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    紫@🐏

    @purplesheep0125

    腐女子↑20。
    ここはナタ→→→ハン♂(ワイルズ)専用

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    紫@🐏

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    第三章。
    長いので一旦ここまで。

    マルガレテの面影③第三章





     男の差し出すカップを受け取り、礼を述べてから口を付ける。
     爽やかな風に似た緑の香りが清々しい茶は、娘がカムラからの手土産に持ち帰ったものであると云うことだった。
    「娘さんは――」
    「ひとまずあちらに帰した。何かあれば、知らせるとは伝えてある」
     何かあれば、と、口にしたその言葉が酷く苦いものであるかのように、男は一瞬強く眉根を寄せた。
    「……あれの、様子は」
     問われたことに答えるまでには、短からぬ逡巡があった。悪化してゆくばかりの状況をただ知らせるだけの自分があまりにも不甲斐なく、だからと云って、言えることは他にはない。
    「この数日、ほとんどお食事をされていません。無理に食べさせようとすれば、吐いてしまうので――蜂蜜を入れた茶だけは、何とか飲んでいただいています」
    「きみのことは、まだ認識できているか」
     躊躇した後、判りません、とナタは言った。
    「名前を呼んでくださる時もありますが、まるで違う誰かに話しかけているようだと――思うことも、あります」
     急に塞ぎ込むようになった理由に、心当たりがない訳ではない。足もとに咲くちいさな白い花を見つめていた青灰色の目が、雨の降り出す直前の曇り空のようだった。
    「先生の、入団時の身上書を見ました」
     怪訝な表情を見せるでもなく、黙ったまま男はその先を促した。鳥の羽で織られていたと云う上着のこと、ミナから聞いた話を併せて伝えると、考え込むような沈黙を経て、なるほど――と顎髭を撫でる。
    「詳しい話を、聞かされている訳ではないが」
     少し待ってくれと言い置いて隣の部屋に向かった男は、折り畳まれた紙を携えて戻ってきた。テーブルの上に広げた、その――周辺地域の地図の上に、長く節くれ立った指を滑らせる。
    「最初に辿り着いた村で、木樵小屋に住まわせてもらったと話していたことを覚えている。伐採のできる森林が近くにある場所ならば、この辺りの集落のどれかだろう。そこまで、子供の足で歩いたことを考えるなら――」
     男が指し示した箇所には、岩場を表す記号があった。
    「集落の有無は判らぬが、水辺もある。人が住めぬ場所ではない」
    「判りました。調べてみます」
    「……きみにばかり、任せる訳には」
     男の緑色の目には、戸惑いと――おそらくは、幾ばくかの罪悪感が揺れている。
     お気になさらないでください、とナタは言った。
    「調査は予定より早く片が付きましたし、出立までは半ば休暇のようなものだと皆言っているくらいです。セクレトを連れてきていますから、移動にも苦はありません」
     務めて笑ってみせたのは、待つことしかできない男の心中を慮るがゆえでもあり――立ち止まれば竦みそうになる自分自身を少しでも前へと進めるためだった。
     残った茶を飲み干し、礼を述べて、立ち上がる。
    「では――早速、向かってみます」
    「この足でか」
    「ええ。今からなら、日が高いうちに到着できそうですし」
     ふと結んだ精悍な唇を、ややあって男は開いた。
    「――ナタくん」
    「……はい」
    「その里が見つかったら、あれを――そこへ、連れて行ってやってはくれぬか」
     真っ直ぐに見上げる緑の目には、何かを堪えるかのような痛みがあった。見下ろすこちらの目にもおそらく、男は同じ感情を見出していることだろう。
    「俺が、その役目を負わせていただいて……構わないのでしょうか」
    「……きみに負わせてしまうことを、赦してもらいたいなどとは――言わない」
    「――卿」
     その敬称を男が好まぬことは知っている。ただ。そこにあるのは敵愾心でも、ましてや嫉妬などと云うものではなく、引いておかねばならない境界に過ぎなかった。
    「俺は――先生が、好きです」
     ナタは言った。かつてそこに含まれた感情はもはや同じ形をしておらず、選んだ器には収まらぬのかもしれない。それでも。
    「言葉では伝えきれないくらい、感謝しています。俺の編纂者には『恩返しをしろ』と言われました。その通りです。もう子供ではないし、できることは――それなりに、あります」 ばらばらになった破片を拾い集めて、繋ぎ合わせる。鋭く尖った寄せ集めが、いつかなめらかで平らなものになってゆくことを願いながら。身を焦がし尽くす灼熱だったものが、ちいさく温かい灯火となるまで。
    「あなたが望まれるのであれば、躊躇いません。先生を必ず、あなたのもとへお連れします。いえ、そうさせてください」
     逸らさず合わせたままの視線の先――結ばれていた唇が、詰めていた息を緩々と吐く。
     美しく鮮やかな緑の目を伏せ、静かに頭を垂れて、感謝する、と男は言った。





