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    なさか

    たぶろいどぬまにずっぽり
    ☆正規ルート=ストーリーに準拠
    ★生存ルート=死なずに生き延びる話
    無印は正規ルート(死ぬまでの間)の話

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    なさか

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    トリガー×タブロイド
    ★生存ルート
    ※生存ルートですが死にネタ、パラレル要素ありです。

    残照★生存ルートですが、死にネタ、パラレル要素含みます。ご注意ください。











    いつも恋焦がれる青空が眩しい。気怠げに起き上がって伸びをする。今日はきっと良い日だ、と思うと同時に怠そうに着替えているタブロイドを見やった。昨晩の情事ゆえの怠さだろう、体に力が入っていない様子だ。少しは申し訳ないと思いつつタブロイドはいつも許してくれるから図に乗ってしまうのだ。
    タブロイドは生憎トリガーに背を向けていたからその表情は分からない。背中にはたくさんの赤い花が咲いている。それはタブロイドがトリガーのものだという執着心で咲いたもの。そう思うとトリガーはついにんまりとしてしまった。
    しかし同時に気づいたことがあった。タブロイドの背中、中央よりやや上に、骨が浮き出てきたような何かがあるのを見つけた。ひと目でわかるものだから普通のものでは無いだろう。なんだろう、と触れるとタブロイドは驚いたように声を上げた。

    「な、んっ!」
    「タブロイド、これ何かわかる?」

    その、何か、分からないものに触れながらトリガーは問うた。スマートフォンで写真を撮りタブロイドに見せてやる。タブロイドは気づいていなかったようで驚いていた。

    「いや、わからない」

    本人も分からないならトリガーにもわかるはずもなく。あれやこれや話しても、タブロイドは特にこれといった異常はないと言うので、トリガーもそこまで気にすることはしなかった。

    数日経った情事の後、うつ伏せに寝入ってしまったタブロイドの背を、いつものように観察しているも、またも一点、この前の場所と同じとこで目が止まる。突き出たような、それだ。始めに気づいた時よりも大きくなっている様に感じた。大きくなった、というより突き出てきた、と言った方が正しいかもしれない。または成長しているとも。トリガーがタブロイドが起きるのを待って問いかけるとタブロイドはまた、異常はないというのでトリガーはまたも気にするのをやめた。

    暫くしてトリガーがタブロイドの部屋にあそびに訪れるとタブロイドは上に何も羽織っていなかった。何がなくとも身なりには気を使うタブロイドが、だ。その日は特別寒くもなかったが、暑くもなかった。暑ければその理由を聞きはしなかったが、少し気にかかったのでトリガーはそのことを問うた。

    「タブロイド、暑いの?」
    「いや、暑くない」
    「じゃあどうして上、着てないの?」

    トリガーは最初からタブロイドと対峙していたためその背後が見えなかった。タブロイドの背中の異常のことなど、すっかり忘れていた。

    「……実は、」

    タブロイドがトリガーにそれを見せつけるように振り返る。そこには、白い羽毛に覆われた、見た目で言うならば翼、のようなものがあった。小さい小さいそれは、けれど翼と呼ぶにふさわしい物だった。

    「どうしたの、これ」
    「以前からあったやつだよ。少しこう、尖っていただろ?あれが皮膚を突き破って」

    突き破った、とはどういうことだろうか。そんなに呑気に口にして良いものではないような気がしていた。トリガーは慌ててタブロイドの、それの付け根に触れる。確かにそれは、突き破った、という表現しか当てはまらない様子を呈していた。タブロイドの背から皮膚を突き破って露出した何か。タブロイドの内側から生えてきているようにも見えてトリガーは思わず息を呑んだ。これは、なんだ?これは放っておいてはいけない、と冴えた感が警鐘を鳴らす。

    「タブロイド、病院行こう。これが何か、見てもらおう」
    「嫌だ」
    「そんなこと言わないで」
    「……大丈夫だ、体調にはなんの変化も無い。だから」

    だからなんだというのか。今何もないからと言って今後ないとも限らない。トリガーはただ心配しているだけだ。けれどタブロイドはそれを跳ね除ける。どうして聞きいれてくれない、と言えば、

    「頼む、誰にも知られたくないんだ」

    そう、目を伏せて悲しげな顔で言われてしまえば、トリガーも二の句を告げない。何かあったらすぐに言うこと。それだけは強く言い、必ずそうすることを約束させた。



    それからはできるだけ、トリガーはタブロイドに寄り添うようにそばに居た。突然何か、おかしなことが起きるかもしれない。目を離すのは得策ではないと思ったのだ。
    タブロイドの「翼」は日に日に、みるみる大きく育っていく。毎日見ていてもわかるその変化はとても異常な光景であった。今では最早タブロイドの身長の丁度半分くらいまでになってしまった。トリガーの不安を他所にタブロイドは大丈夫だと繰り返し言い聞かせ、トリガーを宥めた。

    「大丈夫だって。お前が気にするものでもない」
    「心配するに決まってる。だってそんなもの、人間にあるはずないものだ」
    「たまたま何かがあったんじゃないか?俺、実は鳥だったのかも?」
    「冗談じゃない。やっぱり病院行こう。何もわからなくても、解決策はあるかもしれない」

