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    itara_zu

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    itara_zu

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    メモです

    君の故郷の話が聞きたい②***

     背を押されよろめいた。脚がもつれ、噴水に尻もちを着く。
     頭上からビシャビシャ降ってくる水のせいで、全身びしょ濡れになった。
     水のベールの向こうに、少年が見える。レイシオが少年の腕を後ろ手に纏めている。
    「参ったな」
     水滴が付いたサングラスを外し、立ち上がる。縁を跨いで噴水を出た。
    「僕が憎いんなら一番最初に刺せばいいのに。惜しいことをしたね。僕に出会えたのは相当ラッキーだったと思うけど、チャンスを逃すやつはいつだって上手いこといかない」
    「うるさい! お前のせいで」
    「家族がめちゃくちゃになった? 借金を負った? 君の人生が台無しになった? それとも全部かな」
     少年は憎悪の籠った目でアベンチュリンを睨む。
     レイシオはつまらなそうにしている。
    「……悪かったね。本当にそう思うよ。でも、僕も仕事だったんだ。……だけど、君の気持はよ~~~く分かるよ! 僕だって大きなものに人生をぐちゃぐちゃにされた側だから。僕が憎い、殺したくてたまらないってね! そうだ、少年、賭けをしよう。君が勝ったら、僕のことを一発刺していい。腹でも、心臓でも、好きなところを。僕が勝ったら、もう二度と僕には関わらないで。君は君の人生を歩むんだ。悪くないだろう」
     少年はゆっくり頷く。顔が引き攣っている。
    「交渉成……(Dea…)」
    「待てギャンブラー」
    「もがもが」
     少年の手を放したレイシオがアベンチュリンの口を塞ぐ。
    「君、何のつもりだ……」
     アベンチュリンがレイシオの腕をペシペシ叩く。レイシオが口を覆っていた手を放す。
    「君こそ何のつもり?」
    「本当に君はこの勝負に勝算があると? 君が幸運なのは、たしかにそうだったろうが、君はそれ以上に用意周到だった。99パーセント負けない土壌を作って、1パーセント賭けているにすぎなかった。だから勝ち続けられたんだ」
    「だから何?」
    「君はあの少年を殺人者にするつもりか」
    「……。でも僕は負けない」
    「こんなに震えているのに? カードも持てないような手で、どう賭けてどう勝つんだ」
    「……」
    「何を生き急いでいるんだ」


     ベッドに丸まる。ブランケットを肩の上まで引き上げた。クシュン、とくしゃみが出る。
     アベンチュリンの口に突っ込んでいた体温計を引き抜いたレイシオは「風邪だな、普通に」と言った。
    「何か食べたいものは」
    「何もない……」
     ひどい鼻声。少し耳も遠いように思う。
    「胃に何でもいいから入れないと薬を飲ませられないんだ」
    「じゃあ、姉さんの作ったスープ」

     CHAPTER4:―料理―

    「……」
     レイシオは黙り込んだ。
    「ごめん、忘れて。子供っぽいワガママ言った」
    「……冗談、と言うなら無視するところだったが、我儘なら仕方ない。君の姉のスープのレシピを言え。作ってやる」
     ガバッと起き上がるアベンチュリン。
    「作ってくれるの!? ってか君、料理できんの!?」
    「寝てろ!!!」
    「いっった!!」
     指の関節で額を突かれたアベンチュリンはベッドに沈んだ。
     額を撫でながら言う。
    「えっとね……水」
    「ああ」
    「豆……なくてもいい」
    「何豆だ」
    「知らない。そこにあるもの」
    「……それから?」
    「草」
    「……草?」
    「これも、そこにある適当な草だよ。ないこともある」
    「……で?」
    「塩、以上」
    「以上!?」
    「声でっか。貧しい星はこんなものだよ。豆があるのは相当豪華な食事だ」
    「味はどうなんだ、それは」
    「むしろこの材料から美味しいものを作れると思う? 君風に言うのなら『料理は栄養の摂取形態の一つにすぎない』」
    「僕はそんなことは言わないが」
     作ってやる。
     その間にアベンチュリンはとろとろと寝ている。
     出来上がったスープを口に運ぶアベンチュリン。
    「……冷ましてくれたんだ」
    「当然だ。君は起きるのも辛そうだった。口はよく回っていたが」
     ぼたぼたと涙が出る。
     姉もそうだった。かわいいカカワーシャが火傷しないようにね、と念入りに。甘ったれな弟を、そのまま甘やかす人だった。
    「どうした」
     鼻を啜って、あはは、と笑うアベンチュリン。
    「まずい~~~!」
     溜息をつくレイシオ。
    「姉のスープとは似ているか」
    「全然似てない! ベクトルの違うまずさだ」
    「だろうな」
    「ツガンニヤに着いたらそこのもので僕が作ってあげるよ」
    「まずいんだろう」
    「まずいけども!」

