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    はまち

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    はまち

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    怪異パロ有希の過去編です。過去編の中で最も長くなると思います

    心の重荷と焦がれた狐の面「有希、ちょっといいか?」

    青空の下の花びらの舞う草原の中で、後ろから父さんが声をかけてきた。
    振り向いた直後に、頭の上に何かを被せられた。花の甘い香りが、より近く感じられる。

    「花かんむりだ、遠い昔に母さんから作り方を習ったんだ」
    「ほんとに!?すごい!!」

    近くの湖に顔を覗き込めば、つるに絡んだ色とりどりの花が並んでいる。

    「作り方、教えてやろうか?」

    よほど気に入ってるように見えたのか、父さんが聞いてきた。当然、知りたくて仕方なかったので首を縦に頷くと、父さんは自分の頭を撫でてきた。

    「じゃあコツを教えてやろう。まず───


    ────────────────────
    ……夢を見ていた。
    あの日の楽しくて、幸せだった思い出。幼い頃の俺の思い出。寝ている間に泣いていたのか、涙痕が残っている。
    丁度、壊れかけの目覚まし時計が無人のオンボロな屋敷の中で鳴り響く。小さくため息をついた後に時計を止めて着替え始める。外にはもうすぐ春だというのにも関わらず、北からやってきた風がまだ残っていて肌寒く、この屋敷の小さな穴からもその隙間風が入り込んでくる。
    生まれつきの長い紫色の髪を後ろに結び、前髪は右側だけ髪留めして黄色い瞳を見せる。上着を羽織り、白と黒の指出し手袋をつけ、ほつれ気味なマフラーを首に巻き、肩身の刀と銃を上着の下に隠し持って寒い外へ出た。

    「……そろそろ新しく住める場所でも探さないとな」

    幼い頃から父さんと放浪の旅をしてきた俺は、宿無し生活を送っているため、こうして定期的に空き家を探してはそこに住み込んでいる。
    あまり人と接触してこなかったため、部屋を貸してくれるような友人もいない。
    車通りも多く、ビルもそこら辺に立ち並ぶ発展した街中を歩く人間のすぐそばに、黒い影のようなものが蠢き回っている。 不思議なことに、周りの人にはそれが見えていないのか、はたまた見えていて無視しているのか、横を通り抜ける人も入れば、怪異に重なって通り抜けている人もいる。

    父さんが言うには、これが『怪異』と呼ばれる存在なのだそう。それも、これらは人の姿を保つことが出来なくなったのだという。
    とはいえ、俺には関係の無いことだが。

    それはそうと、街中で誰も住んでいない家を探すのは困難を極める。この街から少し遠くへ行く必要がありそうだ。交通機関を使うようなお金もない。この足で宛もなく歩き続けるしかないのだ。
    街にある道を進んだところで、見つかるわけないのは確かだ。道を外れて木々が見える方向へと進む。後ろから人の視線を感じるが、そんなことを気にしている場合でもない。

    人の声が全方位から聞こえてきた街中とは打って変わって、鳥の声と落ち葉と雑草を踏みしめる音だけが鳴り響く。
    使われていないであろう山小屋でもなんでも見つかればこっちのものだ。食料ぐらいなら自給自足できる。
    ────背後から何者かが草むらを掻き分けてくる音が聞こえてきた。この森に住む野生動物が近づいてきているのだろう。
    振り向きざまに銃を取りだし、草陰から飛び出してきた熊へ、ワザと狙いを外して撃つ。銃声に驚いた熊は怯え、踵を返してどこかへ走り去っていった。

    「……あまり長居できなさそうだな」

    熊が出てしまったことに加え、大きめな銃声を鳴らしてしまったので、誰かが来てしまってもおかしくない。この森を早く離れるため、森を駆け下りる。



    ……あれからどれ程の時が経ったのだろう。月と太陽の昇り沈みを何度も見届けて、結局、雨風をしのげるような場所も見つからず、ただ途方もなく歩き続けて体力がすり減るだけだ。肩で呼吸しながらも、とにかく足を進める。
    視界がぐらついて倒れかけたこともあった。たまに、昔の思い出がフラッシュバックして人肌恋しい思いをしたこともあった。しかし、ここまで限界に近づいても、足ひとつで進めた距離などたかが知れてる。
    ……もう精神面でも限界が近いのかもしれない。

    「……キツイな……」

    久々に声を発したが、その声も掠れていた。ようやく、次の街がすぐ目の前に見えた時、足が動かなくなって両膝をついた。
    動け、動け、とその足を動かそうとしたが、言うことを聞かない。
    突然、視界が大きくぐわんと揺れ、なにかが切れたような音がしたと同時に意識が途切れた。


