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    はまち

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    はまち

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    怪異パロの一話、お試し書きです。舞台も登場人物も本編(オリジナル)とは全く異なっております。
    二話以降も書きたいなという気持ちはあるけど、書くかどうかは気分でってことで……

    第一夜はるか昔、日本には『怪異』と呼ばれる異形の姿をした獣があったそう。怪異は人の強い恨みや欲望から生まれ、周囲の生物を誰彼問わず襲い食ってきた。街中の人々は怪異を恐れるばかり。そんな怪異を退治すべく、生まれ持って悪霊、妖怪祓いの力を持つ『巫覡(ふげき)』と呼ばれる者が現れた。彼らは街中に現れた怪異を祓い、やがて街から怪異は消え去ったという─────。
    「……消え去った、かぁ」

    日本の「古川市」にあるひとつの街。その名も「二葉街」。これといった目立った建物もなく、どちらかといえば話題にはなりにくい、どうしても目立たない街である。
    そんな街に住んでいる、黄金色に輝く髪と青い宝石のような瞳をした少女が、『神田中学校』の図書室にある歴史の本を読み耽っていた。

    歴史の本。それはホントかウソかもわからないことばかり。ただ、少女はこの中の一つだけ、ウソだということを知っていた。

    「本当に消え去ったらよかったのに……」
    「おーい!もうすぐ授業……ん?光夢ちゃん、何読んでるの?」

    金髪の少女、『黒咲 光夢(くろさき こうむ)』は背後から聞こえた声に振り向き、入り浸った自分の世界から戻り、名を呼ぶ。

    「友美ちゃん」
    「へぇー、歴史の本?真面目な光夢ちゃんらしい!」
    「いやいや、真面目じゃないよ……」

    『友美(ゆみ)』と呼んだ少女が、新品のような、赤い紅葉の髪留めをした茶色の髪をなびかせて光夢に近づき、肩に手を乗せて本を覗き込み、目を細めながら文字を一つ一つ読みあげる。
    「気になるの?」とその様子を見て言うと、友美は「少しだけ!」と何も考えてなさそうに元気な声を発する。

    「……えっと、もうすぐ授業だよね?」
    「あっヤバ!そうじゃん!それを言いに来たんだった!」

    ハッとして光夢の肩から手を離す。言わなければ、きっとチャイムが鳴るまで気づかなかっただろう。
    早く早く!と図書室の出口前で手招きする様子を横目に、そっと本を元あった場所に戻した。


    ────────────────────
    長い授業時間を終えた学生たちに、下校時間を告げる最後のチャイムが鳴る。
    教室掃除も終えてさっさと帰りたい光夢は、もう既に靴を履き替えていた。

    「おーい、一人で帰るなってのー!」

    後ろから、友美の声と共にもう一人の足音が聞こえてくる。

    「ごめんごめん……」
    「もう、連れないなぁ!ねー、三咲!」

    黒い髪の毛で、私たちよりも背丈が高く大人びている『三咲(みさき)』は、ここに来るまでも相当、友美に振り回されていたようで疲れた顔をしていた。

    「全く、光夢ちゃんがいないって学校中騒いで……周りからどんな目で見られてたと……」
    「だってぇ〜」
    「まぁまぁ……そこまでして一緒に帰りたかったの?」

    「当たり前っしょ?」と歩きながら無垢な顔で答える。……正直、私としてはワケありなため、ひとりで帰りたいところではある。

    「だっていつも一人で帰ってて寂しそうだし!」
    「そういう人もいるのよ」
    「そうなの?アタシはみんなで帰りたい派なんだけど」
    「みんながみんなそうじゃないのよ……」

    そう言って、三咲は困り果てた顔をして長い黒髪をかきあげる。

    「そういえば光夢、今日の国語の授業で『ヨイヤミ』を『ヤヨイ』って言ってたの、超ウケたよね!」
    「ちょっ!?やめてよそれめっちゃ恥ずかしかったんだから!!」

    今日一番で恥ずかしいことを掘り下げ、にしし!と歯を見せて笑うイタズラ娘。良くも悪くもバカ正直になんでも言ってしまうため、他意はないのだろうが、それだからこそ困る。

