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    plntanightlunch

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    plntanightlunch

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    相変わらずのリョと沢です。
    こういうありがちなのも、よくない?っていう…(某映画より)

    恋愛偏差値「やっぱりさあ、勝負事は駆け引きが重要って話だよな。バスケも駆け引きができないやつは技術磨いてもだめじゃんか」
     友人の一言にリョータは苦笑いするしかなかった。お前がそれを俺に言うかって感じだ。
    「ガードに向かってでかい口叩くじゃねーか」
     やる気ならいつでも付き合ってやんぜ。だが、二人の目の前には大きなピザとポップコーンとナチョスがあって、いつもは飲まないビールもあった。とても今からバスケなんかできる状態ではないのだが。今日はエージが大学4年にリョータが3年に無事に進級できると決まったお祝いだった。ベッドだけでほとんど部屋の半分を占領するような小さな部屋にはチーズの匂いが充満していた。普段は摂取しないアルコールが二人の頭のどこかを鈍らせ、別のどこかを刺激して、悪くない気分なのは二人とも同じだろう。
    「ま、バスケのゲームメイクはリョータに分があるかもしれないけど」
     エージの含み笑いが憎らしい。
    「知ってるでしょ?」
    「シュート確率はお前のほうが上だって?」
     とぼけて見せるが、笑って首を振る余裕の表情。ああ、知ってるよ、お前の言いたいことなんて。続く言葉は想像できたし、聞きたくない。だから右のてのひらをエージの口先に突き出して、続く言葉を封じた。恋愛経験値なら俺のほうが上、エージはそう言いたいのだ。そうして、エージは近頃できた新しいガールフレンドをリョータに自慢したくて仕方がない。すでに相手のいた、でもその相手とはうまくいかなくて悩んでいた彼女(エージの大学のチアのチームの中じゃ三本の指に入る年上の素敵な人)をどうやって自分のものにしたか、っていう話だ。
    「もうどうでもいいわ、のろけ話ほどまずいもんはねーからな」
    「えー、後学のために聞いておきなよ」
     エージは譲らない。腹が立つからジャンケンで負けたら聞いてやる、と言った。じゃんけんをするとエージがいつも最初にチョキを出すのをリョータは知っていた。バカだなエージ。俺の勝ちだぜ。
     ……しかし、その晩、エージはなぜかグーを出した。アルコールのせいか、酒が起こした脳のバグか、まあどうでもいい。リョータは負けた。負けたからエージの話を聞く羽目になった。
    「難しいよね、落ち込んでる子を前にして、そういう恋愛はやめて俺にしなよ。俺は君をそんなに悲しませたりしないよ。みたいなの、なんかちょっと上滑りしてる感じがするじゃん?」
    「そんなもん?」
    「そうだよ、嘘っぽいもん」
    自分なら言うだろうなって想像した台詞を上滑りだ、嘘っぽいと言われ、リョータは少々傷ついた。いや、それってなんつーか、言いかたとか、普段の人柄やふるまいっていうか、そういうものが滲み出ての言葉だよな、つまりエージが嘘っぽいって感じるってことは、お前が嘘っぽいって思いながら言ってるってただそれだけの話じゃ?
    「まあそれでも言っちゃうんだけどね」
     あ、言ったんだ。言ったんか。それでも相手は靡かなかったってことか。
    「めちゃくちゃいい感じにはなったけど、やっぱり最後の最後でやめたほうがいいよとか言われてさ。さすがに癪に触るじゃん。これ以上押してもいいことないなって思ったから、頭を使った」
    「ほお」
     心のなかで大きなあくびをしながら、リョータは相槌を打った。
    「聞けよ、ここ、話の肝だ」
    「なに?」
    「腕時計を、わざと忘れてきたんだよ」
    「はあ……」
    「はあって! もう少しリアクションちょうだい! うまくいきそうだし、相手も絶対俺のこといいなって思ってるのはわかってるけど、一歩が踏み出せないときの手として使うの。わかる? 押しに押しまくるのもいいかもしれないけど、あんまり賢いとは言えない。考えてみなよ? まあ結構いい感じかなって思ってた俺と、でもキスの続きができなかったまま別れた。そして夜はいつもある電話がないんだ。だって俺、電話我慢するから。それで彼女は考えるわけ。俺の連絡を待つべきか、だけどこのまま終わりになっちゃうかもしれない、それはそれでもったいないかもしれない……そんなときにだ。サイドボードの上に俺の時計を見つけるんだよ。彼女はそこでやった!って思う。連絡できる口実が見つかるからね」
    「チープカシオ、俺ならもらっとくけどな」
     リョータはちらりとエージの左腕にはめられた時計を見た。四角いフェイスの黒のチープカシオ。この間二人で出かけたときに見つけたやつ。
    「もー! 値段は関係ねーんだよ。賭け引きだから」
    「駆け引きだから?」
    「そ」
    それで成功したから、自慢しようって?
    「ま、結構心臓バクバクだったんだろ?」
    「え?」
     エージの目が丸くなる。あ、まさか当たった? 目を瞑って投げたダーツの矢が的の真ん中に刺さったような爽快感にリョータは頬が緩むのを止められない。賭け引きもなにも、お前わかりやすすぎねえ? 新しいガールフレンドも、もしかしたらそういうの、全部お見通しだったかもよ?
    「恋する青年って感じだねえ。青春か」
    「うっせえわ」
     友人のアオハルをひとしきり笑ってやった。苦虫を潰したような顔をしてビールを空けたエージは言った。
    「とにかく、駆け引きのアイテムとしては忘れものって結構優秀だってことを言いたかったの俺は。お前もいつか使う日が来るかもしれないだろ? その時のために覚えておくといいよ。特に時計って普段よく身に着けてるものだしさ。ほら、そういうものを忘れてくるって、相手のところにもっといたかったっていう気持ちの表れっぽくて……」
    「へえ、そんなこと言ったんか。お前ロマンチストだね?」
    「うっせー、リョータ!」
     エージの顔が赤いのはアルコールのせいだけではなさそうだ。お前、マジでそれ、駆け引きにもなってなくねえ? ま、バスケでも似たようなもんか。「駆け」はしても「引き」はしないもんな。「引き」に見せかけて、いつも駆け続けるのがエージだ。
    「ま、お言葉ありがたく頂戴しとくわ」
     リョータは鷹揚に頷いた。自分がその手を使う日が来るとは思えなかったが、話のネタにはなりそうだった。


