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    揺り子

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    揺り子

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    2021.10.18

    ##蛇日記
    ##日記

    変温動物 ざらついた手触りで皮膚から熱がサラサラと出て行く。軋む身体を起こそうとするが、一度力を入れて失敗する。言うことを聞かない肉体にしつけが必要だったかもしれないが、とりあえず昨晩起こしたデザインの細部を仕上げたい……との思考の方が先に浮かんだので左腕だけなんとか動かして、そしてその辺に転がっていたペンを手に取る。握る力がまるで入らない。
     寒い……、とも感じなかった。身体が震えることもない。けどおそらく身体が冷たくなっていってるんだろうということは感づいていた。
     こうして、誰に知られることもなく、ボクという生き物は死んでいくのか。
     (それは少し、寂しいかもしれませんね。)
     驚くほどらしくないと言える言葉が、ストンと心臓に落ちる。
     コンコン、バタン。
     ノック音と共に遠慮がちに開けられた扉の向こうで「え!」と言葉が廊下に反響する。
    「シキさんなにしとるん、今日会議あるって言ってたのになかなか連絡来ぉへんと思うたら、」
     ツカツカと入ってきて、その辺に散乱する紙らを踏まないように避けながら、こちら側へ歩み寄ってくる。
    「こんなとこでぐっすり寝坊なんて風邪でも引いたら、………あっ………!」
     身をかがめて叩き起こそうと触れた肩、の布のなく肌が露出している部分に触れた途端、その手を反射的に引っ込めた。
    「ひゃ……、つべた………、シキさん身体こんな冷えてもうて本当に大丈夫なん、あぁどないしよ、ハンモックの下やからお布団入るんも一苦労やしな。とりあえずこのつべた過ぎるんなんとかせぇへんと。」
     震えてすらいない冷え切った身体ですぐ異変に気付いたアゲハくんは、ハンモックの中のブランケットを取りながら、同時にスマホを取り出し電話を掛ける。
    「……そう、ええから急いで来て、多分別のベッドであっためなアカンわこれ。シキさん自力で動けそうにないしうちも運ばれへんから、うん、うん、わかった、ほな待ってるから。」
    手短に会話を終わらせてからスマホをポケットにしまう。同時にボクの身体にブランケットを掛ける。
    「切れ込み激しいこのブランケットじゃ心許あらへんなぁ、かといって今泊まりで居ない蛍ちゃんのモノ拝借しようもんなら絶対ころされてまうし、今ここから自分ん部屋戻る?いやでも九十九はんが駆け付ける方が早いやろな。待っとるか。」
     ペンを持とうとして失敗した左手がそっと持ち上げられ、ボクとは違う掌に包まれる。感覚はまだない。掌でボクのそれをさすりながらなんとかあったまるようにしているようだ。
     一瞬、その動きが止まる。何か考え込んでるような息を吐く音が聴こえる。そして意を決したのか、その身体が動いた。
     側にしゃがみ込んでいたアゲハくんは体勢を変え、ボクと同じように床に横になる。ピッタリとボクに身体を貼り付かせ、同じく横向きに倒れてるボクの背中を抱き抱えるようにして、腕を回してきた。
     重く張り付いた瞼をなんとかこじ開ける。しばらく合わない焦点が調整させるのを待っていると、やがてぼんやりと景色が映し出される。ボクの両手、それを心配そうに包み込む細く平たく美しい手、ボルドーにゴールドの模様と装飾が施された丁寧なネイルが映り、それがボクの死体のように青白い手を握ったり離したらを繰り返していた。
    「シキさん聴こえる?堪忍な、今これしか即興であっためるもんなくて。もうすぐ九十九はん迎えに来るから、もう少し辛抱してや。」
     なんとか首を縦に振る。彼は背後にいるので、その様子は声色でしか分からないが、ボクが動いたことに少し安堵したような無音の呼吸が聞こえた。
     コツン、と首と肩の間辺りに何かがあたる。その後に発するアゲハくんのくぐもった声で、おそらく額を付けたのだと予想した。
    「……鼓動は聴こえる。安心したわ。本当死んでもうたかと思ったやない。」
     死体とほぼ変わらないような体温の生き物を抱えてアゲハくんは言う。
    「心配させんといてぇな。」
     震えそうな小さい声量の言葉と、ギュッと握る折り重なった指先、それが、ストンと落ちて重く貼りついたあの感情にじんわり溶けていく。
     ゆっくりと、ゆっくりと、雪水が溶けて湧水が出でるようになるように熱はボクの皮膚で濾過されて、そうしてココへ届くのだ。
    ドクン、鼓動が振動で聴こえる。ピクリと指先が動いた、と同時にピリリと電気が通ったような鈍い痛みが走り、そうして初めて、温かさを感じ取った。アゲハくんの触れる掌、寄せる身体が温かいと気づけたことが、
    「……??!シキさん……」
     視界が揺れる。顎、肩、指先、身体を伝って感覚は瞬く間に全身に行き渡り、身体がガタガタと震え始めた。異常な動きとは裏腹にアゲハくんは安堵の息を漏らしながら、もう一度ギュッとその身体を抱き締める。そうか、この熱と圧が、
     ヒトであり人間なんだと、関心と安堵が再びボクの瞼を重くさせて閉じるには十分だった。
     ガタン、乱暴な扉の音が聴こえた。
    「おい蛇ノ目!来てやったぞ!!生きてるか?!」
    「もう遅いおブス!ほら急いで運んで!」
    「なんだよ急いできてやったじゃねぇかよ……うわめっちゃガタガタ言ってんじゃねぇか本当に大丈夫なのかよ」
     ヒョイ、軽々と身体が持ち上がり、浮遊する。隆々とする筋肉の脈動だけを感じる。
    「さっきまで震えてすらいぃひんかったから心配してたんよ。むしろやっと悪寒症状出てきて良かったわ」
    「うわマジかよ。もう完全に蛇じゃねぇか。」
    「とりあえず、うちの部屋に運んでや。あとは看病しとくから。」
    「お、おう分かった。」
     バタバタと二人は、いや三人はボクの部屋を後にする。
    ようやく熱に冒され始めようとしている脳はぼんやりと曖昧な思考を走らせる。アゲハくんの熱と圧が人間のモノなら、ボクのこの震えは何によるモノなのか、
     卵が孵る音だったのか、それとも、
    「いい?シキさんもちゃんと人間なんやから、あったかくして寝ないと簡単に動けなくなってまうんやから、しっかりしぃよ、分かった?」
     ボクの顔を覗き込んだアゲハくんの声色には、明らかに叱りの意が込められている。嬉しい、ボクは端的に簡潔に、そう思った。
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