    例えばそれを、切り落とす、とか。それで解決するかは別として、実際問題、今のこの状況をトリガーは打破したかった。
    今のタブロイドにいうのは酷だろう、と言わないでいること。本人が気づいているかどうかはわからない。けれど、タブロイドの体は恐らく弱ってきている。トリガーはずっととは言わないが短いスパンでタブロイドを見てきた。気づいたのは段々と痩せてきていること。元々細身のタブロイドであったが、今までより胸板がやせ細り、肋骨が浮き出始めている。本人はそれを知るのを恐れているのかもしれない。もしくは知っていても大丈夫だと言い切っているか。

    「……あっても、なくても俺はいかない」
    「なんで!何かあったら大変だろ!」
    「それは俺が決める。……文句があるならもう来るな」

    ぴしゃり、と叩きつけられた言葉は残酷で。認めてくれさえせず、理解もされず、トリガーはもうどうしようもない。ただ離れず、ずっとそばに居て見守り、話を聞いてやることくらいしか出来ないのかと嘆いた。

    「翼」が大きくなるにつれ、タブロイドが痩せていく。まるで、そう、まるでタブロイドを栄養源に育っているかのような。



    その日、タブロイドはベッドから起き上がれなかった。かろうじて食事はできるが、したところで「翼」に取られるだけだ。でもそれをトリガーは習慣として続けさせていた。タブロイドも何も言わなかった。

    タブロイドの機嫌を伺いながら、トリガーは病院に行くよう、何度も説得してきた。そして毎度突っぱねられて機嫌が悪くなる。けれどトリガーは諦めなかった。タブロイドの様子を見ていると放っておくのは危険だ、と判断したからだ。
    そしてとうとう、やっと、タブロイドが病院に行くのを了承した。そうすればトリガーの負担も減るし、顔を合わせる機会も減るだろうとの算段だった。もうこうなってはこんな自分を見せたくないという思いがタブロイドに芽生えたのだった。
    病院に行けば即検査、検査、検査。しかし原因が分からない。それはそうだ、こんな症状があった人間などいなかったのだから。いたとしてもきっとひっそりと死んで逝ったのだろう。もしもそうであれば自分もそう在りたいとタブロイドは思った。
    入院をしても治療はされない。「翼」を切り落とせば、と提案されたがもはやそれはタブロイドと完全に一体化していて、血管や神経すら繋がっていたのだ。それを切り落とすことは今のタブロイドには危険すぎる行為であった。
    そしてそれは痛みを伴った。タブロイドはトリガーには気付かれないように耐えてはいたが、まるで唸るような声を上げて寝る姿を、トリガーは何度も見た。痛みの緩和のためにモルヒネの使用を勧められたがタブロイドはそれを断固として拒否した。トリガーも説得したが首を縦に振ることは無かった。もし、突然、こんな変なことが無くなって、復帰することになったなら、とタブロイドは言った。

    「そうしたらもう飛べないんだろう。それは、嫌だ」
    「でも」
    「嫌なんだ。また、お前と空を飛びたい」

    そこまで言われてトリガーは返す言葉を持ちえなかった。また一緒に空を飛びたい。それはトリガーにとっても同じことであったからだ。あの青い空を、縦横無尽に飛び回りたい。その気持ちを十分に知っている。きっと自分とてそう思うだろうと思えばトリガーはもう何も言わなくなった。

    けれど現実は言うほどよりもっと残酷で、痛みはタブロイドから思考能力を奪うほどにひどくなっていった。体が軋むように力み、最早悲鳴になった唸り声を聞くトリガーは呆然と立ち尽くすしかなかった。いっそ楽にしてやりたい、そんな思いさえトリガーの頭に浮かんだ。そんなこと、トリガーにできるはずはなかったが。
    トリガーは再度タブロイドにもちかける。モルヒネの使用を。苦しみながらもそれを聞いていたタブロイドはもう何も言わなかった。ただ涙を一粒、零してトリガーを見上げた。
    トリガーはすぐさま医者を呼び、モルヒネを投与させた。これでマシになるだろう。タブロイドの望みは絶えてしまったが。

    モルヒネ投与後、タブロイドの悲鳴は徐々に小さくなり、消えた。落ち着いたからか、タブロイドは寝入ってしまった。その顔は久々に見る穏やかな顔をしていた。これでタブロイドは苦しまずに済む。トリガーは少しの罪悪感を抱きながらもこれで良かったのだ、と自分に言い聞かせた。タブロイドはきっと本当はそう思っておらず、それならいっそ殺せ、と思っていたとしても。それでもトリガーはまだまだタブロイドと共に在りたかったのだ。



    モルヒネを投与し始めてからタブロイドは穏やかに過ごすことが出来、トリガーとも話ができるまでになった。かと言って寿命が伸びた訳では無い。今でもタブロイドの体は弱り続けていた。
    最初こそトリガーを遠ざけようと思っていたタブロイドだが今となっては残った少ない時間を、共に過ごす方がいいと思い始めていた。明日も知らぬ身、心から大切だと思う人間と居たいということは決しておかしくは無い。トリガーとて同じことであった。



    天気の良い穏やかな日だった。辛気臭いこの部屋から少しでも自然を感じて欲しいとトリガーが部屋の窓を開ける。爽やかな風が入り込みタブロイドの髪を揺らした。

    「なぁ、トリガー」
    「なぁに?」
    「……抱いて、くれないか」
    「え?」

    突然のタブロイドの言葉を、理解出来たのに理解出来ないといったふうにトリガーはタブロイドの顔を見つめる。痩けた頬、弱ってるようにしか見えないその顔。けれどトリガーを見つめるその瞳だけは弱さを感じさせず、強く鋭くトリガーを射抜いた。トリガーは一瞬怖気付いたものの、すぐに平静さを取り戻し、その視線を半ば睨めつけるようなそれで返した。

