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    yama

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    yama

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    現パロ。恋人関係の丹穹。
    (丹恒くん視点)

    💚💛ミッションコード56 らっしゃーせー、と聴こえる、マニュアルよりもだいぶ短縮されて気の抜けた挨拶を背に、天井から提げられたプレートを見ながら店内を奥へと進む。
     キャンペーンの告知や流行の曲が流れているはずの店内放送は、もうすでに客の退店を促す曲に変わっていて、自然と歩みが速くなった。
     昨今のドラッグストアは医薬品に限らず、ペットボトル飲料や酒類、食品や雑貨と、多岐に渡るジャンルの商品が置かれている。
     そのためか閉店間際にも関わらず、仕事帰りと思しきサラリーマンや、家族連れが店内にぽつぽつと居た。
     そんな客に紛れて、俺は目的のコーナーに辿り着くまでの間に、取り敢えず目について、且つ購入しても無駄にならないものを買い物カゴに放り込んでいく。
     不自然にならないように、極力目立たず、迅速に、だ。
     詰め替え用のシャンプーとコンディショナー、マヨネーズとめんつゆ。そして、ちら、と目に映ったのは、穹が好んで食べるラム酒入りのチョコレート。
     つい先日、風呂上がりに体重計に乗ることを日課としているらしい穹が、「星となのに付き合ってスイーツの食べ歩きしたから太ったかもしんない……」と悲嘆に暮れていた姿を思い浮かべる。
    『触り心地は変わらないが』
    『さわ……っ……、やめろよな〜もう……。たんこーはむっつりえっちだ』
    『何を言う。お前はもう少しこの辺に肉がついてもいいくらいだろう』
    『やめ、ちょっ、ふぁ』
    『ただ触っただけでそんな声を出すな』
    『俺のせいなの⁉︎』
     腰回りに触れた途端に穹がなまめかしい声を出したがために、ただの体重増減の確認が少々いかがわしい行為に発展しそうになったことを思い出す。
     回想がピンク色を帯びてしまったところで、思考を振り払うように冬季限定と銘打たれたパッケージに手を伸ばした。躊躇ったのはほんの数秒で、棚に残っていた三つを全て掴んでカゴに追加する。
     穹は、「この前太ったかもって言ったのに!」と抗議するかもしれないが、最後には葛藤しながらも喜んで食べることは間違いないだろう。
     カムフラージュとしてはそこそこ無難な物を入れたところで、俺はようやく最大の難所である目的のコーナーに辿り着いた。店内でもあまり目立たない、端の端にひっそりと設置された棚の前に立つと、ふぅ、とひとつ、深呼吸をする。
     いまやどこでも目にするし、それが光る物だったり、パッケージの謳い文句が奇抜だとつい「なんだこれ」と笑ってしまう代物。
     けれど、煙草や菓子のパッケージとそう変わらないサイズのその箱たちがずらりと並ぶ様が、今はそびえたつ難攻不落の城壁のように見えてしまう。
     妙な緊張感を抱きながら、涼しげな顔をしつつ視線だけで物色していた俺は、そのうちの一つのシンプルなパッケージに手を伸ばした。