    「友美ちゃん、あまりそこばかり触れないの」
    「国語の成績悪いアタシでも読めたからビックリしちゃってさ」
    「……あの時、吹き出したの友美ちゃんかぁ……」

    言い間違えた瞬間、席の端に座っている時にハッキリと聞こえたことを覚えていた。

    「アタシだけじゃないよ!『鏡夜(きょうや)』くんもだったよ!」
    「そういうことじゃなくてね……それに、ああいう時の先生の励まし、むしろ来るわよね」
    「ほんとにそうなの……余計に恥ずかしかったよもう」
    「ごめんってば〜!」

    ふと、橋の下を流れる川のせせらぎが聞こえた途端、友美が「あっ!」と声をあげる。

    「ねえねえ、昨日のニュース聞いた?」
    「えっ、ニュース?急にどうしたの?……というか見るんだね、意外かも」
    「失礼だなぁ!見るよ!」

    プンプン!とわざわざ擬音を口に出しながらも橋の上で立ち止まる。合わせて光夢と三咲もその場で足を止めると、友美は内容を淡々と語り出し始めた。

    「この橋じゃないと思うんだけどね、どうやら真夜中出歩いていた女の子が、足を滑らせて真っ逆さまに落ちて、そのまま川の中で亡くなったんだって……」
    「えっ?どうして真夜中に……?」
    「さぁ。流石にそこまではわからないよ。ただね、その女の子。夜中になると川の近くに現れることがあるんだってさ……」

    おどろおどろしい雰囲気を出そうとする友美だが、光夢はこういう話をよく聞かされており、慣れている。しかし、横から「ヒッ」と小さく高い怯えた声が聞こえた。顔だけは友美の方を向き、ふと目だけ三咲の方を向くと、酷く怯えた顔をしていた。

    「それで、川に近づいた人を────」
    「も、もうやめましょ!!てかなんでニュースで怖い話を聞かされなきゃいけないのよ!?」

    ごもっともな意見だが、その発言を聞いた友美は悪い顔をして「怖いの?」と聞いてきた。

    「こ、怖くないから!別に!」
    「えぇ〜、ほんとに?」
    「ほんとだからぁ!」

    怒ったような、強がったような声色を三咲は使う。三咲が気を取り乱す様子は全くと言っていいほど見ないため、光夢は気の毒に思いながらも、少し新鮮な気持ちになっていた。

    それからも特に内容のない会話をしながら、夕焼け空のコンクリートでできた道を並んで歩いていると、交差点に出た。
    光夢が真っ直ぐ道を歩いていくのを見て、友美が口を開いた。

    「あっ、アタシ家コッチだからバイバイだね!」

    後ろを振り向くと、友美が左方向の木々に挟まれた道の方へ進み、三咲も右側の住宅街の方へと歩みを進めていた。

    バイバイ!と大きく手を振る友美と、また明日ねと小さく手を振る三咲に、光夢も手を振り返す。
    それぞれ、姿が見えなくなったのを確認した光夢が、ふぅっと深く溜息をつき、帰り道の方を向いた。
    ここまでの帰り道。そしてここから続く道にもいくつもの黒い影がずっとこちらを覗き込んでいたのを知っている。
    何度も何度も、この帰り道を辿っているが全く慣れない。

    光夢の体には、『巫覡(ふげん)』の血が通っていることを、ずっと昔に母親から告げられた。
    そのせいで、この世から消え去った……と思われていた怪異───と思わしき黒い影───の姿が昔から見えている。

    「……なんなの、もう……」

    この影たちは、今日日まで何もしてくることは無い。……なかったはずだ。
    背後から、酷い寒気を感じた。

    「……!?」

    なにかを勢いよく振り上げるような風切り音を立てると同時に、光夢はその場に屈む。
    目の前に、掠った自分の髪の毛がボロボロと落ちるのが見えた。
    死を悟った光夢は、息を飲み後ろを振り返らず走った。

    あれはなんだ……!あれはなんだ……!?

    音は聞こえない……が、その気配は途切れていない。明らかに追いかけている。人ならざるものが、追いかけてきている。
    なりふり構わず、逃げるしかない……!

    早く逃げなきゃ……!!早く、逃げなきゃ!!
    自分の家までもうすぐ。すぐ目の前の交差点を曲がれば……!