    「タブロイド、何を言ってるか」
    「わかってるよ。わかってる」
    「じゃあ」
    「なぁ、たのむよ。最期に、……最期だから、お前を感じて……それから死にたい」
    「な、にを」

    トリガーにはタブロイドが何を言っているのか分からなくなった。とても無理なことと、二人にとって最悪なことを。そんなことをしたら体力ががくんと落ちる。
    死ぬ、死にたいなどと言うな、それが我に返ったトリガーが初めに思ったことだが、トリガーはその思いを口にすることは出来なかった。トリガーにも最早タブロイドは死ぬのだ、という諦めにも似た感情があったからだ。

    「……わか、った」

    絞り出すように発したトリガーの言葉は震えていた。それでどうなるか、完全には分からないがタブロイドに直接的な強いダメージを与えることは必須だった。断ることは出来る。自分が動かなければいいだけだ。タブロイドからはアプローチは出来まい。
    けれど自分にも同じ気持ちがあることに、トリガーは気づいていた。最期に────そんな言葉は使いたくなかったが────もう一度だけ、その身体を抱きたかった。長いとは言えないこの関係が突然絶たれることになった今、本当に欲しいものはタブロイドだけだからだ。ありがとう、とかけられた言葉はいつもより力が籠っていた。これで最期。その思いがタブロイドにほんの少し活力を与えたようであった。

    その痩けた頬に触れる。前ほどの温かみはなく、トリガーは唇を噛み締める。以前は血色もよく笑顔を絶やさなかったタブロイド。今となっては見るのも辛い弱り果てたその顔でも、その目付きだけは変わらなかった。その緑色の瞳の奥に、どんな感情を宿しているのだろう。絶望や諦めか。出来ればそんなものでは無い思いを抱いていて欲しいとトリガーは祈った。

    横たわるタブロイドの薄い瞼に口付けをする。この先のことなど何も見えなくなればいい。今は自分だけを見ていて欲しい。トリガーの願いはそれだけだった。今度は唇を食むようにキスをする。たった数秒でタブロイドの息が上がり苦しそうなのがみてとれた。やはり、こんなことをするべきでは無い、とトリガーは体を離そうとしたが、タブロイドが弱々しいながらもしっかりトリガーの腕を掴んで引き止めた。

    「頼む、お願いだからやめないでくれ。今やめられたら俺は」

    半ば泣きそうな目で自分を見るタブロイドにトリガーは躊躇する。このままやめたらきっと後悔すると、未練を残すと、タブロイドはそう言いたいようであった。そんな、今までのどの時よりも真剣味を帯びたタブロイドの言葉に、逆らうことは出来なかった。

    「……わかったよ。ただし、途中で耐えられなかったら直ぐに言うこと。俺がもう無理だと思ったら即刻辞める。それを飲むなら続きをする」
    「わかった。そうじゃなければ最後までしてくれ」

    タブロイドは微笑んで言った。安心したのかもしれない。ここで放り出されたら、死ぬまで絶望しか抱かないだろうから。
    トリガーは殊更ゆっくり、優しくその身体に触れ、ゆるりと撫でる。それだけでタブロイドの身体はびくり、と跳ねた。ちゃんと快感を得ることはできるようだ。タブロイドに負担をかけないように、といつも以上にやんわりと愛撫を施す。
    今までだってこうしたことはそう、少なくはなかったが、今回は違う。タブロイドの全てを受けとり、そして自分を差し出す。それがどういう意味かはトリガーが一番わかっている。思い出せば初めての時でさえ、ここまでタブロイドを労わっていなかったな、と苦虫を噛み潰したような顔をした。タブロイドが心配そうな顔でトリガーを見やるがなんでもないとその額にキスを落とす。
    あの頃は余裕などなかった。喉から手が出るほど欲しいものがようやく手に入る。そんな時に余裕などあるはずもなく。タブロイドのことなど顧みなかった。おかげでタブロイドを酷く傷つけたのも、まだ最近のことのように感じる。
    まだ出会って、その全てを手に入れたばかり。そんな気でいるのに別れはもうすぐそこまで来ている。あんまりだ、とトリガーは嘆く。タブロイドが何をした?自分が何をした?タブロイドの命を奪う権利など誰にもないはずだ。それなのにタブロイドはこれから死に行く。トリガーはこの世の全てを恨みたくなった。

    触れるたびに跳ねる身体。いつまでも慣れずに、初々しいと思う。タブロイドの体を余すところなく触れていく。いつまでもこの感覚を忘れないようにしたかった。
    頬に、首に、足に、胸、に。胸に触れると感じる鼓動。今はまだ、感じられる安心出来るそれ。そこをひたすら愛撫する。
    は、は、とタブロイドの息はあがっていく。見つめる目は涙に濡れゆらゆらと揺らいでいる。