    ────────────────────
    「……う……?」

    目が覚めると、白い景色が広がっていた。背中からいつぶりかの懐かしい柔らかさを感じる。試しに体を起こしてみた。すぐ横にはカーテンで閉ざされた窓と、見開いた本が置かれた机。その隣には本棚が置かれていた。
    ……誰かの部屋だろうか、どうやらベッドの上で眠っていたようだ。

    状況が呑み込めず、ぼうっとしたまま一点を見つめていると、部屋の扉が開く音が聞こえた。

    「あ、起きてたんだ」

    黒い左髪を耳にかけた、白の可愛らしいワンピースを着こなした女の子がこちらへ歩み寄り、彼女の黒い目が微笑みかけてくる。見る限り、自分と同い歳か少し若いぐらいだろうか。
    まずはこの状況を聞くべきだろうと、自分の身に何があったのか、どうしてここにいるのか等を問いかけようとした時に、先に向こうから切り出した。

    「お使いの途中で、すぐそこの森の中で倒れてたのを見つけてここに連れてきたの。すごく痩せこけてて心配で……」

    ふと、自分の体にあった刀や銃がないことに今気づいた。上着の下などをめくる。

    「ああ、持ち物?そこの棚の横に置いてあるよ。寝返りとか打ったら危険だと思って遠ざけちゃったけど……」

    そう言って少女は、左側の壁にあるクローゼットを指さした。刀もちゃんと鞘にも収められている。彼女なりの良心から行ったことのようだ。刀も銃もあるのならひとまず安心だ。
    下から誰かが今、目の前にいる少女の名前を呼ぶ声がした。はーい!と返事して部屋の扉に向かい、ドアノブに手を伸ばした時、こちらを振り向いた。

    「少し待っててね!すぐ戻ってくる!」

    元気だが、お淑やかな声でそう告げて部屋を出ていき、部屋を隔てて階段をおりる音が聞こえた。安心しきったからなのか、腹の虫が大きな音を立てた。
    ベッドから降りて、刀と銃が置いてあると言われたクローゼットに近寄る。傷も何も無く、本当に置いただけのようだ。無意識に少し疑ってしまった自分を恥じた。
    ふと、傍にあった本棚に目を向けると、胡散臭いオカルトもの、可愛らしい女児向けのものなど、多種多様の本が並べられている。
    少しして階段を駆け上がる音がして、部屋の扉を開けるなり、こちらに話しかけてきた。

    「ご飯は食べれそう?」


    ────────────────────
    少女に連れられて階段をおりて、すぐそこにある部屋を曲がると、リビングとキッチンのある部屋に出た。リビングの椅子には少女の親と思われる男性と女性が座っており、机には色んな料理が並べられている。親二人と少女の分、そしてもうひとつの席にも料理が置かれている。

    「連れてきたよー!」

    夫婦仲が良いようで、楽しく話をしていたところに少女が呼びかけてこちらに気づいたようだ。

    「あぁ、よかった。どう?怪我とかしてなかった?」
    「見えるところに傷とかはなかったから大丈夫!」
    「年頃だから裸は見れないか!よし、あとでパパがちゃんと見ておいてあげよう」

    少女は少し怒った様子で「パパ!」と注意する。横で少女のママも注意した。パパは大きな口を開けて豪快に笑った。

    「ごめんね、変なパパで……気にしないで椅子に座ってね」

    困惑しながらも、少女が引いてくれた椅子に座る。目の前にある料理は、どれもこれも腹に溜まりそうなものばかり。ヨダレが垂れそうになるのを下唇を噛んで堪えた。
    手を合わせ、家族一斉に「いただきます!」と言ったあと、遅れてそれに続いて言う。
    早速、すぐ目に映った酢豚に手をつけた。
    肉汁も野菜の硬さも、かけているタレも、極限状態のためかものすごく美味しく感じられた。

    「……あれ?泣いてる!?」
    「え……?」

    横にいた少女に驚かれて目元を触る。懐かしさ故か、無意識に涙が出てしまったようだ。下手に心配をかけないようにそう説明すると、少女のママが優しく微笑みかけた。
    とても、心が満たされたような気持ちだ。

    「あ、そうだ!ご飯食べ終わったら、一緒にこの街見て回ろ!……えっと……そういえばあなたの名前って聞いたっけ……?」
    「俺の名前は……有希」

    ふと、自分の父親が初対面の人と話す時に敬語で話していたことを思い出し、取って付けたように「です」と最後に加える。

    「有希くんね!私はハヤカ、呼び捨てでいいよ!」

    今日が初対面なのにも関わらず、グイグイ来るハヤカという名の少女に、ぎこちない返事をした。

    「こらこら、困ってるじゃない」
    「あっ、ごめんね……!有希くん病み上がりだもんね」
    「いや、大丈夫……ちょっと、びっくりしただけ……」

    一緒に外に出ても構わないという旨をハヤカに伝えると、ハヤカは目をキラキラ輝かせた。

    「やった!約束ね!」
    「この子はもう……ごめんなさいね」
    「いえ、全然……」
    「ハヤカ、有希くんの体調に異変が起きたらすぐに家に戻ってあげるんだよ」

