夏の贈り物 カレーリナの自宅リビング。うちの食いしん坊トリオはハヤシライスとキマイラカツの昼食をたっぷり腹に収めた上、デザートのシュークリームまで平らげてリビングで微睡みはじめた。
「皆満足してくれたようでよかったよかった」
食器洗いは済んだ。夕食の支度をするにはまだ早い。俺はツツツーっとリビングに戻ると遠慮なしにフェルの胸辺りにもたれかかった。ここは俺の特等席だ。
で、ゆっくり眺めるのも何日ぶりかなとネットスーパーを開いたら、トップに夏のギフトという涼しげな青のバナーが浮かび上がった。
「あー、日本はそんな季節か」
『なんのことだ』
煩わしそうに片方だけ緑の瞳を覗かせ、フェルが口を挟む。
「お中元って言って、夏に仕事先やお世話になった人に贈り物をするの。いつもありがとうございます、ご機嫌如何ですか、どうぞお元気でーって気持ちを伝えるんだよ。目上の方宛が普通かな。冬もおんなじようにお歳暮ってのがある」
『人間が面倒なことをするのはどの世界も変わらんのだな』
「ははっ、そうだな。でも昔は直接持参してたのが、今はこういう店にあらかじめ『この品をこの家にこんな包装で何日に届けてください』って依頼したら勝手に送ってくれて便利になったわけ。頂くのは嬉しいもんだし。ちょっと高いお酒とか素麺とかお菓子とか」
『ほう……? 贈り物とは高い食い物か』
あ、しまった。
フェルは久方ぶりにネットスーパーに興味を持ってしまったようで、ゆっくり頭を起こして画面を見下ろした。
「ほんっとに食い意地張ってるよな」
『おい、その右に映ってるのは異世界の肉ではないか。もちろんここに送ることもできぬわけなかろう? お主も我らに世話になっておるの、忘れてはおらんだろうな?』
ほーらきた。えらい勢いで畳みかけてくるじゃんか。目上の方宛って言っただろうが。俺、一応これでもお前らの主人なんだがな。
とはいえ世話になってるのは確かだし。皆のおかげでありがたいことに金の苦労はないし。スイとドラちゃんの喜ぶ顔、見たいし。……俺だってそりゃあ、いい物食いたいし。
「へいへい、わかりました。お前のような勘のいい犬は嫌いだよ」
『お主が我を好いとることなど、承知しておる』
「お、犬呼ばわりはスルーしてくれるんだ?」
『我は懐が深いのでな。お主の翻訳もついにへたばったか気の毒にな、と気遣ってさえやれるのだ』
「そっか。ありがたいこったよ」
軽口をたたきながら、特選ギフトで絞り込んで大量の商品を流し見する。松阪牛、米沢牛、但馬牛……。フェルだけじゃなくスイもドラちゃんも肉がいいんだろうが、率直に言うと俺が肉にはちょっとばかり飽きていた。
「なあ、肉もいいけどさぁ。こっちの世界、強い魔物ほどなんでか肉も美味いんだよなぁ。んーで、お前らは手に負えない強さのも狩って来てくれてるじゃん。他のにしようぜ」
『肉にしろというのに』
「受け取る側が注文つけるなんてそうそうないぞ、まったく……おっ、おお!? フェル! 鰻、うなぎ!!」
『耳元でわめくでない。なんだ、肉ではないのだな?』
「魚だな。ほろふわで柔らかくて脂がのって美味いんだよぉ。あーあ、出張の時行った鰻屋、もう一回行きたかったなー」
漆塗りのお重に、甘辛のタレがなじんだふっくら蒲焼きとツヤツヤご飯。
ああどうしよう、思い出したら無性に食いたくなってきた。
『まあ、お主がそうまで言うのなら味に間違いはあるまいが』
「よっしゃ、決まりっ!」
重箱はさすがにネットスーパーにはなさそうだ。山椒は鰻についてくるかもだけど用意するか。タレ調合用に酒とみりんも買い足し。あとはいつもよりいい米と、土鍋も追加で注文しよう、そうしよう。
そうだ、俺の夜食用にこっそり棒寿司を作ってもいいかもしれん。……どう考えてもこっそりは無理だわ。この際いいや、巻き簾と海苔と大葉もカートに足して。あっ、寿司酢も調合しておかなきゃな。
「さーあ、鰻は何日かして忘れた頃に届くから皆楽しみに待っとけよー」
『ハァ、楽しみなのは送り主の方ではないか。我らへの贈り物と言い張るのは厚かましいと思わんか。不気味にニヤニヤしおってからに。いいか、賭けてもいいがお主の食い意地は我らの上を行っている』
こっちこそ賭けてもいい。どうせ鰻を味わったらフェルだって何度もおかわりすることになるんだ。今はいくらでも好きに言っとけ言っとけ。
俺はネットスーパーを表示したまま立ち上がって、呆れかえったようなフェルの溜め息を背中で聞き流す。
さっそくご飯炊いてアイテムボックスにしまっておこう。忙しくなってきたぞ。キッチンの作業台の上で、俺はそっと購入確定ボタンに触れた。