夢は一夜とかぎらない 長い間焦がれ続けた者が我の腕の中で安らぐ。こうも気分のよい目覚めがあったとは。ようやく目を開けてくれた嬉しさでつい、朝の挨拶もなしに尋ねた。
『我らは晴れて結ばれたが、人間どもに大々的に知らしめる儀式には何が必要なのだ?』
「お前はアホか」
『アホとはなんだ』
思わず黒い頭を小突いてふと思う。一言目にアホとは、昨夜のことは夢ではあるまいな。
「あのな、種族が違って、男同士だぞ。お前の言う儀式って結婚式とか披露宴のことだろう? でもその知らしめられた人たちが反応に困るのが目に浮かぶわ。俺らが互いに信じあって、納得できてたらそれでよくないか?」
夢でないならよかっ……いやいや、まったくよくないぞ?
『しかしそうでもせねば、いつなんどきお主に手を出す不埒な輩が現れるやも――』
「俺が? そっちの意味で手ぇ出される? あると思うか?」
此奴は警戒心が強いが、一度親しく思った者への優しさときたら。そのせいで「いい人だな」を踏み越え利用しようとするどころか、惚れる者まで現れる。
此奴に下心を持つ人間を時に睨めつけ、時には爪をきらめかせ幾人退けたことか。とうに数えやめてしまった。
『……お主ほど危うい奴ばかりではないと思うがな。まあよい、わかった。ただただ我が守り通せばよいだけだ。これまでとなんら変わらぬ。では儀式でなくとも、お主の世界ではこういう時のしきたりや証の品はないのか? 我にしてやれることはあるだろうか』
なんでもいい。いつも我がそばにいると示し、此奴に近づこうとする者どもが諦めるきっかけの一つでもあれば。
「うーん、証の品かぁ? 俺のとこでは指輪を交換するのが多かった。でも料理の度に外すのも手間だし、すぐ失くしそう」
笑み混じりの軽い声で胸の中に落胆の波が広がる。目に映る証を示せぬのはまだいい。だが此奴は以前、人型の女を男の身勝手な夢を通して見ておった。それなのに。
我にはなぜ手間だの失くすだの現実的なことばかり口に出す。我には甘やかな夢など見れぬか。我は所詮、従魔でしかないか?
たかが人間一人にこうも情けない感情を向けるとは。……しかしもう、此奴を「たかが」などと思える昔の我には戻れなくなっていた。
「俺の残り時間のすべてをお前にやるから、フェルは最期までしっかりそばにいてくれよ」
――参った。ただそばにいるだけ。それをこれほど夢見がちな言葉で表してくれるとは。水が肺を満たすような苦しさが瞬く間に消えていく。口の端が持ち上がるのを止められない。
『我は出会った時からそのつもりでおるんだが。本当にこれまでとなんら変わらぬな』
そうだ、状況は何も変わらん。だがこれでいい。
ずっとそばにいるという夢を日ごと夜ごと見続けて、最期のひと時まで夢で終わらぬよう努めればいい。