    ハヤカは自分の胸を叩いてもちろん!と元気の良い返事を返した。正直なところ、見守られる側でもある自分ですら少し心配はしているが、ここまで元気なところを見せられると寧ろそんな不安なんていらないような気もしている。見習いたいものだ。

    腹を満たして約束通りに街中をハヤカと共に見て回ることになった。前にいたあの街と比べると、ビルなどのような大きな建物も車も少なく、どちらかと言えば自転車を使う人か、歩いている人の方が多く見受けられ、その中には親しげに世間話を繰り広げる人もいた。

    「……うん?」

    大きめな橋の前に差し掛かり、その端の向こう側にはこことはまた違う街が見えた。気になって足を止めたことに気がついたのか、ハヤカがこちらを振り向いてあそこの街について話をした。

    「あそこは二葉街って呼ばれてる街で、ここの隣町なんだ!あそこからこの街にやってくる人もいるんだよ」
    「この街は、なんという名前で……」
    「ここは『鶴軒(つるのき)街』だよ!二葉とツルの木っていう……あぁまあこの話はいっか」

    これはハヤカなりの覚え方だろうか。二葉街とハヤカがそう呼んだあの街も、遠くから見える限りでもそこまで大きな建物はなく、ここ、鶴軒街と似通っているようにも見受けられる。少し気になりはするが、ハヤカは橋を渡らずに車が通らないうちにと道路を跨いでいくため、その後に続く。
    こちらに渡ったのを確認して、ハヤカがまた歩みを進めようとした時、ハヤカと同い年ぐらいの二人の男女がハヤカに話しかけてきた。

    「よ〜ハヤカ!散歩か?……うん?」

    男の子が真っ先にこちらに気づいたようで、ハヤカに尋ねた。

    「有希くんだよ!最近この街にやってきた人で、この街を案内してたんだよ!」
    「へぇ〜、てっきり彼氏くんかと……」

    冗談交じりで女の子は微笑んで言う。ハヤカが驚いて一瞬だけ言葉が詰まった後にすぐに否定した。
    当然ながら、友人もいない俺にはあまりにも疎遠な言葉だ。

    「えっと……」

    なんと声をかければ良いのか、どこで話に入ればいいのか分からずにオロオロしていると、それに気がついた名前の知らない女の子が困った表情を見せて謝る。

    「そういえば名前言ってなかったね。私は『カナエ』。このちょっとやかましい男は『ケント』だよ」
    「誰がやかましいだ誰が」

    ケントは茶色い目をカナエに向けて睨ませたが、腕を組みながらホントのことじゃん、と堂々とした態度で返した。

    「……二人こそ付き合えばいいのになぁ」

    思ってもあまり口に出すのはどうなんだと思うようなことをハヤカは口に出すと、目の前の仲良し男女が声を揃えて「誰がこんなやつなんか」と親指を指しあい、さらに「はぁ!?」とまたも声が揃って睨み合った。
    確かに、きょうだいかどうかを疑うほどの息ピッタリさが初めて見る自分からも伝わってくる。思わず前にいたハヤカに聞いてしまったが、違うよとすぐに答え合わせされた。

    「新参者に案内をしてるなら、あまり引き止めても悪いな。オレたちが一緒にいても邪魔になるだろうし」
    「えー?そうかな。後ろで夫婦漫才繰り広げられてた方が飽きなくていいと思うけど」
    「誰が夫婦だよ!」

    ケントが口を開いた直後に、カナエが「だ」と一瞬声を発したが、同じ音で始まったことに気がついてすぐに口を閉じた。

    「まあそういうなら仕方ない、いこっか有希くん!」
    「う、うん……」

    仲良し二人組に別れを告げ、しばらく歩き続けたあと、鳥居前にふとハヤカが足を止めてこちらを振り向く。なんだと思い、こちらも足を止めると、ハヤカは屈んでとジェスチャーをした。命令されたとおりにそうした時、ハヤカはこちらの頬を両手で挟んできた。驚いて首を引っ込みながら後退りして「なにすんだ!」と思わず少し大きな声を上げると、ハヤカはクスクスと笑った。

    「なーんだ!そんな顔もできるんじゃん!」
    「え……?」
    「ずっときごちなくて不安だったんだよ?別にそんなかしこまる必要なんてないんだから!私たちは友達だもん!」
    「……」