    「とり、がー、はやく」

    これまでであればその言葉に煽られすぐにことに及ぶところだが、もっとタブロイドを感じたい、とトリガーはその声を無視した。タブロイドの感触、声、それらを忘れまいと、その手を止めることはなかった。
    タブロイドが悦ぶ所をくまなく隅々まで触れていく。どこもかしこも、愛おしい。今までだって何度も触れてきたのにまた初めての時のような、そんな感覚。まだ、もっと触れていたいと思っていたが、そのうちタブロイドがしゃくり上げだしたので、仕方がない、頃合か、と手を止め、その身体を膝の上に抱き上げ、抱きしめる。その身体はとても軽くまるで飛ぶためだけに極限まで身を削った鳥のようだ、とトリガーは思った。
    この後タブロイドは鳥になるのだろうか。以前自分は鳥だったのかも、と言ったタブロイドは、死んで鳥に還るのか。
    鳥。「翼」の生えたタブロイドは鳥になるのだろうか。トリガーはタブロイドの翼に触れてみる。今は痛みは感じないらしいがある程度不快にはなるようだ。タブロイドは隠すように身動ぎをした。
    この大きな「翼」で空を飛べたなら、きっと嬉しかろうが現実はそう甘くない。タブロイドの身体に取り着いたくせに羽ばたかせると痛みを、苦しみを与え、まるで飛べるような代物ではなかった。例えば飛ぶことが出来ていたなら、少しはマシだっただろう。また空を飛べるようになっただろうから。そしてまた空の青さを知る。そうだったらどんなにか良かったか。
    物思いに耽ったトリガーにタブロイドが続きをせがむ。我に返ったトリガーがタブロイドの顔を見るとそこには苦痛と、疲れの色が見えた。やはり、ダメだ。手を止め離れようとするとタブロイドは慌ててその腕を掴んだ。

    「やめる、な」
    「タブロイド」
    「大丈夫、だから」

    本当に大丈夫なのかとその頬を撫でながら問う。今度は何も言わなかったがすり、とその頬を寄せてきた。途端トリガーの胸にとてつもなく愛おしさが溢れてきた。これほどまでに自分を想ってくれているのだという実感、そしてそれは自分だけに与えられたという特権。タブロイドがそれらを与えてくれる。それだけでトリガーは生きていける。今は、今だけは現実を見ずにタブロイドだけを見ていたかった。
    それからはトリガーはタブロイドの思う通りに、いや、自分の欲望のままにタブロイドを抱いた。その身体に自らを埋め、揺すり、追い上げていく。もちろんこまめにタブロイドの様子を伺いつつではあったが、それでも夢中でその身体を貪るように抱いた。
    今ある「生きてる実感」と失ってから思い出せるように「生きていた実感」を得るために。何か残れば寄り添ってくれる。けれど重しになって飛べなくもなる。トリガーにはもうどうでもよかった。いま、この、自分に「抱かれている」タブロイドがいれば。
    時折我を忘れ思わず強く突くと嬌声があがる。絞り出すようなややか細い声だが、それでもトリガーは止まらなかった。痛みと戦いながらも、それでも快感を覚えてくれていることが嬉しかった。タブロイドはトリガーの頭を抱き、弱いながらも精一杯の力でしがみついてくる。それはとても幸福なことで、トリガーの胸はいっぱいになった。
    しかしそれでもこれで最後なのだ。その事実が否応にもトリガーの頭を過る。もうこれでは本当に最後なのだと知っている。それがとても、それはもうとてつもなく、悲しく、寂しく、辛い。
    名を呼ぶとタブロイドは目線で返事をしてくる。潤む緑の瞳はどんな宝石よりも綺麗だ、とトリガーは思った。そしてその目にはもう一切の苦しみはなく、ただ快楽に揺れるだけであった。背筋にゾクゾクとした感覚が走る。これは紛れもない快感。それと優越感。タブロイドは最期の最期まで全ての全てが自分のもの。それはタブロイドが死んだとて変わらぬ事実。またも煽られて、いる。それを必死で耐える。トリガー次第でタブロイドの残り時間は左右される。
    このまま抱き殺したい。少しでも長く生きのびて欲しい。相反するその思いはそのどちらも本音でふとトリガーは動くのをやめてしまった。
    タブロイドはそれに不安を覚えた。自分は望んだがトリガーは嫌がっていたことを思い出したからだ。自分は必死でトリガーの深いところまで気にはしなかったが、確かに本当は嫌だっただろう。こんなもうすぐでくたばりそうな、抱いても楽しくないような身体の男。全身から血の気が引くような感じがした。この後も今まで通りでいてくれるだろうか。それとも疎遠になってしまうのだろうか。あと少しで死ぬと言うのにここに来て余計なことをしてしまったとタブロイドは漸く後悔を覚えた。

    「……トリガー、あの」
    「なんでもない。……大丈夫?」
    「うん、でも、あの」
    「大丈夫なら続きをしても?」
    「……あと、少しだけ」
    「わかった」

    トリガーはタブロイドの体を揺する。その度にタブロイドは健気にも答えるように声を上げ、トリガーを呼ぶ。その言葉しか口に出来ないとでも言うかのように。それしか、口にしたくないとでも言うように。
    あと少し、あと少しだけ、この身体を堪能したい。少しずつゆっくりと、タブロイドを最後の高みと追い上げていく。激しい呼吸音、もはや言葉にならない快感に濡れた声。それらが混ざり合いタブロイドは悲鳴をあげた。名残惜しいが、これで終いにしなくては。トリガーはタブロイドを解放へと導き、自らも熱情を吐き出した。タブロイドは一際大きな声を上げ、トリガーの胸へと倒れ込んだ。トリガーは慌ててタブロイドの様子をチェックするが、どうやら気絶しただけのようで他に異変は見られなかった。良かった、と思いつつ抱きとめた身体はやはり軽く、これでもうタブロイドは起きないかもしれないという恐怖が襲いかかった。その身体を拭き清めながら、早く起きることを願うばかりであった。



