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    ムルの悪戯で右眼が石になったファウストと、石になった彼の右眼を磨いてあげるネロの話(ネロファウ)
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    ファウスト&ネロ全関係性内包Webオンリー『隣にいてもいなくても』開催おめでとうございます!

    #いていな0528
    no.0528

    Sweet Child O'Mine 朝おきたら、右眼が石になっていた。目蓋のおくがやけに腫れぼったくて重たく感じる。瞬きをすると睫毛が冷たい。新雪に触れたようだ。さすがに面食らって談話室へ降りていくと、おはよう、といったクロエの耳が綺麗な真珠貝になっていた。彼の隣で紅茶を淹れながら、ラスティカが真珠と海の歌をくちずさんでいる。白磁のティカップに触れた小指は、よくみれば青ざめたサファイアだ。どうやらムルの悪戯が原因らしい。
    「あの野良猫には後できつくいって聞かせますので」
     シャイロックはそう微笑んで、ゆったりとした仕草で煙管をひとくち飲んだ。美しい彫り物のされたそこを、ルビーの爪先が撫ぜる。言葉とは裏腹に、彼はこの状況を楽しんでさえいるようだった。相変わらず、西の魔法使いたちは不可解だ。これからお茶会だという彼らに丁重に断りをいれ、部屋にこもる算段をはじめる。呪いの類でないなら僕の専門外だし、なにより、あのムルが仕掛けたものに手をだすほど馬鹿じゃない。火花に手を突っこむようなものだ。それなら自室で嵐が過ぎるのを待つほうがいい。

