親リ、祭りから逃げる 壁面建設の社屋がある町は昔ながらのいわゆる下町で、自治会がきっちり機能して毎年かなり盛大な盆踊りが催される。若い職人を派遣し櫓を建て、子供向けの無料ジュースを配るのが我が社の夏の恒例行事だ。
「あったなぁ、子供会で配られるジュース券。楽しみにしてたっけ」
「今じゃコレだがな」
紙カップに入った生ビールを手渡せば、リヴァイはサンキュと言って口を付ける。せっかくなので急遽、行きつけの和装店で選んだ黒の縦縞しじらの浴衣を着たリヴァイは、溢れそうな泡を慌てて啜り、鼻下に見事な白髭を作った。その顔が可愛かったので、俺は町内会の団扇でソッと隠してその泡を舐めとる。
「ばっ、か」
提灯の灯りでもわかるほどに耳を紅くしたリヴァイ。
「浴衣、よく似合っているよ。来年は反物から作らせよう」
「これで十分だ。お前も、さすがにサマになっている」
リヴァイは照れ隠しなのか、そっぽを向いて一本漬けの胡瓜をポリポリと齧る。毎年着る生成りの浴衣は体に馴染み、だいぶ着心地が良くなったので俺は素直に礼を言った。リヴァイに誉められれば俺はいつだって嬉しいのだ。
「あ! いたいた! 頼みますよ親方ぁ」
肩を叩いたのは大汗を掻いた実行委員長。そうだ、うっかりしていた。急病になった彼の次男の代わりに櫓に登る事になっていたんだ。
「おう、行ってこい。ここで見ているから」
「うん、二曲叩いたら戻る。ナンパされるなよ」
「されるか。ほら、彼が困ってやがる、行け」
あまりに近付きすぎたせいか、リヴァイが俺の胸を申し訳なさそうに押しやる。委員長は汗を拭う手を止めて口をポカンと開けていた。
「よし!」
俺は帯から手拭いを抜くと額に巻き後頭部でギュッと縛った。
櫓に登ればありがたい事に〝親方ぁ〟〝よっ十三代目!〟と大勢の声が飛び俄然ヤル気が出てくるしリヴァイが団扇を振っているのが見えたら尚更だ。俺は襷を巻き、浴衣の裾を端折って帯にからげた。女性の悲鳴が聞こえた気がしたが、まぁ仕方がない。準備不足は否めない。俺はバチをリヴァイに向けて全開で笑うと、腰を落として大きく振りかぶり思いっきり面を叩いた。
「どうだった?」
お礼にもらった紙コップ生ビールを両手に持って戻れば、なぜか俯きながらそれを受け取るリヴァイ。
「す、すごく」
「うん」
「カッコよかった!」
「そうか! お前に向けて叩いたんだ」
「……が!」
ーーが?
「テメェ、あれはヤバいだろ……フンドシ」
「浴衣の下は褌だ。下着の線が出ないしな」
「よ!」
ーーよ?
リヴァイは奪うようにしてビールを一気飲みすると、紙カップをグシャリと握り潰し、片手で俺の襟を掴んで背伸びをした。
「欲情しちまったじゃねぇか」
それはもう欲情した顔で俺を睨みあげ、口元の白い泡をこれみよがしに舌で舐めとる。俺は喉を鳴らして同様にビールを飲み干し、拳で唇を拭うとリヴァイの手を握って人混みを掻き分けて走った。
煌々とした櫓、それを囲む人々、色とりどりの出店……
「おい、何処へ?」
「お前が悪い」
「バカ言え、お前だ!」
それらの灯りが届かない暗がりへ
微かに音頭の届く人気のない場所へ
リヴァイ、お前を連れて行く!