    「トリ、ガー」

    タブロイドの声が部屋に響き渡ったのは気絶して眠り込んでから半日後の事だった。声が掠れているのも相まってトリガーは少し慌てる。本当ならもっと寝ていた方が良かったのだろうが、トリガーがそばにいるのを視認するとタブロイドは起きようとした。トリガーはそれを押し止める。

    「起きないで」
    「でも」
    「いいから。大丈夫?痛まない?」
    「うん。不思議なことに忘れてたみたいな感じがする」
    「そう……痛み出したら言ってね」
    「わかってる」

    自分の我儘だったのに何故かトリガーの方が気にしていて何やらくすぐったいな、とタブロイドはくすり、と笑った。トリガーはキョトンとしていたがこちらもまたくすり、と笑った。
    タブロイドは我儘を押し通し、トリガーはそれに乗じて好き勝手をした。互いにどこか申し訳なさを感じていたが先の笑みで2人ともそれについては考えることをやめた。不満はひとつもない。それなら悩むこともないのだ。

    「……ありがとうな。我儘聞いてくれて」
    「我儘だなんて、そんな。俺だって」
    「……これでもう悔いはないよ。いや、あるな」
    「え……」

    悔いがあるだなんて、そんな。そんな状態で死ぬだなんてトリガーだったらごめんだった。どうにかしてその悔いを取り除いてやることは出来ないのか、トリガーはタブロイドにその「悔い」を問うことにした。
    タブロイドは穏やかな顔で窓の外を眺めている。その目には一体何が、どのように見えているのだろうか。もう、既に「あちら」側を見ているのだろうか。

    「……タブロイド、なにか悔いがあるの?」
    「ん……あぁ、気にするな。俺の問題だから」
    「タブロイド、タブロイドはまだ生きてる。その悔いを無くすことだってきっとできる」
    「いや、出来ない。こればっかりは仕方ないことだ」
    「どうして」

    言い募るトリガーにタブロイドは眉尻を下げ苦笑した。トリガーは頑固で執念深い。全てを洗いざらい話さなければ引き下がってはくれないだろうと諦めることにした。
    それを口にすればトリガーは傷つくだろう。自分の中の傷も抉ることになるだろう。しかしどうしようもないことなのだ、その「悔い」は。どうしたって消し去ることは出来ないのだ。だからこそ、本当は口にしたくは無いが、それだけ大事だと思っていることを知ってもらえるかもしれないなら今、言う他ないとタブロイドは口を開く。

    「……お前を残して逝くことだけが唯一の悔いだ。まだまだ一緒にいられると思ったんだけどなぁ」

    当たり前のことなどないのだとタブロイドは笑った。トリガーは笑うところじゃない、泣きそうだとタブロイドに訴えかける。
    まさか自分がタブロイドの「悔い」になってしまうとは。かと言って共に逝くことなど許されるはずもなく、トリガーは途方に暮れる。そして、本来ならば言ってはいけない言葉を、つい口にしてしまう。それは、タブロイドを傷つけ、悲しませるものであると知ってはいても。

    「タブロイド、俺を置いていかないで」

    言った瞬間のタブロイドの顔を見たトリガーはたとえそれが本音であっても言うべきではなかったと酷く後悔した。心からの微笑み────今にも泣きそうな────を見てしまえば今度こそ何も言えなくなる。冗談では無い。冗談なんかで言っていい言葉では無い。けれど冗談だと、ちょっと思っただけだ、と言ってなかったことにしたかったがそんなことできるはずもなく。
    トリガーはタブロイドの言葉をただひたすら待つ他なかった。例え、何も言われなくても、タブロイドの傍を離れるのは嫌だった。

    二人とも口を開かない。聞こえるのは窓の外からの鳥の声や遊んでいる子供たちの声。そして二人分の呼吸音と、少し鼻をすする音。トリガーがそろり、とタブロイドの顔を覗き込むとタブロイドは今にも泣きそうになりながら、何か言葉を選んでいるようにも見えた。タブロイドはなにか言葉をくれるかもしれない。トリガーはそれを辛抱強く待つ。

    「トリガー、俺は、俺も」

    タブロイドもトリガーの顔を少し濡れた瞳で見、言葉を紡いでいく。そして右手をトリガーへと伸ばす。震える腕で触れたい、とばかりに伸ばすがなかなか届かない。トリガーが慌ててその手を両手で握りしめた。それだけでも苦しいだろうにトリガーの手を弱々しいながらも精一杯の力を込めて握りしめた。

    「……俺も、お前を置いて逝くのは、嫌だ……でも」
    「でも?」
    「一緒に逝くのも嫌なんだ……わかってくれ」
    「嫌だわからない!」
    「トリガー、俺はもう死ぬんだ。死ぬってどういうことかは、わかるな?」
    「わかんない!」
    「トリガー……」

    まるで駄々っ子、癇癪を起こした、子供のようだ。本当はわかっている。むしろ分かりすぎている。何しろ戦場で命をかけることを生業にしていたのだから。だからこそトリガーは全てを否定したいのだ。タブロイドが死ぬ、という事実も否定したかった。

