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    kyosukekisaragi

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    kyosukekisaragi

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    ワンライお題『冬休み』

    虎穴虎子。虎穴に入らずんば、虎子を得ず。――敢えて危険を冒さなければ、望むものを手に入れることが出来ないという意。
    二年生になって初めて訪れた冬休みを過ごすことになった虎杖くんと、人知れず一世一代の賭けに出る伏黒くんの話。

    #虎伏
    ItaFushi

    虎穴に入らずんば。 万年人手不足の呪術界において、世間一般的な休みという概念はあまり通用しない。それは高専においても同じことで、大体クリスマスイブ辺りから始まる筈の普通の高校生が楽しむ冬休みというものは存在しなかった。クリスマスイブも、クリスマスも、呪霊狩り。一年生の時は最早それどころではなかったので何も考えなかったし、何とか迎えた二年目の呪術師の冬は前述の通りである。ちょっと悲し過ぎるが、まあそういうものだと割り切るしかないし、仲間もいたので虎杖としては構わなかった。
     しかし、冬休みはなくても、大晦日から三箇日にかけての年末年始に限っては、高専関係者は休みがあると知ったのは、十二月三十日、五条が気まぐれで開いた二、三年生合同LHRの場だった。
    「うっそ! 先生冬休みないって言ってたじゃん!」
    「言ったけど、年末年始の休みがないとは言ってないよ」
    「屁理屈!」
     ぱっと左右の二人を見れば、伏黒も釘崎も知っていたと言う。後ろにいた先輩方の反応も同じく。
     どうやら当たり前の共通認識過ぎて、話題にも出なかったらしい。あと単純に、師走という名の通り、忙し過ぎてそんな話をする暇もなかったというのもある。
    「なんだ、四日も休みあるんだ! 滅茶苦茶良いじゃん! 皆でどっか行こうよ」
     わくわくして虎杖が言うと、釘崎が肩を竦めた。
    「私三日まで帰省するの。親戚の集まりにこき使われるだけだからめちゃくちゃ帰りたくないけど、年末年始帰るって約束で東京出てるし」
    「え! まじか」
     聞けば、先輩方も同じような感じらしい。狗巻はパンダを連れて帰省とのことだし、実家嫌いの真希ですら、やはり生き残った御三家の面々の集まりは避けられないということだった。三年生と釘崎の違いは、三年生組は一月二日には高専に戻って来るということくらいだった。
    「伏黒は?」
     虎杖が寂しい気持ちになって尋ねると、
    「埼玉の家掃除しに行くつもりだった」
     なんて返される。それもそうだ。伏黒がかつて姉弟で住んでいたアパートをまだ借り続けているという話は、一年生の時の八十八橋の一件直後に聞いていた。
     ――そうだよな、皆帰る家があるんだ。
     すっかり落ち込みかけたところで、伏黒が首を傾げた。
    「もしお前が良かったら……掃除手伝ってくれるか?」



     翌日、二時間以上電車を乗り継いで、虎杖は伏黒と共に、埼玉県の伏黒姉弟がかつて住んでいたというアパートに来ていた。
     伏黒には掃除の手伝いを頼まれたものの、実際アパートには物がなかった。掃除機をかけて、拭き掃除、それとエアコンの整備。そもそも1LDKだからやることも少ない。
     二人で掃除すれば一時間半程度であっさり終わり、どちらともなしに畳の上で二人で大の字になった。暫くごろごろしていたが、ふと若干震えている伏黒が視界の端に映る。エアコンの効きが悪いのだ。虎杖はす、と距離を詰めて、伏黒の身体に引っ付いた。
    「おい、虎杖」
    「どう? これで少し寒くない?」
    「――暖かい」
     些か納得行ってないのを滲ませつつも、伏黒は大人しく受け入れてくれる。虎杖は伏黒のこういうところが好きだなと頰を緩ませた。
    「――皆実家に帰るって言うからさ。俺、皆には帰るところがあるんだ、って少し思っちゃったんだよね」
     大したことないと思って生徒の誰にも言わないでいたことを、虎杖は打ち明けた。
