カーディガンの話、または残念な一二三君の話 思い起こせば十年前。
俺と一二三が小学生の時だった。
発表会で白雪姫をすることになった我がクラス。人気投票で王子様役を射止めたのは、当時から天使が舞い降りたとまで言われる容貌の一二三だった。あの歳で可愛さの中に美しさと気品が兼ね備えられた完璧な美しさだった、とはウチの母情報である。
俺視点では捕まえたカエルやらダンゴムシやらカマキリやらをわざわざ俺に見せてくるとても騒がしい奴、という印象だったのだが。見る人が変われば見方も変わるものである。
女子人気一位の王子様の相手──すなわち白雪姫役は、クラスで男子人気一位の女の子だった。
人気者同士が結ばれるストーリーはついぞ日の目を見なかった。一二三が暴走してしまったからだ。
きっかけは小人の一人が急病になったことだった。当日の、しかも開演直前の出来事だったから、セリフを覚えている人は居なかった────裏方で脚本を担当していた俺以外は。
急遽代役となった俺は、ぶっつけ本番で舞台に臨むことになってしまった。
衣装ももちろん間に合わせだ。クラスメイトを小人っぽく演出するためブカブカに作られた服は、当時平均身長以下だった俺には大きすぎた。どんなに頑張っても広い襟がずり落ち、肩が露出してしまう。そんな俺を眩しそうに見つめていた一二三。
まさか白雪姫を差し置いて、小人Cの俺にキスしてくるとは思わなかった。不覚にも王子様姿の一二三に見惚れていた俺は抵抗することなく拙い口付けを受け入れていた。
ストーリーは大幅に変更され、小人Cは王子に拉致され娶られることとなった。
王子様に見向きもされなかった白雪姫がどうなったのかは誰も知らない。
「あの時は大変だったなぁ」
「んぁ?」
一人思い出し笑いをしていたら、寝ぼけた一二三が抱きついて来た。俺に自らのカーディガンを着せた張本人は現在半裸だ。肌がくっついたところからじわりじわりと温度が高くなる。
「何くすくす笑ってたん? かわいーね」
蕩けてしまいそうだった行為の余韻か、眠そうな吐息まで甘ったるく聞こえる。先程まで一二三を受け入れていた場所がキュウと疼いた。
「俺たちのファーストキスのこと思い出してた」
「あー、演劇ん時ね〜?」
「そうだ。思えば、俺はあの時一二三への気持ちを自覚したのかもしれない」
「マ!? 俺っちも〜!」
俺は素直に驚いた。まさか同じタイミングで恋を知ったとは、なんともロマンチックな話じゃないか。二人が運命付けられているみたいだ……なんて、柄にもないことを考えてしまう。
「んでもってさぁ〜、俺っちあの劇が性の目覚めだったんだよな〜。オーバーサイズの上着が肩から落ちてる独歩を見て、絶対えっちのあと俺っちのダボダボな服着せちゃろ〜って決意したんよ」
「……は?」
今俺が身に纏っているのは一二三でも萌え袖になるサイズのカーディガンだ。購入する時に自分「さすがに大きすぎないか?」と聞いたら「いいのいいの〜! これが最適解だし〜!」と押し切られた場面を思い出す。アレはもしかして、あまり体格差のない俺にわざとブカブカに着せることを想定して……? というか、俺は小学生の頃から一二三にそんな目で見られていたのか……?
パズルのピースが繋がっていくと、身に纏っているシロモノがなんだかおぞましい物に思えてくる。一二三の念が詰まった呪物みたいだ。さっきまでこのカーディガンに優しさや頼り甲斐を感じてときめいた気持ちを踏み躙られた気分になった。
「……これ、返す」
一二三の怨念が詰まったカーディガンに手をかけ脱ごうとしたら、その手を止められた。一二三が器用に半回転し、俺の上に覆い被さる。心なしか息が荒いような……?
「りょ〜! 俺っちが脱がしちゃる。こういうの、男のロマンだよな〜」
楽しそうに笑う一二三の表情は、ファーストキスの瞬間に見た物と同じだった。あの時は幼かったことや演劇のことで頭いっぱいになっていたことで気づかなかったが、今ならば欲情されているのだと分かる。
「ひ、ひふみ!」
「もう一回、ダメ?」
自分の顔の良さを柔軟に理解しているコイツは、十人中十人が「可愛い」とジャッジする表情で俺を見つめて来た。一二三の計算だと分かっていても、大好きな人渾身の表情についつい絆されてしまう。
「……しょうがねぇな、一二三は」
望めば美女が何人も傅いてくれそうな見てくれにも関わらず小さい時から俺一筋らしい残念なイケメンを、俺は愛おしさから抱きしめた。