    木の葉が目の前に落ち、交差点から影が回り込み、真正面から鋭く伸びた黒い爪を振り上げた。

    「あ……」

    爪を振り下ろし、風切り音が鳴り響く───
    ……痛みが、ない。

    ぎゅっと瞑った目を恐る恐る開く。
    あの影の姿はどこにもなく、そこにいたのはまん丸に太った狸だった。

    「……え?」

    思わず、素っ頓狂な声が出た。あれは幻覚?この狸がみせた?でも何のため?じゃあこの狸は何?色んな疑問が脳内を駆け巡る。


    狸は模様のせいでどこが目なのか分からないぐらいの黒い目で、じっとこちらを見つめた後、後ろを向いて数歩先歩いた後、こちらを振り向いて見つめてくる。

    「……ついてこいってこと?」

    そう言うと、狸は真正面を向いて走り始めた。
    「待って!」と声を思わず出して、後を追いかける。
    小さい足なのにも関わらず、狸は素早くコンクリートの道を駆けて、やがてガードレールの向こう側の森の中へ身を投じた。
    その場で光夢は足を止めると、葉の中から尻尾を見せてきた。

    「えっ……えぇっ……?なんなの?」

    まだ着いてこいと言っている気がした光夢は、ガードレールを跨ぎ、まるでツアーガイドの人が持つ旗のように真っ直ぐ立てた尻尾を追いかけて森の中へ進む。
    一番、黒い影が多く現れそうな場所なのにも関わらず、気配も姿もない。

    「……?あ、あれ?」

    狸の後を追いかけていたはずが、いつの間にか姿はなく、さらには深い森の中とは思えない、とても開けた場所に出た。
    その目の前に、この時代ではあまり見ない和服を着こなした、短い黒い髪から生えた角のような耳が生えた人物が、腰に手を当てて立っていた。
    こちらに気づいたようで、耳をピクりと動かして振り向く。
    片目は長い黒髪に覆われて見えないが、目と頬に模様が刻まれている。

    「……あんたが、怪異が見える女?」
    「え……?あ、は、はい……」

    ツンとした表情に、鋭い目つき。そして声。全てが高圧的に感じた。その少女はゆっくりとこちらへ歩み寄り、思わず一歩だけ後ずさる。
    彼女が近づいたときに、目線が同じなことに気づき、歳が近いと直感的に理解した。

    「単刀直入に言うわ。私と契約しなさい」
    「……は?」

    あまりにも急な要求に、目が点になった。
    すると、少女は「聞こえなかった?」と言って、もう一度、同じことを言ってきた。

    「おいおい、それじゃあわからんじゃろうに」

    今度は聞きなれない、低く貫禄のある声が聞こえてくる。
    黒髪の少女の横に、どこからともなくあの狸がちょこんと現れた。

    「……ええっ!?さっきの声もしかして……」
    「おうそうじゃ、儂じゃよ。お主が怪異に襲われたところを通りがかったんでな、ちょちょいっ!と追い返してやったあの狸じゃよ」
    「……あの黒い影、狸さんじゃなかったんだ……」
    「あんな低級で野蛮な行動、今どき儂でもせんわい。これでも何十年も、何千年生きてるのでなぁ」

    さっきからの少しジジババ臭い喋り口調から少し察してはいたが、相当な年月を生きていたらしい。やけに怪異に詳しい点も踏まえ、恐らく、この狸もきっと怪異のひとつだと光夢は考えた。

    「狸。私早く終わらせたいんだけど?」
    「まぁまぁそう焦るなかれ。これだから最近の若いもんは……」
    「はぁ!?つか、そういうマウントいいから!!」
    「わかっておるわい。さて、と。お主、先程こやつが言っていた契約とやらについて、聞きたいじゃろ?」
    「そ、そりゃあまぁ……」

    狸は太い尻尾から煙管を取りだすと、足を組んで座り煙管を吸い始めた。

    「……あなた、本当に狸?」
    「何を今更、わかっておるじゃろう?儂は怪異じゃよ。まだ理性を失っていない、『己を人だとわかっている』怪異を救う役目をする怪異じゃな」

    聞いた事がないだけでなく、どの歴史にも怪異に関することに書かれた本にも載っていない、事例がない怪異に首を傾げた。

    「お主は怪異がどのように生まれてきたか知っとるか?」
    「……えっと、人の欲望や恨みで……」
    「そう、よく知っておるな。では、怪異がなぜ人を襲うか知っておるか?」
    「え?……ええっと……」