     乾いた風は砂粒を含み、頬を叩く。
     滑空するフォスの冠羽が、午後の陽光を透かして靡く。
     やがて地面に着いた蹄ががつりと音を立て、まばらな下草と土の下にある岩盤の固さが背骨を震わせた。
     岩肌に囲まれた隘路を進むうち、不意に視界が開ける。切り立った崖の地層は黒曜石を含んでいるものか、黒い斑の模様を描いていた。微かな気配を感じて視線を向けた先、ちいさな影がさっと茂みに隠れるのが見えた。喉奥で警戒声を発したフォスの首筋を撫でて、鞍から降りる。背の高い草叢に、黒い縮れ毛の頭が見え隠れしていた。
    「――そこの、きみ」
     ひゃっ、と気の抜けた悲鳴を上げて、人影がびくりと飛び上がる。
    「怖がらなくていい。少し、聞きたいことがあるだけだ」 
     そろそろと顔を上げたのは、浅黒い肌をした子供だった。厚みのある毛織りの衣服は、砂に溶け込む淡い茶色だ。
    「な、何だよ。おいら、悪いことなんかしてねえぞ」
     手にしていた何かを背中へ回して、丸く大きな目を左右に揺らす。
    「きみは、この辺りに住んでいるのかい」
    「し――知らない大人と話しちゃいけねえって、母ちゃんが」
    「じゃあ、きみのお母さんを呼んでくれるかな。どこにいる?」 
     落ち着きなく視線を彷徨わせた後、えっと、と子供は口ごもった。周辺を見渡す限り、目の届く範囲に他の人影はない。ばつの悪そうな表情でおどおどと俯く子供を見下ろして、やがて、ナタはひとつ息を吐いた。
    「――何すんだよ!」
     少年が背後に隠していたその――素焼きの壺を取り上げて、蓋を開ける。小さな容器の中には、金色の蜂蜜が半分程溜まっていた。
    「……なるほどな」
    「か、返せよっ」
     差し出したそれを引ったくるように抱え込んで、少年は後ずさる。
    「ここらへんの蜂蜜は、おいらの村のもんなんだ! 好きに採ったっていいんだ!」
    「大人の赦しなく、子供一人でも――か?」
     ぐう、と少年は喉を鳴らした。
     蜂蜜はその用途の広さから、人の生活があるところには欠かせない。常に一定量を備蓄しておくために、採取の量に関しては集落ごとの決まりがあるのが普通だった。
     そして――何よりも。
    「盗み食いも、決して褒められたことではないが」
     身を屈め、少年の腕を掴んで、その顔を覗き込む。
    「モンスターに遭遇していたら、命を落としていたかもしれないんだぞ」
    「だってそんなこと、今まで一回も――」
    「同じことがずっと続くと思っているのなら、大間違いだな」
     不服げな子供の反論をぴしゃりと遮り、少し離れた草場の陰に散乱する、小動物のものらしい骨の欠片を示してみせる。
    「ランゴスタの捕食痕だ。肉食の蜂で、麻痺毒で痺れさせた獲物を強靱な顎で食いちぎる。きみみたいな子供など、奴らにとってはご馳走以外の何ものでもない」 
     みるみると青ざめる子供の頭をぽんと叩いて、そうならなくてよかったなとナタは微笑んだ。面倒な人間同士のやり取りに漸く片が付いたことを察したものか、くう、と鳴いたフォスがこちらへと歩み寄り、立ち上がったナタの肩口に嘴を擦り付ける。
    「ああ――待たせたな。ごめん」
    「こいつ、何だよ。鳥? 乗れるのか?」
     好奇心を隠さぬ子供を煩わしげに見て、気位の高いセクレトはフンと鼻を鳴らした。偏光色を纏うその首筋を撫でてやりながら、周囲を見渡す。
    「きみの村は?」
     壁のような岩肌が両側に聳える一角を指して、あの奥だぜ、と少年は言った。
    「あんちゃん、うちの村に用があんのか」
    「ああ。案内してくれるか」
    「いいぜ。その代わり、このことは母ちゃんに内緒にしといてくれるか……?」
    「……それは、できない」
     ため息を吐いて、いいか、とナタは言った。
    「俺に会わなければ、きみも今頃はあの骨と同じ姿になっていたかもしれない。それを見た時に、お母さんはどんな気持ちになると思う」
    「…………」
     俯いた黒髪の頭に手を置き、どうする――と問えば、判ったよと少年は呟いた。
    「ちゃんと、謝る。もうしないって、約束する」
     縮れた髪を撫でて、それでいいとナタは笑った。





