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    揺り子

    @cradlelilyco

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    揺り子

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    2022.5.15

    ##蝶日記
    ##日記

    大浴場 今日も貸切許可を貰った深夜の大浴場、この空間が不特定に使い降らされたと察せられる硫黄に混ざった匂いと、時々耐えきれずぽたぽた天井から漏れる水滴と、そんな跡をしんと静まり返る空間の中で肌に感じながら、アゲハは適当な場所に座る。鏡を覗けば湯気で既に崩れ始める自らの化粧、それを視界に入れたくなくていつもまず初めにクレンジングから手を付ける。
     ひと欠片スパチュラでバームを掬い、手のひらに伸ばす。瞼にそのぬるついた指先を付け、ゆっくりと馴染ませていく。
     目を閉じているので、その仮面の層が剥がされていく様は、アゲハの瞳には映らない。だから、ぐるぐると円を描き指先の熱がじんわりと眼球に浸透していくこの時間を、アゲハは好きだった。
     安堵の時間のはず、けれどアゲハの心臓はこの時不思議とどくんどくんと歩幅を早めていくのだ。何故か。
     一抹の不安、漠然とこうアゲハは自覚している。
     視界を塞がれている間に誰かが、立入禁止の貼紙を無視され掻い潜られ、このあられもない姿を見られてしまうこと。自分にとって裸より大事なプライベートゾーンを見られてしまうこと。
     あってはならないことなのだ。紅アゲハにとっては。今日に至るまであらゆる手段で自衛し続けこの最後の砦は守られてきた。ずっと。
     今日までは。
     どくん、どくん。脈打つ命が静寂しかないたった一人のここで響き渡る。うるさ過ぎて、もしかしたらもう扉のすぐそこまでいるかもしれない気配にまで響き渡ってるかもしれない。少し、恥ずかしくなる。
     どくん、どくん。今日、この砦が暴かれるかもしれない。無理矢理剥がされて、見られて、自尊心の全てを失うかもしれない。
     それは、恐怖か。そうだろう。とても怖いことだ、紅アゲハにとっては。
     その恐怖に一人、近づいたものがいた。能動的にそれに、もしかしたらそのおぞましい行動にすら興味をもったかもしれない危険人物が、たった一人。
     だから、自衛しなければいけないのだ。でもそれは恐怖からなのか。アゲハは本当に心から拒んでいるのか、
     どくんどくん、音に掻き消され、思考の邪魔をされ、自信を持てないでいる。正常な判断が。
     シャワーを捻り、ぬめりを洗い払い落としていく。うるさい音を紛らわすように水圧を上げた。どうせここには一人しかいないのだ。飛び散ろうと構わない。
     鏡と対峙したその先に、誰にも見せていない自分がいる。自分と認めていないわけではない。ただこれは、自分のなりたい自分ではない。アゲハは、常に走り続ける自分でいたいのだ、そうでありたい為に、うちをここに置いていくのだ。
     どくん、
     生まれたままのその姿その顔面、その視線が意志を持ち、ゆっくりと横に動き始める。その先には脱衣場に繋がる扉。人影がぼんやりと映っている気がしてうちは目を眇めるが、それは湯気で勘違いだと気づく。
     うちは、短い溜息を付いた。
     心臓はこの時不思議とどくんどくんと歩幅を早めていく、何故か。うちは自覚していた、とっくに、あの日から、
     シキさんに侵入され、艶かしいいやらしい目付きで見られ、探られた時から。
     妄想に近い期待。
     「アホやないの」今日眠りにつき、朝起きていつも通りに化粧を始めるであろう明日のアゲハは、きっとこう呆れるだろう。
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    sakikuryo

    DOODLE高杉社長について書きたい咲紅さんはおおよそ五分の夕立のあと、様々な蜂蜜を取り扱う洒落た店で嘘みたいな味のりんごを食べたことの話をしてください。

    #さみしいなにかをかく #shindanmaker
    https://shindanmaker.com/595943
    面白きこともなき周回を面白く高杉社長を書いてみようとした
    途中で切れます

    ===

     あたりが焼け野原になったのを見届けてから、高杉は手近なカフェーへ入った。銅だか真鍮だかを叩いてのしたような看板に、甘たるい西洋菓子の名が焼き付けてある。店の名前なのだろう。食べたことはない菓子だったが、横文字の響きだけで十分に胸やけがする。引いた扉の蝶番はやけに重い。ベルが尖った音でちりんと云い、対して店員は、蚊の鳴くような応対で客を出迎える。
    「二名様ですね」
     お好きなお席へどうぞ、と言われて初めて高杉は、自分の後ろにもう一人居たのだと気が付いた。カルデアのマスターだ。白っぽい衣服と頬は煤だらけで、とてもじゃないが洒落たカフェーで一服する格好ではなかろう。人のことは言えないが。振り返る視界で、高杉は自分の髪の、ほどけて赤く、爛れたように黒いのをとらえた。こんな血でべとべとの人間を、よくまあ客として迎え入れたものだ。
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