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    itsugogatsu

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    転入生オンリーのサンプルです。
    開催後に消すかも!

    24.6.15 サンプル 汚い走り書きの文字を追い始めたアーサーは、一枚目の手紙を読み切りもせずに顔を上げた。強い風の音や木々がざわめく音に交じって、彼の方へ向かってくる何者かの足音が聞こえたのだ。できるだけ足音を殺そうと忍び歩きをしている様子ではあるが、そういった音を聞き逃してしまうほどアーサーは未熟ではない。
     自分の様子を窺っているのが敵なのか、無関係な何者かであるのか、確認して相応の対処をしなければならない。アーサーはまだ雨が降り出さないことを願いながら、ルーモスを唱えなおした杖を静かに足音の聞こえる方角へ向けた。
     「…………あっ、やっぱり君だ! 僕だよ転入生!」
     「……え、アミット? どうしてこんなところに?」
     「大変だったんだよ、いろいろと。今夜に限っては君にも負けない冒険譚を語れるかも」
     アーサーが灯した光が強くなり、彼の顔を確認することができたらしい人影が走り寄ってきた。アーサーもまた、その人物の声を聞いて警戒を緩める。いつも身だしなみを整えている方であるアミットにしては珍しく、髪は乱れていて顔も服も泥だらけで、安堵の表情を浮かべる中にも疲労の色が濃く浮かんでいる。数度瞬きをしたアーサーが何があったのか聞こうと口を開いた瞬間、ひときわ強い風がふたりに吹き付け、ぱらぱらと雨が降り出してきた。いよいよ本格的に天候が荒れだしてしまえば箒で飛んで帰るなどもってのほかの話だ。
     「すぐに嵐がくる。近くに廃墟があるから、ひとまず雨宿りしよう」
     「そうだね。こんなことになるんだったら大人しく天文台で我慢しておけばよかったよ」
     「へえ。星は密猟者のこと予言してくれないんだ」
     「言うね、天文学と占星術は全く別物だって君もわかってるでしょ?」
     虚勢交じりの軽口を叩くアミットをアーサーが指先で呼び寄せ、ふたりは木々の中から駆け足で街道へ向かう。かつてアーサーが古代魔術の痕跡を集めに訪れた廃墟がこの近くにあるのだ。比較的建物の状態が良く、その際に一晩の宿にできるくらいには壁の崩落や建具のがたつきを修繕してあったことが功を奏した。こういった廃墟はこのハイランドにいくつか存在しており、件の力が集積されていただけあってアーサーが使う魔力によく馴染むため重宝している。
     雨脚が強まる前に何とか建物へ駆け込み、アーサーとアミットはまずしっとりと重いローブの水気を取り払った。ようやく人心地ついた様子のアミットが地面にどさりと座り込むのを尻目に、アーサーは焚き火の用意を始める。薪になるような木を呼び寄せ、雨に当たっておらず燃えそうなものを廃墟の隅からとりあえず引っ張り出しては火をつけて枝切れとともにくべていく。ちらちらと揺れる炎はふたりの顔に幾度も影を落とした。
     「君は今日、なにをしに出てきたの? 星見台では見かけなかったけど」
     「星を見るなら城の天文台を使うとも。アミットの方こそずいぶん大変だったように見えるけど?」
     「そうなんだよ! 本当に大変だったんだから……」
     今日の自身がどれだけ不運だったかを語りだしたアミットに適当な相槌を打って見せて、アーサーはそのあたりに転がっていた棒切れで焚き火をつつく。一度ともに冒険に行って危険にさらしてしまったとはいえ、ただの善良ないち生徒に闇の魔法使いと密猟者を殺して回り、ついでに魔法薬などの素材を集めていたとはなかなか言いにくいものである。アーサーにもそのくらいの外聞はあった。
     星見台に夜食や教科書を持ち込んで星を見上げているところを飢えた野犬に襲われ、サンドウィッチを犠牲に何とか逃げ延び、天体観測を諦めて帰路につけば今度は蜘蛛が岩陰から飛び出してきて。四苦八苦しつつ退治し、落ち着いて周囲を見渡したときに現在地を見失ってしまったことに気が付いたらしい。アーサーはアミットの体験に見合った哀れそうな語り口のせいで小さく肩を震わせている。終いには天候まで荒れ始め、せめて安全な場所で朝を待とうと森の中を歩き回ったアミットがようやく見つけた人の気配こそ、アーサーも空から見ていた戦いの音だったのである。彼が現場にたどり着いたときは激しい戦闘のさなかだったとアミットは拳を振り回しながら語る。
     「こういう最悪な日って、君にもない?」
     「どうだろう…………あまり覚えがないな」
     「そうかい? 君ほどなら確かに、このくらいどうってことないのかも」
     否定しきれないアミットからの期待を向けられ、アーサーは曖昧に笑って答えた。野犬も密猟者も、果てにはドラゴンやトロールだって、敵対するのであれば否応なく戦うことになる。すべてに勝たなければ死ぬのはアーサー自身なのだから怖がっている場合ではないし、もし自分が屍となって城に帰ったら、あるいはそれすら残らず行方不明者扱いになってしまったら、愛すべき友人がどれだけ悲しむかも理解している。襲い来るもののすべてを打ち倒し、何としてでも生きて帰る。最後に自分が立っているのなら何をしたとしても後悔はないし、恥じることもないと彼は覚悟しているのだから、今さら何が相手だとしても不運だと嘆いてはいられない。。
     
     少しの沈黙のあと、アミットがアーサーへねえ、と呼びかけた。炎が揺らめくさまをぼんやりと見つめていた彼の顔はゆっくりと声の主に向けられる。両膝を立てて床に座り込むアミットには先ほどまでの饒舌さはなく、しきりに外の気配を気にしているようだった。吹きすさぶ風は森の樹木をなぎ倒してしまいそうなほど強く、外壁に雨粒が打ち付けられる音も激しさを増すばかりであり、野宿になど慣れているわけもないアミットが怯えるのも無理はない。かくいうアーサーも、この荒れようの中で夜を明かすのは少し堪えていた。
     「雨が止んだら城へ戻らない? 帰る予定だった時間なんかもうとっくに過ぎてるし、先生が心配してるかも」
     「僕はここで朝まで過ごすよ。帰るなら気にせず帰って」
     「風邪をひいてしまうよ、平気かい?」
     「え、うん、平気だよ。火もあるし……」
     ふたりの間で焚き火がぱちん、と存在を主張するように爆ぜる。城に帰ろうというアミットの意見を、アーサーは珍しいものでも見たかのような顔で聞いていた。よく考えなくとも彼は至極真っ当なことを言っており、ろくでもない生活を送っているのはアーサーの方である。こうして彼が夜間に外出することをアミットは同じ部屋のよしみで承知しており、一度冒険に同行してからはその行動をひどく心配するようになった。毎度毎度ゴブリンに襲われているわけではないため、アーサーにとっては単なるおせっかいだったが、ごくごく一般的な魔法界の倫理観を持ったアミットのおかげで常識的なラインを知ることができるというところは重宝している。これだけ戦いに明け暮れていては、いくら道徳の教育を施されたとしても足りないものであった。

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