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    hirata_cya

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    hirata_cya

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    2024年11月に発行した譲テツ小説本の蛇足。譲介視点ネタばらしです。
    本編を読まないと意味が分からない注意。

    アイラブユー・アイノウ 「J」 彼の体に、もうなにをどうしたところでいまさら手の施しようがない疾患が見つかったのは。彼にとっては長年の相棒を看取ってほどなくで、僕にとってはとある正月のなんでもない夜勤空けの日のことだった。
     検査結果の紙に目を落としながらもう充分生きたと笑う彼に、やり残したことはあるかと念のため聞いてみると、大概はやり尽くしちまったと返答が来る。
     それはそうだろう。あれだけめちゃくちゃな生き方をしておいて、今更心残りがどっさりあったら怖い。
    「ああ、そういえば。人類で一番強くてすばらしい存在になる夢をまだ叶えてねえな、一丁やるか、今から」
    「特撮映画に出てくる悪の組織の親玉の発想ですね。考え直してください」
    「だったら写真でも撮るか? ふたりで正装して」
    「いいですね。壁に飾りましょう。サイズはA2でいいですか?」
    「素直にL版で焼いて写真立てにいれとけ」
     そんなふざけた会話をしつつ、できる限り彼の苦痛を取り除き、穏やかに最後の日まで過ごせるようにと計画を立て、実行していく。
     彼はスキルス胃癌に侵されていたとき、いわゆる「終活」とやらを粛々と進めていた。寛解して僕とともに暮らすようになってからもそれはゆっくり続いていたようで、命の期限が切られてみれば、やるべきことは驚くほど少なかった。
     すべてが終わった後にK先生と一也にこのことを話すと、普通はもっとやることが沢山あるものだと教えられた上で、ドクターTETSUらしいと言われた。
     僕にしてみればあの突然やってきてすべてぐちゃぐちゃにして行く嵐のような人が、人生の店仕舞いだけは妙に綺麗にしていったのが妙にちぐはぐでどこか可笑しかったのだけれど。
     そうして、いよいよ今日か明日かというとき。
     ベッドに横たわり、痛み止めの点滴を受けている彼がぽつりと呟いた。
    「指輪は燃やすな、おめぇにやる」
     また一緒に暮らそうと決めたとき、それはもうごねてごねてごね倒して、そこまで言うなら仕方ない、と彼に頷かせて買った揃いの指輪。
     一回捩った翼のようなデザインは彼の発案だ。
     ずっと左手の薬指に付けてくれていたそれを、僕にくれるのだと言う。
    「持って行ってくれないんですか」
    「持って逝ったところで、どうせ三途の川で引っ剥がされるだろうが」
     奪衣婆に取られるならお前に渡したほうがまだマシだと悪態を吐いてみせるそれが、本当に綺麗さっぱりと何も残すこと無く終わろうとしている彼が、この世界に残していくことを決めた「後腐れ」なのだと分かっている。
     忘れるなも、引き摺れも、オレ以外の誰のものにもなるな。でさえも。やさしさと不器用が過ぎる唇では言えないから。だからその全てを込めて、金属の輪ひとつを形見にくれる彼を、だからこそ愛していた。愛している。
     きっと未来永劫、死ぬまでずっと。
    「ああそうだ、お前、近々随分な田舎に引っ込むそうじゃねえか」
    「なんでそれ知ってるんです? 一応内々の打診レベルの話ですよ」
     クエイドに繋がるさる医療法人が田舎の潰れた診療所を買い取り、地域医療の拠点として運営するので、そこの所長をやらないかという誘い。
     ひとりで診療を回した経験が無かったため、いい経験になるだろうと引き受けようと考えた。
     ついてきてくれませんかと近々彼にも相談するつもりでいた。その前に彼の病が発覚し話は延期、引っ越しのお伺いは無しになったのだけれど。
    「名胡桃医院か?」
    「ほんとよくご存知ですね」
     裏の世界とはあらかたケリをつけた、というのは絶対に嘘だろう。僕は教えていないしクエイドから情報が漏れるとも思えないので。
     この人が昔取った杵柄で嗅ぎ付けてきたとしか思えなかった。
    「そうかよ」
     色褪せた赤。
     いつだったかサンフランシスコを訪れた時、妙に惹かれて買い求め、この人に贈った革のキーケース。魚の形をしたそれを、彼は妙に大事にしていて、寝台から起き上がれなくなった今も手慰みなのか掌で転がしている。
    「開院したら、そうさな……夏の雨の日に会いに行ってやるから、丁重にもてなせよ?」
    「猫が帰って来るおまじないでもしておきます? まつとしきかば、って歌を茶碗の下に敷いて」
    「バカヤロォ、真面目な話だ」
    「はいはい」
     今は内装だけでなく外装も大改築を行っているのだという診療所の開院まで、この人の体が例え奇跡がおきたってもたないことを知っている。
     病状は包み隠さず全てを話せとの希望で、僕はそのとおりにしているから、医者の彼が自分が明日を迎えられるかも分からない体なのだと理解していない筈もないのに。
     不思議なことを言う、と。そのときはそう思った。
    「そうだ、明日の朝ごはんはキッチンを借りられることになって。スクランブルエッグを作りますね。なんと珈琲も出しますよ」
     できるだけ咀嚼が楽で呑み込みやすいものをと試行錯誤を繰り返して、辿り着いた僕の十八番がスクランブルエッグだ。最初は完全な炒り卵にしてしまって、そぼろと桜でんぶ持って来い、と越中瀬戸焼の茶碗片手に笑われたものだったけれど。
    「譲介」
     乾燥で少しぱさついた厚い唇から紡がれるのは、英語で愛を告げる言葉。
     母国語だと、恥ずかしがり屋で頑固なこの人はなかなか素直に好意を表してくれないので、ならせめて英語で! と食い下がった結果である。
     愛の言葉を口にして伝えられることがほとんどなくても、僕は自分が彼にとても愛されているということを知っている。もう誰にも顧みられないし愛されることもない負け犬の人生なのだと、独り悔し涙にくれることはない。
     この人が教えてくれた、生きる術を。
     だから僕も微笑んで口を開く。

    I know.
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