     秘匿死刑が決まって自分の身が高専預かりになってから、実家は上層部の監視下に置かれていること。虎杖が実家に帰るには、許可を取らなければならないこと。監視下に置かれた家はすっかり整頓されているので、そこまでして帰る必要性も無くなってしまったこと。要は、虎杖が十五年暮らした生家は、もう虎杖の実家とは言いがたい別の建物になってしまったのである。
    「伏黒って優しいよね」
     天井を見上げたまま、虎杖は言った。
    「俺、爺ちゃんも死んじゃってるし。俺が感傷的になってるの気付いて、誘ってくれたんでしょ……ありがとね」
     伏黒は黙っている。特に返事を期待していた訳じゃないので、虎杖も御礼を言えて満足していた。しかし、たっぷり間を置いた後、伏黒が口を開いた。
    「俺は、津美紀が目覚めるまでこの部屋を守らなきゃなんねえ」
     死滅回游の後、伏黒の義姉は目が覚めたり眠りに落ちたりを繰り返している。無理矢理植え付けられた呪力に、身体が対応し切れていないのだ。目が覚めても、殆ど夢現。まだまだ普通の生活に戻れるとは言い難い状況であるのを、虎杖も知っていた。
     伏黒は続けた。
    「だから、誰も待っていなくても此処に帰って来るけど」
    「うん」
    「――お前は、俺の所に帰って来れば良いだろ。帰る場所がないとか、言うなよ」
     しんと深い森のような翡翠を向けられた。静かで切なさを孕んだ眼差しに、虎杖の胸がきゅうと締め付けられる。何だか無性に泣きたくなったのを堪えて、虎杖は笑みを浮かべた。
    「そっか。そしたら俺も伏黒も、一人ぼっちじゃないもんね」



    「折角なんだし、伏黒の地元案内してよ!」
     帰る場所を示してくれた伏黒の気持ちが、泣きたい程嬉しかった。自分が引き起こしたあれこれを許されたような気になって、まだ皆の側にいて良いのだと生を実感する。それで、妙なテンションになってしまったのだ。伏黒に、突拍子もないことをお願いしてみたのである。
    「何もねえぞ。ベッドタウンだし」
     伏黒は虎杖の唐突な我が儘に冷めた返しをしたし、虎杖も伏黒がそういうことをしてくれるノリを持っていないことを把握している。だから、この話は流れると思っていたのだが。
     伏黒は起き上がってコートを羽織り出した。虎杖にもコートを着るように促して来る。
     もうアパートを出て寮に帰るのだろうか。そんな風に考えつつ、伏黒と玄関を出る。錆びついた金属製の階段を降りて向かった先は、アパートの駐輪場。
     伏黒が年季の入った青い自転車に空気を入れて、首を傾げた。
    「行くか」
    「え、うん……何処に?」
     驚いた。伏黒は本当に虎杖のお願いを聞いてくれるつもりだったらしい。
    「内緒だ。どうせお前知らないと思う」
     内緒だ、と微笑む伏黒の顔が妙に艶やかで。虎杖はすぐに行き先などどうでもよくなってしまったのだった。
     ニケツの旅は、快適なスピードで始まった。荷台に腰掛けた伏黒が、自転車を漕ぐ虎杖の背中にくっついて、裏道を案内してくれる。
     右、左、そこ真っ直ぐ。
     時折肩越しに顔を覗かせて囁く伏黒。跳ねた黒髪が悪戯に虎杖の頬を撫でる。
     虎杖は中学校時代を想起した。何回か同級生とニケツしたことがあった。しかし、後ろに伏黒が乗っているというのは、それらのどの記憶とも全く異なっている。
     冬の空気は冷たく、刺すように痛い。ハンドルを握る手が凍りそうな筈なのに、自身の腹辺りに回された伏黒の生白い手からじわじわと熱が生まれて来る。特別感があって、何処までも行けそうな、不思議な心地だった。
     人気のない道は二人乗り、大通りでは案内役の筈の伏黒が自転車を漕いで、虎杖が何故かその前を走るという形で進む。道路交通法を時折破りつつも、二人は三十分程かけてとある神社に着いた。
    「此処有名な所?」
    「分かんねえ。でも脱兎がいる。お前に見せたい」 
    「待って、どういうこと?」
     答えはすぐ分かった。駐車場に自転車を停めて鳥居のない神社の敷地に入ると、一直線上で向かい合う二匹の兎の石像に出迎えられたからだった。
    「な、脱兎だろ。此処のは狛犬じゃなくて狛兎なんだ。可愛いだろ」
     少し得意げに伏黒が微笑む。成る程確かに狛犬が本来あるであろう位置に鎮座する一対の兎の像。
     虎杖はそれらにすっかり興味を持ったふりをして見せたが、横目では伏黒を追ってしまう。ペットを自慢する飼い主のようなことを言う、隣人にして戦友であるクラスメイトが可愛かったのだ。