    「タブロイドが死ぬなんて、絶対ない!」
    「あるのさ、トリガー。どうせ人間いつかは死ぬ。俺はその時があと少しで来るだけの話さ」
    「嫌だ!嘘だって言って」
    「……嘘だ、って言ったって俺は死ぬんだ。どうにも出来ない。な、トリガー頼む、わかってくれ」
    「いやだ……」

    トリガーは泣いていた。ぼろぼろと涙を零しながらタブロイドの手を強く握り直した。
    トリガーは時折子供らしいところがあったが、けれど泣くことはほぼなかった。そんなトリガーが泣くとは、とタブロイドは驚いたが、立場が逆だったなら、きっと自分も泣きたくなるのだろうと思えば、「泣くな」という言葉をかけることは出来なかった。代わりに出た言葉は許しを乞う言葉であった。

    「……ごめんな」

    その一言でやっとトリガーは認めざるを得なかった。全てを。いやだいやだと言ったところで自分とタブロイドのこれからは変わることは無い。絶対に。それを一番分かっているタブロイドに謝らせるなどとトリガーはとても残酷な仕打ちをしてしまったと後悔した。
    この世界のどこにもタブロイドを助けられる人間などいないのだ。トリガーも含めて。タブロイドとて望んだ死に方ではないだろう。でも死の気配は刻々と近づいてきている。トリガーは全てを恨んだが、タブロイドはどうなのだろう、聞いてみたいと思ったがそれはとても酷な事だと思ったのでトリガーは口を開かなかった。

    「あぁ、こんなこと言われても困るよな。お前は何も悪くない。俺の運が悪いだけさ。だから」
    「だから?」
    「……なんでもない」

    タブロイドにも本当は言いたいことがあるのだろう、が、トリガーと同じく口を開かなかった。ただ、眠くなってきた、と漏らした。

    「なぁ、ちょっとだけでいい、寝入るまで抱きしめていてくれないか」
    「もちろん!」
    「ありがとう」

    そう言ってトリガーはタブロイドの腕を優しく引き、腕の中に囲ってやった。タブロイドはトリガーの胸に身を預け、彼の熱い息遣いを感じた。
    うつらうつらとしていたのも数分、タブロイドはすぐに寝入ってしまったがトリガーはタブロイドをベッドに寝かしつけることはなかった。起きるまでこうしていたい。こうさせて欲しい。トリガーの些細な我儘であった。
    穏やかな寝顔。何も無ければこの先もずっと見ることが出来たであろうその顔を、一体いつまで見られるのか。考えるだけでそれはトリガーに恐怖をもたらし、心の底が冷える思いがした。怖くて怖くてタブロイドを抱きしめる腕に力がこもる。タブロイドが苦しげな吐息を吐いたので慌てて腕をゆるめるが、タブロイドは起きなかった。このまま穏やかに寝させたい。でも起きて欲しい。そうしないと自分はどうなるか、トリガーにはさっぱり分からなかった。生きているならこのまま寝続けてくれても構わない。生きてさえいてくれれば。死なないでいてくれるのならもうずっとこの腕の中で寝ていて欲しい。そんな考えが過ぎった。死んでしまえば笑ってくれることも、怒ってくれることも、泣いてしまうことも、二度とないのだ。苦しむ顔なんか見たいはずもない。だからまだ起きないで、とトリガーは願った。

    けれど朝は必ず来る。今でも何とか寝ては起きて、を繰り返しているが、やはり消耗が激しいらしく時折気絶するように寝入ってしまう時も多々あった。その上モルヒネも慣れてきたのか効きが悪くなったようでまた多少ではあるが苦しみを隠すような笑みを見せるようになった。その度トリガーは心配だと訴えるが大丈夫だよ、とタブロイドは答えた。

    「まだ大丈夫だよ、気にするな」
    「でも……痛いんでしょ?」
    「そんなことないさ」
    「嘘」
    「俺はお前に嘘はつかないよ」

    それが嘘なんだよ、とはトリガーは言えなかった。それはきっと優しい嘘なのだ。本当は辛いくせに、そんな姿を見せれば自分が取り乱すのは目に見えている、とばかりのタブロイドのそれにトリガーは酷いな、とぽつりと漏らしたがタブロイドには届きはしなかった。

    日に日に、前にも増して、タブロイドが弱っていくのは目に見えたが、それと同時に大丈夫だ、と言う回数も増えて言った。トリガーも日に日に弱っていっているように見えたからだ。
    ただしトリガーはタブロイドとは違う。しっかりすれば治るものなのだ。なのに気にしすぎるあまり自分を疎かにするトリガーにタブロイドはもうここには来ないように、と告げた。

    「トリガー、もう、ここにはくるな」
    「嫌だ」
    「頼む、もうこれ以上、こんな姿は見られたくない」
    「どんな姿でもタブロイドはタブロイドだ。何も気にしない」
    「してるだろう」

    トリガーはぐっと息を飲んだ。確かにそうだ、そうなのだ。弱っていくのを見て怖くて怖くて震えている。かといってこのまま、次に出会うのが遺体だなんて冗談ではない。死ぬまでそばに居たいのだ。居てやるのだ。それはトリガーの決意だった。

    「俺は、何も、気にしない」
    「いいやしてるね」
    「してないと言ったらしてない。俺の命をかけてもいい」
    「……そんなことを言うものでは無いよ」
    「本心だ。それでも嫌だと言うなら俺を殺せばいい」
    「……俺にそれができると?」
    「やる気ならね」

