君の故郷の話が聞きたい(Dr.🗿と学ぶツガン二ヤ総論)INTRODUCTION:君の故郷の話が聞きたい
チャプ、と耳元で波打つ音がした。そんなところで寝入ってしまったっけ。ゆっくりと目を開く。世界が白んで、頭がくらくらする。
身体全体が体温と同じ温度の水に浸かっていた。ドリームプールだ。まるで羊水のように身体を包み込んで無重力のような気分になる。
重怠い身体で身じろぎすると、狭いプールの壁面に当たって、チャプ、と水が跳ねる。少し手を持ち上げるだけで精一杯だった。
プールの外で、ガタ、と何かが倒れる音がした。忙しない靴音。
「っアベンチュリン!」
まだぼうっとしているアベンチュリンの頭上に影。やっとものがちゃんと見える。
焦ったように声をかけたのはアベンチュリンの同行者——レイシオだった。
「君、慌てて、どうしたの」
「君が“死んで”からもう五日も経った。なかなか目を覚まさないから、何か問題があるのでは、と」
「わー、それはごめん。……ちょっと待ってくれ。何があったか、まだよく思い出せなくて」
「混乱しているな。僕のことは分かるな?」
「うん、もちろん。ベリタス・レイシオ。僕の素敵な友人」
「記憶障害あり……と」
「ね~~~~~~!!!! 冗談だって!! 僕の素敵なビジネスパートナー!! 心配かけてごめんね!?」
溜息をついたレイシオがプールに手を差し入れる。それに掴まってプールからあがる。
足元がふらついたが、レイシオに縋って地に立つ。
僕は生きて現実に帰ってこられたのか。ドッと冷や汗が出る。賭けに勝つつもりだった。それはもちろん本当だった。だが、確証なんて常にないわけで。
机が倒れている。さっきレイシオが蹴とばしたのだろう。本当に僕が起きてびっくりしたらしい。
「そこに座っていろ」
レイシオが赤のビロード張りのソファを指す。
「僕の部屋だぜ? ……僕の部屋だよな?」
「そうだ。仮死のような人間をそう簡単に移動させることはできない。この数日は僕も使わせてもらったが」
「僕がいつ死ぬか分からなかったから?」
「君がいつ起きるか分からなかったからだ」
ソファに腰を落ち着けた。
椅子をひっぱてきたレイシオが正面に座る。真剣な顔をしている。
「君が寝こけていた間に起きたことを伝えよう。……君は、夢境を派手に破壊した。その全責任は君が負うことになった。君はカンパニーの十石の一員ではあるが……その身分のまま、カンパニーに捕縛されることになる」
「あー、うん。当然だよね」
「ただ、君には情状酌量の余地がある。サンデーに仕向けられた……いや、仕向けさせた、か? まあどちらにせよ、君の意思ではない、と判断される点もある。加えて、ピノコニーの功労者の星穹列車の面々と、僅かばかりの僕の口添えによって、捕縛までの猶予期間が設けられた」
「おっと、予想してなかったな。ちなみにどのくらい?」
「君が目覚めてから一週間」
「身辺整理しかできないね」
「君は今後、おそらく一切の自由が失われる。首に縄をかけられる前に、最後の“自由”を、というわけだ。……というわけで、君は一週間、何をするも、どこへ行くも自由だ」
「ありがたいね。僕、ずっと本当の意味で自由だったことなんてないから。縄をかけられたって、あまり今と変わらないよ。今だって手枷が付いているようなものだし」
「待て、まだ条件がある。『全て、僕が同伴ならば』、だ」
「それって自由かなあ!?」
「これでも最大限譲歩を引き出したんだ。自分が何をしたか胸に手を当てて考えてみろ」
手を当てる。生きてるなと思った。それだけだった。
「だけど、レイシオ。多分すごく頑張ってその交渉をしてくれただろうとこ悪いけど、僕、やりたいことなんてないよ。そういうのはもうすっかり考えられなくなってしまったから」
「そうか。ではこの僕に、一週間君と二人でこの狭くてつまらない部屋で過ごせ、と」
「そうなる? 別に僕がどこにも行かない何もしないなら今すぐ捕らえられたっていいし、もしくは僕のこと部屋に閉じ込めて君は好きにしたらいいんじゃないの? 大学に戻るとか」
「そうもいかない。契約を結んでいるんだ。僕はこの一週間を君と共に過ごす必要がある。例外はない」
「バカの組んだプログラミング? じゃあいいよ、逆にしよう。君のしたいこと、行きたい場所に僕が付き合う。それなら問題ないんだろう? で、どこに行きたいんだ? 図書館? 博物館?」
