じゃれ「…ッ!」
突然だった。
「…執行者か、どうしたんだ?いきなり掴んできて」
気付いているぞ、とでも言いたげな雰囲気で掴まれた手首に力を込められる。
「…悪かった、確かに捻って腫れている。」
追跡者は常に前線にいる。それ故に捻挫や傷は大小様々、多種多様だ。
今回は二日目の夜に出現してきた小物達を斬り払う為に大剣を両手に持ち横振りしていたが、まさか突如として現れた大きな標的に吹き飛ばされ受身をしくじったのだ。
「隠者や召使人形にでも診てもらう、心配を掛けたようですまない。」
「…」
「なあ、どうしたんだ?まだ何か…あ。」
どうやら円卓に戻ってきたのは追跡者と執行者のみのようで、風の吹き抜ける音や木々の擦れる音しかしない。いつもなら出迎えてくれるはずの召使人形も不在だ。
「…自分でもこの程度なら処置は出来る、ありがとう。」
「…」
柔く握る程度になった執行者の手は労わるように、しかし強く追跡者を引いた。
「おい…」
追跡者が日課としている武器の手入れをする場所まで先導され、これまたいつも腰掛けている木箱の上に座らされる。
「これは俺の不始末だ、それにすぐ治る、祝福の光でも浴びていればじきに…」
スルスルと手甲を剥かれ、赤く腫れ上がった患部を今一度確認した。
「…」
はぁ、と溜息を吐いたのはどちらだったか。
確認した後、執行者は立ち上がり何処かへと向かって行った。恐らくだが、処置の為の道具を取りに。
(情けないな)
ぼんやりと宙を見上げながら、執行者が戻ってくるのを待つ。控えめに鎧の擦れる音がする。
「…」
「ああ、ありがとう…」
救急箱を抱えて目の前に跪き、手を取る執行者を手持ち無沙汰に見る。他人と触れ合うことなど久しぶりなので、少しこそばゆい。
「…ッ」
患部をまた確かめるように握られる。
思わず息を詰めて肩を竦めてしまうと執行者は、大丈夫か?と言わんばかりに首を傾げながら見上げてくる。
「すまない…」
気にするな、とすぐに手元に視線を戻し処置を施されていく。
「本当に、感謝する」
「…」
処置が終わると執行者は立ち上がり、そのまま立ち去るのかと思ったがそのままこちらを見下ろしていた。
「…何か、礼をさせてくれないか?」
この行為を礼と言っていいのだろうか。
手首からスルスルと撫であげられ、治りの悪い切り傷を指先でゆっくりと軽くなぞる。片手は追跡者の掌を握り締めながら。
いつの間にか袖を捲られ、上へ上へと執行者の掌が触れてゆく。少々、いや、かなりくすぐったい。
(観察しているのだろうか…)
どういう意図を持っての行為か見当もつかぬまま、普段触れられないところまで他人の熱を感じてソワソワする。やめてほしい、と口にするのも憚られる。
二の腕を行き来する指先に体を小さく震わせていると、ガシャガシャと無機質な音が迫って来ていた。
「おや、このような所に居られましたか。」
「召使人形か…」
資材の調達だろうか、何やら様々なものが詰め込まれているだろう箱を抱えて戻って来ていた。目の前を通り過ぎ、作業台の上に箱を起きながら「如何様にされましたか?」と処置道具や追跡者達を見ながら問われる。
「ああ、執行者に勘づかれてな、処置を受けていたんだ。」
「なんと、お怪我をされて…」
「大事無い…少し、ベッドを借りよう。」
執行者も、有難う。
そう、跪いたままの執行者に振り返り何度目かの感謝を述べ控え室へと追跡者は去っていった。
鎧を寛げ、しかし兜は被ったまま。
ベッドヘッドに背を預けて微睡む。
するとまた静かに執行者は現れた。
「…もしかして、絵を描くのか?」
肯定する頷きを見て、手元に視線を向けると小さな手帳を持っていた。
「いつものキャンバス?ではないんだな…もしかして、試し描きか?」
これまた首肯をされる。
確かに、新しい物は試したいものだ。
「しかし、試し描きとはいえ被写体が俺でいいのか?」
「…」
「息抜きというやつだろうか、もしかしてさっき腕を触っていたのは描く為に?」
「…」
隣のベッドへと腰掛けてページを開く物静かな画家へと語り掛ける。
「うん?うわ…」
手帳を小さなテーブルへ置き、追跡者の兜へと頬を包む様に触れて来る。冷たさ、質感、息遣い諸々を知ろうとするように。