    「――あたしは、ちょっと覚えがありませんね」
     煮出した茶を素焼きの杯に注ぎながら、女は首を傾げる。
    「子供に作ってやる着物には、ポポの毛を使うんですよ。毛が伸びたらこまめに刈っておかないとすぐにへばってしまうもので、素材はたんまりありますから」
    「本来は、寒冷地に生息している動物ですし」
    「……そうなんですか。難しいことはよく判りませんけど」
     どうぞと女は杯を差し出し、背後で畏まった子供には持ち手のついた器を無言のまま押しつける。茶はどろりと濁り、数種類の薬草を混ぜたような匂いがした。丁寧に礼を述べて口を付けると、見た目に反して味は優しく、仄かな甘味がある。
    「母ちゃん――これ、甘くねえんだけど」
    「……当分の間、おまえは蜂蜜抜きだ」
     おずおずと抗議の声を上げた子供に対して、にべもなく女は言い放った。
    「あれだけこっぴどく叱られておいて、まだそんな口が利けるとはね。むち打ち百回のほうがよかったかい」
    「……ごめんなさい」 
    「それとね。あんたに話したことはなかったけど、母さんの叔父さんは子供の頃裏手の崖で遊んでいて、獣に食われて死んだそうだよ」
     ごくり、と子供は唾を飲み込んだようだった。
    「そこで遊んでいた子供は叔父さんだけじゃなかったのに、その日はたまたま一人でいたところを、たまたま腹を空かせたやつに出くわしてしまったんだ。するなって言われていることには理由がある。判ったかい」
     一度こちらを見た後、こくりと子供は頷いた。神妙に俯いた縮れ髪の頭を乱暴にぐいと小突いて、女は苦笑する。
    「全くもう――ハンターさんにも、ご面倒をお掛けしました」
    「いえ。俺も、お伺いしたいことがありましたから」
    「それについてはお役に立てなくて、申し訳なかったですけど」
     自分の分の茶を飲んで、その鳥は確かにおりますけどね、と女は言った。
    「卵と肉には滋養がありますし、簡単に増えますから、子供に世話をさせているんです。抜け替わりの尾羽のきれいなのだけを選って、交換に出すこともあるようですが。でも、全部白ですよ」
    「――そうですか」
     何もかもがすぐに解決することを期待はしていなかったから、特別落胆した訳でもない。取り繕うように浮かべてみせた微笑にそれでも何かを感じ取ったものか、どこか不安げにあの、と女は切り出した。
    「どうして、そんなことをお訊きになるんです。もしやうちの村に、よくない行いをしているものが……? あっ、まさかうちの息子が、他にも――何か、」
     振り返った母親の視線を受けて、大人しく縮こまっていた少年がびくりと飛び上がる。
    「お、おいら、何も、」
    「本当かい?! 外の生き物の卵を取ったりすれば、立派な密猟になるんだよ……! 見つかれば子供でも、その場でお手討ちだって云う噂が――」
    「あ――いえ、違います」
     自分が口にする言葉で徐々に青ざめてゆく女に、ナタは慌てて首を振った。