「言ったな? では僕の希望を通そう。ツガンニヤに行く」
「ツガンニヤ!? 教授って地理苦手? ツガンニヤは所属銀河団から違う。一週間じゃ到底着かないけど?」
「それでも構わない。行けるところまで行くだけだ。付き合うんだろう? 詳細を確認せずにハンコを押したバカは君だ」
「押してないよ」
ところで、とレイシオが言う。
「君はさっきから普通に話しているが、何か身体の不調などはないのか?」
「うん? 寝起きみたいにまだちょっと頭がくらくらするけれど……」
「そうではなくて……。気づいていないのか? 君の手」
言われて自分の掌を見る。太ももが透けて見える。
「うわーーっ!!!! 透けてる!?!? 僕やっぱり死んだ!?!?」
教授!? と叫ぶ。
「なんで!?!?」
ふいっと目を逸らすレイシオ。
「原因は……調査中だ」
「嘘だね! 僕が寝てる間に分かってんだろ! 絶対知ってる顔だそれ!!!!」
「元気だな」
「おかげさまでね!!!」
***
レイシオはちらりとスマホを確認する。
「その様子だともう立てるな? すぐ出立する」
「無茶苦茶な血圧の上げ方しやがって……」
用意してあったのか、二つある荷物の一つを渡される。
「待ってくれレイシオ。あまりに気が早い。なんだってツガンニヤに行きたいんだ?」
「時間がないんだ、口を開くな。君には一週間しかない」
「僕は別に行きたいとも思っていないんだけどな……」
「トランジットの時間があるだろう。君がまだ起きないようなら、そろそろ叩き起こそうと思っていたところだ」
「叩き……!? 起きてよかったよ」
立ち上がる。よろめいて壁に手をつく。
レイシオは何も言わず、急かすこともないが、手を貸すこともなく立っている。
「ハハ、薄情者め」
「この先長いんだ。君一人で立ってもらえないと困る」
気持ちゆっくりめに歩くレイシオの後ろを着いて行って、宇宙船に乗り込む。
しばらく後、気づかないほどの振動で宇宙船は離陸した。
客室の窓からピノコニーを見る。自分が壊したのは夢境だから違うが、この光の粒をめちゃくちゃにしたんだよな~……。
窓に映る自分は、よく見れば若干透けているかもしれないという程度。手元はそれなりに透けていてぎょっとするが、全体で見れば違和感はないかもしれない。出星審査で止められなかったし。
「名残惜しいか?」
「いや全然。人口多いなって思ってただけ」
「定住しているのは三十万人だ。ほとんどが従業員とその家族だ」
「お~! 多いのか少ないのか全然わかんないけど」
「ツガンニヤは何人だったか」
「昔は二十万人。今は知らない。人口密度は低いよ。というか、住んでいる地域と住めない地域のバラつきが大きい。銀河フィラメントと超空洞みたいにね」
「随分と居住地が少ないんだな」
「そりゃあもう! 陣取り合戦だ。そうしてパンッと泡が弾けたってわけ。もう今はどこだって人はほとんど住んでいないはず」
「そうか。僕はツガンニヤについてあまり知らないんだ。君が話してくれ。君の故郷の話が聞きたい」
「知らないのに行きたいんだ? 奇特だね」
「知らないから行きたいんだ」
「ふ~ん? そうは言っても、僕に話せることは少ないよ。学校にも行ってなかったし、早々に離れてしまったし」
「構わない。君の知っているツガンニヤの話を聞きたいんだ」
「急に振られても困るな」
窓の外に目をやる。遠ざかるピノコニーが映る。
「そうだな……。ツガンニヤは衛星を三つ持っていた。少ないよね。それぞれ○○、××、……と、なんだったかな、思い出せないけど、もう一個。公転周期がめちゃくちゃ早くてさ、一日に二度見えたりする。二つは小さいんだけど、○○が一番大きくて、かなりの楕円軌道を描いているんだ。だから、遠いときはめちゃくちゃ遠いんだけど、近いときは随分潮位が高くなった」
「潮位? ツガンニヤに海があったのか」
「ううん、湖。あまり魚は取れないんだけど、漁師はいてさ。漁に出るかどうかは○○の満ち欠けも見て決めるって言っていたかな。……そういやピノコニーって衛星を持たないんだね。珍しい」
「景観のために爆破処理したらしい」
「気が強すぎる……」
CHAPTER1:―天文―
レイシオ離席。
アベンチュリンは己の手をグーパーして眺める。半透明だな……。宇宙の方々へ出向いているから奇怪なことはいくらだって起きる。
「けど透明になったのは初めてだよ……」
