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    らいむ

    @lemonandlimejr

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    らいむ

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    仗露道場2024/10/24「厚着」(2022/12/2お題) あんたたち正月どうすんの、とおふくろに訊かれたのが始まりだった。
    「正月? 別になんもねーけど」
    「向こうの家、行かなくていいわけ?」
    「向こう……?」
    「露伴先生のとこよ。普段杜王町こっちにいるんだから、たまには顔見せときなさい。ヨメ一年生ともなれば点数稼いどかなきゃね」
    「誰がヨメだ、誰が」
     自分は「ヨメ」になったことはねーおふくろだが、ダテに教師とかやってねェ。これッと決めたモンのためなら世間の目なんざ地の果てまで蹴っ飛ばすけど、まるっきり常識知らずってわけでもなくて、必要と認めた時はいっぱしに振る舞ってみせる。考えてみりゃ、そーいうとこ露伴と似てるかも。
     人生の先輩のありがたーいアドバイス(本人談)を露伴に話したところ、案の定「そんなもんか? 実家なんか去年も帰ってないぜ」とはなはだ気のない反応だった。「おまえも知ってるだろ」って、確かに去年はおふくろがダチと温泉行ったのをいいことに、暮れから露伴のマンションに転がり込んでヤり納めだの姫始めだのとムチャクチャだった。ほとんど服着るヒマもねェありさまで、大晦日と元日に公休が重なるフィーバー並みのツキに恵まれ、露伴は露伴で破産なんかしたばっかりで、お互い頭のネジが二、三本ブッ飛んでたかもしんねェ。
     そんなこんなで正月二日に一泊の約束を取りつけ、S市駅からバスに揺られて(今は新車があるけど、露伴の実家に二台分の駐車場がない)約半年ぶりにやって来たはいいものの。
    「あのッ、あ、明けましておめでとうございまっス!」
    「い、いらっしゃい……」
     露伴はもちろんフォローなんかしねェから、ちっこい注連飾りを吊るした玄関に出てきたおふくろさんと、コントみたいにぎこちない挨拶を交わす。
     あの後杜王グランドホテルで両家顔合わせ的なことはやったけど、この家に来るのは初対面の時以来初めてだ。会うのもたった三回めなわけで、雰囲気コチコチなのは否めねーよなァ。
     相変わらず優しそうっつーか気弱そうっつーか、露伴の生みの親だなんてにわかには信じらんねェおとなしい人だ。なかなか子どもができなかったとかでおふくろとも歳の差が結構あって、おふくろはあの性格だからかまわずグイグイ行ってたが、この人のほうは明らかに腰が引けていた。
     通されたリビングには相変わらず無口な親父さんがいて、いや無口っつーか、何しゃべっていいかわかんねェって感じだな。おれはともかく実の息子相手でもそーなんだからすげェよ。何がって、そんな空気をものともせずにケロッとしてる露伴のオレ様ぶりが。
     おふくろさんはお茶を出し、茶菓子を出し、それがなくなったと思ったらリンゴを剝いて出しと、とにかく片時も腰を落ち着けるってことがねェ。露伴も親父さんも全然気づいてねーようだけど、「お茶? 飲みたきゃてめーで淹れな!」なんて教育的指導を受けて育ったおれとしては、それこそ落ち着かねェ気分だった。かといって、いきなり台所に乱入するわけにもいかねェだろう。チワワみてェにビビらせちまうに決まってる。
    「どうだ、最近は」