    あまり慣れていない言葉が、ハヤカの口から飛び出てフリーズした。

    「そう、なのか?」

    疑問が止まらない自分に、ハヤカは真っ直ぐな声で「うん!」と答えてくれた。
    心に詰まって溜まり、どうしようもなくなっていたものが、少しだけなくなったような気がした。

    「さ、まだまだ色んなところ見て回ろ!」
    「……あぁ!」

    今までにないような気持ちだ。忘れかけていた笑顔の感情が自然と蘇ってくる。


    ────────────────────
    あれから、どれだけの長い時を過ごしたのだろう。姿は見えないのにも関わらず、そこら中から聞こえてくるセミの鳴き声が、夏の日差しの暑さに拍車をかける。
    ハヤカとの生活も、この街での暮らしもいつの間にか慣れていた。ハヤカの家族にも良くしてもらっていたこともあり、なにか恩返しをしたいと思った俺は、ハヤカの父親からの推薦により、ハヤカの父親と同じ仕事場で建設事業をしている。
    俺は長らく一人で暮らしてきたので、体力仕事についてはかなり自信があり、なるべく仕事も素早く行うことが出来ていたので、仕事仲間からもかなり好印象だった。

    今日も一仕事を終えた俺は家に帰ってハヤカの部屋に戻ると、ハヤカは椅子に腰掛けて窓を眺めていた。
    声をかけてようやく気づいたようで、ハヤカの肩が跳ねた。

    「すまん、驚かせたか?」
    「ううん、大丈夫。早く帰ってこないかな〜って思いながら空眺めてただけ」
    「なんだそれ?」

    腕を組んで鼻で笑う。
    よく見れば、ハヤカはいつもとちょっと違った、お洒落な格好をしていた。どうしたんだと声をかける前に、ハヤカが席を立って切り出した。

    「ねえ有希くん、向こうの神社で今日、お祭りがあるんだ!」
    「お祭り?」
    「そう!どうせなら一緒に行きたいって思ってさ」
    「……まぁ、構わないが……許可は取ったのか?」

    その疑問にハヤカは目を丸くして「え?」と返し、思わずこちらも「え?」とオウム返しをしてしまった。

    「……許可ぐらいは取ろうな」
    「はぁい」

    ぐうたらな返事をして、ハヤカの後に続くように一緒に階段を降り、キッチンにいる親にさっきこちらにした話をした。
    急に言われて戸惑うかとでも思いきや、割とあっさり承諾を得られた後、父親から「珍しいな」と言われ、何となくさっきの反応を返されたのかも察した。

    「……お前、無断で抜け出してるのか?」
    「バレた」
    「あんまり親を心配かけさせるなよ?」
    「でも有希がいるならより安心できるな!」

    わっはっは!といつも通りの大きな声で笑う。母親も特に意見はないようだ。いつの間にかハヤカの親からも強い信頼感を得られていたが、悪い気はしない。
    少し目を離した隙にハヤカはもう玄関前に立っていて、早く早く!と手招きしている。もう既に常にリードを離さない気でいないといけないような不安感が残る。

    度々通る鳥居の中をくぐり、少し長い階段を昇っていくと、祭り独特の屋台の匂いも強くなっていき、華やかに飾られた提灯が並ぶ境内が見えてくる。
    特に着飾らずに普段着を着るものの他にも、雰囲気を重視しているからか綺麗な和服を着ている者もいる。
    まるで色のない世界を彷徨ってきた俺にとって、この祭り会場がどれほど魅力的なのか、ハヤカと出会ってからこういう事ばかりだ。

    どこから向かえばわからない状況で、ハヤカが無防備な俺の手を握ってどこかへと導いた。
    水風船釣りやりんご飴、色んな屋台をすっ飛ばして真っ先に来たのは、様々なお面が並ぶ屋台だった。
    子供からも人気がありそうなお面、ちょっと渋いような気もするが好きな人は好きそうなお面、そして誰が選ぶんだよと声に出したくなるようなお面まで取り揃えている。
    横で子供が人気なヒーロー物のお面をとる一方、ハヤカが選んだのは不細工な狐のお面だ。

    「……なんだそのお面」
    「えー?可愛くない?」
    「そ、そうかぁ……?」

    つけてみればわかるというので、屋台を開いているおじいさんに値段を聞いた後にぴったりの金額を支払い、白い狐と黒い狐の二つのお面を手に取り、ハヤカにどっちがいいか聞くと、ハヤカは白い狐のお面を手に取ってすぐにつける。
    残った黒い狐の顔をじっと見ていると、だんだんと可愛げがあるようにも感じられるが、我に返るとやはりちょっと不細工。顔を上げてハヤカの方を向いてみると、途端によく似合っているように感じてしまう。