感覚はあるからより奇妙だった。治るのか、これ。ただ半透明なだけだから今のところ何も支障はないけど……。というか、なんで幽霊みたいになってしまったんだ。レイシオは何も答えなかったけれど、十中八九、夢境でのイレギュラーが原因なんだろうな。
ツガンニヤは遠く離れた銀河にある。普通に宇宙船を乗り継いでいくだけではなく、跳躍も挟む必要がある距離だ。到底思い付きで行く場所ではないし、行って何がある場所でもないし、——少なくとも、一週間でツガンニヤに行くのは不可能だ。いったい彼は何を考えているんだ? 行きたいのなら、僕が捕らえられたあと一人で行けばいいだろうに。
***
は、と息が引き攣って目が覚めた。背が汗で濡れている。走った後のように呼吸が荒い。
いつ眠ったのか思い出せない。
ベッドサイドの椅子で、レイシオが座って本を読んでいる。紙の擦れる音がする。伏せられた睫毛の下で、赤い瞳が左右に動く。読むの速いな。
身体を起こす。
「起きたか。そろそろ乗り継ぎのステーションに着く。数時間しか滞在しないが。起こそうと思っていたところだ」
「ん……待ってくれ、ステーション?三日かかるって話じゃ……」
「君が三日寝ていたんだ」
「おい冗談だろ……」
ベッドから抜け出す。
レイシオはアベンチュリンが使っていた枕の上下を逆転させた。
CHAPTER2:―祝祭―
着いた星の発着場はピカピカに新しかったが、周囲は未だ発展途上のように見える。首都のはずだが、路面は舗装されていない。工業化もまだのようだ。カンパニーが無理に誘致したんだろうな。自分の組する組織ではあるが、やることが乱暴でえげつないから。
ヒョイヒョイ、と変わった音がする。
「あれは?」
「家畜を追う伝統的な笛の音だ。楽器としても使われる」
太鼓の音もする。レイシオを見上げる。
「……君は、僕が君と同タイミングでここに来た、ということを忘れていないか」
「だって君、そもそもの知識量が違うじゃないか。視野も広いし」
はあ、と溜息をついてレイシオが言う。
「七本脚の牛が生まれたらしい」
「へえ……?」
「この星では多足の動物は神からの贈り物とされている」
「へえ! 僕みたい」
「……」
「黙らないでくれよ」
「今日は、その牛を潰して神に返す日だ」
「……」
(中略)(顔が同じ人をよく見かける)(最近神からの贈り物が多いという話)
牛を見物する二人。脚が多いだけじゃなくて尾も二本ある。神性は脚の本数で決まるから誰も気にしていないようだが。
「ちなみに……どういう原理で七本脚になるんだろう」
「……分かると思うのか?」
「教授はなんでも知っているから」
「……この世の神秘……とされているものを無遠慮に暴くような真似はしたくない」
「真実を知りたがる学徒がいるっていうのに!」
「誰が学徒だ。……おそらく、この牛は脚が多いわけではないだろう」
「はあ? 少ないってことかい? でも七本あるよ」
「いいや。四本と三本だ」
「ああ、なるほど、双子なんだ……いや、双子だった、かな?」
「察しがいいな。この星は双生児が多いようだ。それは、人も、動物も。そうして何らかの理由で……片方が脚の少ない双生の牛が結合したまま誕生した、ということだ」
「何らかの理由?」
「いくつだって挙げられる、が、そうだな。……僕は、カンパニーが本気でこの星を急成長させるつもりなら……公害の知識を早急に広めるべきだと思う。以上だ」
「『最近多い』ってそういうことか……」
「だとしても七本脚は相当な確率だ。しかし、脚が三本増えるよりは現実的だ」
「星ごとに奇祭はあるが、ツガンニヤには何かあったか?」
「どうだろう……。貧しい星だからね。いつも星ごと息を切らしてるような状態だったから。こういう賑やかなことをする体力はなかったなあ。細々やるものはあったけど、大人が主体で……。ああ、でも一つ覚えてる。僕の背がヤーディヴィ四つ分を超えたからって、みんなの前で舞ったんだ。祭りっていうより儀式かな」
「ヤーディヴィ?」
「低木だよ。だいたい25センチくらいかな。食べられないよ。めちゃくちゃ酸っぱい」
四つ分だからこのくらいかな、と自分の腹のあたりを指す。
「ちいさ~! よく頑張ったな僕! 本当は五つ分のときも舞うんだけどさ、その日はこなかった」
くじみたいなものを引く。
「僕、こういうのも外さないんだよな」
苦笑しながら開くアベンチュリン。
『はずれ』
あれ?
