さみしさをはんぶんこ「はぁ、はぁ、はぁっ……」
ジュンは一曲終えたところでタオルを取り汗を拭った。すでにタオルは多分に汗を含んでいる。ペットボトルを開けミネラルウォーターを煽った。
「……まだ帰らねぇんすか?」
レッスンルームの大きな鏡には、険しい顔をした汗だくのジュン。それから腕を組んで壁に凭れた、涼しげな日和が映っている。
「きみが帰らないんだもの」
「先に帰っててくださいよ。すみませんけどメシは適当に――」
「もうきみも止めるべきだね」
「……ほっといてください」
「そんな状態でレッスンしたところで怪我をしかねないね。だから――」
「放っておいてくださいよぉ……!!」
ジュンの怒鳴り声に日和はピクリと片眉を震わせた。壁から背を離し、ゆっくりとジュンへ近づいてくる。これは完全に八つ当たりだ。どんな反撃が返ってくるのかとジュンは身構えた。
「すみま……」
言い終わる前に日和の腕にふわりと包まれた。少し前まで一緒にレッスンをしていた彼からも汗の匂いがする。それに混じって、普段使っているボディクリームの匂いがいつもより甘く香った。
「ううん……いいんだね」
柔らかい声がジュンを慈しむように包み込んだ。強ばっていた肩から力が抜けていくのと同時に、感情もほろほろと崩れていく。
「……オレ、昨日のライブ、失敗しちまって」
「うん……」
「ファンのみんなにちゃんといいパフォーマンス観せたくてっ! ……あんなに、あんなにレッスンしたのにっ……!!」
「うん……」
日和はジュンを抱きしめる腕に力を込めた。
「ぼくたちはファンのみんなに完璧なパフォーマンスを観せなくてはならないね。一生懸命練習したか、そうでなかったかなんてファンには関係ない」
「はい……分かってます……!」
「でもぼくは見てた。ジュンくんのソロダンスが一番歓声が大きかったのも、ジュンくんのソロ曲を聴いてファンの子たちが涙を流していたのも、ぼくはちゃんと見ていたね」
「……っっ!」
ジュンは日和の腕の中でむずがるように首を振った。
「きみがまだレッスンするならぼくもやる」
「おひいさんは……帰ってて」
「ぼくたちは一心同体だよね。きみの嬉しさも楽しさも共有したいと思うね。だから辛いことだって半分こだね」
「…………ぅッ」
堪えきれず、食いしばった歯の隙間から嗚咽が漏れてしまう。
「だからねジュンくん。きみが昨日からぼくを見てくれない寂しさも半分、引き受けてくれる?」
ジュンはハッとしたように顔を上げて日和の顔を見た。ジュンの悔しさを丸ごと受け止めてくれる微笑みは、優しく寂しげだった。
「すみませんっ……!」
「……帰ろう、ね? 帰って美味しい物食べてゆっくり眠ろうね」
ジュンは小さく何度も頷き、滲んでいた涙を手の甲で拭った。
「……うす。メシ作るんで、料理するのも半分手伝ってくれます?」
「え〜!? それはジュンくんのお仕事だよね?」
「おーーい」
「でもその代わり……」
日和は意味深に目を細め、ジュンの耳元に唇を寄せる。艶をたっぷりと含んだ声で囁いた。
「ぼくのベッドは半分貸してあげるね」
「はぁ!? 何言って!? ……それって、えっとそういう意味です!?」
「ふふっ……、どうだろうね? さぁジュンくん、ニヤけたお顔を整えたら、そこのぼくの荷物持って帰ろうね!」
そう言うと日和はさっさとレッスンルームを出ていってしまった。鏡を見れば赤い顔で涙を滲ませた、なんとも情けない自分が映っている。けれど先程までの暗い表情は消え去っていた。
「ははっ、ほんと……おひいさんには敵わねぇな……」
頬を両手でピシャリと挟む。まずは食事をして休養。それからのことは一晩寝てから考えよう。
「……でもこんなところじゃ終われませんよぉ!」
焦ることはないんだ。ジュンには楽しいことも辛いことも分け合える、かけがえのないパートナーがいるのだから。
――それから……、ほんの一瞬よぎった邪な期待をブルブルと頭を振って振り払う。ジュンは自分と日和の荷物を纏めて持つと日和を追いかけた。
「ったくもぉ〜。荷物も半分持ってくださいよぉ〜!」