ひまわりと青空笑顔のルフィに手を引かれる。
たどり着いた島。冒険に行ってくると飛び出して、すぐに戻ってきたと思ったら、サンジを捕まえてまた船から飛び出した。
「こっちだ!サンジ、はやく!」
「わぁってるよ、ルフィ」
はやくはやくと急かされるが、久々の穏やかな春の気候。煙草をふかし、柔らかな日差しを楽しみながら歩く。
ルフィは目的の場所へはやく行きたいようだが、ゆったりと歩くサンジを無理やり引っ張ったり、文句を言うことはなかった。はやくはやくと急かすものの、サンジの周りをちょろちょろと走り回っている。
「こんなに天気が良いなら、弁当持ってきても良かったな」
「弁当!?さっき食っちまった!また作ってくれ!」
「おいおい、渡して10分も経ってねえはずなんだが?」
「いい匂いがしたから仕方ねえ!」
一度船に戻り、弁当を作ってからまた来るかと聞くと、それは嫌だ先にこちらだと断られる。
ルフィが食事に関することを断るなんて相当だ。よほど見せたいものがあるらしい。
「なあ、ルフィ。じゃあ今すぐ連れてってくれよ」
「良いのか!?サンジ散歩も好きだろ?」
「お前がそこまで見せたがるものが何なのか気になってきた」
「!……すっげえからな!絶対驚くぞ!」
差し出した手を捕まれる。遠くへ手を伸ばすルフィへ捕まり、一気に空中へと吹き飛ばされ――
空高くから見えたのは、小高い丘一面の、ひまわり畑だった。
「うわ……っ!すっげえ……!」
「だろぉ!?」
くるりと空中で一回転し、今度はサンジがルフィを抱え、空中を蹴って着地する。舞い上がった砂ぼこりが収まれば、視界一面が黄色に染まった。迷わず足を進め、花畑の中に飛び込む。
「背が低い……ひまわりの風呂みてえだ。こりゃ驚いた」
「だろー!?」
後ろから聞こえる声に頷きながら、胸の高さ程の花を触る。ひまわりはもっと背が高いと思っていたが、ここにある品種はそこまでではないようだ。
ひまわりの丘。なんてロマンチックなのだろう。
ここにあるひまわりは誰かの管理品だろうか。いくつか頂戴しても問題ないだろうか?
もし許されるなら、いくつか頂戴して、船に飾るといいかもしれない。ダイニングテーブルに飾り、食卓を彩るとか。ナミやロビンにプレゼントし、女部屋をより華やかにしてもいい。
煙草を携帯灰皿へ押し込み、空を見上げた。
天気がいい。気候もいい。雲ひとつないのに、風は吹いている。
「なあルフィ!やっぱ弁当持ってきて、ここで皆で……ルフィ?」
「……んー?なんだー?」
振り向くと、ルフィは随分遠くにいた。サンジのようにひまわり畑へ足を踏み入れず、花畑の前で立ち止まり、サンジの方を見ているだけだ。
「どうした?こっち来ねえのかよ」
中に入ると荒らしてしまう、なんてことを考えるようなやつじゃないだろう。勿論わざと荒らしたりもしないが。
サンジが首を傾げると、ルフィが嬉しそうに……それはもう、心底嬉しそうに笑った。大口を開け、頬を染め、満面の笑みで。
「綺麗だなぁ、やっぱり!」
両手をあげ、思った通りだと喜ぶルフィ。サンジは余計困惑する。思った通り。それは、サンジが喜ぶこと?