    あの時見た歴史の本には書かれていなかった。今まで読んできた本を思い返すが、思い出せる限りの本に、それらしき記述はされていない。うーん、うーんとうなりながら必死に捻り出そうとする。

    「はっは!無理もなかろう、人が怪異になるのは簡単じゃが、怪異のことなぞ人には分からぬからなぁ」
    「えぇっ、どうして……?」
    「怪異が人を襲うのは主にひとつ。『人間になりたいから』じゃ」

    人間になりたい?光夢は思わず繰り返した。

    「うむ、怪異同士で血を奪うこともできるが、人の血を奪えばあっという間に人になれる。……でもな、実はもう少し簡単にできる方法があったのじゃよ」
    「……もしかして、それがさっきの契約?」
    「察しが良くて助かるのぉ。契約は、人と怪異が繋がることじゃな。怪異は他の怪異から血を奪って人に戻れ、人は他者を襲う怪異を減らせる……両者とも利益があるのじゃ」
    「……?でもさっき、人間の方がって……」
    「そう。しかし、『巫覡(ふげん)』が現れてからは話が変わってしまったんじゃよ」

    あっ。と、光夢は声を漏らした。
    巫覡は怪異を倒すこと長けた者。怪異たちは人を襲えば簡単に人間に戻れるが、歴史の本に書かれていたのが事実ならば、巫覡が現れてからは怪異は姿を消す一方になった。

    「人に近寄る怪異を、人と契約した怪異が狩る。人間は犠牲を出さずに怪異と化した人が助かる……それが『契約』じゃ」
    「な、なるほど……」
    「あんた、仮にも巫覡の血引いてんのになんで知らないのよ」
    「う……面目な……え?」

    ふと、光夢の頭に疑問符が浮かぶ。今まで巫覡の血が引いていることを明かしてはいないはず。しかし、先程あの黒い髪の少女はハッキリと、自分が巫覡の血を引いていることについて話した。

    「(多分、こんな話をしているから勘づいたのかな?)」
    「しかし、契約には大きな欠点が存在したんじゃ」
    「欠点?」
    「契約には『期限があること』じゃ。そうじゃな……おおよそ、七日じゃの。六日目が終わる……つまりは『七日目を告げる夜明け』がタイムリミットじゃ」
    「えっ!?み、短くない!?」
    「そう、だから私早く終わらせたいのよね」

    なるほど……とはならないが、この少女が説明端折ってまで契約しろと言ってきた理由が、ようやく分かった。

    「ちなみに……タイムリミットになったらどうなるの?」
    「怪異は人になれずに消滅する」
    「……え?」

    どう聞いても人間側になんのデメリットもないじゃん!と問い詰めるが、狸は「そうじゃよ?」と表情は読み取れないが、声色的に焦りもなにも感じていないようだった。

    「そ、それ、あなた的にどうなの!?」
    「え?構わないけど」
    「え……ええっ!?消えちゃうんだよ!?」
    「だから別にどうだっていいのよ、消滅って言い方に語弊あるんじゃないの?」
    「あぁそうか、怪異は怪異のまま、同じ姿とは限らぬがまた生まれ変わるんじゃよ」
    「……あ、あぁ……そういう……?」

    姿自体が変化するから元の姿が消滅する……と要したとしても、タイムリミットがきたら問答無用で片方だけ消滅は、怪異側が拒否するはず。
    複雑怪奇な『契約』という行為に、光夢は困惑するばかり。

    「……さて、お主。ここまで聞いて今ひとつ問おう」

    煙管を尻尾の中にしまった後、座っていた姿勢から自然でよく見る四足歩行の狸の姿になり、真面目な声色で光夢に話しかける。

    「こやつはお主と契約する気満々じゃが……ここまでの説明を聞いて、お主はどうする?」
    「……け、契約……するにしたって、ほんとにいいの?」
    「あんた、こいつの話によればめっちゃ怪異呼び寄せるみたいじゃない?」
    「え?……ま、まぁ……そこそこには……」
    「それに、あんたにはなんにもないのよ?そこまで不安がる必要ないじゃない」
    「う……それはそう……だけど」
    「怪異の血があれば、私は人に戻れる。あんたは怪異に怖がる必要も無い。メリットもあるし、それだけで私とあんたの契約終了。ほら、簡単じゃない」