     調神社、と書いて「つきじんじゃ」と読ませるその神社。響きにあやかって月待信仰と結び付き、月の使いとされる兎を守り神としているらしい。狛兎だけでなく、手水舎や池等にも兎の像が置かれていて珍しかった。
     境内の兎を何方がより多く見つけられるかという子供じみた勝負を伏黒にふっかけ、まあまあ本気で互いに兎探しをする。結果は、普通に虎杖が負けた。
    「まあ、俺何回も来たことあるし」
     一通り虎杖が悔しがった後で、伏黒が噴き出す。それもそうだと虎杖も釣られて笑ってしまった。
     ツキと掛けて勝負事に強いというその神社で、大晦日のお詣り紛いのことを済ませた。陽が傾き始めた街をアパート目指して再び自転車で駆け抜ける。背中に寄せられた人の体温は心地好く、伏黒が途中で漕ぐのを交代しようかと申し出てくれたが断った。このままの距離感が、何だか尊くて良かったのだ。



     夜は駅前の蕎麦屋に寄って、年越し蕎麦を啜った。高専に戻る予定だったのを頼み込んで、伏黒のアパートにそのまま泊まることを許してもらった。
     奇跡的に、昼間干した布団が二組。聞けば、伏黒のと五条のものだという。津美紀が入院してからは伏黒は約一年弱一人暮らしをしていて、ごく偶に顔を見せに来る後見人用に布団があったらしい。てっきり伏黒姉弟のものだと思って取り込んだ布団を前に、虎杖は何だか胸につっかえを覚えたが、理由はよく分からなかった。
    「伏黒……? 寝れないの?」
     消灯後。室内の頼りは月明かりだけになって暫くした頃。虎杖は小さな声で隣の布団の主を呼びかけた。上手く寝付けないのか、随分と寝返りを打っているようだったのだ。
     ややあって、
    「悪い。うるさかったか」
     と決まり悪そうなくぐもった声が返って来る。よく見ると、伏黒は目から下まですっぽりと布団を被っていた。蓑虫状態になっている伏黒は、ため息混じりに宣言した。
    「次来た時、絶対エアコン買い替える」
    「寒くて眠れない感じ?」
    「そんなところ。昔は気になんなかったけど、随分薄い布団で寝てたんだな」
     寮の布団、暖かいから。
     伏黒がそう呟く。
    「身体がそっちに慣れちゃったんだ」
     伏黒の部屋の羽毛布団を思い浮かべて、虎杖は口角を上げた。ほわほわの分厚い羽毛布団。寒がりな伏黒の為に、誕生日プレゼントとして虎杖が贈ったものだった。伏黒があれにくるまっている姿は大変に微笑ましかったのを思い出す。一週間ですっかり羽毛布団の暖かさに伏黒の身体が慣れてしまったということに、気を良くした。
    「今年は大寒波らしいし、はい」
     虎杖は自分の布団を伏黒の布団の上に重ねてやった。
    「あ、馬鹿。それだとお前が風邪引く」
     慌てたように伏黒が身を起こそうとする。虎杖はそれを制止すべく、布団の上から伏黒の身体を押さえつけた。
    「俺身体丈夫だし大丈夫よ。此処泊まってみたい言ったの俺だしね……」
     此処に帰れる場所があるのだと、確かめたかった。愛情に飢えた子のような行動をしてしまったことを反省したのだが、布団から鼻から上を覗かせた伏黒と目が合い、虎杖は言葉を切った。翡翠の双眼が、上目遣いで此方を見ている。途端に何だか無体を強いている気になって、虎杖は取り繕った。
    「あ、ほら! 俺はコートでもかけて寝るし」
     馬乗りになっていた自分の身体を、伏黒から退けようとする。しかし、伏黒に手を引かれて止められた。
    「虎杖、隣入れ」
    「へ?」
    「二人で入れば、お前も風邪引かないで済むだろ」
     さも当然という顔で、布団を持ち上げられる。さっさとしろという視線の圧力に怯む。
     伏黒のパーソナルスペースは時々難しい。初対面の時大分広かった筈だが、一緒に過ごすうちにどんどん狭くなって来た。それは警戒心旺盛だった野良猫が懐いてくれるような感覚で、嬉しくなかったかと言われると嘘になる。しかし、流石に十五歳の男二人で一つの布団に入るというのはどうなのか。伏黒は気を許した相手には誰でもこうだとしたら、物申したい気持ちが芽生えて来る。
     虎杖が躊躇っていると、
    「――嫌なら、仕方ねえけど」
     少し悲しそうに伏黒が此方に背を向けてしまう。そうなると、もう虎杖は伏黒の布団の中に滑り込ませて頂くしかなかったのだった。
     ――やっぱ近い。伏黒何とも思わんの?
