虫の香り。虫の香り
すりりと嬉しそうに寄せた身。
暖かくて、柔らかくて。良い匂いがするが口が裂けてもそれは口にしない。
かという自分は。
冷たくて硬い上に、足と左手は虫のそれだ。先は鋭く、容易く誰かを切り裂けるだろう。
だというのに。
「きみも本当趣味が悪いと思うよ。こんな虫にくっついていたい、だなんて」
「…だって落ち着くんだもん…オベロンの隣は気を張らなくていいし…この匂い…好きだから」
「虫の匂いが好きねぇ…」
ハッ、と鼻で笑ってさっきからベッドの上で自分にくっついたままのリツカの趣向をばかにするよう男は告げる。
ほんっと、好みがおかしいと思う。
花や果実の香りならまだわかるが、虫だぞ。虫。
「んー…自分の匂いって、意外と自分じゃわかんないものだよ…
あと良い匂いの虫もいるの知ってるし」
「良い匂い…?」
「ジャコウアゲハのオスってさ、お腹から良い匂いするんだよ、確か…。
昔昆虫博物館で見てさ…」
それはジャコウの香り。いわゆるムスクと言われる甘い香りだ…。
意外と知ってるもんだな、とオベロンが自分の肩口に顔を埋めるリツカの顔を見ると彼女は思い出した様に彼の顔を見上げた。
「アオジャコウアゲハって…オベロンみたいだよね。一回しか見た事ないけど…翅が綺麗だったな」
「あのな…俺の本体散々見てるだろ?きみの目は節穴?」
「んー…それでも……私にとってはそう、だから。私の目には、君は綺麗なモノとして写ってるよ」
「だとしたら早急にダヴィンチに目を見てもらうと良い」
よくもまぁ、つらつらと甘ったるい言葉を吐き出せる。
だが、嫌な気はしない。
オベロンは染めた頬を悟られない様、視線を背けると、リツカはオベロンから身を離しその顔をわざと覗き込んだ。
「……何?」
「ムスクの香りってさ、恋の香りっていうみたいだね」
ちゅっ…と頬に触れた柔らかな感触。
そうして、甘酸っぱい香りがオベロンの鼻先をふわりと香ると、リツカがしてやったり!という顔で得意げに笑っていた。
「…へぇ……そういう誘い方?」
流し目でリツカをとらえると、オベロンはその得意げな顔の顎先を捉え、唇にキスをした。
「俺の香りに煽られたんなら…責任はとってやるよ」
リツカの耳元で囁かれる苦くて甘い声色。
心地よさそうに彼女は目を閉じると、オベロンの首に手を回した。
「好きだよオベロン。君の香りも…体温も…この手足も全部」
「そう…俺はきみの香りは胸焼けしそうだよ」
「本当?嬉しいな…」
妖精眼など持っていないのに、リツカはオベロンの本心を見抜いてくる。
本当に敵わないな。
「マジでムカつく…」
嬉しそうな声色でそう告げると、オベロンはリツカの身体をベッドに沈めていった。