***
は、と息が引き攣って目が覚めた。背が汗で濡れている。走った後のように呼吸が荒い。
いつ眠ったのか思い出せない。
ベッドサイドで本を捲るレイシオに言う。
「レイシオ、僕おかしいよ」
「以前から十分」
「あ?」
「透けているんだから少しくらいおかしくても我慢しろ」
「やっぱ幽霊みたくなってるせいなのかコレ!」
身体を起こし手先を見る。透けてるな~……。前より透けてないか?
アベンチュリンが使っていた枕の上下をひっくり返すレイシオ。
「寝たままの僕をどうやって宇宙船に搭乗させたんだ? 絵面、人さらいみたいになってただろ」
「手荷物として」
「ウソだろ!?!?」
レイシオにポーカーを挑む。
呆れ顔のレイシオ。
「医者として、無為に刺激を与えたくない」
「答え言ってるようなものじゃないか! コイントス、じゃんけん、なんでもいい」
コインを投げる。
「表」
レイシオの手の上で裏面を見せてコインが光っている。
「どうしよ~~~レイシオ! やっぱりこれも幽霊みたくなったせい?」
「どうもしなければいいだろう。ギャンブルをやめろ」
「そうもいかないよ」
CHAPTER3:―信仰―
アベンチュリンの幸運は、地母神の祝福の証だ。それがなくなったというのは、自分が地母神に目をかけてもらえなくなったということ。どうしよう、地母神に祝福された子が、僕なのに。そうでないならば僕はなんだ? 薄汚い恥知らず。
どうしよう、一度死んでしまったからかな。死んでないんだけど。死んだ判定入ったかな。見捨てられてしまったのか。
ざ、と血の気が引くように、いっそう透ける。
「レイシオ!」
「……落ち着け。そのことについて考えるのをやめろ。冷静になるのは得意だろう」
意識してゆっくり吸って吐く。鼓動を全て支配するように。
「そういえば今日は何日目?」
「七日目だ」
「そうか。僕、ほとんど寝ていたけれど、君と一緒にいれて楽しかったよ」
「今日中がリミットだ。まだ感謝を述べるには早い」
時計を見るアベンチュリン。
「もう終わるよ」
船から降りる。
大きなステーション。ツガンニヤに向かうのであれば、ここで跳躍する必要がある。
「ここで君と別れる。次に跳躍があるのは一週間後だ。カンパニーの者に君を引き渡す」
「了解。ツガンニヤに着いたら僕に手紙をくれると嬉しいな。……いや、僕、手紙を受け取る権利とかあるのかな。というか、幸運を失って、しかも幽霊みたいな僕ってカンパニーに価値あると思う?」
「ない」
「言うねえ!」
「だが、僕にとっては価値はある」
「はあ?」
「君、ツガンニヤに行きたくないか?」
「ええ……? 何度も言うけど、別に。まあ、君に故郷の話をして、少し懐かしくなってしまったけれど」
「行きたいのか? 行きたくないのか?」
「行けないよ。だって僕にはもう時間がない」
予定より早くカンパニーの職員が着く。アベンチュリンの手に枷をかけようとしたのをレイシオがはっ倒す。
「え!? レイシオ何してるんだ!?」
「話の途中だ。本当に一週間で戻るつもりだったのか? 奴隷根性が染みついているな。アベンチュリン。行きたいか、行きたくないのか、君の意見を述べろ」
手が震える。胸の前でぎゅっと握り締める。
「……行きたい、けど」
「ならば行こう」
その手をレイシオが掴み走り出す。
カンパニー職員を引き離し、跳躍直前の船に駆けこむ。
すぐ後ろでドアが閉まる音。どこかに掴まる間もなく跳躍。へたりこむアベンチュリン。
「バカだ……」
「次の跳躍は一週間後だ。そう簡単に追ってはこれない。ツガンニヤに向かおう」
「君、僕が行きたいって言わなかったらどうするつもりだったんだ」
「君は言った」
「賭けは僕の専売特許だぞ……。今は、ちょっと、調子が悪いみたいだけど」
窓から外を見る。ツガンニヤの属する銀河団だ。まだいくつか星に寄らなければいけないが。
「ようやく分かったよ。君がツガンニヤに行きたいんじゃなくて、僕を連れていきたいんだな。でも、どうして……? 僕が言うのもなんだけど、あそこは、きっと本当に何もないよ」
「……僕は今から大変失礼なことを言うが……」