    目の前の少女は、顔色を一つも変えない。これまで多くの怪異を見てきたものの、怪異については全く分からない光夢にとって、この状況は難解を極めるものだった。
    光夢は俯き、唸り悩む。

    「……わかった、する!」

    しばらくして顔をあげ、光夢はそう答えた。

    「よし、決まったわね!それじゃ……」

    そう言うと、少女は手を差し出した。
    光夢はキョトンとし、え?と言いながら首を傾げた。

    「おおっとそうじゃった、正式に契約を成立させる場合、契約する相手とこうして握手するのじゃよ」
    「そ、そうなの?」

    案外あっさりしてるね……と言いながら、少女の手を握る。その途端、二人の手から眩い光と強い風が放たれ、互いに驚き思わず目をつぶった。
    暫くして風が止み、目を開けると握った手の甲に、炎の形をした紋章が刻まれていた。

    「え、えっ!?なにこれ!?」
    「ええっと……これで、契約できたのよね?」
    「うむ、これで正式にお主らは契約関係ができたな。それじゃ」

    背中を見せて森の中への姿を消そうとする狸に、え?と思わず二人の声が揃う。

    「あとは勝手によろしく頼んだぞ、儂はもう寝るからの」
    「ちょっ!!ほんとにこれでいいのよね!?説明忘れたこととかないわよね!?」

    「おやすみ」とだけ言い残し、狸は森の中へと歩いていってしまった。契約を結んだ二人は、訳も分からないままその場に取り残されてしまった。
    少女がコホンと咳払いし、流れを作り出そうとする。

    「……まあ……まあいいわ、さてと、とっととそこら辺にいる怪異でも……」
    「ちょっ、あの……」
    「ああん?なによ────」

    高圧的な態度をとってきた少女の前で、光夢のお腹の虫の音が鳴る。
    光夢が恥ずかしさで思わず俯く一方、少女は顔を手で覆いながら溜息をついた。

    「ったく、もう……」
    「えと、それに私、帰らないと……お母さんに心配されちゃうし……」
    「……お母さん、ねぇ……」

    ‪静かにそう呟き、光夢がやって来た方向へと歩みを進める。なにかと勝手に話を進めようとする少女をぼーっと眺めている光夢の方を振り向き、森の向こうを指さした。

    「こっちでしょ、帰り道。早くあんたの家に帰るわよ」
    「えっ?まぁ……うん、そう……」

    「そっ。」と素っ気ない返事を返し、光夢を置いて少女は先に森の外へと向かって歩いていく。

    「ちょっ!先に行かないでよ!?迷っても知らないからね!?」
    「まーよーわーない!っての!誰だと思ってんのよ私を!」
    「いや誰だと思ってるって言われても……!」

    我が家に住んでいる自分よりも、なぜか先々進む彼女の後を急いで追いかける。


    ────────────────────
    長かった寄り道を経てようやく自宅に着き、ため息混じりに「ただいま」と母親に伝える。
    玄関をあがり、すぐ近くにあるキッチン側から「おかえりなさい」と優しい声が聞こえ、すぐ出迎える。

    「今日は遅かったね……あら?」

    光夢の後ろにいる、見慣れない人物の姿を見て目を丸くした。

    「その子は光夢のお友達?」
    「お友達というか契や───」

    ドキッと心臓が飛び跳ね、すぐさま少女の口元に手を被せる。「むぐぐっ!」と何か言いたげだったが、その声すら被せ、「そうそう、お友達!!」と伝えた。

    「あらそう!珍しいこともあるのね〜、さぁさぁあがって!あっ、お友達の分もお夕飯準備しなくちゃ!」

    先に手を洗っておいで。と言いながら、気持ちちょっぴりご機嫌な様子でいそいそとキッチンへ戻っていった。何とか誤魔化せたと、光夢は思わず深いため息をつき、少女の口を塞いだ手を下ろす。少女は不機嫌な様子で光夢を睨んだ。

