検査のあとで 検査結果の用紙に目を通して、ローテーブルの上に置く。もう何度見返したかわからない。真田はソファベッドに寝転がって、天井を眺めた。
「わかってはいるんだがな」
どうしようもない、掠れた声が喉から漏れる。我ながら情けない。
米国では、クエイド大学病院で世話になっている。今日の診察中、担当医は検査結果を渡しながら「前回より、数値はよくないですが」と前置きして話し始めた。
自分の目は数字の一覧に釘付けになる。「読める」というのは残酷なことだ。担当医の解説を待つよりも先に、自分の体の状況が数値からリアルに推測できてしまう。
「大丈夫ですか?」
担当医の声に「問題ない」と顔を上げて答える。いま、全く解説が聞き取れていなかったが、英語だったからではない。おそらく。
冷静を装って、診察室を立ち去り、アパートメントの部屋まで戻ってきた。意味はないとわかっているのに、何度も検査結果を見てしまう。
全く、人間というのはわけのわからないものだ。日本にいる頃は、平然と自分の検査結果を読んで、処方薬を決めることができた。そうしなければ死ぬとわかっているからだ。その頃の自分はタフだったと思う。
「俺も年取ったもんだな」
そう、年のせいにして、ごろりとソファベッドの上で寝転がる。病のせいで、精神面も落ちているとは思いたくなかった。
こんなときは、忘れて寝てしまうに限る。無理やり目をつぶって眠りに入る。
「いっそ、夢の中でKAZUYAがお迎えにでも来てくれればいいのに」と思う。「ご臨終です」と言って欲しい。
ぼんやりとした意識でそういう考えが浮かんでくる。こんなときまで、一人で耐えるのではなく、Kに引導を渡されたいと思う自分の弱さに、げんなりした。
かたり、という音で目が覚めた。目の前にはコーヒーカップを持った譲介が「すみません、起こしましたね」と苦笑した顔で立っている。
「なんで、おめぇがここにいるんだ? 仕事じゃねえのか?」
怪訝に思い起き上がると、体にブランケットがかけられていることに気づいた。
「ドクターから電話がかかってきて、あなたの様子がおかしいようだと伝言を受けたんですよ。慌てて帰ってきたけど、ちゃんと部屋で休んでてくれたんで安心しました」
譲介は猫が擦り寄るように、真田の隣に座る。そして検査結果をちらりと見て「原因はそれですね?」と言ってこちらを向く。
「ねえ、僕たちはこの件については話し合いましたよね? 新薬を使うから、一時的に数値は悪くなります。そのあと、改善してくる見込みなんです。だから、今回の検査結果は重く受け止めないこと。ドクターからも説明があったと思いますけど……」
そう言われ「聞いてねぇな」と答える。
「聞いてない? もう一度、解説してもらいますか?」
「いや、いい……」
「納得いきませんか? K先生にオンラインで話してもらいましょうか。もう一回、納得いくまで治療方針を話しましょう」
「いらねぇよ。診察室では、その説明が聞こえてなかった、だな。耳に入らなかった」
めんどくさそうにいうと、譲介の目が丸くなった。
「はーあ、素直に教えてくれてありがとうございます。ほんと、徹郎さん、かわいくなっちゃって」
困ったように恋人が笑うので、「おめぇがそうしろって言ったからだろ。うるせえからな」と罰の悪い顔で答える。
「嬉しいですよ。あなたが、そんなふうに僕にちゃんと甘えてくれるんだから」
「甘えてんのか、これは?」
「そうですよ。弱ってる顔、見せてくれるの、嬉しいですから」
そういうと、恋人が背中を優しく撫でて「大丈夫ですよ、大丈夫」と囁く。
「なんでぇ、俺は患者みたいじゃねえか」
「患者ですよ」
そうそっと抱きしめられて、「俺もヤキが回ったな」と心の中で毒づいた。