類を見つけた当時の司は10歳。
朝起きてから寝るまでの殆どの時間を一緒に過ごす2人。司はクラゲ類を弟のように可愛がり、大切に育てていく。
類と出会ってから6年後、高校生になった司
以前よりも帰りは遅くなり、司と過ごす時間は少なくなったが、類にとってそれは苦ではなかった。司は帰宅した後は離れていた時間を埋めるように類を構い倒してくれたから。
何より司が友人や学校での出来事を話してくれる時間が好きだった。楽しそうに話す司を見ていて類は幸せな気持ちだった。
「類!見てくれ!」
慌ただしく帰宅した司の手には可愛らしい封筒が握られていた。
「オレのファンからの手紙だ!」
ファンレターというものらしい。それがどういう物なのか類は知らないが、手紙を見つめながら「オレも遂にファンから手紙を貰える日が来たぞ!」と嬉しそうに話す司を見て類も嬉しかった。
しかし、その日を境に司が類に構う時間は減り、それとは逆にスマホを構う時間が増えた。あのファンレターの子とやり取りをしているらしい。
たまに電話も鳴る。この前は司と楽しくお喋りをして盛り上がっていたところを泣く泣く中断する羽目になった。
今週末はその人間と遊びに行くらしい。その日は一緒に映画を観ようと誘おうと思ってたのに。
貴重な司との時間を他人に邪魔されている。
類は焦った。もしもこのまま一緒に過ごす機会が減り続け、いつか完全に無くなってしまったら。
類は司が自分から離れていくことを恐れた。
ずっと一緒だったのに。ずっと一緒にいたいから海には戻らずに司のいる陸地で何年も暮らしてきた。今までは類一筋だったはずなのに、最近では会って間もないあの人間を司は優先するようになった。
早くしなければ司はあの人間に奪われてしまう。どうすればまた司が自分を見てくれるようになるのだろう。類は必死に考え続けた。
類がいなくなった。
司が学校から帰宅した時には既に水槽の中に類はいなかった。心当たりのある場所は全て探したが類は見つからなかった。
ファンレターをくれたあの子との予定は中止になった。自分を心配するメッセージが来ていたが返す気力はなかった。
最近類に構ってあげられる時間は殆どなかった。ただでさえ日中は学校で一緒いる時間は少ないのに家にいる間もずっと独りにさせていたから怒って出て行ってしまったのかもしれない。類に会いたい。もし叶うなら寂しい思いをさせてごめん、と謝りたかった。
夜、ふと目が覚めた。
カチカチと時計の針の音が鮮明に聞こえる。時刻は深夜2時。もう一度眠りにつこうと目を閉じた瞬間、玄関ドアからトントンとノックする音が聞こえた。
「誰だ…こんな夜に…」
両親は気がついておらず未だ眠ったまま。しばらくすれば諦めるだろうと放っていたが音は一向に止まない。とりあえず両親を起こしに行こうとするが、玄関の向こうから誰かの声が聞こえて思わず足を止める。何て言っているか聞き取ろうと耳を澄ますと今度はハッキリ聞こえた。
「つかさくん」
ハッとする。間違いない。類の声だ。司は弾かれたように玄関ドアを開けた。
「る、…」
しかし、そこに立っていたのはあの小さくて可愛らしいクラゲ類の姿はおらず、長身の知らない男がそこにいた。開いた口が塞がらない。
ただ司を呼んだその声は紛れもない類の声だったわけで。半信半疑で「…類なのか?」と問うと、男はこくんと頷いた。
「むかえにきた」
と、突然類が司に詰め寄る。その勢いに司は尻もちをついた。逆光でその表情はよく見えず、それが司の恐怖心を煽った。
帰ってきてくれたのか?その姿はどうしたんだ?今までどこに行ってたんだ?迎えに来たって何のことだ?
聞きたいことは山のようにあるのに声が出ない。類が何を考えているのか読めない。
「いこう」
類の腰でユラユラ揺れていた触手が司の頬に触れた瞬間、司は意識を手放した。