濡れた夜桜。オベぐだ♀健全
桜の話。
寝る前のおしゃべりの時間に【雨に濡れた夜桜を見るのが好きだ】なんて言ったら「雨に打たれて無残に散った桜と自分と重ねて見てるわけ?桜に失礼じゃない?」と、予想通りの返事がきたあたりで自分の中のオベロンの解像度もなかなかだな、と思った。
「そう思われるのも腹立つ〜」
妖精眼でその思考も視たオベロンはにこにこと笑っているが、いつもの嫌味のこもった上辺だけの笑みだ。リツカは困った様に笑い返すとその理由を話し始めた。
「雨が降ってたら、誰も桜を観に来ないから桜を独り占めできるし、夜の中でライトアップされた淡いピンクって綺麗だなって思ったの」
「まあ、自分も濡れるのがわかっててわざわざ見に行く馬鹿はいないよね…。あ、ここに居たか〜!」
「もちろん傘はさすよ!ただ、濡れても良いと思える程の見る価値があると…思うし…」
ひんやりした夜の空気は好きだし、ポツポツと傘や地面に当たる雨音も、誰もいない喧騒から離れたそこでは心地よい音としてリツカの耳に届く。
春の陽気の中では人々に囲まれていたのに、雨のせいで誰も見る者の居なくなった桜。
花弁のまばらに散ってしまった可哀想なその姿ですら、リツカには美しく見えた。
「変わり者の自分に酔ってる?」
「そういうんじゃ…ただ…静かな中で見る桜が好きなだけだよ…。あと、どんな姿になっても綺麗なものは綺麗だな…って思うからさ」
「知ってる〜?最近じゃわざとピンク色のライトを桜に当ててるらしいよ?造り物の紛い物なんだぜ?きみはニセモノを綺麗だと思ってるんだ〜審美眼を疑うね」
聖杯ってそんな知識も与えるのか?いや、誰かが下世話な話でもしたのかな…。そうリツカは眉尻を下げて笑ったが「それでも」と彼の言葉に反発する様に告げた。
「私が綺麗だな、って思った事実は…ニセモノじゃないから」
その蜂蜜色の瞳が、真っ直ぐに空色の瞳を見ていた。
違う意図も絡めているのが、オベロンには妖精眼で見なくともわかった。
「…物好きだよ本当。趣味悪…」
「今の嘘かな?褒めてくれた?ありがとう!」
「褒めてない!全ッッ然!!今のは本音だから!!」
ニセモノの造り物でも。見た目の悪くなった姿も。どちらもリツカには然程問題ではない…。
「みんなの頼れる王様でさ、妖精國じゃあんなに人気者だった君が…ここに来てくれて嬉しいよ…ありがとう…」
「君に言わせりゃ俺はもう花弁の散った見窄らしい桜だけど?」
「それでも、ありがとう…」
リツカから伝わるのは純粋な好意。その裏に何の意図もない。彼女が彼を美しい、オベロンともっと一緒に居たいと…ただただ本心でそう思っているだけ。
「もう眠りなよ…明日も早いんだろ?」
強引にリツカの身体をベッドに横たわらせ、布団を首元までしっかりかけてくれる。もしかして照れ隠しとか…?と邪推した辺りでリツカはオベロンから睨まれてしまった。
「ごめんって…。ね、一緒に寝ない?」
「はぁ?今日はさっきから熱烈だね…何?欲求不満で誘ってたわけ?あー…じゃあさっきの伏線?」
「違うって!そういう意味じゃないよ!えっち!」
コロコロと表情を変え、頬を膨らませたリツカの様にオベロンは少しだけ口元を緩ませると「仕方ない」と一言だけ溢して彼女の隣に入ってくれた。
「きみが誘ったんだから、今日はきみが動いてくれる?」
「だから!今日はしないって…っ〜〜!!」
慣れた様子でリツカの脇腹を抱き寄せその腕の中に収められてしまうと、リツカの鼻をオベロンの香りが擽り胸の奥がきゅっと反応してしまう。
「何か…さ…君の香りがすると本当に此処に君がいるんだな、って…」
「そりゃ居るんだからそうでしょ?何?俺の香りだけで興奮したワケ?」
「っ…えっちな言い方しないでよ!!オベロンが側に居るの嬉しいな、って思っただけ!!」
さっきまで怒っていた顔が今は真っ赤になっている。勿論、オベロンには全てわかっている…その上での発言だ。
「そんなに好きなら…変わり者のきみに虫の香りをもっと染み込ませてあげるよ」
ため息混じりに吐き出されたオベロンの息が首に当たるも、心なしかそれは熱を帯びている。
その熱にオベロンの中の感情を少しだけ読み取れた気がして、リツカが警戒心を緩めると彼の指がリツカの衣服の下に潜り込んできた。
「ひゃっ…!オベロン…!」
「きみが求めたんだ…もっと側に感じたいって…違わないだろう?」
少し掠れた、ダークチョコレートみたいな甘い誘惑の囁きがリツカの耳を掠めると、彼女は肩を小さく震わせながら悔しそうに頷く事しか出来なかった。