     テレビの画面にぼんやり目をやりながら、親父さんがボソッと露伴に話しかけた。
    「どうって?」
    「いや……仕事とか」
    「聞いたところでわかんないんじゃあないの? ま、順調だよ。毎週納得いく漫画が描けてるし、コミックスの初版部数も上がり続けてるし、こないだはちょっとした賞をもらった」
     賞って、ヤ◯ーのトップに載ったアレのことだよな。いつもどおりニュースをチェックしてたらいきなり見慣れた名前があって、おれは職場のモニタに茶を噴いた。これがおれの最愛の人だぜって自慢しまくれるんならともかく、それは露伴に禁じられてる。そういや、おれが帰って猛抗議した時も、露伴はおんなじセリフを言ってたな。「だって君、聞いたところでわかんないんじゃあないの?」って。
    「ひ、がしかたくんは……?」
     おおっと、思いがけなくこっちにも来たぜ。いやまァボチボチっスねー、なんて毒にも薬にもなんねェ返事をしてヘラヘラ笑う。
    「こいつの場合、商売あがったりのほうがいいんじゃあないの?」
     相ッ変わらず、よけいな時によけいなことを言うよな、あんたは‼︎ 親父さんが気を使ってくれてるってのによォ。
    「うん、ああ、そう……社会に欠かせない、立派な仕事だからなあ」
     口ごもりながら言った親父さんが、猫背気味の姿勢からいきなり頭をのけぞらせた。あんまり急な動きだったもんで、なんかの発作でも起こしたかと腰を浮かせかけたほどだ。
    「いやッ、もちろん、おまえの仕事だって、立派なものだと思ってるとも!」
    「……何言ってんだよ」
     さすがに知り合って十年も経とうかって今なら、こんなことで露伴はキレないだろうってぐれーはわかる。それでも、実の親にもここでキレるヤツだと思われてるとか——さもあきれたってふうに否定してみせた露伴の耳が、チコッと赤くなってることとかには驚いた。
    「父さんたちに漫画は理解できないって、こっちはとっくに理解してるんだ。別に、フォローなんかしなくてない。そもそも作家としてだって、賛否両論あるタイプなんだから、ぼくは」
     うむとか、ふむとか、そんな感じのことを親父さんは口の中でモゴモゴ言う。露伴はフンッて鼻を鳴らしたけど、いつもの一割も迫力がなかった。
    「露伴、これでいい?」
     そこへ、またぞろどっか行ってたおふくろさんが入ってきた。見ると両手に何やら重そうなものを抱えている。
    「ちょッ、そんなんおれが運ぶっスよ!」
    「ありがとう。でも、これで全部だから」
     リビングのテーブルに三冊ばかり積まれたのはアルバムだった。かなり古くて埃っぽく、表紙の色とかもバラバラだ。
     こ、これは……!
    「……ぼくは、運んでこいなんて言ってない。自分でまとめるつもりだったんだ」
     おれの視線を勘違いしたのか、露伴が弁解するようにつぶやく。
    「昔の写真を出せとかたまに言われるからさァ。この機会に、うちに持ってっちまおうと思って」
     グレート! 漫画家の昔の写真を何に使うのかさっぱりわかんねーけど、いい仕事してくれるぜ、集◯社‼︎
     おれは一冊手に取って表紙をめくった。半袖半ズボンから棒っ切れみたいな手足を突き出したチビが、「1」って旗の隣に仏頂面で突っ立ってる。「四年 運動会」って手書きの見出しが貼ってあった。
     うおおおおおおお……ッて雄叫びを必死で飲み込み、平静を装う。シレッとしてねーと、露伴に取り上げられちまうからな。
    「徒競走っスか」
    「そう。足は速かったのよ、この子。いつも一着。全然うれしそうにはしないんだけど」