     温かさに呼応するように、早くなる胸の鼓動。虎杖は内心この音が聞かれやしないかと心配しつつ、問うた。
    「どう? 嫌じゃない……?」
    「嫌じゃない。あったかい」
     満足げに伏黒がゆるりと目を細める。その無防備さに、虎杖も先刻の杞憂など吹っ飛んでしまった。
     程なくして、すよすよと伏黒が寝息を立て始めた。別々の布団にいた時眠れなさそうにしていたのに、虎杖の熱を与えた途端安心しきったように寝落ちてしまったらしい。
     ――ずっと伏黒が俺の隣にいてくれたら良いな。
     子供のような寝顔を見つめながら、そう思った。




     元旦。段々と乗客が減って行く中央線に揺られて、虎杖は夢現にあった。昨晩結局あまり寝付けなかったのは、自分の方だったのである。同じシャンプーを使っている筈なのに何だか隣から良い匂いがするし、同級生の近さだとか、無意識に暖を取ろうと素足をくっつけてくる感じだとか、月明かりに照らされた顔の美しさだとかがやたら気になってしまったのだ。
    「先輩方は二日の昼過ぎには戻って来るらしい。二日の夜皆で鍋しようって」
     スマートフォンに目を落としていた伏黒の発した言葉に、
    「あ……うん、分かった」
     ワンテンポ遅れて反応する。まだ覚醒し切らない頭で、今日いっぱいで伏黒と二人きりの年末年始も終わってしまうのだと急に寂しくなった。
    「伏黒との冬休みがもう終わっちゃうの、何だか寂しい」
    「部屋掃除して神社行っただけだろ」
    「えー、でも特別感あって俺は良かったな」
     あまりにクールな返答に、口をへの字に曲げると。
    「――俺も楽しかった」
     耳を澄ませていないと聞こえないような呟きが横からする。思わず、まじまじと其方を窺ってしまった。
     俯く伏黒の、少し赤らんだ横顔と伏せられた睫毛の震え。同じ気持ちだったのだと、確信した。クールな親友の胸の内に触れてすっかり嬉しくなった虎杖は、伏黒の頬に触れて微笑んだ。
    「じゃあさ、今夜は伏黒と過ごす最後の冬休みだし……今度は俺の部屋泊まりに来る?」



     朝も昼も普通の食事をしたので、夕飯はお正月らしく。寮に戻る前にスーパーで買い出しをして、虎杖は伏黒と簡単におせちを作った。
     白だしベースのお雑煮に栗きんとん、蒲鉾の飾り切り、松風焼き。おせちを祖父以外の人間に振る舞うのは初めてで、ましてや誰かと作るのも初めてである。伏黒はよく初めてを与えてくれるな等と、ふと気付かされた。
     二人でクリスマスが過ぎて割引になっていた子供用のシャンメリーで乾杯し、正月料理を食べるというのはちぐはぐで楽しかった。映画を観て、その内容にちょっと触発されて夜の外に出て星を見上げたりして――伏黒は星に詳しかった。義姉が好きだったと言う――、穏やかな時間が過ぎて行く。
     自分一人ぼっちの冬休みかもしれない。そう思って感傷的になっていたのが嘘みたいだ。伏黒との二人きりの冬休みは、いたく充実していた。
    「真希さん、早くこっちに帰って来たそうだな」
     日付が変わった頃、もう後は寝るだけという段階になって。
     電源を落としたコタツにまだいた伏黒が、不意に苦笑混じりに声を漏らした。豆電球なだけの薄明かりの中で、スマートフォンの光に伏黒の顔がぼんやりと浮かび上がっている。ベッドの中で伏黒が入って来るのを今か今かと待っていた虎杖は、急に出て来た他人の名前に、むっと眉を顰めた。
    「伏黒ー、だったらそろそろ寝た方が良いんじゃない?」
     軽口を吐きつつ、空けている空間をぽすぽすと叩く。余裕のある振りをしていても、早く隣に温もりが欲しかった。
