にだる絡みしたりしていた。夏祭りでは借りた浴衣を着てはしゃいで、私の出店で買ったかき氷を一気に食べて頭を痛めてた。私は出店していて法被を着ていたから、七夕では二人で浴衣を着れて嬉しかったなぁ。あとあれだ、山登り。近所の子供たちの要望に応えて登山に付き合った時、翠ちゃんにも来てもらったんだ。子供たちと競争し乍ら愉しんで頂上まで辿り着くことが出来た。
線香花火の持続競走しましょ!と云っていそいそと準備をする。一緒に遊びに行って、うちの生徒たちとも仲良くやれているようで安心した。でもやっぱり私に対しては気を遣わせちゃってるかなぁ。
『翠ちゃん、私は君の学校の先生じゃないし、前みたく伊織ちゃんって呼んでもいいんだよ?』
線香花火の火種が落ちる。嗚呼、持続競争は私の負けだ。数秒遅れて翠ちゃんの線香花火の光も潰えた。次は派手な手筒花火でもやろうかと取り出すと、蝋燭の火に照らされた翠ちゃんの瞳は悦びに満ちて輝いていた。
「い、いいの!?呼ぶー!伊織ちゃん!!」
『…ふは、声大きいよ翠ちゃん』
はっとしたように口を抑えるけれど、その口元は迚も緩んでいた。つられて私の頬も緩む。
『次は冬休みか〜。また行こうね』
「うん!行きたい処探しておくね!!」
『準備早いな』
顔を合わせて笑う。手筒花火を振り回して、ぐるぐると駆け回り乍ら年甲斐もなくはしゃぐ。
二人の笑顔が夜空に咲き誇った。