    ***

     内戦中の星に降り立つ。
    「ここを介さないとツガンニヤに行けないなんて終わってるね」
    「乗り換え便までさほど時間がない。今回は外に出ないほうがいいな」
    「時間がない? 六システム時間あるだろ。君、いつもなら『見分を広めるべきだ』だの『無教養を正せ』だの言って外に放るくせに」
    「この星はあまり君に見せるべきではないし、……見るとつらいだろう」
    「へえ、そんな感性あるんだ。でも見るよ。見るべきだろう、僕は」
     よく似た民族aとbが争っている。ポート周辺は安全地帯になっている。武装禁止。
     aの女の子が周辺地域の案内を買って出る。
    「お兄さん、透明だね!? 大丈夫?」
    「あー、大丈夫大丈夫、そういう種族」
     崩れた家々を通りすぎる。あそこが学校でした。あそこに博物館がありました、全部燃やされました。教え込まれたような硬い口調で少女が言う。
    「あの、大きな穴が空いてるのが私の家でした。お隣が、逆賊の家でした」
    「逆賊?」
    「b人のこと」
    「……でも君たちはお隣に住んでいたんだ?」
    「戦争が始まる前の話だよ」
    「戦争が始まるまでは、お隣さんと仲はよかった?」
    「うん。一緒に晩御飯食べたり。でも、全部b人の謀略だった! b人は裏切り者の蛇だから、私たちの善意を食い物にしたの」
    「……それは、本当の話? b人と関わる中で、君がそう思ったの?」
    「お父さんとか先生とかが言ってた。だから、本当だよ」
    「……なるほどね」

    CHAPTER5:―歴史―

     発着場に戻る。
    「レイシオ、君の言っていた意味がよ~く分かったよ。戦場を見るのは平気だけれど、“これ”はずっとしんどいね」
    「まだ時間はある」
    レイシオがガラスの向こうの外を指す。
    「b人の子供もお前を“洗脳”したそうだが」
    「直接的な物言いをするねレイシオ!」
     ガラス越しに手を振って断る。
     レイシオに尋ねる。
    「僕に一切の遠慮をせずに教えてほしい。聞きたいことがあるんだ」
    「ああ、聞こう」
    「カティカ人は残忍で、人を食う野蛮な民族だ」
    「……」
    「エヴィキン人は、狡猾で盗人で、負け犬で、容姿しか取り柄のない宇宙の恥晒し。落伍者だ」
    「……」
    「……と、言われているが、そんなことはない。だって、僕がその証明だ。自分のことはよく分かっている。僕はロクでもない気の狂ったギャンブラーかもしれないが、少なくとも、民族ひっくるめて誹りを受ける謂れはない。……それで、レイシオ」
     胸の布地をぐっと握り締める手が、透けている。息を吸って、吐く。声が震えている。レイシオの赤い瞳を睨むように、縋るように見た。
    「カティカ人は、本当に、残忍で人を食う野蛮な民族なんだろうか」
     レイシオの瞳は冷たい。いつも通り。滾々と湧き出る冷水のようで、その冷たさが好きだった。
    「知りたいのか」
    「知りたくない。けど、知らなきゃいけないだろう、僕は」
    「……答えはNOだ。カティカ人はエヴィキン人より体格がよく、武器の扱いに長けている。肉食文化だからだ。君たち、菜食中心のエヴィキン人とは違って。人を食う、というのは誤解だ。彼らの埋葬儀式に、遺体の上に鹿肉を並べ、それを食う、というものがある。鹿肉を死者の肉体と見做し、それを食べることで、死者の魂を自分たちの道行に連れて行く、置いていかない、という意図があるものだ。その様が、本当に人の肉を食べていると誤解され広まったに過ぎない。……と、理解されている」
    「……」
    「僕はエヴィキン人にもカティカ人にも特別な思い入れはないが」
    「ウソだろ、君の隣にいる素敵なビジネスパートナーはエヴィキン人の生き残りだぞ」
    「本当だ。……特別な思い入れはない。ゆえに、どちらが悪とも、どちらが善とも言わない。そこに正義なんてものがあったのかも言わない。ただ僕が言えることは、彼らは対立し、エヴィキン人(片方)は滅び……カティカ人(もう片方)も、カンパニーの手で壊滅状態になり、自然消滅する人数しか生き残っていない、ということだ」
    「キツいな……」
     自分を抱きしめるように身を丸める。カティカ人が残忍で、自分とは完全に別種だったらよかったのに。
     母を殺したのはカティカ人だ。
     姉を殺したのはカティカ人だ。
     同胞を殺したのはカティカ人だ。
     それは真実だ。
     真実なのは、それだけだ。
     皆が死んでいるせいで、どちらに錦の御旗があったか答えられる者はいない。そんな旗があったのかすら。きっとなかったんだろうな。
    「……ところでツガンニヤに詳しいね、レイシオ」
    「……」
    「聡明なバカめ。僕がツガンニヤの話する必要あったかな」
    「それでも、君の話を聞きたいんだ」

    ***
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