    「どうしよう、丹恒。ゴムが遅延してて届かないって……」
     スマホを操作していた穹が泣きそうな表情でそう言ってきたのは、夕食を食べて少ししてからのことだ。霧状にぶちまける寸前で慌てて飲み込んだ淹れたてのコーヒーは俺の喉を焼き、何とか飲みくだした後もじわりと痛む。
     言葉の意味を正しく理解するのにしばらく時間を要したあと、ああ、と咳払いをして眉を下げている穹を見た。
    「ゴムはまあ、アレだとして……いやまあアレしかないだろうけれども。遅延とは何のことだ」
    「それがさ、通販で買ったら……本当は今夜着くはずだったんだけど、到着が明日に変更されてて……」
     言葉を濁しながら訊ねる俺にスマホの画面を見せていた穹は、語尾を窄ませながら俯いく。髪からのぞく耳がみるみるうちに赤くなった。
     表情はわからないが、多分顔も赤いだろうし、大きめの音量で口にしてしまった内容を思い返して、今頃羞恥心に苛まれているんだろう。
     今夜、家族が外泊していないから、と誘われて、恋人である穹の部屋に泊まっている。とは言え、やましいことをするためではない、決して。
     今はバイト帰りの穹と落ち合ってスーパーに寄り、食材を買い込んで鍋をつついていたところだった。この後は新作の対戦ゲームでもする?なんて、健全なプランを練って。
     そもそも、関係が親友から一歩先に進んだとは言っても、すぐに大きな変化があるわけじゃないし、俺も穹も互いが初めての恋人で、そういった経験もない。
     だから、「明日うちに泊まれば?」と穹に誘われた時も、正直なところ下心はゼロだった。キスにようやく慣れたばかりで、少しの体の触れ合いでも真っ赤になって恥じらう穹が、よもやそのことを考えているなんて思わなかったからだ。
     俺としては、まだ先でも特に問題はない──そう考えていたくらいだった。けれど穹は、今夜そうなってもいいように準備をしていたということになる。
     避妊具の件よりも、正直なところ、そのことに俺は少なからず動揺した。
    「ごめん、変なこと言っちゃって……」
     俺の反応を見て、自分だけが舞い上がっていたんだと思ったのか、そんなに落ち込まなくても、と思うくらい、穹はへこんでいる。
     ここで「荷物だし遅延は仕方がないことだろう」などという気の利かない言葉を口にしてはぐらかすことも出来たかもしれない。だが、俺にはできなかった。今夜に間に合うようにと思った穹の期待と覚悟を知って、それを無駄にすることができるだろうか。
     ふと、ほぼBGMと化していたテレビの画面を見る。表示されている時刻はあと三十分ほどで二十二時を迎えるところだった。
    「……確か、ここから十分くらいのところにドラッグストアがあったな?」
    「えっ、あ、うん?」
    「すまないが、俺は少し出てくる。穹は先に風呂に入ってあたたまっておいてくれ」
     どういうこと?と戸惑う穹の髪をくしゃりと混ぜてコートを掴むと、俺は玄関を飛び出してドラッグストアへの道を文字通り爆走した。
     すれ違う歩行者に引かれるほどの勢いで走り、散歩中の犬に吠えられながら光る看板を目指していたこの時の俺は、道路を行き交う車よりも速く走っていたように思う。


     ご丁寧にも、カムフラージュに買った品物とは別に、件の小さな箱と、追加で手にしたドレッシングボトルと間違えてしまいそうな容器は、未晒の紙袋に詰められていた。
     主張するその二つを覗き込んで、溜息を吐き出す。
     人通りのないコーナーではあったし、目線を隠す為に縁の厚みがある伊達眼鏡を掛けていたにも関わらず、背後にある防犯カメラの視線を受けたせいか、コートの下の背中が、冬だと言うのに汗ばんでいた。
     とにかくうすいものであることと、サイズさえ間違えていなければいい。再度確認してよし、と一人頷く。これでおつかいミッションは完遂だ。
     あとは穹の部屋に戻るだけだが、少し時間を潰してからにするか、と通りかかった公園の出入口付近に設置されている自販機の前で立ち止まる。
     本当はさっさと帰ってしまうのも正解なのかもしれない。風呂に入って待っていろと言われ、部屋に一人残された穹は不安を抱えているだろうから。
     けれど、穹には物理的にまだ時間が必要なはずだ。
     いずれはそういうこともあるだろうと思って調べていくうちに、受け入れる側の準備は相当に大変なもので、抱く側が思うよりも時間を要すると知った。
     だから穹が風呂から出て、あらゆる準備が出来た頃合を見計らって戻ればいいだろうと、そう思っているのだが。
     俺自身も変に緊張しているから、落ち着くために時間が欲しかった、が、紛れもない本音だ。
     電子マネーに対応していない旧型の自販機のためにポケットから財布を出したが、小銭を手から滑らせて、慌てて拾い上げた。動揺して物を取り落とすなんてベタすぎるだろう、と舌打ちする。
    「何をしているんだ、俺は……」
     そわそわしすぎだ。情けない。
     そう頭を掻きながら、いや、だが初めてだから緊張することはおかしくないはずだ、と自分に言い訳をして、罰の悪さを誤魔化すように強くボタンを押した。
     がこ、と落ちてきた熱い缶を手にして、さてどう心を決めるか。そう思いながら蓋を捻ろうとした時だった。
     見透かしたようなタイミングでスマホにメッセージが届く。確認せずとも誰からかなのかは、想像がついた。
    『準備はできてるから。待ってる』
     アプリを起ち上げて、すぐ目に飛び込んで来たメッセージに思わず天を仰ぐ。
    「そうだったな、お前は肝が据わっている奴だった……」
     好ましいと思う、穹の長所の一つ。そして、やはり見透かされているなと苦笑するより他ない。
     部屋で帰りを待っている穹を前にして、自分がどこまで理性的でいられるだろうか。
    「自信は、ないな……」
     呟いた声は、白い息に紛れて溶けていった。
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