「君が失礼なのは今に始まった話ではないよ。おい、チョークを構えるな」
「では言うが。君たちの地母神に憤っているんだ。彼女に、君の人生の責任をとってもらわないといけない」
「……」
「君の人生をこのようにした女神のことを、君は知りたいとは思わないのか」
「ええ、いや、別に……? 地母神が僕を“こう”したんじゃなくて、人間の業の凝集が今の僕だし」
「だが、君の人生を狂わせた豪運は、地母神の賜物……だと言われている」
「気を遣った言い方をするね。まわりくどく言わなくていいよ。君は地母神を進行していないんだから。その存在を否定したって僕はどうとも思わない」
「信仰する者への礼儀だ」
「……とかく、君は地母神が“何”なのか知りたいってこと? 存在を信じていないのに? 矛盾していないか?」
「正確に言うならば、暴く、だ」
「君、超人類的な存在への恨みが強めだよね。……その、僕はあまりこういうことは分からないのだけど、神って実体としているもの?」
「いい着眼点だな。星神ほどになると実体は……あるいは思念体だが、それがそれとして存在している。だが君たちの地母神は……どうだろうな。しかし、伝承があるのならばその基になった何かがあるはずだ。それが有機体であれ現象であれ、それが君たちの言うところの“神”の本質だ」
「伝承、と言うと……」
『神が三度瞳を閉じますように」
声が重なる。
「“三度”目を閉じるのはなぜだ?」
「瞳が三つあるから」
「ではなぜ瞳が三つある?」
「現在、過去、未来を見通せるように」
「それは瞳が三つあることによる効果だ。理由ではない」
「じゃあ分からない」
「僕の予想にすぎないが……三つある何かを目に例えているんだ。ではその『三つある何か』、とは何か。……僕は君の言葉でしかツガンニヤを知らないから、予想に予想を重ねるしかできないが、今まで聞いた中だと、三つの衛星の話が有力だ。星、というのも、神の目に例えるには誂え向きだ」
「へえ、じゃあ三度“閉じる”ってどういうことだろう」
「……それは僕が君に聞きたいんだがな」
「分かんないよ。ただの祈りのフレーズかと」
「予想に予想を重ねて……これはもはやナラティブだが。『衛星蝕』。周期が早い、と言っていたな。それから、二つは小さい、と。その三つが同時が同時にツガンニヤの影に入ることは……あり得ない話ではない」
***
CHAPTER-1:―■■―
悲鳴、喘鳴、涙声で繰り返される懺悔。
一向に目覚めず、アベンチュリンは悪夢に溺れていた。その指先は、実体を失ったように透けていた。
レイシオはそれを見ていることしかできなかった。いつ目覚めるのかも分からず。
アベンチュリンの賭けを見届けた星穹列車の面々は、アベンチュリンは夢境で死んだ、と言った。それは本物の死ではない、とも。
「彼は……起きたくはないのかもしれない」
彼を夢境で“殺した”女は言った。痛ましそうに、透ける指を見る。
「だが、起きなければならない、とも思っているのではないだろうか。ゆえに、生と死の狭間で彷徨っている」
「……責任の一端は僕にあるようだ」
「生を願うのは生者の特権だ。悪いことではない。……願い続けてほしい。彼は起きるだろうけれど、その半身は夢(死)に置いてきてしまうだろう。彼が再度、夢(死)に落ちてしまわないように。……あなたに責任があるのならば」
たすけて、と小さな声がした。藻掻くように手が宙を引っ掻いた。
レイシオはその手を掴む。
かえりたい、と青ざめた唇が紡ぐ。
それは、現実にか、彼の失われた故郷にか分からなかったが。
「帰ってきてくれ」
青年の手は、僅かに震えていた。
「君を、助けよう」
その震えを抑えるように、祈るように両の手で包む。
「君の幸福を願っている」
半身を彼は置いてきてしまった。
——違う、半身だけ戻ってきたのだ。生を願われたから。
残酷な世界に、されど彼が生きることを願った者として、彼を完全に“生き返らせ”なければいけない。
彼の願いを叶えよう。例え彼が覚えていなくとも。
彼が、生きたいと思えるように。冥府に攫われてしまわないように。
「君の故郷の話が聞きたい」
これは、君をこの世に繋ぎとめるための旅だ。
***