    「うれしかないだろ。たかが学校の運動会で」
    「でも、負けた時はすごく口惜しがってたじゃあないの。幼稚園の頃とか」
    「あれはッ……だって、フェアじゃあないだろ! あの時分の一歳近い差なんか、理不尽なぐらいデカいんだからさァ」
     早生まれがどーだこーだと露伴がまくしたててるのを聞き流しながら、おれはひたすらちっこい露伴を見つめる。シートの上でおにぎり食ってる(大口開けてんのがカワイイ)のとか、フォークダンス踊ってる(やっぱり仏頂面)のとか。いくつかめくると背景が切り替わって、露伴も長袖姿になった。きちっとした白シャツで、でも下は黒の半ズボンだ。なんで昔のガキって、年がら年じゅう半ズボン着せられてたんだろーな。相変わらず棒っ切れみてェに脚が細くてまっすぐで、今の露伴のエロい脚とは全然違って幼く感じる。
     写真の露伴は板壁を背にして立っていた。でっかく東京ドームを描いた絵と、横に白い短冊みてェのが貼ってある。短冊には「平成元年 東京都小学生絵画コンクール 金賞」と書いてあった。いくつだろうと考えるまでもなく、絵の下に「五年 岸辺露伴」と小さい紙をもう一つ見つける。
     今の露伴の絵と比べるともちろん子どもっぽいんだが、それでも小学生にはありえねーほどうまい。しかも露伴の絵って、単にうまいだけじゃあねーんだよな。なんつーか、パッと目を奪われて、そのまま離せなくなるような力がある。露伴本人とおんなじだ。
    「やっぱドームができた時って、すげェ盛り上がりだったんスか?」
     なんたって日本初だもんなァ。晴天バーディーズなんか、いまだに本拠地ドームじゃあねーし。
     しかし露伴は「さあな」とつれない反応だった。
    「知らない。当時は野球に興味なかったしな。絵的に映えるから選んだだけだ」
     言われてみれば確かに、最初に球場に誘われた時の文句は「取材」だった。おれのほうも特に好きでもなかったが、じいちゃんがいっつも巨人戦を観ていたし、職場の草野球チームにも入れられてる。何より露伴が行きたいならって付き合ううちに、今やふたりしてすっかりバーディーズファンだ。
    「ついてこなくていいとか平気で言うんですけど、小学生でそういうわけにもいかないでしょ。夏の暑い時にはるばる後楽園まで行って、一日ひたすら表で座ってましたよ。ほっとくと水も飲まないんだから。ちょうど試合があったみたいで、すごい人出で」
     あれは忘れられない、とおふくろさんが首を振る。
    「途中でちょっと酔っぱらったみたいな、変な人に絡まれて」
    「えっ!」
     ヘラヘラ因縁つけられたのに露伴がいつもの調子で返して、口論から画板にチューハイぶっかけられて、大立ち回りになったんだそうだ。相手は貧相なオッサンで、かなり酔ってたのと子ども相手でさすがに腰が引けてたのもあって、ガチでかかっていった露伴はまあまあ善戦(本人談)したらしい。ぶっちゃけ手を出したのは露伴が先だったが、一部始終を目撃した人に事欠かなかったおかげで、すぐ駆けつけた警備員に相手が引っぱられていって一件落着だったとか。
    「そんなことがあったのか……」
     初耳だったらしく、親父さんが茫然とつぶやく。
    「あなたの知らないところでね、あったのよ、いろいろ。自分からもめごと起こすタイプじゃあないけど、何か言われたら絶対折れないんだから。妙に目をつけられやすいし」
     ハア……とおふくろさんがため息をついた。この人、ネタがあればそれなりにしゃべるんだなあ。あと、意外に辛辣だ。
     ま、絵に酒ぶっかけられりゃな。露伴が激怒すんのもわかる。その後どうしたんだろう?
