三つ編み 三つに分けた紅い束を、なるべく摩擦が起きぬよう丁寧に。
編む指先を眺めると思ったのだ。うちはいつから均等に正確に速く動かせるようになったのか。その先の爪も然り、自分のこれ一つでこんなに輝かせることが出来るようになったのか。
眇めた瞼の先は、遠い遠い過去のように思えた。そして一つ首を振る。
「ふぁ〜……よく寝たぁ……うーん、ん?あ、」
柔らかく差し込む朝の日差しを浴び、気持ちよさそうに背伸びをする、ピンクの子猫のようなクラスメイトと視線がかち合う。いや、
「おはよう、まーちゃん。」
「あ、アゲハ様おはようございます!あ、やだ俺ってば油断したところを、」
「堪忍な、うちがまーちゃんの寝顔見惚れたったから。」
「え?!なんか変な感じでした?!顔とか……髪とか?!」
「ふふ、確かに言われてみれば……、」
「え嘘、………え、あぁーー!何この寝癖!!!なんでソラみたいなことに?!」
右側を手櫛でなんとかして押さえ込もうとする、がその努力も虚しく手を離すと勢いよく空へぴょーんと突き上がる髪先を認め、まーちゃんは目に見えて落ち込む。
「うーん、昨日スマホ弄りながらドライヤーしとったん?」
「しました!それです絶対それです!あぁーやっちゃったー……昨日の自撮り全然盛れなくて加工修正入れまくってたら……」
「そうなん?まーちゃんいつもえらい可愛らしゅう写っとるやない。」
「あれも加工アプリ三種トッピングで鬼盛りした結果で……」
「その技術もすごいけど、そないしなくても良い顔しとったやないの。」
「え!!いつのまに無加工写真とか見ちゃったんです?!」
「無加工っていうか、こないだメリーパニックの練習にたまたま居合わせた時、動画撮ったやない?」
「あ、あー!そうでした……ハ、ハハ…………」
少しずつ筋肉の付き始めた肩が力なく笑う。直らない寝癖と、案外画面内の光景をうちにしっかり見られてたことが、ダブルパンチでショックなようだ。
「そう落ち込まんの!恥ずかしいことなんかなーんもないで。ほら、こっち来て、鏡見て、自分の目ぇよーく見て。」
おずおずと、うちに手を引かれるままうちのスペースに移動し、促すままドレッサーの前に腰掛ける。視線を動かす。その先に自信のない、今日の自分に目を瞑りたそうに震えた子猫の大きな瞳がキョロキョロとしている。
「目ぇ逸らさんの。よーく見てて。ほらまーちゃんは可愛ぇ、えらい可愛ぇ、……繰り返してみぃ?」
「……俺は、可愛い、可愛い、……可愛い、」
ドレッサーから一つヘアピンと櫛を抜き取り、まーちゃんの後ろ側に立った。そしてまじないを唱えている隙にそっと腕を前に持ってきて、全体を一通り櫛で梳かしてから、彼の鮮やかなピンクの髪を一束摘み上げた。
前髪の後ろの毛を分け目からブロックし、束に自身の二本指をさしこむ。そーっと軽く毛先まで手櫛し、また差し込み反対の指でそれを取り、右から真ん中、左から真ん中と束を次々と入れ替えていく。
数センチそれを繰り返して、今度は周囲の新しい毛を少しずつ拝借していく。そうして下に位置を移動していくと、子猫の耳のように緩く立った毛先に触れる。それをそっと手に取り、流れの中へと編み込んでいく。
頭のラインに沿って緩く後ろへ編んでいった三つの束が終焉を迎えようとしたので、ヘアピンを手に取り髪の奥にしっかりと差し込み固定させた。最後の仕上げに反対側はいつものまーちゃんの鉄板、ハーフアップで結んであげる。
「完成。ほら、可愛ぇ。うちのドレッサーは魔法の鏡さかい、嘘はつかんのよ。」
キラキラと音が聴こえる。まーちゃんの瞳の中の自信は先のような曇りなどどこか吹き飛んでしまって、宝石の切り口みたいに何度でも反射する。
うちは、この音も光も、知っている。初めて綺麗に結べた時の髪やその先のマニキュア。キラキラが溢れ落ちそうであの時のうちも今のまーちゃんも、名もない宝石を持っていた。
嬉しくて、どんどん綺麗になるんが嬉しくて、うちはついにルビーという名の宝石を買った。まーちゃんは、名もなき宝石がこんなにも似合って瑞々しい。思えばまーちゃんとうちはそう極端に歳が離れているわけでもなくて、そっか、この輝きはそんな昔のものでもなかったのかもしれへんな、って、陽だまりの匂いのしそうなまーちゃんの寝顔を見て、ふと思ったのだ。
そして、これからまーちゃんが、どんな名前の宝石を買うのか、あるいはそのまま大事に磨いて全く新しい宝石の名前を付けてしまうのか、と名前のない高揚感に駆られたのだ。
「鏡よ鏡、世界で一番美しいのはだーれ?」
宝石を胸に大事に抱えた少年が、期待に満ちた声色で鏡に問う。
「それは、日向まひるです♡」
「やったー!本当に魔法みたい!アゲハ様も……こっち来てください!」
興奮がやむことを知らないまーちゃんの隣に屈み、見慣れた大きなそれを覗き込む。毎日出会い向き合う姿は、今日は二人、下ろした三つ編みも大小長短違えど同じ姿をしていて、それがなんだかえらく愉快で、胸元のこの辺でキラキラと音が聞こえた気がした。
「……鏡よ鏡よ鏡さん、世界で一番美しいのは誰や?」
「それは、紅アゲハ様です!!」
間髪入れずに発された予定調和の台詞は、張り切り過ぎて真横から勢いよく左から右へと突き抜ける。とても鏡が言ってる程には聞こえなくて、可笑しくて愉快で、お腹から思いっきり笑ってしまいながら、その勢いで苦しいぐらいの熱烈なハグを返した。
「おおきに♡」