     ――伏黒って結構先輩たちともまめに連絡とるんだよね。釘崎とも時々二人で出かけてるみたいだし。
     伏黒は二年生の中で、高専に最初に入学を果たしている。正真正銘、真希たちにとって初めての後輩になったのが、彼なのだ。そもそも、五条との関係もあって、先輩方との顔合わせの機会は早かったとも聞いている。伏黒が可愛がられるのは当然だった。
     パーソナルスペースが狭い分、伏黒の交友関係は深い。二年生に限った訳ではなく、当然に釘崎だってそうだ。寧ろ彼女の方が伏黒とより、『分かり合っている』だろう。
     昨年六月に虎杖が死んだことになってから京都姉妹校交流会まで、伏黒は彼女と力を合わせて生き抜いて来た。二人は特別な絆で結ばれていて、仲が良いのも仕方がないと分かっている。
     それでも、虎杖は心中で騒ついてしまうのだ。伏黒が真希のことを下の名前で呼び出したり、さらりと乙骨のことを尊敬していると口にしたり、釘崎とのデート紛いのお出かけを匂わしたりする度に。
     ――俺、何でこんなに心狭いこと考えてんだろ。
     来る者拒まず、去る者追わず。虎杖はその精神で生きて来た筈だった。小中学校で友達は多くても、特定の相手の一言一行に執心しない。そういうタイプだったのに。どうしても、伏黒には自分が一番であって欲しい、自分だけを見てもらいたいと思ってしまう。
     伏黒は何て言うか、特別なのだ。センセーショナルな出会いを果たし、何度も命を預け合って来た。誰よりも虎杖を信頼して、幸せになって欲しいと願ってくれる。センチメンタルになった時、いつだって欲しい言葉をくれるのは伏黒で、その度に虎杖は救われて来た。
     今回の冬休みだって、伏黒がいたから楽しく過ごせている。だから、伏黒にとっても自分がそういう存在であって欲しいと、願わずにはいられないのだ。
     ――それって、つまり。
    「伏黒……俺分かったかも」
    「急にどうした」
     不思議そうに眉を下げた伏黒が、ベッドに上がって来る。いつも大人びている癖に、こういうきょとんとした顔は随分と幼い印象を与える。無防備な客人の様子に、また虎杖の全身を巡る血がさざめき出した。
    「ね、急にごめん。俺、伏黒のこと好きだよ。恋愛的な意味で、好き」
     後先なんて考えていられなかった。随分と拙い告白だと、我ながら情けなくなってしまう。
     それでも、命の保証なんてない呪術師の世界。虎杖は気付いた今、伏黒に伝えておきたかった。言う後悔より、言わない後悔――伏黒に気付いてもらえないことの方が、余程恐ろしかった。
     案の定、呆気に取られた顔をしている伏黒。布団に潜り込みかけの姿勢でフリーズしてしまった彼に、虎杖は慌てた。
    「驚かせてごめん! 返事とかしなくて良いから。その、言いたかっただけなんだ」
     実際伏黒が告白に応えてくれるか否かは、問題ではなかった。ただ一瞬だけでも伏黒の心に虎杖の想いが刻めれば、それで良かったのだ。優しい彼のことだから、拒絶はしないで、きっと胸の内に大切に留めておいてくれる。時折思い出してくれれば良い。そういう打算もあった。
     暫し二人で見つめ合う。しかし、急に伏黒がくすくすと肩を震わせ始めた。控えめだったそれは、段々と遠慮がなくなって行く。一頻り一人で笑った後、伏黒は見たこともないようなキラキラした笑顔を虎杖に向けて来た。
    「俺の勝ちだな、虎杖……!」
    「え?」
    「昨日行った神社で、賭け事をしたんだ」
     まるで歌い出しそうな明るいトーンだった。伏黒らしくもない、はしゃぎっぷり。大きな口を開けて、子供みたいに笑っている。
