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    mya_kon

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    熱が出た三井の看病をする鉄男と、その熱が移された鉄男の看病をする三井の話です。なかよぴ

    #鉄三

    リンゴつったらウサギだろ 帰れと言ってもヤダの一点張りで鉄男の布団を占拠していた三井がのそりと起き上がった。バイクの雑誌をめくっていた鉄男はそれに気づいたが放っておく。病人の看病のやり方なんて分からない。殴り殴られ蹴り蹴られのケンカでできた怪我の手当てなら多少は知識があるとはいえ、熱が出て咳が止まらない場合は寝る以外の方法が思い浮かばない。
     市販の解熱剤や咳止め薬の存在は知っているが鉄男の家にそういう備えはないし、もっと言えば体温計もないので三井の体温が今どれぐらいなのかはっきりしない。もしかしたら三井の仮病かもしれないが、何もなくても鉄男の家に上がり込み、くつろぎ、騒いだり騒がなかったりする男がわざわざそんな嘘をつく理由が分からないので本当に熱が出て体がつらいのだろうと思う。
    「てつぅ……」
    「んだよ」
     ふにゃふにゃの声で鉄男の名前を呼んだ三井の方に目だけ向ける。上半身を起こした三井の額から濡れたタオルが落ちた。
    「リンゴ食いたいぃ」
    「は?」
    「リンゴ……けほ。オレ、熱出たらリンゴと雑炊食うの……」
     説明が足りない三井の方へ首を回せば、けほけほと咳を繰り返す。熱が出たら食欲がなくなるもんだろ、と鉄男は言いたかったが、三井に鉄男の常識は通用しない。そうやって「は?」を繰り返しながら受け入れるか突っぱねるかしかない。
     腹減ったんなら自分で用意しろよ、と鉄男は思う。うるうるとした目で見てきても無駄だ。この家にリンゴはない。米は炊けばあるが、卵もない。そもそも雑炊じゃなくておかゆじゃねぇのか? とも思ったが、もしかしたらおかゆは味がしなくてヤダと家で駄々をこねていたのかもしれない。鉄男は黙ったまま三井を見続けた。
    「鉄男ぉ……」
     布団の隣に座っていたのは失敗だったか、と鉄男は今更ながらに思った。定位置がそこだから座っていただけだが、こうも簡単に甘えられることを予想していなかった。三井が手を伸ばして鉄男のシャツの裾を掴んだ。くいくいと引っ張られても鉄男は反応をしない。
     甘えられても無いものは無いし、無いのなら作ることもできない。そもそも病人の横でタバコを吸う男に何を期待しているのか。
     うう、と小さく唸った三井が体を伸ばす。床に置いていた鉄男の小指に自身の人差し指を絡ませた。鉄男は視線を一度落としてからもう一度三井を見やる。相変わらず三井の瞳は潤んでいるし、けほけほと小さな咳を繰り返している。
     お互い黙ったまま目を逸らさない。先に折れるのは三井か鉄男か。