    「うわ。どしたの、その眼」

     軽食とバスケットを借りに厨房へ行くと、ネロが僕をみて驚いた顔をした。コンロの火を止めて、こちらに駆け寄ってくる。よく使いこまれた鉄製の鍋からはくつくつとスープの煮える音がした。あれは昼食に出されるスープだろうか、それとも夕食の?一瞬、今の状況を忘れて、そんなことを考える。
    「ムルがまた何かやらかしたらしい。君はなんともない?」
    「俺?俺は全然」
    「そう」
     だとしたら、今回は偶々僕が「あたり」をひいてしまったということだろう。
    「災難だったね、先生」
     ネロは呆れと労りの混じった表情を浮かべてみせた。それから、僕の顔をそっと覗きこむ。
    「こっちの眼ってみえてんの?」
     右眼には、乳白色の淡いもやがかかっている。完全にみえないわけではないけれど、酷く曖昧だ。食卓の木目や床の模様がぼんやりと滲んでいる。ミルクの底を覗くのに似ているかも知れない。さすがに眼鏡をかけている気にはなれなくて、外套に仕舞う。……仕舞おうとして、失敗した。手が滑って、眼鏡が床に落ちる。
    「おっと」
     足もとに転がったそれを、ネロが拾って手渡す。
    「すまない」
    「片眼ってやっぱみえづらいよなあ」
    「みえてないわけではないんだが……」
     みえない、というより、むしろ隠されている、というのが近い。やわらかい布で、やさしく目蓋を覆われているような。距離感がつかめなくて動きにくいし、なにより疲れる。おもわず息を吐くと、ネロがかすかに眼を細めてこちらをみるのがわかった。それから、
    「みがいてやろうか」
     ふとおもいついたように、そんなことをいう。
    「食器なんかと一緒でさ、手を入れないと曇ってくるだろ。みがけば少しはましになるんじゃねえの」
     僕は食器とおなじか、とおもうと少し可笑しい。けれども、悪い気分はしなかった。ネロが本心からいってくれているのがわかったし、何より、いつも彼の手でみがかれている美しい銀食器たちのことを、僕はちゃんと知っていたので。
     下瞼から指をおしこむと、右眼は呆気なく外れててのひらに収まった。石は濃いすみれ色をして、奥のほうまで透きとおっている。おうとつはなく、表面は硝子のように滑らかだ。痛みや違和感もない。これが自分の眼窩におさまっていたのかとおもえば、なにやら不思議な心地もする。
     ネロはリネン室からおろしたての亜麻布を持ってきた。手近な椅子をひいて、座るよう促される。石を手渡すと、彼は酷く丁寧な手つきでそれをリネンのうえに乗せた。
    「これがそう?」
    「ああ」
    「ふうん、本当に石になっちまったんだな」
     かさついた指のはらが、石の表面をそうっと滑る。水仕事をするせいか、ネロの手は少し荒れていて、でもその感じが、なぜだかとても、よかった。寝しなに洗いたての髪を梳いてもらうような、くすぐったい心地がする。あるいは、雨あがりの草はらに立って、その匂いを胸にすいこむような。
    「痛くない?」
     ああ、と答えた僕の声は、ずいぶん気が抜けて聞こえただろう。俯いたネロが肩を揺らして笑った。テーブルを挟んだすぐ向かいに、彼の半月のような横顔がある。長窓からさしこむ日差しと、庭に咲くクロッカスの清潔な匂い。どこからか、ラスティカのチェンバロが聞こえる。
    「なんだか」
    「うん?」
    「きみの食器になったような心地がする」
     手もとの石に眼を落としたまま、ネロがええ?とおどけた声をあげる。
    「呪い屋先生をテーブルに並べるなんて、そんな恐れ多い。ヒースが卒倒しちまうよ」
    「そんなことはないとおもうけど」
    「いやあるって。それにほら、俺はつかうより使われるほうが性にあってるしさ」
    「……へえ、僕がいつきみを使ったって?」
    「はは、いや、言葉のあやってやつ」 
     睨みつけたつもりだったけれど、声が笑ってしまった。
     軽口を楽しいと感じるのなんて、いったいどれくらいぶりだろう。この男と一緒にいると、ときどき、そういうことがある。もう二度と戻らないとおもっていた眩しいもの達に胸を掴まれて、ふいに立ち尽くしてしまうことがある。ネロといると、呼吸をするのが楽だ。一緒にいても傷つかないし、いなくても苦しまない。そこにいることも、いないことも、ありの儘の自然だとおもえる。嵐の谷で眠る猫たちや、朝つゆにきらめく新緑の森をみるときとおなじように。それが怠惰なのか弱さなのかはよくわからない。わからないけれど、きっとそう悪いものでもない、のだと、おもう。
    「あれ」
     そうしたら、ネロがふと声をあげて、
    「ファウスト、いま笑った?石の色が濃くなってる」
     その瞬間、眼のまえが突然鮮やかになった。
     暗い海の向こうから朝焼けがやって来るみたいに、なにもかもがはっきりとして、開かれていて、窓辺のひかりが眩しくて、そのただなかでネロが笑っている。僕はおもわずあっと声をあげた。五月雨の髪から覗く耳朶のかたち、少し厚みのあるくちびるがほころぶ様、眼もとにできたさみしさのような翳。こちらをみた彼の眸が、僕を映してゆっくりと瞬いた。その、滴る蜜のような甘やかさといったら。その手で磨いているものが、世界でたったひとつ、掛け値のない宝石だというみたいに。なんて顔をしているのだろう。僕が、そうさせているのか。この、臆病でやさしい男に、ほかでもない僕が。

     胸をうったのは、ほとんど稲妻のようなものだった。今、この瞬間ばかりは、オズの雷鳴だって恐ろしいとは感じなかっただろう。それほどの衝撃だった。僕は狼狽え、俯き、足もとに眼をおとした。よく磨かれたタイル張りの床に、つま先の細いネロの靴がみえる。それにまた、どうしようもなく動揺した。だってそうだろう、あんな顔、まるで、
    「先生?」
     僕の異変に気づいたのか、ネロが心配そうに声をあげた。
    「どうかした?やっぱ痛む?」
     テーブルごしに身を乗り出して、手をのばす。磨かれて艶をもった石が、テーブルのうえですみれから深い紫陽花に色を変えていた。それに気づいたら、もう、駄目だった。
     ネロの手が眼もとに触れるよりさきに、僕は耐えきれず立ちあがった。椅子の倒れる音がする。
    「ファウスト?」
     名前を呼ぶ。僕をみるネロの眸は、やはり蜜のようなひかりを湛えている。
    「か、」
    「か?」
     馬鹿みたいに情けない声で、僕はいった。
    「雷が」

     これ以上うたれたら、僕はすっかり石になって砕けてしまう。


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    13_rooms

    DONE学生ネロ×作家ファウストで、ネロがファウストに自分の片腕をひと晩貸してあげる話。設定は川端康成の「片腕」のパロディです。
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    ネロ×ファウスト現パロwebオンリー「ネオンの現に祝杯のファセット」開催おめでとうございます!遅刻してすみません!
    アンディーヴと眠って「先生、眠れないの?なら片腕をひと晩貸してやろうか」