     自分の告白がすっかり置いてけぼりになっているのが気にならない程に、虎杖は物珍しい気持ちで伏黒を見つめることしか出来なかった。
     伏黒が改めて布団の中に入り込んで来る。やはり良い匂いが虎杖の鼻を掠めた。
    「あそこは勝負事に強いって信じられてる神様を祀ってる。参拝した時、俺が何を願ったと思う?」
     まだ興奮冷めやらぬと言ったところだろうか。上気した顔で問われ、ますます虎杖は混乱してしまった。
    「伏黒……俺、何がなんだか」
    「多かれ少なかれ、寺社仏閣に参拝する時、人は願い事をするだろ。願いを叶えるのに一番有効な方法は分かるよな?」
    「わ、分からん」
    「授業でやったぞ」
     伏黒が少し呆れた顔をした。いつもの調子が、垣間見える。
    「願いに見合った対価を差し出すことだ」
    「えっと……ギブアンドテイクって話?」
    「まあそんなところだ」
     伏黒が小さく頷く。そして、何でもないように言った。
    「願い事をして、俺に都合が良い対価を持ちかけたんだ。神様に、勝負をしたい、負けたら俺の恋心を持って行ってどうにでも好きにしてくれと願った」
    「え……?」
     今の今まで、全く話の全貌も伏黒が喜ぶ理由も見えなかった。しかし、どうやら伏黒は誰かのことを好きで、それを参拝時に縛りめいたことに使ったのだと理解する。しかも、神様相手。危険極まりない。呪術師の常識からすれば、とんでもないことである。
     だが、それよりも虎杖が動揺したのは、伏黒の恋の下りだった。そのような話など、聞いたことがなかったのだ。
    「伏黒、好きな人いんの」
     思いの外、低い声が出た。
    「お前、さっき返事要らねえって言ってただろ」
     虎杖の威嚇めいた物言いを気にするでもなく、伏黒は軽くいなした。
    「勝負はこうだ。この冬休み中に、お前が俺と同じ気持ちになったら、俺の勝ち」
    「へ?!」
     変な声が出た。伏黒の言葉を反芻する。
     ――同じ気持ちになったら、って。そういうこと……?
     いやまさか。信じられない。でも、信じたい。伏黒の言葉の意味を考えると、そうとしか思えなかった。虎杖が伏黒を好きなように、伏黒も虎杖を好いているのだと。
    「負け前提で願い事をしただけだから、勝った俺には何の縛りもない」
     そこまで言い切った後、伏黒は少し考えた風で付け加えた。
    「――でも、小さい時に津美紀とよく神社の掃除をしてたから、神様におまけして貰えたのかもしれねえな」
     伏黒の目が綺麗な弓形を描いた。
    「虎杖、本当に返事聞かないのか?」
    「――聞くよ」
     そこまで挑戦的に可愛らしく微笑まれたら、堪らなかった。
    「聞きたい。聞かせて」
     隣の人を、虎杖は勢い良く抱きすくめた。
    「ね、だからもう勝手に俺のこと諦めない、って約束して」
     うん、と小さな返事がある。先程まであんなに勝気に振る舞っていた癖に、背中に回って来た手が震えていることに気付く。伏黒の一世一代の賭けだったのだとまざまざと実感させられた。愛おしさでいっぱいになる。
    「とりあえず、早めに御礼参りしに行かなきゃね」
    「ん……」
     とりあえず、伏黒に初デートの約束を取り付けることが出来てほっとする。次はいつお互いのオフが合うだろうかと、みっちりと埋まった己のスケジュールを脳内に浮かべる。
     冬休みの延長を、これ程までに願ったことはなかった。
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