    「描きなおすだろ、そりゃ」
    「キレねーの?」
    「キレてる場合かよ。そんな暇があったら描く」
     露伴はしごく淡々と語った。こーいうとこなんだよなァ、おれが露伴を尊敬すんのは。
     二冊めに入ると、写真は目に見えて少なくなった。見出しとかもなくなってだんだん雑になってくあたり、露伴じゃあねーけどそれこそリアリティがある。最後は「平成八年度 都立——高校卒業式」って看板の前で撮られたもので、ベージュのブレザーに臙脂色のネクタイを締めた露伴と、おふくろさんと、黒い着物に黒い円眼鏡をかけた小柄なおばあさんが写っていた。
    「うちのバアちゃんだよ。ぼく、高三の頃はバアちゃんちに住んでたんだ」
     私たちはこっちに転勤になったもんですから、とおふくろさんが横から補足する。
    「とっとと独り立ちしたかったからさァ。母さんは、父さんのほうについてけよって言ったんだ」
     その話は聞いたことがあったけど、本人を(写真だが)見るのは初めてだ。唇をニッと引いて笑ってるんだが、なんか……タダ者じゃあない気配を感じる。
     最後の一冊を開いた。腹の大きなおふくろさんから始まって、退院、お宮参り、お食い初めとか、一枚ずつきちっと見出しがついている。さすがの露伴も、この時期はごく当たり前の赤ん坊だ。やっぱり仏頂面ではあるんだが。あと、これは気のせいかもしんねーけど、目つきが妙に鋭い。
     オムツ一丁とか、今なら「ねーよ」って写真満載なのが昭和だぜ。おれなんか一歳から三歳までおふくろが東京で大学行ってたもんで、じいちゃんばあちゃんが撮って送ったその手の写真が山ほどあった。うちでアルバム見た時は、露伴とおふくろ二人がかりで爆笑されたもんだ。だから露伴は仕返しを警戒してるっぽいが、この仗助くんがそんなことするもんかよ。おふくろさんが卒倒しちまうだろ。
     それに……カワイイ。別におれは特別子ども好きとかじゃあねーし、町で見かけるガキにもなんにも思わねーが、ちっこい露伴は妙にかわいく見えるから不思議だ。いや、別に不思議じゃあねーか。今の露伴もめちゃくちゃカワイイ時あるもんな。主にベッドでだけど。
     とある一枚で、ページをめくるおれの手は止まった。
     モコモコの毛糸の帽子とマフラー。ほとんど顔なんかわかんねーぐらい着膨れた露伴は、アニメらしきキャラの絵がついた長靴を履いていた。手袋も分厚くて、なのに右手にはしっかり小さいスケッチブックみたいなのを持っている。
     そして左手をつないでいた——画面に向かってピースする、セーラー服にコートを羽織った女の子と。相変わらず仏頂面をしてるんだろう露伴の分もというように、弾けるように明るい笑顔を見せている。振り返ってはいけない小道で、訪ねていったおれたちに向けてくれたのと同じ笑顔を。
     チビの露伴が厚着なのも道理で、背景は一面の雪景色だった。たぶん、東京じゃあありえねェ量だろう。よく見ると後ろに写ってるオブジェなんかにも見覚えがあった。
    「それ、杜王町です。東京の前にしばらくいたことがあって」
     おれの沈黙をどう思ったか、おふくろさんが早口で説明する。
    「一緒に写ってる子は……あの、ご近所にいた娘さんで。露伴に、その、とってもよくしてくださって」
     親父さんはあからさまに目を逸らしてるし、この人たちはほんとハッタリがうまくねェ。彼女のことを——たとえば「今も行き来してるんですか」とか——根掘り葉掘りされたくないって空気をまるで隠せていなかった。
     おれはアルバムから顔を上げて露伴を見る。露伴もおれを見つめていた。グリーンとブラウンのの瞳は静かだった。
     いろんな喜びや、悲しみや、涙や痛みや笑顔の果てに、おれたちは揃ってここにいる。
     ——仗助。ぼくと一緒に生きてくれ。
     おれにそう言った時も、露伴は同じ静かで迷いのない目をしてた。おれは泣けて泣けてどうしようもなくて、涙をボロボロこぼしながら「あんたなしで生きられるもんかよ」ってようやくそれだけ返したら、露伴はたちまち顔をしかめて「そりゃまずいだろ」だと。トコトン性格合わねーよなァと、泣きながらゲラゲラ笑ったんだ。
    「ありがとうございました」
     アルバムを閉じた時、おれは自然と頭を下げていた。
     露伴のご両親に。天へ昇っていった鈴美さんに。
     このひとを生んで、育てて、守ってくれてありがとう。
     おれたちを、出会わせてくれてありがとうって。
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