    「なんで誤魔化すのよ?」
    「当たり前でしょ!?あんなこと言ったらお母さんにどんな顔されるのか分からないじゃん……!」

    光夢としては当然なことを言ったつもりだが、それを伝えた相手からは何を言っているのか分からないといった様子で、首を傾げた。

    「……とりあえず、あまりそういうことは言わず、できるだけ私に合わせて誤魔化して。せめて契約って言うことだけはやめて」
    「なんで私があんたに命令されなきゃなんないのよ」
    「……じゃあ、玄関でずっとこうしてるつもりなの?」
    「……わかったわよ」

    心底、光夢が面倒くさいと思ったのか、光夢から目線を外し、なんだか納得していない様子のムスッとした顔をしながら我先にと少女は家にあがり、洗面所を探して辺りを見回している。

    「洗面所はこっちだよ」

    キッチン側に歩き、お風呂場前にある洗面台へ案内する。文句も何も言わず、光夢の後ろを歩く少女は何かともの珍しいのか辺りをずっと見回してばかりだった。
    光夢が手早く手を洗うのを見て、少女は「ねえ?」と声をかけてきた。

    「そういうの爪の先とか洗うんじゃないの?」
    「……」

    全く意識してないし、ごもっともな意見。それと同時に怪異である少女がそこまで意識していたことに驚きを隠せず、咄嗟に言葉が発せなかった。

    「凄いね……幼稚園の先生でもやってみる?」
    「遠慮するわ、子供って結構残酷だし」
    「それは……そうだね。うん」

    平気でカエルの足をちぎったり、虫を水底に沈めたり、光夢自身がそうした訳では無いが、同い年の子の遊びをそばで見ていたことだけあり、思い当たる節も多く、その発言に納得せざるを得なかった。
    言われた通りに爪の先まで丁寧に洗い、手を拭いてから洗面台横にある消毒液をかける。
    続け様に、少女も手を洗い始めた。消毒液を手全体にすり込みつつ、光夢はその様子を眺める。

    怪異は人と違うと思い込んでいたが、この少女には何かと人間味が溢れていた。

    「……怪異って、人の欲望とかで生まれるのに……ここまで人間臭い姿で、人間臭い動きをする怪異がいるなんて……」

    光夢は口に手を当てながら少女に聞こえないよう、ボソボソと独り言を呟く。
    ふと、そばにある手を洗い終え、タオルで拭き終えたた様子で次何をすればいい?と言いたげな顔をしながらこっちを見る少女。

    「あぁ、えーっと……」

    ご飯できるまで少し待とう……と言おうとした時、母親から「ご飯できたよー」とちょうど良いタイミングで告げられる。
    すぐに光夢が「はーい!」と返事を返し、洗面所から出て席に座る。勝手が分からず、食事が並べられた机のそばをウロウロする少女の様子を見兼ね、光夢の横にある椅子を引いた。
    少女は何も言わず光夢が引いた席に座る。

    「今日、カレーなんだ!」
    「ええ、もちろん甘口でね。光夢ってば甘口しか食べないから……」
    「ちょっ!言わないでよそれ!?まだ誰にもバレてないのに!」
    「あっ、ごめんね、つい……」
    「もう……!」

    ちょっとした雑談をした後、「いただきます」と声を揃え、早速光夢はカレーに手をつけた。
    目の前にあるポテサラや鶏天などをじっと見つめる少女に、光夢は「カレーから食べてみたら?」と伝えた。
    言われるがまま、そばにあるスプーンを手に取り、一口分すくって口に入れる。

    「……美味しい」

    初めてあって、ようやく少女の笑顔を見れた光夢は、なんだか自分も嬉しくなって「でしょ〜?」と自分が作った訳でもないのに自慢げにそう言った。

    「……あぁ、そういえば光夢」
    「うん?どうしたの、お母さん」
    「ずっと気になってたんだけど、お友達の名前教えて欲しいのだけど……」

    母親から純粋な疑問を投じられ、光夢も少女も二人揃ってスプーンの手が止まる。

    「……えーっと……」

    ふと、光夢は少女の顔を見た。「名前……」と小さい声で呟いた少女の様子を見た光夢は、なんとなく察しがついた。

    「(この子、もしかして名前無い……!?それか、忘れてる!?)」

    何とか誤魔化さなきゃと、光夢が思考を回転させる。

    「……や、『夜宵(ヤヨイ)』!夜宵っていうの!」
    「あら、夜宵ちゃんっていうのね!……それとも、くん?」
    「ちゃんだよ!女の子だもん、ねっ!」
    「え?……え、えぇ、そうよ」
    「あら失礼、どちらとも取れる顔をしてたからつい……うちの光夢と仲良くしてあげてね」