    タブロイドにはもう返せる言葉を持ちえなかった。何を言ったとてトリガーは聞き入れないだろう。そして自分には何も出来ない。言葉でも、行動でも。仕方なくタブロイドは是と答えた。

    「……いつまでいるつもりだ?」
    「……タブロイドが目を覚まさなくなるまで」
    「じゃあ、あと少しだな」
    「いいやまだだね」
    「そうだといいが」

    長い押し問答の果てにタブロイドの意識は朦朧としていき、気絶するかのように寝入ってしまった。慌ててトリガーはタブロイドの口に手を当てると暖かい吐息が感じられた。また、まだ大丈夫。タブロイドはまだ生きている。



    「タブロイド、調子はどう?」

    そんなことをタブロイドに問うのはどうかとは思うがタブロイドは気にしないし、毎日のルーティンだからトリガーはいつも通りにする。タブロイドもいつも通りのお決まりのセリフを言う。

    「……生憎とまだ生きてるよ」
    「またそんな事言って」

    それに対するトリガーの返答もまた、いつものことであった。
    死にたいわけじゃないのにこれから死にに行くタブロイドにとってそれが本音であった。明日の朝には死んでるかもしれない、と思いながら寝るといつも通りの朝が来て、トリガーがやってくる。そしていつものやり取りだ。いつ死んでもおかしくない位のタブロイドは皮肉のひとつでも言いたかったのだろう。けれどそれを言えるのならまだ大丈夫だろうと、自分の状況を把握していた。



    けれどそれでも時は進む。ここのところタブロイドはトリガーが来てもなかなか気づかないほどまでに弱ってしまった。いつもの皮肉は消え、挨拶とトリガーの名を呼ぶだけ。声は掠れ、なかなか聞き取れないほどだ。

    「……タブロイド」
    「……ん」

    タブロイドが弱々しく身動ぎする。途端揺れる、トリガーが憎むもの。お前のせいで。最早タブロイドと一体化している「翼」をトリガーはなにか異形の生き物だと思い、ずっと恨んできた。
    今となっては、タブロイドのその背の「翼」はゆうにタブロイドの身長を超え、そしてタブロイドはいよいよ弱りきってしまった。毎朝、毎朝、ちゃんと起きるかどうか、トリガーは気が気でなかった。

    あの日、タブロイドの全てを奪った日からタブロイドは寝ている時間の方が長くなっていた。起きててもどこか虚ろでトリガーを見上げては笑った。明らかに弱っていくスピードが加速している。お互いに納得しての事だったがやはり、とトリガーは後悔をするが、あれ以降タブロイドと言えばどこか嬉しそうでも、幸せそうでもあってその後悔は握りつぶさざるを得なかった。



    「トリガー……」

    いよいよタブロイドが意識を保てる時間が急速に減ってきた。そんな中、タブロイドは急に以前のように力の籠った声でトリガーを呼んだ。トリガーはもうタブロイドはもたないと、これで終わりになるのだと悟ってしまった。嫌だ、と泣いてすがりたい。死ぬことは許さない、と命令してやりたい。けれどどうあっても、天地が逆さにひっくり返ったとしてもタブロイドは、もう。

    「トリガー、俺は、もうダメみたいだ」

    トリガーは何も言わない。認めることも、認めないことも出来ないからだ。最後までその声でその言葉を聞きたかった。それには自分の言葉などいらないと思ったからだ。

    「なぁ、俺が、死んだら」

    タブロイド最後の願い。聞き入れられるものならば聞きいれたい。出来れば死ぬという事実をききいれることは拒否したかった。そしてまた、できるなら、共に逝きたかった。
    出会った頃はこんなふうになるとは思っていなかった。普通の友人で、仲間。それがいつこんな関係になったか、トリガーは忘れたが、それでもいいと思っていた。この先ずっと、死ぬまで共に在るのだと。その思いは変わらず、その通りになったが、こんな終わり方を望んでいた訳ではなかった。まだまだ二人で生きて、年老いてから、死ぬ。そうとしか考えておらず、最期の願いなんて言うものも考えることもなかった。

    「……本当は空が良かったが、今更、もう、かえれないだろう」
    「そんなことは」
    「だから、俺が灰になったら、海に撒いてくれないか。空を映す、その海に」
    「……わかった」
    「よかった」

    そう言ってタブロイドは目を閉じる。呼吸も浅くなってきていた。あと少しでタブロイドはこの世からいなくなる。いや、きっとそこいらにいてくれるだろう。でも言葉を交わすことも、触れ合うことも、出来なくなる。それがどれだけトリガーにダメージを与えているのか。それはタブロイドにも分からないことであった。ただ、トリガーがひとりになってしまうことだけは確かだった。そんなタブロイドがトリガーに残すものは。

    「……トリガー、今まで、ありがとな」

    トリガーは何も言わずかぶりを振る。滲んだ涙が零れ落ちる。それはこちらのセリフだ、と思ってはいても言葉にできない。口を開けば嗚咽が漏れそうで、とてもじゃないがタブロイドの前ではそんな姿は見せたくなかった。

    「トリガー、いつまでも、愛してる」

    ハッキリと聞き取れるような、芯の通った声でタブロイドは告げた。今までトリガーが幾度もなく告げても、返って来たことがほとんどなかったその言葉に、トリガーは今度こそ耐えきれず嗚咽を漏らした。「愛してる」嬉しいけれど、今はただただ悲しい言葉だった。

