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    らいむ

    @lemonandlimejr

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    仗露道場2024/12/6「抱っこ」(2023/3/4お題)「岸辺露伴先生、ですよね?」
     声をかけられて振り向くと、若い男女が立っていた。男はスーツにコート姿、女も化粧や髪型を見るに、これが彼らにとって特別な外出なのだとわかる。
     夫婦でファンです! と熱い調子で語られて、そこからはいつもの流れ。差し出された手帳にサインして、求められたから握手もした。すぐ横に立つトンチキな頭とデカい図体の超絶美形に目もくれないあたり、マジに熱烈なファンなんだろう。
     じゃあと立ち去りかけた時、夫のほうに「あの……」とモジモジしながら声をかけられた。
    「図々しいお願いなんですけど」
     そんな切り出し方をされると、なら言わなきゃいいんじゃあないの、とまぜっ返したくなるのがぼくの性分だ。そう思う間に、すかさず仗助に肘でつつかれた。「正月から波風立てるもんじゃあねーよ」とでも言いたいんだろう。フン、こっちだっておまえの考えなんかお見通しだってんだ。
    「ウチの子、抱っこしてやってくれませんか? 初めての初詣なんです!」
     ぼくは傍らのベビーカーに目をやった。モコモコに着込んだ赤ん坊が、寝袋みたいなのに突っ込まれた足をバタバタさせている。
    「いいの? このご時世に、よその男に赤ちゃん触らせたりなんかして」
    「とんでもないです、ぜひ! 実は名前も先生の作品から頂いてるんです」
     妻も言いつのる。ま、そこまで言うならぼくに否やはない。
     夫がベビーカーの上に身をかがめた。あちこち外したり動かしたりして、赤ん坊を取り出し抱え上げる。へえ、今のベビーカーって、ちょっとした車のシートみたいになってるんだな。なかなか興味深い。
     どうぞと手渡された赤ん坊は、思ったよりずっしりしていた。知らないヤツに抱っこされてるってのに、ニコニコといたってご機嫌だ。聞けば名前は公一だという。いいじゃあないか。立派な男になるぞ、この子。
    「『こういち』って、康一から取ったのかよ?」
    「違う、漫画が先だ。そこがまた運命ってヤツだと思わないか?」
    「出たよ、あんたの康一びいき! 何言ってんだっつーの」
     夫婦に乞われ、拝殿の前まで移動して一緒に写真に収まる。元日ではないせいか、大人数にもかかわらずスムーズに位置取りできた。
    「しっかしあんた、抱っこが堂に入ってんなァ」
     カメラマンを買って出た仗助が、夫婦にスマホを返しながら言い出した。
    「そうかい? おっかなびっくりだぜ」
     赤ん坊なんて静以来だ。あの子がもうすぐ大学院を卒業するってんだから、えーと、何年ぶりだ?
    「静ン時も思ってたぜ、おれ。なんでこんな慣れてんだよって。億泰があんたのこと、モナリザに似てるとか言ってたけど、むしろアレじゃね? イエス様抱っこしてるヤツ」
    「君こそ何言ってんだよ」
     四十代も半ばのオッサンを名画の聖母に喩えるなよなァ。アバタもエクボってか? 年が変わっても相変わらず恥ずかしいヤツだ。
    「いえ、ほんとにお上手ですよ。公一もとっても喜んで」
     夫がヘラッと笑いながら口を挟んだ。
    「公一くんが大物なんだろう。将来が楽しみだね」
     キャッキャと笑うほっぺたはふくふくしている。ふわふわの髪の毛のてっぺんを鼻先がかすめると、ほのかにミルクの匂いがした。甘くあたたかい、幸せの香りってヤツだ。
    「おれも撮っていいっスか? 赤ちゃんの顔は写んねーようにしますんで!」
     仗助が夫婦に頼み込む。どういうつもりだか知らないが、無敵の愛嬌を振りまいてるからありゃ本気だな。冗談みたいな美貌のキラキラスマイルに抗える人間がいるはずもなく、二つ返事で許可が出た。
     ぼくはもう一ペン拝殿を背にして立つと、仗助が嬉々として構えるスマホに向かってポーズを取る。と、妻が数歩仗助のほうへ進み出た。
    「あの、よろしければご一緒にお撮りしましょうか……?」
    「マジっスか⁉︎ お願いしまっス‼︎」
     仗助はすかさず笑顔を大安売りし、ぼくが何を言う間もなく話をまとめてしまう。しかし、なんでよその赤ん坊と三人で写真撮らなきゃなんないんだ……?
    「ほらほら、早くするっスよ!」
     急かされて、あわただしく仗助から妻の手に渡ったスマホのほうへ向き直る。ピースを作り、ちゃっかりぼくの肩まで抱いて、画像の仗助は極上の笑みを浮かべていた。


     帰りはこれも毎年恒例の甘味処に寄った。汁粉だのずんだ餅だのを頼み、しばしひと息つく。
    「君がそんなに赤ンボ好きとは知らなかったな」
     飽かずスマホを眺めてはニヤニヤしている仗助を、頬杖ついて白々と睥睨しながら言ってやった。
    「まさかとは思うけど、ぼくとの子どもが欲しかったとか、気色悪いことを言い出すんじゃあなかろうな」
    「はあ⁉︎」
     仗助は頭を上げると、亀をつきつけられた時のように顔をひきつらせた。
    「新年早々、なにイカレたこと言ってんの? さすがの仗助くんもチコッと引くぜ〜」
    「オイオイオイオイ!」
     なんでぼくの頭があぶないみたいな流れになってんだよ! 新年早々ムカつくなァ、こいつ。
    「だってよォ、露伴と写真撮れるんならおたくの赤ちゃんはいりません、つーわけにはいかねーだろ。あそこは一緒に写っとくしかねェじゃあねーか」
     確かに、それはそうだな。
    「あの女の人、おれたちがラブラブの仲だってわかったんだぜ! だからあんなこと言い出したんだ」
     仗助がやたらノリノリだった理由はこれか。ぼくたちの愛を感じ取ったんだとか、いい歳して発想が乙女チックなこいつは悦に入ってるんだろうが、あの夫婦は二人してぼくの愛読者なんだ。ジャ◯プのコメントに折に触れ書いてる日常エピソードから当たりをつけたんだろうってことは、武士の情けで言わないでおいてやるとしよう。
    「ま、よかった。君の少女趣味もとうとうBLの域に至ったのかとあせったよ」
    「びーえる?」
    「知らぬが花ってヤツだぜ、仗助クン」
     仗助と差し向かいで、運ばれてきた汁粉に同時に口をつける。甘くあたたかい幸せの味が、じんわり全身に広がっていった。
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