    うふふっ!とご機嫌に笑う。それとは相対的に、光夢は安心して深く息をついた。
    少女の様子を見ると、こちらが思わずパッと脳裏に出た名前と呼べるか分からない造語か単語かを復唱していた。

    「……大丈夫、なの……かな」


    ────────────────────
    晩御飯を食べ終え、光夢は先に一度自室に戻り、鏡のついた勉強机にある椅子に座る。
    ガチャッ。と自室の扉の開く音が聞こえると、少女が光夢の部屋に入ってきた。

    「……ねえ、光夢。さっきの……」
    「え?さっきの……あっ」

    「夜宵」の事だろうとすぐにわかった。光夢はパット出で出た言葉を名前だと言い切ってしまったことを謝ろうとした。

    「えっと、あれはその……」
    「……ありがと」
    「え?」

    思わぬ返答に、光夢は戸惑いが隠せなかった。少女は髪をくるくると指で巻きながら「名前……」と小さくつぶやく。

    「……えっ、と……」
    「そ、それだけ!あと、あんたのお母さんがお風呂できたから、入りなって!」
    「……あ、うん。……そうだ!一緒に入る?」
    「え……は、はぁ?」
    「ほら、まだ勝手わかんないでしょ?だから、ね!」

    光夢自身すら、先程から気を取り乱しすぎて何を言っているのか分からない。

    「……まぁ、いいけど……じゃあ私先に行ってるからね?」
    「いやちょ……」

    そう言い残して部屋を出ていき、また先にと思ったが、よくよく考えてみれば洗面台すぐそばにあるから迷わないだろうと考え、心を落ち着かせるために深呼吸をする。

    「……名前、気に入ったのかな」

    後で「夜宵ちゃん」と呼んでみるかと思い、椅子から立ち上がってドアノブに手を伸ばした。


    ────開かない。

    「……え?な、なんで……!?」

    ドアノブを握り、何度も引いたり押したりするが、ビクともしない。
    ふと、自室を見返すと、部屋がじんわりと真っ赤に染め上げられていく。

    「ど、どうしよう……どうしよう……っ!」

    赤くなる部分を避けるように動き、部屋の隅まで追い詰められる。
    恐怖でしゃがみ込み、頭を抱える。

    「光夢ッ!!」

    え?と震えた声を出して顔を上げた途端、白い煙と共に夜宵が現れた。

    「や、夜宵ちゃん……?」
    「部屋が開かないから何があったのかと思ったら……!」

    自室の鏡から黒い影が伸びると、真っ赤な壁の中から鏡が浮き出始め、怪異が正体を現した。

    「……え……?」

    真っ白に染め上げられていたその姿は、どことなく光夢のクラスメイトに似ていた。思わず目を疑い、名を呼ぶ。

    「鏡夜く……ん……?」

    ハッと、耳をピクりと動かした夜宵がこちらを振り返る。

    「あんたの知り合いなの!?」
    「わ、わかんない……けど……」
    「……怪異に取り込まれたのね……あれは、もう……」

    見知った顔が映るその様子に、光夢は怯え、同時に戸惑いが隠せない。
    夜宵は敵の方を向き直し、睨みつける。

    「……あんた、こいつを狙ってるのね?悪いけど───」

    片手から炎を出し、夜宵の帯締めから伸びるいくつもの白い紙が黒く染め上げられ、まるで触手のようにうねる。

    「こいつにはもう先客がいんのよ。例えあんたが怪異として生まれたてだとしても、あんたの分を残すほど私は甘くないわよ」

    鮮血のように赤く染った部屋が、大きく広がる。
    鏡の中へ怪異は姿を消し、周囲を取り囲むように壁から現れた鏡は宙を舞う。
    夜宵は顔色一つ変えず、周囲の鏡それぞれじっと睨む。

