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    うさった

    @usasinki37

    テキトーに流してしまう。誤字脱字をばら撒く

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    うさった

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    メンテ技師の始まりの話

    理想の夢 それは昔馴染みからの一通のメールだった。
     もし私がメンテ技師になっていなかったらどうするつもりだったのか、なんて思ったけれど、彼のことだ。
     一瞬目を丸くした後、小さく微笑むんだろう。それはないよ、なんて。


     彼と会ったのは随分と昔だ。
     お互い大学生で何となしに隣の席に座った際、HANOIの事で話が弾んだのがきっかけで、今思えばある意味運命だったんだろう。なんせあの頃はHANOIの扱いは今よりも悪く、人と変わりがないと謳うくせに、人のような扱いをしない矛盾だらけの世の中だった。
     だからこそ、HANOIに対して友好的な態度をとっている人は少なく、我々は変わり者として分類されていたのかもしれない。
     休み時間や昼休みを利用して色んなことを話した。育児用HANOIのことに、学園にいる教員用HANOI、清掃用HANOI、実にさまざまなHANOIが生きているこの世の中を二人してよく話していた。
     その時、私は彼にHANOIを直す技師になりたいと言った覚えがある。正直、難しい夢だしこのご時世だ。悪意の波が多すぎて挫折するかもしれないとも。
     けれど、彼は真剣な顔をして話を聞いて、その後小さく頷いて、
     ─君なら絶対大丈夫だよ。もし将来、何かあったら君のところに行くよ。
     なんて、人たらしのように純粋無垢に笑ってみせた。
     
     卒業する時、連絡先を交換してまた機会があればなんて話してから数年。お互い忙しくてほとんど会うことはなかったが、連絡だけは最低月に一回取るようにしていた。
     メンテ技師を目指してからはとにかく酷い現状に直撃して、心が折れそうな時彼からの連絡があると心底ホッとした。自分の考えは間違いじゃないと、蜘蛛の糸のようにそれを握りしめることができたのは、そんな自分を肯定してくれる彼がいたからだろう。

     けれど、それでも途中で膝を折ったこともあった。
     壊れかけたHANOIに、腕がないHANOI。顔が欠けた子、耳が悪くなった子、もう、どうにも出来ない子。
     その原因一つ一つにあるのが人間だ。
     無造作に首根っこを掴んで放り投げるように渡されて、直せ。なんて、ザラじゃない。
     よくわからないけど壊れた、なんて適当なことを言う人もいた。原因は知らない、わからないなんてことないのに。
     来る日も来る日も直して、戻して、たまに返ってくる子もいた。昨日直しましたよねと問い掛ければ、勝手に壊れた。もしくはアンタの腕が悪いとか逆に怒られた事もあった。
     HANOIに直接聞いても首を横に振るばかりで、答えなんて見つからない。けれど、傷を見れば明白で、それなのに何も出来ないジレンマに頭がおかしくなりそうだった。

     ─それでもどうにか続けた。
     今辞めたら後悔すると、自分に言い続けた。
     あの頃話した夢を、諦めるわけには行かなかったから。


     彼との連絡が、更に取れなくなり始めて、半年に一回あるかないかになった頃。

     自分の店を持って、安定とは言えないけれど悪くはない収入源もでき、なんとなく生きていた。
     せいぜい望んでやれたことと言えば、HANOIだけが訪れても直すことが出来るようになった事だろうか。普通なら主人が直すのを依頼するのだが、それすらもしない人はいる。そうなると、彼らはいずれ壊れてしまう。それだけは、避けたかった。
     故に、HANOIだけが訪れて、資金面に不安がある子でも比較的安価で直すように努力した。足りない分は自分で出す、と言うことが出来るようになったのが1番の利点だ。まぁ、その分色々リスクがないわけではないが、自分の店というのは利用価値が高い。出費もそれなりに減らせるし、パーツもある程度リサイクルが効く。
     本来なら新品にしたいところだが、資金面の他にも主人に下手に突っかかれると彼らに面倒が降りかかるのは目に見えている。だからこそ、リサイクル品を利用してカモフラージュするのも大事だったのだ。

     

