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    ファウストに甘えたいネロの話(ネロファウ)

    #ネロファウ
    neroFau
    #ネファ
    nepha.
    #ネロ
    nero
    #ファウスト
    faust

    すみれと花とパンケーキ「もういい」

     と、栞もはさまずファウストが本を閉じたので、俺は慌てて顔をあげた。
     いつも几帳面な先生らしからぬ行動。ご立腹だ、間違いなく。洋卓にひろげていた分厚い古書の隙間から、いつの間にか転がっていたペンを探り当てる。キッチンの長窓から射す春の日差しが、手もとの水差しに反射して眩しくひかった。雪の透かし模様がはいった、硝子の水差し。そこに飾ったすみれは、今朝リケが摘んできたものだった。ミチルと二人でうんと早起きをして、どうやら湖のほうへ行ってきたらしい。
     朝から少し遠出をするから、グリーンフラワーと厚焼き卵のサンドイッチを作ってくれませんか。
     二人にそういわれて、いいよと引き受けたのは自分なのだけれど……。外の陽気があまりに心地よいのもあって、つい、目蓋が重くなってしまう。だからといって、ただでさえ不真面目な生徒にうわの空で補修をうけられたら、まあ、いい気はしないだろう。それくらいは、いくら俺でもわかる。
    「悪い、先生。怒った?」
     顔のまえで手をあわせると、先生は不機嫌そうにこちらを睨んだ。それから、ため息を吐く。
    「別に、怒ってるわけじゃないよ」
    「……本当に?」
    「怒って欲しいの?」
    「滅相もない」
     慌てた声に、ファウストは少し眼もとをゆるめてみせた。伏せた睫毛のさきにひかりが当たって、薄く透きとおっている。飴細工みたい、なんていったら、それこそ呆れるだろうか。
    「きみ、今朝リケ達に弁当を持たせてやっただろう。寝不足で無理をしたって身につかないのだし、補修は日を改めてにしよう」
    「んー……、別に無理してるわけじゃないんだけど」
    「そういう積み重ねがいつか身を滅ぼすぞ。君もそんなに若くないんだから」
    「……それ、先生にいわれるとかなり傷つくな」
    「どういう意味?」
     ファウストは席を立って、食器棚から茶葉とマグカップを取り出した。どうやら本当に、これ以上授業をするつもりはないらしい。くみたての水をコンロにかけて、それからこちらをみる。
    「これを飲んだら、少し寝なさい。必要なら、ちゃんと起こしてあげるから」
     茶葉の缶は臙脂色で、彼が市場で買ってきたものだった。蓋のところに金の縁どりがしてあって、パッケージに毛糸と遊ぶ黒猫が描かれている。月光があかるすぎる夜や、手足の冷える寒い日に、ファウストは決まってこのハーブティーを淹れた。俺も何度かご馳走になったことがある。真昼のひかりをそのまま飲んだような、雨後の野はらの匂いを嗅いだような、なんとも素朴で不思議な味がした。あれを飲んだ夜は、なぜだか夢もみない。おもいだしただけで寝入ってしまいそうだ。とろりとした眠気が、指先からみずのように染みいってゆく。
     テーブルにだらしなく頬杖をついて、彼の背中を眺める。
    「……」

     こんなことをいうと、それこそファウストに叱られるだろうけれど――……、彼に怒られるのは、そんなに嫌いじゃない。というより、もっとずっと、はっきりと――……そうして欲しいと、おもってしまうときがある。始末のわるいことに。(ついでに、趣味のわるいことに)
     俺を叱るファウストの、少し尖った眼差しや、低くなった声や、そういうものがなにもかも、青い火のように透きとおってみえて、恐ろしいような、ずっと眺めていたいような、そんな気持ちになる。怒るときでさえ、ファウストは歪まない。そのことに、たまにどうしようもなく、打ちのめされたくなってしまう。いや、甘やかされたい、のだろうか。分からない。わかるのは、俺がどうしようもない奴だってことだけ。火にかけた小鍋に水をそそぎ続けて、どこまでやれば吹きこぼれるのかみきわめている。どこまで煮詰めたらジャムになるのか、どこまで砂糖をくべていいのか――……、どこまでやれば許されるのか。祈るように、試している。