    「……とっととカタをつけてやるわ」

    夜宵の死角、左側を狙って黒い手が伸びる。耳を動かした夜宵が左側に視線を向け、姿勢を低くしたその瞬間、一瞬だけ夜宵の姿が見えなくなったと思いきや、伸びた黒い手はバラバラに切り裂かれて塵になって消えていった。
    続け様にまた黒い手が鏡から伸びる。
    夜宵はふぅっと一息ついて目を閉じる。帯締めから伸びる触手が鋭い棘のように尖り、夜宵中心に広がり鏡ごと貫いた。

    赤く染まる部屋が徐々に元に戻るのを見た光夢は、怪異の気配が薄まるのを感じとった。
    光夢は立ち上がり、周囲を見回す。

    「夜宵ちゃんっ!怪異が逃げようとしてる!」
    「向こうから仕掛けといて、逃がすかってのッ!!」

    ふと、自室の窓に黒い影がぼんやりと映っているのが見え、光夢が窓を指さした。夜宵が強い風を巻き起こし、窓から飛び出して影を追う。
    部屋が風により、ぐちゃぐちゃになったのをも気にせず、光夢は窓から顔を出し、夜宵の背中を見つめる。

    夜宵は突風を巻き起こしながら屋根を伝い、影を追いかける。

    「ふん、どこまで逃げるつもり?私から逃れると思わないでよね!」

    そう言うと、夜宵は屋根の上から降りたと見せ掛け、白い煙を出して姿を消す。
    影が見当たらない夜宵の様子に戸惑い、辺りを見回しているところを、空中から背後から回り込み、自分の目線に合う高さまで来た所で触手を伸ばした。

    「捕まえたッ!」

    触手が影をがっしりと掴み取る。必死に逃げようと抵抗するのを見て、地面に着地した瞬間に、すかさず足に力をいれながら、伸ばした触手を両手でつかみこちら側へ力強く引っ張る。
    自分の手が届く射程距離まで近づいたのを見て、拳に炎を纏い、左足を踏み込み、腰を回転させて炎を纏った右手を突き出した。
    確かな手応えと共に黒い煙を撒き散らし、やがて元々人間とは思えない叫び声を上げて塵と化し、赤い火の粉と共に混ざって消えていった。

    夜宵は手のひらを空に掲げると、黒い塵をそこへ集め、体の中へと吸収した。
    後ろから、「夜宵ちゃん!」と光夢の声が聞こえ振り向く。

    「部屋、戻ったけど……ど、どうなったの……?」
    「トドメは刺したわ。さ、帰るわよ」
    「えっ、ちょっと!?」

    あまりにも淡白に、サラッと流して光夢の横を歩き去る。夜宵が光夢に背中を見せたあと、前髪で隠れた横顔を見せた。

    「……ごめん。人間が怪異に取り込まれたら、もう救えないのよ」
    「夜宵ちゃん……」

    夜宵に手を伸ばす光夢を気にもとめず、夜宵は颯爽と走ったあの様子とは逆転し、静かに歩いて来た道を戻っていく。
    夜宵の残した言葉から、もうこの世に鏡夜はいないことを察し、それと同時に他の友達を無くす可能性が出てきたことに対し、怪異の存在に気づいた時よりも強い不安感に襲われる。
    「大丈夫、きっと大丈夫」
    光夢は自分の心に何度も言い聞かせ、無理やり不安を押し殺して夜宵の後を追いかけた。


    ────────────────────
    嫌気がするような目覚まし時計をセットしたスマートフォンが、朝を知らせた。
    「……今日も学校かぁ」
    小さく呟いてスマートフォンを手に取り目覚ましを止めて、体を起こしてうーんと背中を伸ばす。

    「おはよ、光夢」
    「あれ、夜宵ちゃん寝たの?」
    「仮眠程度にはね。」

    「大丈夫なの?」と聞こうとしたが、そのまま夜宵は被せるように話を続けた。

    「それよりあんた、学校行くんでしょ?」
    「え、うん……そうだけど。それがどうしたの?」

    学校を知らないのかなと思いながら、夜宵の話を聞く。

    「学校、私も行くから」

    あぁ、そっかぁ。と生返事をしたあと、少しして「え?」と思わず聞き間違いかと思い、夜宵にもう一度聞き返す。
    すると、夜宵は至って真面目そうな表情を変えず、一言一句違わず同じことを言った。

    「……ハァッ!?」
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