     胸を張って、彼にメンテ技師として成長できました。なんてメールを送れなくて少し経った頃、彼からやりたいことを見つけましたとメールが来た。
     それがのちにある事件の一端になるのだとは知らず、私はよかったね、なんてメールを返しながら画面にぼんやり映る自分を眺める。
     まだ、やれることはあるんだろうか。
     問いかけて、虚空へと消えた。



     そんなこんなの生活を長らく続けて、幾数年。
     それなりにいい歳になり、さてはてこれからどうするか、なんて思った頃にそのメールは送られてきた。
     久しぶりだな、なんて思いながらメールを読むと、彼にしては珍しく頼み事が書かれていた。
     
     大事なことはすっ飛ばして。
     大切な友達を直してほしいと。
     
     大事な大事な友達を、これから家族になる子たちを、直してほしいと。

     彼は、私に頼んだ。




     二つ返事で返したものの、今思えばお互いに何の疑問も思わなかったものだと笑ってしまう。
     タワーのことなんて何一つ知らない私と、私がメンテ技師を続けてるかわからない彼。
     それなのに、お互いにどこか、大丈夫だと思ったのだろう。

     送られてきた三人をみて、何となく察してしまった。
     嗚呼、なら、なんて、私は出来ることをやるしかないのだと察してしまった。

     直して、直して、直して。

     けれど、技術と資金面が苦しいある部分に関しては、どうしても出来なかった。
     すぐには出来ない、今すぐにはとても出来ない。それほど大きな傷を、この子はどんな思いで受けて、そして今を生きているのか。
     彼なら分かるのだろうか、分かるのならどうか教えてほしい。彼女の声は、どんなものだろうか。
     だってほら。聴こえなくても分かるはず。


     それがきっと、コーラル・ブラウンという優しい青年だ。
     心の琴線が、聴こえてるはず。




    「じゃあ、これで。クレヨンに関しては…時間をもらうけどいいかな。といっても、すぐに直らないし…どうなるかわからない。もし、他に腕利きのメンテ技師がいるようならそっちに相談してもらっても。」
     一枚の紙を手渡し、コーラルはそれにサインをしながら、首を振った。
    「い、いや!大丈夫、僕は、君に診てもらいたいから。みんなを任せられるのは、君しかいないんだ。」
     そして紙を彼女に手渡すと、しっかりと頷きながら相変わらずほわほわした顔をして笑う。
     太陽、というよりも春そのものみたいな顔は、警戒心なんてきっとその温もりに溶けてしまうのだろう。
    「…コーラル、貴方その調子でHANOIに声掛けてたの?たらしとか言われなかった?」
    「えぇ!?いや、言われて…いや、言われた…かな。」
     だからこそ、少し思った。
     彼は天然なのだ。
    「ほら見なさい。貴方、結構たらしなんだから途中でHANOI達にヤキモチ妬かれてドラマみたいになっても知らないから。」
    「な、ないよ、絶対!!そもそもそんなつもりはないというか…普通に接してるだけなんだけど…うーん??」
     軽く彼の脇腹を持っていたペン先で突きながら少しため息をこぼす。
     彼にその意識はないのだろうが、天然タラシはドラマレベルのことをしかねない。
     いずれ保護施設の施設長となるのだ、その頃には施設長争奪戦が勃発してもおかしくない。新たな火種がまさか近くにいようとは、なんてもう一度ため息をついた。
    「…まぁ、いいか。とりあえず、契約はこういうことで。みんなのメンテも承りました。契約更新はその都度ってことで。あ、もし不具合が起きたらコーラル、ちゃんと報告してね。」
    「うん、色々ありがとう。それに、他の準備も手伝ってもらっちゃって…。必ず、みんなを守ってみせるから。」
     けれど、彼は相変わらず。
     とことん頼りなさそうなくせに、誰よりも強い。そのフィジカルはどこからやってくるのか教えてほしい。
     しかし、故にみんながそばに居るのだろう。そばにいたいと願ったのだろう。

     それはきっと、理想の形、何度もうばわれそうになった、夢の形。
     HANOIと人が、正しく手を取り合う未来の話だ。



     少しして、目を覚ます。
     彼の顔を見た全員が、喜び、泣いた。

     どうかこの幸せが。
     彼らの夢のような形が。

     いつまでも続きますようにと願い、そして。
     ずっと見ていたいと、願ってしまった。









    みんながしあわせであれ






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