    「俺も、ずっと、愛してる」
    「……そうか。よかった」

    タブロイドは目を開けてトリガーを見ていた。揺らぐ緑の瞳。とても優しく、穏やかであった。そして微笑む。トリガーの好きな表情だった。もうそれだって見られるのはもう最後なのだ。
    タブロイドはもうあと持って数分だろう。最期に、最期の会話。

    「トリ、ガー、愛してる。愛して、た」
    「俺、も」

    タブロイドはぐ、と一呼吸して、それきり動かなくなってしまった。トリガーは最期に返事ができたことだけは喜んだが、代わりに逝ってしまったタブロイドを見て泣き崩れた。

    泣き疲れて眠ってしまったトリガーが目を覚ます。今までの全ては夢だろうともう一度タブロイドに声をかけるも返事があるはずもなく、触れた手はもうとっくに冷たくなっていて、トリガーはまた、泣いた。これが全て本当に夢であればよかったのに。現実はかくもこのように酷いものだったのか、と戦争を経験していても思わなかったことを思い、タブロイドの頬をひとなでしてぼんやりと中空を眺めた。



    トリガーはタブロイドと初めて出会ったザップランドに来ていた。風はなく海は凪いでいる。タブロイドとの約束を守るべくここを訪れた。
    「ハーリング殺し」と呼ばれここへ来た。そうしてタブロイドと出会った。その後は戦争なんてものに巻き込まれ、それこそ命をかける生活をしていたが、そんなクソくだらない戦争は終わった。その中でタブロイドと仲を深め、全てが済んでその後、二人は気付いたら所謂恋人という関係になっていた。それは自然な流れだった。トリガーはなんだかんだと共にいてくれたタブロイドに好意を持ち、タブロイドもそれに応えた。
    キスもした。ハグもした。セックスも、した。長くは無い日々を二人は寄り添いあって過ごしてきた。今でもその全てをありありと思い出す。時折喧嘩をしてもそれでも離れることは無かった。喜び、悲しみ、苦労。その全てを共有して生きてきた。それなのに今となっては。
    思い出してまた泣きそうになる。あの後もうこれ以上ないほどに泣いた。泣き暮らした。
    そしてタブロイドは灰になってトリガーの元に還ってきた。その時の虚しさと言ったらもう二度と味わいたくなかった。

    「……タブロイド、海だよ。見える?」

    返事などないと分かりつつもトリガーは口を開いた。どこか、分からないところにいるタブロイドに届けばいい、その思いでの言葉だった。
    波打ち際へと足を進める。小さい波がトリガーの足元を濡らしたが当の本人は気にもしていなかった。ただもう居なくなってしまったタブロイドに思いを馳せる。そして約束を守らなければ、とタブロイドの遺灰が入った小瓶をふたつ、取りだした。もうひとつの小瓶は自分が持ち続けるために、とトリガーがわけたものだった。そちらは大事にしまい込み、残された小瓶の蓋を開ける。
    トリガーは服が塗れるのも構わずにザブザブと海へと入っていった。そして海面が腰まで来たあたりで歩みをとめ、一呼吸をする。
    これで、ある意味区切りが着く。また、タブロイドとお別れだ。トリガーは小瓶の中身をさらさらと海へと撒いた。最初こそ海面を漂っていただけのタブロイドの遺灰は、そのうち急に吹いた風で出来た漣により拡散し溶けるように消えていった。

    「約束は守ったよ」

    だから感謝の言葉が欲しい。トリガーはそんなことを思っていた。タブロイドは自分を見てくれているだろうか。それならきっと満足してくれているはずだ。
    トリガーはもう何も見えなくなった海をそれでも見つめていた。
    どれくらいそうしていたのだろう。もう陽が傾いてきていた。夕暮れ、海に沈みかけている陽の光がトリガーを照らす。そろそろ帰ろうと陸へと上がろうとした時、不意に強い風が吹いた。その風に乗って、タブロイドの声が聞こえたような気がした。慌てて振り返る。そこにはもちろんタブロイドが居るはずもなく、沈みかけている陽の光が雲に残っているだけだった。

    「……じゃあ、いくよ」

    トリガーは今度は振り返らずに陸へと戻る。さて、これから自分はどう生きようか。トリガーは大事に仕舞いこんだもうひとつの小瓶の上に手を当て、問うように呟いた。
    タブロイドが居ない今、もうしたいことなどない。でも見つけなければ。きっとタブロイドに怒られる。タブロイドを怒らせるとそれはもう怖い。そんなことにならぬよう、次に会う時には胸を張って会えるような生き方をせねば。それまで、あとどれくらいか。きっとまだまだ先だろう。それでも生きねばならぬのだ。

    「またくるね」

    最後にもう一度だけ振り返って海を見やる。同時に微笑むタブロイドの姿が頭をよぎった。トリガーも微笑んで帰路につく。そして今までどうもありがとう、と小さく呟いた。これからは悲観ばかりしてもいられない。タブロイドとの思い出を、前へ進むための糧としてこの先を生きていく。そう強く心に決めたトリガーの頬には涙が一筋、頬を伝っていた。きっと泣くのはこれで最後だ。そうしなければこの先立ち止まってしまうだろう。タブロイドのために恥じない人間になろうと決意しながら海を後にする。そんなトリガーの背を完全に沈み掛けの光がほんのりと照らしていた。
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