    「ギルドには確かにそう云った調査をするものもいますが、俺はただのハンターですし、こちらの村に不審な点があるとか、そう云ったことではなくて」
     無意識にか息子の手を握り締めた女と、固唾を呑んだままの少年を見て、表情を改める。
    「――この岩場の周辺に、他に人里はありますか」
     いいえ、と女は答えた。
    「一番近いのは、北東の森の村ですね。うちの黒曜石と木材を交換してもらってますよ」
    「昔、この村に――亜麻色の髪の子供がいたと云う話を、聞かれたことは」
    「……亜麻色? 亜麻を梳いたような色ってことですか?」
     さあ、と首を傾げた女の、よく日に灼けた肌の肌理は荒れているものの、頬は丸く皮膚には張りがある。エルヴェの正確な年齢は判らないが、初めて出会った頃は今の自分と同じくらいの年齢だったのではないかと推察している。今は四十代の半ばか後半だろうか。おそらくは二十五、六歳であろう女が、まだ生まれていない頃の出来事だった可能性は高い。
    「どなたか――昔のことをご存じの方は、いらっしゃいませんか」
     そう言うと、女は酷く困惑したような顔をした。茶を啜り、口を開く。
    「一番年かさなのは、村長でしょうかね。確か、あたしの母親と同い年だったはずですよ」
    「村長にしては、お若いようですが」
    「この子が生まれる前の年に、たちの悪い病が流行りましてね。それで――」
     子供を慮ったものかそこで言葉を切り、とにかく、と女は言った。
    「先代から聞いた話もあるでしょうし、あたしや他の者たちよりは、知っていることがたくさんある筈ですよ」
    「判りました。では、一度お話を伺ってみます」
     空になった杯を置き、丁寧な礼を述べると、慌てたようにいいえと女は両手を振った。
    「ハンターさんに見つけていただかなけりゃ、この悪たれは懲りずに同じことを繰り返していたでしょうし、あたしは一人息子を亡くすところだったんです。お役にも立てず、差し上げられるものもなくて、申し訳ない。せめて村長の家まで案内を――」
     腰を上げかけた女は、だが、不意には、と息を呑んだ。
    「ああ、すっかり忘れていました。村長は今日、ここにはおりません」
    「……どちらへ」
    「ヤヴィラです。ああ――ええと、」
     例の、北東の森の村ですよ、と女は言った。





     土を踏む足音は入り乱れて、どの方角からも押し寄せてくるようだった。背の高い草の間から見上げた頭上、のし掛かるような黒く濃い樹影の間に、爪痕に似た月がぽつりと浮かんでいる。
     強く抱き締めていた身体が、不安げに身じろいだ。月を映した青灰色の目を覗き込み、まろやかなその額に汗ばんだ額を合わせて、精一杯微笑んでみせる。
    「……大丈夫。わたしが、守ってあげる」
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