    「どんな魔法使ったんだよ……」
    「魔法なんて使えないけど!?」

    ハヤカの黒くて長い前髪が、その可愛さをより際立たたせているのかもしれない。対して本人はよほど気に入っているのか、つけている狐の面を撫でている。

    「む……?」

    ふと、すぐ横を通った小さな子供の手に光り輝く剣を握っているのが見えた。

    「……なぁなぁハヤカ、光る剣ってどこにあるか知ってるか?」
    「え?うーん……どこだっけ……私そういうの興味……」

    気になって仕方がなく周囲を見渡すが、それらしい屋台は見当たらない。直接、その子供の親に聞こうとして足を進めようとしたがハヤカが腕を握って静止した。

    「ちょダメだって!」
    「だ、だって……」
    「急に子供みたいになるじゃん……わかったわかった、一緒に探そっか!」
    「やった!」

    思わずその嬉しさでガッツポーズをした。ハヤカは驚いた表情でこちらを見つめてくる。なんだ?と思ったが、ふとさっきまでのテンションを思い出して恥ずかしくなってしまい、頭につけていた狐の面で顔を隠す。

    「……忘れてくれ」
    「……『やった!』」
    「おいやめろ!!人の前でそんなこと掘り返すな!!」

    ただ、行きたいしそれが欲しいということは事実。
    色んな屋台を見て回りながら、互いに行きたい場所へ行き、たまに少し休み、そうして楽しい時間はあっという間に過ぎ去っていく。
    あまり食べ方がわかっていない綿あめを、ハヤカの食べ方を真似しながら食べて歩き続けていると、突然、頭上がカラフルに染まり、空を見上げた。少し遅れて大きな音が夜空に鳴り響く。

    「あ!花火!」

    ハヤカがキラキラした目を空に向けて言う。小さなオレンジ色の火の玉が空中へ飛んでいき消えると、大きな美しい火花が開き、大きな音が鳴り響いてぱちぱちと音を立てて消えていく。
    ……見惚れてしまう美しさだ。

    「有希くん、もっと良く見える場所にいこ!」
    「うん!」

    ハヤカが走るのに続き、こちらもハヤカを追いかける。人混みをかき分けて先へ先へ走ると、花火を見たさに人が多く集まっているが、屋台や木といった視界の妨げになるようなものがない開けた場所にたどりつく。

    小さな花や大きな花……形も色も少し違う。しかしながらそれは、毎夜見ている星に負けない美しさだった。
    ふと、遠い昔の記憶が蘇り、頬に冷たいものが伝っていることに気がついた。

    「───父さん」
    「……?どうしたの?パパがどうかした?」
    「あ、あぁいや……」

    涙を拭ってから、笑ってなんでもないと伝えた。

    「……そういえば、有希くんって、ここじゃない街から来たんだよね……」
    「あぁ、ずっと前にそれについては話してたな。孤児になってからはずっと一人で……」
    「……そっか。その、きっかけって教えて貰ってたっけ?」

    俺が少し落ち着いてきた時に、家族についてはハヤカに話したことがある。ハヤカを通して、ハヤカの親にも知ってもらっているはずだ。
    ただ、何があったのかまでは話していない。優しく育ててもらったことを思い出してしまって、辛くて子供ながらに泣きわめいてしまうから。あの時の苦しくて仕方の無い……所謂トラウマを思い出してしまうからだ。

    ……ただ、今なら包み隠さず話せるような気がする。

    「……鬼って、知ってるか?」
    「鬼?桃太郎とかに出てくる?」
    「まぁ、そう捉えてもらっても構わない。突拍子もない事だから、この話を嘘だと思ってくれてもいい」

    まだ幼くて、今よりも背丈も、手も足も小さくて転んだだけで泣いてしまうようなか弱い時代の頃。放浪の旅をしていた父さんと、月に照らされたとある町へやってきたことだった。
    その町は何者かに襲われたようで、激しく燃え盛っていた。火事に見舞われた町の中からは、黒い影が幾つもやってくるのが見えた。
    父さんは身につけていた刀を構え、こちらに声をかけた。

    「有希、お前は隠れてなさい」

    それだけならいつもと同じだった。危ないからと言って、どんなに危険な状況でも俺を逃がしてくれた。
    ただ、その時は違った。父さんは続けてこう言った。

    「何があっても、決して父さんに近づいてはいけないよ」

    お前は賢いからといって、言われなくてもわかっていたようなことを、ここで初めて言われたのだ。
    その時の俺は何も不思議に思わず、木陰に隠れた。
    きっと大丈夫、そう思っていた。

    黒い影が迫り、やがて父さんと相対する。いつもの様に、怖いお化けをすぐに倒してくれる。いつもならそうだったのだ。
    木陰から聞こえてきたのは、今まで聞いたことの無いような、父さんの苦しそうな声だった。怖くて、顔を出せなかった俺は、怯えたまま、頭を抱えて震えるしかなかった。
    後ろから聞こえてくる断末魔。ただ、決して助けは呼ばなかった。俺は息をせずに耳を塞ぐ。