何を、と聞く前に、ルフィが大声で言った。
「真ん中にサンジがいたら、綺麗だなぁって思ったんだ!思った通りだった!」
「……は、あ?」
何を馬鹿なことを。笑い飛ばす前に、ルフィがひまわりを掻き分け、サンジに一直線に近付いてくる。
つい数歩下がるも、すぐに追い付かれてしまった。サンジの両頬を両手で包み、左側の横髪を耳にかける。視界の端で、自分の金髪が揺れたのがわかった。
「サンジの黄色と、ひまわりの黄色」
「……」
「サンジの青色と、空の青色」
「……」
「全部一緒に見たかったんだ」
「……おま、それ……っ」
「うわ!?どうしたサンジ!顔真っ赤だぞ!?」
「は、はっ、離せ!」
ルフィの両手を振り払い、背中を向ける。
なんだ、なんだこれ。なんだこの、こっぱずかしい。
しゃがみこんだサンジの後ろ、ルフィが騒ぐ声が聞こえるが、ちっとも気にならない。それどころじゃない。
熱の引かない頬に手を当て、なんとか冷まそうと努力するが、向けられた言葉と笑顔が、ちっとも頭から離れなかった。あんなの、一歩間違えば、いや間違わずとも、口説き文句と同じじゃないか。
「なあー、サンジィ。こっち向けよ、連れてきた意味ねえじゃねえか!」
「うるせえ!ちょっと、あれだ……ほっとけ!ひまわりの種でも食ってろ!」
「ええ!?これ食えるのか!?」
取って良いか聞いてくると走り出した背中に、やっと一息ついた。立ち上がり、視界に入った金色を掴む。
ひまわりと一緒に見たかったってなんだ。どうしてだ。美的感覚なんて無いに等しいと思っていたのに、男の自分に、綺麗だなんて言葉。
ここの管理人と話したのか、ルフィがすぐに戻ってくる。両手いっぱいに、乾燥したひまわりを抱えている。
「サンジィ!乾かしたやつくれた!なんか作ってくれ!」
「……あいよ、キャプテン!」
ひまわりを掻き分け、ルフィの方へ歩く。顔色が戻ったと笑うルフィのデコを弾き、今度は二人並んで、ゆっくりと船へと向かった。行きと違い、ルフィに急かされることはない。
「これで何が作れるんだ?うめえか!?」
「シンプルなのは炒って塩ふるスナックだろうが……スコーンにしてもいいな。他のナッツも足して、クッキーにしてもいい」
「うまそぉ~!」
また急かしたくなったのか、ルフィがサンジの手を握る。握り返したが、ルフィが走り出すことはなかった。サンジの隣でひまわりを抱え、笑顔のまま顔を上げる。
「もう皆船から降りたかな」
「さ、あ……降りたんじゃねえか?船番くらいしか残ってねえだろ」
「今日はゾロだよな!ゾロはスコーンもクッキーも食わねえよな!じゃあ全部おれのだ!」
「ははっ、馬鹿。スナックにしたのはマリモも食うよ」
「それは明日だ!今日はスコーンとクッキーで、おれとサンジで、あそこで食うんだ!」
駄目か?良いだろ?今日は独り占めするんだ。
目を細めて言うルフィに、また顔に熱が集まる。今日はなんだというのだろう。いちいち言い回しがキザったらしい。
「……またお前の我儘かよ、ルフィ」
「そうだ!サンジは絶対聞いてくれるからな」
「味しめやがって」
「シシシ」
ぶらぶらと手を揺らしながら二人、天気の良い小道を歩く。
ああ、なんていうか。こんなの。
思い浮かんだ言葉を噛み殺す。口に出す前に引っ込めることができた。
ほう、と息を吐き、空いている手で煙草を出した。口に咥え、火をつけようとしたところで、ルフィがサンジの腕を下に引き、顔を近付けて言う。
「デートみてえだ。な?サンジ」
「っ、お前……!」
「これ吸うの、今日は禁止な」
ぱくりとルフィの唇に挟まれた煙草。一瞬触れたのは勘違いじゃ無いだろう。
サンジがなにかを言う前に、ペッと煙草を吐き捨てたルフィが、今度はしっかりと、唇に同じものを押し当ててくる。
なにも言えなくなったサンジにまた、ルフィが「真っ赤だぞ」と笑った。