     先生、と僕を呼ぶ彼は、右腕を肩からはずして、それを参考書のうえに置いた。僕はおもわずあたりをみわたす。旧い喫茶室は昼間でも薄暗く、煙草の煙で視界がわるい。おまけに狭い店内のあちこちによくわからない置物や観葉植物が置かれているせいで、僕らの席は完全に死角になっているようだった。(もっとも、この店の主人も客も、他人に興味を払うような性質ではないのだけれど)
     ネロは残ったほうの手で頬杖をつき、僕のほうをじっとみつめた。都内の私立にかよっているという彼は、大抵学校帰りの制服姿でこの店にやって来る。着崩した指定の上着となにかのロゴがはいったTシャツ、フィラのザック、履きつぶしたコンバース。けれども今日はそのシャツの片袖が、萎れた花みたいにうなだれている。僕はテーブルに置かれたものに眼をやった。どこをどうみても、それはやっぱりネロの右腕だった。中指にできたペンだこはみなれたものだったし、手首につけたリストバンドはいつも彼がしているものだ。だというのに、彼の手を離れたそれは、酷く馴染みのない置物のようにみえた。例えば博物館の硝子ケースに飾られた化石や恐竜の骨みたいに。いや、この場合、文字通り手が、離れたのか。ぼんやりとした頭で、つい、くだらないことを考える。
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    DONEムルの悪戯で右眼が石になったファウストと、石になった彼の右眼を磨いてあげるネロの話(ネロファウ)
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    ファウスト&ネロ全関係性内包Webオンリー『隣にいてもいなくても』開催おめでとうございます!
    Sweet Child O'Mine 朝おきたら、右眼が石になっていた。目蓋のおくがやけに腫れぼったくて重たく感じる。瞬きをすると睫毛が冷たい。新雪に触れたようだ。さすがに面食らって談話室へ降りていくと、おはよう、といったクロエの耳が綺麗な真珠貝になっていた。彼の隣で紅茶を淹れながら、ラスティカが真珠と海の歌をくちずさんでいる。白磁のティカップに触れた小指は、よくみれば青ざめたサファイアだ。どうやらムルの悪戯が原因らしい。
    「あの野良猫には後できつくいって聞かせますので」
     シャイロックはそう微笑んで、ゆったりとした仕草で煙管をひとくち飲んだ。美しい彫り物のされたそこを、ルビーの爪先が撫ぜる。言葉とは裏腹に、彼はこの状況を楽しんでさえいるようだった。相変わらず、西の魔法使いたちは不可解だ。これからお茶会だという彼らに丁重に断りをいれ、部屋にこもる算段をはじめる。呪いの類でないなら僕の専門外だし、なにより、あのムルが仕掛けたものに手をだすほど馬鹿じゃない。火花に手を突っこむようなものだ。それなら自室で嵐が過ぎるのを待つほうがいい。
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    Sweet Child O'Mine 朝おきたら、右眼が石になっていた。目蓋のおくがやけに腫れぼったくて重たく感じる。瞬きをすると睫毛が冷たい。新雪に触れたようだ。さすがに面食らって談話室へ降りていくと、おはよう、といったクロエの耳が綺麗な真珠貝になっていた。彼の隣で紅茶を淹れながら、ラスティカが真珠と海の歌をくちずさんでいる。白磁のティカップに触れた小指は、よくみれば青ざめたサファイアだ。どうやらムルの悪戯が原因らしい。
    「あの野良猫には後できつくいって聞かせますので」
     シャイロックはそう微笑んで、ゆったりとした仕草で煙管をひとくち飲んだ。美しい彫り物のされたそこを、ルビーの爪先が撫ぜる。言葉とは裏腹に、彼はこの状況を楽しんでさえいるようだった。相変わらず、西の魔法使いたちは不可解だ。これからお茶会だという彼らに丁重に断りをいれ、部屋にこもる算段をはじめる。呪いの類でないなら僕の専門外だし、なにより、あのムルが仕掛けたものに手をだすほど馬鹿じゃない。火花に手を突っこむようなものだ。それなら自室で嵐が過ぎるのを待つほうがいい。
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