    ……大きな足音が、過ぎ去っていく。
    もう大丈夫だ、そんな声が聞こえるはず。

    ────聞こえない。聞こえてこない。いくら待っても、そんな声は聞こえてこなかった。どうして?
    恐る恐る首を木の陰から出した。……赤い血痕と、父さんの持っていた刀と銃だけが、そこに残っていた。子供ながら、全てを察してしまった。
    しかし、それを信じられない俺は、幼い声でその近くで父さんを大きな声で呼ぶ。
    当然、返事は帰ってこなかった。
    絶望に打ちひしがれて、両手両膝をその血の海につけて、俺は泣き叫びながらももう一度呼んだ。
    父さんはもう二度と、俺の前に姿を現すことは無かった。


    「……時々、夢を見るんだ……父さんと一緒に過ごした時のことを」
    「……」

    ハヤカは一言、「ごめんね」と謝ってきた。突然、謝られたことに困惑して、なんで?と聞いてしまった。

    「だって、だいぶ辛い出来事だと思ってさ。それを思い出させちゃったって……」
    「……信じるのか?」
    「もちろんだよ、あの時持ってた刀なんかの説明もつくし、あの日に起きてすぐに心配してた理由もなんとなくわかったから」

    そういえば、ハヤカに連れてこられて肩身の刀や銃がなかったことに焦りを感じていたことを思い出した。こんなウソっぱちにしか感じられないような話を信じたこともだが、未だにそれを覚えていることにも驚いた。

    「……ありがとな」

    ハヤカに話せてよかった。そう心から感じられて微笑みを浮かべた。

    「───そうだ!私もちょっとした隠し事話そうかな」
    「隠し事?」

    意外だ。正直、隠し事などひとつもないような人情をしていたので、ハヤカにはそういった物事などないようなものだと思っていた。
    ハヤカは花火が咲いて散る夜空を眺めて話を続ける。

    「私ね、バイクに乗って色んな場所を見て回りたいんだ」
    「バイク?」
    「うん、めいっぱいの風を浴びたいんだ!でもね、これを小学生の頃に話したら、男っぽいなんて言われてさぁ。バカにされて……」

    確かに少し男らしさはあるし、小学生……まだそういう男と女での差別点があった頃だろうから、まあそんな偏った認識もあるだろうが、そんな女性も世にはいるに決まっている。

    「今はどうなんだ?」
    「そりゃ今もそういうことしたいって思ってるよ」
    「……そうか」

    ハヤカのためにやるべき事が決まった。


    ────────────────────
    「ハヤカ!」
    「え?ど、どうしたの?」

    有無を言わさず、ハヤカを外へ連れていき、玄関前でヘルメットをかぶせた。

    「な、なに?急に……」
    「いいからいいから、外出てみろよ!」

    ハヤカを先頭に玄関の扉を開ける。ハヤカは驚きで瞳孔が開き、言葉を失った。

    「これ、って……バイク!?」

    ハヤカの目の前にあったのは、赤い塗装のされたバイク。仕事を沢山やり倒して貯めたお金をほぼ全部使って買った、二人乗りが可能なバイクだ。
    もちろん、免許も取得済み。ついでにやりくりして上手いこと余ったお金でちょっとしたものも買ってきたのだ。

    「へへっ、どうだ?」
    「す、すごい!!すごいよ有希くん!!これ、乗れるんだよね!?」
    「あぁ!もちろんだ!!」

    むしろそうじゃなければ、なんのために買ったんだと言いたい。

    「ちゃんと俺にしがみついて乗るんだぞ?」
    「もちろん!」

    俺は運転席に座り、後ろにハヤカが俺の腰に手を回してしっかりと掴む。ヘルメットもつけているので、事故のケアもバッチリしている。
    エンジンを吹かし、バイクを発進させた。最初はゆっくりだったが、少しずつスピードを増していく。後ろから風に紛れてはしゃぐハヤカの声が聞こえた。

    「どうだハヤカ!これがバイクだ!!」
    「サイッコー!ちょっと腰疲れるけど!」
    「すまん!それは我慢してくれ!!」

    風で声がかき消されるため、普通に話すときも互いにいつもよりも声量が大きくなっている。
    テスト運行に鶴軒街をまわったあと、二葉街を目指して橋の上へ、そのまま高速道路を走る。
    車には気をつけて、逆走もしないように────

    「……ッ!?」

    ハッと息を呑んだ。目の前から逆走してきた車が突然、突っ込んできたかと思えば、視界が真っ暗になった。一瞬の間だった。
    ぼやける視界の中、サイレンの音と誰かがよびかける声が聞こえた。いつの間にか、バイクは横転して燃えており、自分は道路の上に投げ飛ばされていた。ハヤカの姿は、そこには見えなかった。