    「――……先生は俺のこと、もっと軽蔑してもいいのに」
    「なにかいった?」
     ふり向いたファウストに手を振って、いいや、と笑う。
    「それよりさ、お腹減らない?先生がお茶淹れてくれんなら、パンケーキでも焼こうかな」
    「……君、僕の話をちゃんと聞いていたのか?」
    「聞いてたって。けど、そんなすぐ寝つけないしさ。ちょっとだけ付きあってよ、先生」
     椅子にかけっぱなしにしていたエプロンを結んで、彼の隣に立つ。日に透けるほど青白い横顔のなかで、眼もとの翳ばかりが濃い。自分だってこんな隈こしらえて、うまく眠れない癖に。そういったら、この人どんな顔するんだろうな。おもうだけで、くちには出せない。
    「まったく」
     やがて先生は、呆れたように肩を竦めてみせた。やわらかい鳶色の髪が、目蓋にかかる。
    「君が僕を甘やかして、どうするんだか」
    「……それって、俺のこと甘やかしてくれるつもりだった?」
    「……一応は」
    「一応って」
     俺はおもわず吹き出したけれど、ファウストは至極真面目な顔でいった。
    「僕が友人を甘やかしたいとおもってはいけない?」
    「……」
    「それなのに、きみは僕のいうことをまるで聞きやしないし」
    「そうかな」
    「そうだよ」
     本当に、仕様のない生徒だ。そういったファウストの声は、言葉とは裏腹に酷くやさしい。眼鏡ごしにみるすみれ色の眸が、夜明け前の淡い波間のよう。それがなんだか懐かしいようで、くすぐったいようで、だから俺はもう、笑うしかなかった。
    「怒んないで、先生」

     許して。どんなにジャムを煮詰めても、鍋のみずがあふれても、先生を怒らせる駄目な俺を、何度でも叱って、そうして許して欲しい。仕方ないなと笑って欲しい。許されるたびに不安になる癖に、そんなことを考える。まるで甘ったれた子供だ。だけどそんな俺だって、この人はきっと傷つけないから。弱くてもずるくてもいいんだって、そう、おもってしまう。あんたも、そうなんだろうか。俺ならあんたを傷つけないって、そうおもったりする?ほんのわずかでも。
     だとしたら、少しだけ怖くて――……でも、きっと、うれしい。

     そうしたら、ファウストは茶葉を開けた手で、俺の肩を軽くこづいてみせた。
     それから、みたこともないくらい甘い眸をして笑う。
     それから。
    「嘘ばっかり」

     すみれの花が、やわらかに匂う。

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    DONE学生ネロ×作家ファウストで、ネロがファウストに自分の片腕をひと晩貸してあげる話。設定は川端康成の「片腕」のパロディです。
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    ネロ×ファウスト現パロwebオンリー「ネオンの現に祝杯のファセット」開催おめでとうございます!遅刻してすみません!
    アンディーヴと眠って「先生、眠れないの?なら片腕をひと晩貸してやろうか」

     先生、と僕を呼ぶ彼は、右腕を肩からはずして、それを参考書のうえに置いた。僕はおもわずあたりをみわたす。旧い喫茶室は昼間でも薄暗く、煙草の煙で視界がわるい。おまけに狭い店内のあちこちによくわからない置物や観葉植物が置かれているせいで、僕らの席は完全に死角になっているようだった。(もっとも、この店の主人も客も、他人に興味を払うような性質ではないのだけれど)
     ネロは残ったほうの手で頬杖をつき、僕のほうをじっとみつめた。都内の私立にかよっているという彼は、大抵学校帰りの制服姿でこの店にやって来る。着崩した指定の上着となにかのロゴがはいったTシャツ、フィラのザック、履きつぶしたコンバース。けれども今日はそのシャツの片袖が、萎れた花みたいにうなだれている。僕はテーブルに置かれたものに眼をやった。どこをどうみても、それはやっぱりネロの右腕だった。中指にできたペンだこはみなれたものだったし、手首につけたリストバンドはいつも彼がしているものだ。だというのに、彼の手を離れたそれは、酷く馴染みのない置物のようにみえた。例えば博物館の硝子ケースに飾られた化石や恐竜の骨みたいに。いや、この場合、文字通り手が、離れたのか。ぼんやりとした頭で、つい、くだらないことを考える。
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    DONEムルの悪戯で右眼が石になったファウストと、石になった彼の右眼を磨いてあげるネロの話(ネロファウ)
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    ファウスト&ネロ全関係性内包Webオンリー『隣にいてもいなくても』開催おめでとうございます!
    Sweet Child O'Mine 朝おきたら、右眼が石になっていた。目蓋のおくがやけに腫れぼったくて重たく感じる。瞬きをすると睫毛が冷たい。新雪に触れたようだ。さすがに面食らって談話室へ降りていくと、おはよう、といったクロエの耳が綺麗な真珠貝になっていた。彼の隣で紅茶を淹れながら、ラスティカが真珠と海の歌をくちずさんでいる。白磁のティカップに触れた小指は、よくみれば青ざめたサファイアだ。どうやらムルの悪戯が原因らしい。
    「あの野良猫には後できつくいって聞かせますので」
     シャイロックはそう微笑んで、ゆったりとした仕草で煙管をひとくち飲んだ。美しい彫り物のされたそこを、ルビーの爪先が撫ぜる。言葉とは裏腹に、彼はこの状況を楽しんでさえいるようだった。相変わらず、西の魔法使いたちは不可解だ。これからお茶会だという彼らに丁重に断りをいれ、部屋にこもる算段をはじめる。呪いの類でないなら僕の専門外だし、なにより、あのムルが仕掛けたものに手をだすほど馬鹿じゃない。火花に手を突っこむようなものだ。それなら自室で嵐が過ぎるのを待つほうがいい。
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