     「今度はオレが看病するぞ!」
     と嬉しそうな三井を見ながら、鉄男は「帰れ」と短く返した。起き上がる気力がないので、三井の首根っこを掴んで引きずって追い出すこともできない。ニコニコと嬉しそうに笑う三井は、鉄男の言葉を無視してスーパーの袋からリンゴを出した。
    「昨日は鉄男に剥いてもらったからな」
     今日はオレがウサギにするぜ、と息巻いているが、正直やめてほしい。食欲はないし、リンゴはそんなに好きでもない。それに三井が包丁を使うところはハラハラするので見たくないし、危ないところを止めることも出来ないのでヒヤヒヤするだけだ。
     熱が出ているので全身がだるいし、関節と頭と喉が痛い上に咳も鼻水も止まらない。静かに寝ていたいのに横で三井がぎゃあぎゃあと騒ぐ。せめて台所に行ってくれればいいのに、どうして鉄男の横で始めるのか。昨日の熱は何だったんだ。普段からあれぐらい静かであればいいのに、と思うがどうにもならない。三井は風邪を鉄男に移す形で元気になった。
     そして元気になった三井は嬉しそうに包丁を握る。見てろよ、と言うが、見たくないので鉄男は目を瞑る。
    「えー、怖。これでいいのか? ウサギ? はあ? 耳? だよな? え? あれってどうやんだ?」
     作り方も分からずに昨日は「リンゴはウサギの形に切ってほしい」とごねたのかと思うとため息しか出ない。ウサギの作り方が分からず、嫌になって投げ出してほしいのに三井は「あー? お! あ! これいい感じじゃね?」なんて嬉しそうな声を出している。
     見ない見ないと心の中で念じていたら布団越しに体を揺さぶられた。
    「鉄男! ウサギ! 見ろ!」
     そこは見ろじゃなくて食えだろ、と思いながら、ぐわんぐわんと世界を回され続けるのは不快なので鉄男は目を開ける。あまりにも目の前にあったリンゴのウサギは、ピントが合わずにぼやけていた。
    「へへ、オレの初めてウサギは鉄男にやるからな〜」
     皮を剥いたときに実もかなり持っていったのだろう。昨日鉄男が剥いたときよりもひと回りふた回りほど小さいウサギは、カクカクしていてお世辞にも可愛い見た目になっていない。
     そのまま口の中にねじ込まれるのかと思えば、三井はウサギを皿に乗せる。鉄男はのそりと起き上がり、テーブルの上のリンゴに目をやった。
     八等分されたリンゴのうちウサギの形になっているのは一つだけで、他のものは芯が切られているだけだったり、全部の皮が剥けていたり、半分剥いたところで止まっていたりした。ウサギが作れるとしたらあと二羽が限界だろう。
     ボリボリと腹を掻く。ちらっと三井に目を向けると、まだ皮がしっかりついているリンゴを持っていた。ざっと見た感じ、三井は指を切っていないようだ。確かに「痛い」とは騒いでいなかったもんな。とはいえこれから切らない保証はないが。
     頭を掻きながら窓の外に視線を動かした。とてもよく晴れていて、こんな日は外でビールを飲んだら気持ちいいんだろうな、と考える。もう一度三井の手元を見れば、どう包丁を入れようか悩んでいるようだった。今作れたウサギは奇跡の一羽だったのか。
    「先に、切り込みを入れる」
    「切り込み?」
     パッと顔を上げた三井の目が輝いた。
     さらりと前髪が揺れる。いつの間に風呂入ったんだか、と思いながら鉄男はリンゴの上で指を滑らせた。
    「耳を作るのに、斜めに」
    「斜め……」
     言いながら三井が包丁の先をリンゴに差し込もうとしたので、鉄男は「待て待て待て」と思わず止めに入った。
    「一回やるから」
     見てろ、と三井の手からリンゴと包丁を取り上げる。サクサクッとリンゴに切り込みを入れて、皮を剥く。ものの数秒で一羽のウサギが出来上がった。
    「おー! やっぱ鉄男すげぇな!」
     嬉しそうに笑った三井は出来立てのウサギを持った鉄男の手を掴む。そのまま自分の口に持っていき、シャクっと半分食べた。
    「うま」
     笑う三井に鉄男は目を細めた。お前が食うのかよ、というツッコミは心の中で終わらせて、鉄男は残りの半分を食べる。昨日も思ったが、ウサギの形をしていようがいなかろうが、リンゴはリンゴだしリンゴの味でしかない。
    「よし、次はオレな!」
     包丁を受け取った三井を見ながら、鉄男は皿の上のウサギに手を伸ばした。見たくはないが、見ていないと怖い。見ていても怖いのに見ていないと怖いというのはひどい話だと思う。こんなことになるならもう少し普段から包丁を扱わせればよかった。
     いや、そもそも家に出入りさせなければよかった。
     そう思うのに、どうしても三井の「うまいだろ?」と嬉しそうな顔を見ればどうでもよくなってしまう。
    「うまいうまい」
     シャクシャクと音を立ててカクカクのウサギを食べる。さっき食べたリンゴと何一つ変わらない味がするはずなのに、どうしてだか三井が作ったウサギの方がおいしく感じてしまった。リンゴはリンゴで、形が変わろうが誰が切ろうが味は変わらないはずなのに。
    「寝るわ」
    「え! もう一個できるから! これも食えよぉ」
    「じゃあさっさと作れ」
     ついでに薬でも飲むか、と立ち上がる。ふらふらと台所に向かえば、流しの横に紙切れが置かれているのを見つけた。よく見れば「ネギ、卵、ほうれん草、うどん、おかゆ」と筆圧高めの震える字で書かれている。紙切れをひっくり返すと、どこかのチラシの一部らしい。もう一度メモの内容を見る。
     冷蔵庫の中を確認すると、メモされているおかゆ以外が入っていた。三井の書き文字を見た記憶はないが、あの書き文字は恐らく三井のものではない。どっかで誰かを捕まえて、風邪にいい食べ物を聞いたのだろう。そしてそれを口頭で伝えるだけではなく、メモに書いて渡してくれる親切な人を捕まえたのだろう。
     振り返ってウサギを作る三井の背中を見る。
     なんでうちにいんのかね。
     コップに水を注ぎながら考えるが、そんな短時間で答えが出ることはない。本人に聞いたところで「なんでだろうな?」と笑うだけだ。初めからコイツに理由はない。半分ほど水を飲んで、また満杯に注ぐ。
    「鉄男! ウサギ!」
    「おー」
     隣に座れば三井が嬉しそうにリンゴのウサギを跳ねるように動かす。
     あ、と口を開けたら「ほれ」とウサギが飛び込んできた。
    「やっぱ風邪のときはリンゴのウサギなんだって」
     へへ、と嬉しそうな三井を見ながらリンゴを咀嚼する。その感覚は全く分からないが、三井がそう言うなら三井の中ではそうなのだろう。誰かに書いてもらったメモには載っていなかったリンゴが、三井の中では一番風邪に効くらしい。
     結局残りのリンゴも全部食べてから、昨日買ってきた風邪薬を飲んで寝た。
     昼過ぎに目が覚めたとき、頭を撫でられている感覚がしたが気のせいだったのかもしれない。ボリュームの下げられたテレビの音と、押し殺した三井の笑い声が聞こえてきたのが妙に安心して、すぐに意識が飛んだ。看病されるのはこういう感じなんだな、と鉄男は思った。


    「そういや人の看病って初めてやった」
    「ほーん」
    「具合悪くなったらすぐ言えよ? またオレがやってやるから」
    「いらん」
    「そう言うなよ〜! な? リンゴでウサギも作るし」
    「いらねぇって」
    「でもやっぱおかゆって味しないよな。雑炊の方が絶対うまい」
    「……」
    「なー、ホットカーペットとかストーブとか、なんか暖かくなるやつ買おうぜ? やっぱさみぃよ、この部屋」
    「じゃあ帰れ」
    「や! だ!」
    「じゃあ文句言うな」
    「ちぇー。別にいいし、鉄男で暖まるから」
    「ウ、お前」
    「へへ、鉄男の腹あったけ〜」
    「追い出すぞ」
    「いいだろ〜、ついでに足もよろしく」
    「てめ」
    「病み上がりなんだから暴れんなよ?」
    「じゃあ病み上がりに優しくしろ」
    「んー? へへへ」
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