    「ハヤ、カ……」

    名前を呼び、最後は意識が途切れた。



    気がつくと、真っ白な部屋のベッドの上に横たわっていた。……ハヤカの部屋ではないと、直感でわかった。

    「おはよう」

    久方ぶりの聞き馴染みのない声がした。白衣を着た人……看護師がこちらに微笑みかけてきた。
    体を動かそうとした時、今までに感じたことの無いような激痛が全身に走り顔を顰めた。看護師が体に触れて優しい声をかける。

    「こらこら、あまり動かさない」
    「……ハヤカは、ハヤカはどこに……」

    正直、自分の体などどうでもよかった。ハヤカが心配で仕方がない。ふと、すぐ横にあったテレビから音声が流れ始めた。

    『先日午後三時、坂間高速線にてバイクと自動車が衝突する事故があり、バイクを運転していた男性一名が意識不明の重体。後部座席に乗っていた女性は橋から転落して"死亡"。車の運転をしていた男性は、飲酒をした後、居眠り運転をしていたとされ────』

    ────言葉を失った。勘違いだと思いたい。そう信じたい。
    そばにいた看護師に真偽を聞く。
    ……申し訳ないと俯かれた。

    「嘘だ……」

    そんな訳が無い。そう信じたいのに、ここにあるもの全てが、これが真実だと告げてくる。
    気がおかしくなってしまいそうだ。俺の不注意で、ハヤカを……ハヤカの家族にまで、不幸を招いてしまったのだ。のしかかる苦しさと罪の重さで、嗚咽してしまった。看護師は俺の背中を撫でる。

    「……怪我が良くなるまでここで入院することになるけど、平気かい?」
    「……はい」

    もし、ここを出たとしても、ハヤカの親にどう顔を向ければいいのかわからない。ハヤカの親が許してくれたとしても、俺はもうあそこには戻れない。

    長い入院生活の中でも、亡くしてしまったハヤカのことをどうしても忘れられずにいた。ようやく体も治りかけて、退院できる日も近いと告げられた。
    精神の限界がそれほどにまで近かったのか、たまに、ハヤカの姿も見えたが、もうここにはいないことも知っていて、それには影もない。ただの幻覚だと分かりきっていた。
    リハビリを終えて病室に戻ってからしばらくして、部屋の扉が開く音がした。看護師が来たのだろう。

    「起きてたか」

    息が詰まる。入室してきたのはハヤカの父親だ。思わず、身をすくめた。

    「あ……ご、ごめ……」
    「いいんだ……お前を恨んだところで、ハヤカは帰ってこない。わかってる」

    そうは言っていたが、声色は確かな怒りに満ちていた。

    「……今となっちゃあ、お前も俺たちの子供のようで、でも、ハヤカは……どうすればいいのか分からない、複雑な気持ちなんだ。お前に言っても、仕方の無いことだとわかってる……」

    俺は、俯きながら無言を貫くしか無かった。ハヤカの父親は俺のベッドのすぐ横に何かを置いた。
    ……刀と銃、そして、ハヤカと俺が被っていたあの狐の面だ。

    「退院したとしても、家には戻りにくいだろう。お前の持ち物はここに置いていくぞ」

    じゃあな、と背中を向けながらそう言って、部屋を去っていった。何故ここに持ってこれたのか、そんなことも気にしているような余裕はなかった。
    重なり合う狐の面、祭りの思い出とハヤカのあの、無垢で楽しそうな顔を鮮明に思い出してしまう。

    「……ごめんなさい……ごめんなさい……」

    手に取った白い狐のお面の上に、涙が溢れ落ちる。
    泣いて謝ったところで、誰かが許してくれる訳でもない。ハヤカが戻ってくる訳でもない。
    そうとは分かっている。分かっていても、そうする事しかもうできない。


    長い入院とリハビリ期間を終えて退院して、俺はすぐにとある場所に向かうことにした。
    幸い、入院期間中に病院の位置が書かれている地図があるチラシなどを見ていたこともあり、それの地図を脳内に刻んでいる。どうやら病院からすぐに向かえる場所にある。
    途中、ハヤカの家族の住む家があったが、堂々と顔を出すような勇気もなかった俺は、家の前を通らないように少し遠回りをした。

    「……あった……」

    坂間高速線────事故が起きた、あの道路。聞こえていないかもしれない。それでも、ハヤカに伝えたいことがある。しかし、道路上は黄色と黒のテープで封鎖されていた。
    人気がなく、不気味な程に静かで仄暗いその道路の下を行く。そのような場所に、目の前に何者かの人影が見えた。不思議に思って近づく。
    焼けこげた服、ちぎれていた片腕、溶けかけている足、姿こそは違えど、わかった。わかってしまった。

    「────ハヤカ……?」

    声をかけると、それはこちらを振り向いた。髪で隠れた片目の後ろから、人の目では無い白く光る大きな丸いものが映った。
    その姿は、ずっと見てきたあの黒い奴らとまるで似ていた。

    俺は駆け寄った。片方しかないその小さな手を握った。俺は謝り続けた。ハヤカは不思議そうに首を傾げていた。
    いつもと同じような声でハヤカは語りかけてきた。

    「なんで謝ってるの?」
    「……だって……俺は……」
    「私は後悔もしてないよ、恨んでもない」

    ────違う。こんなの、ハヤカの声じゃない。
    俺は自分の頭を抱えて蹲る。それでも、関係なしにハヤカの声で話しかけてきた。
    これは、頭の中で勝手に作りだしてるだけだ。目の前にいるものも、全てそうだ。そうに決まっている。

    ただの思い込みだと、頭の中で訴え続ける。しかし、それを否定するかのように目の前にいるハヤカは、こちらの頭を撫でてくる。

    「……後悔してないとか、恨んでないとかなんて、嘘なんだろ……」
    「そんなわけないでしょ。また前みたいに戻っちゃって……」

    こちらが反論を返す前に、ハヤカは続ける。

    「有希くんは、私の夢を叶えようとしてくれたんだもん。そんなの恨めるわけないよ。後悔は……あぁ、でも少しだけあるかな」
    「なんだ、言ってくれよ……」
    「えっとね、まともに伝えたい言葉を伝えられなかったこと」

    そう言って、困った笑顔を見せた。

    「有希くん」

    ───大好きだよ。

    ハヤカから言われたその言葉は、生まれてこの方初めて言われたことだった。幸せを感じとれるはずのその言葉は、今は突き刺すように辛くて仕方がなかった。
    ふと、ポケットからカランと何かが落ちる音がした。

    「……あ」

    それは、バイクを買う時に余ったお金で一緒に買ってきた、綺麗な指輪だ。ハヤカに渡す予定だったものだった。
    当然、ハヤカにそれはなに?と聞かれる。

    「……指輪だ、お前に渡したかった……」
    「そうだったんだ」

    今となっては、渡す勇気もなかった。ハヤカからその言葉を聞けたはずなのに。俺は、その指輪をしまい込んだ。

    「……同じ気持ちだったんだ……伝えるのが遅かっただけで」
    「……どうして、俺ってこんなにグズなんだろうな……」

    乾いた笑いを浮かべた。もう立ち直れないぐらいに、心が壊れてしまった。
    弾まない会話をしてから、また来るよと、確証もない言葉を残し、俺はその場を立ち去った。


    ────────────────────
    鶴軒街のとある図書館で、このどうしようもない気持ちを紛らわせる意味合いも込めて、本の世界に入り浸ることにした。
    様々なジャンルが並んでいる中、とある本を見つけた。

    「……なんだ、これ?」

    オカルトもののように見受けられたが、ジャンルは歴史。不思議に思い手に取って、空いている席に座って開く。
    その本は、街中で見かける黒いもの……怪異と呼ばれるものと、巫覡と呼ばれるその怪異を退治して回っていた人物について記されていた。巫覡について書かれたページを眺めると、色々な地方を旅して回る放浪の旅を続けながら、人々を脅かす怪異を退治していたそう。
    ……まるで俺の親父とそっくり、いやそのままだった。

    これはきっと、事実に基づいて書かれたものだ。興味深く、俺はそれを読み進めていく。
    ふと、気になるページにたどり着いた。
    巫覡の血を引くものが、怪異と手を組んだという話だ。怪異の欲望である『人間に戻りたい』ということを利用したものだそう。巫覡が現れてからは怪異が一方的に姿を消していったことにより、怪異側も怪異の血を得て人間に戻ることも出来ることから、この発想に至って怪異も巫覡を利用し始めた。それを、『契約』と呼称することにした。
    長々と、この本には書かれている。怪異側は人に戻れる可能性があり、巫覡にとっても怪異が減るという、どちらとも恩恵のある関係性になっているようだ。

    「……契約……もしかしたら」

    可能性が現れた。そして、もう少し読み進めて気になったところが現れた。

    「……怪異は、自分よりも強い怪異の血と同時に、強い人間の血。『巫覡の血』をより好む……」

    もし、もし仮にだ。怪異だけでなく、この街のどこかにいるのならば……
    ……やることは決まった。焦げたマフラーを首に巻き、ボロボロの上着を羽織り直し、本を元の場所に戻してから図書館を出た。
    これなら、ハヤカを元に戻せる。
    巫覡の血を持つ者を、この手で探し出してみせる。
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