     ――さて、どうしたもんかな。
     今リョータの左手の上には、自分のものではない腕時計が載っている。ずっしりと重いそれは名前を言えば誰でも知っているスイスの高級時計メーカーのものだ。それはさっきまで自分のベッドの上にいた男のもの。男とは気がつけば肌を重ねるようになって、昨日の逢瀬が5度目だった。回数を数えているのは自分だけでないとリョータは確信している。そして相手もまたそう思っているであろうことが想像できる。
    「明日は? 会える?」男はちょっとした執着を滲ませて言った。
    「無理だろ」リョータはそれに気づかぬふりをして答えた。
    「でも、そしたら俺、明後日アメリカ帰っちゃうよ」
     言葉尻に滲む、すがるような気配にも無視を決め込んで、先約は動かせないから、と返した。別れ際、せがまれたキスは親愛の域を出ない頬に近づけるだけのもの。あのとき首の後ろに触れた手首には腕時計の冷たさがあった気がするが、気のせいかもしれない。
     チープカシオならもらっとくんだけどな。高級時計ともなるとそういうわけにもいかねーか。黒い文字盤の上、規則正しく動く針を眺める。チクタク、チクタク。リョータの心臓の音もまた、静かに規則正しいはず。どうだ? いつもより少し鼓動は速い?まさか。
     そしてお前はどうだろう? リョータは時計の持ち主のことを思う。不敵に笑うその笑顔の裏で、やっぱり心臓バクバクだったら面白いけどな。いや、そもそもただ単に、策略のひとつもなく、忘れ物って可能性も捨てきれない。
     リョータはひとつ息を吐いた。
     さて、これからどうする? それはコート上の駆け引きよりはずっと時間がかかり、それでいて難易度はさほど高くない。
     だけどさ、これでこっちから連絡するのは負けた気になるよな。なにしろ俺、お前の手を知っちゃってるから。っていうか、恋愛経験値は上がっても、恋愛偏差値は上がらなかった? 使い古されたネタじゃないの? 誰かの部屋に忘れ物なんてさ。そんなこと言ったら怒るだろうか。でも、なにより負けず嫌いだからね、お前も俺も。勝負の行方を考え、リョータの眉が知れず上がる。
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    plntanightlunch

    DONE残響スピンオフ。もういくつめかわからない。三井酒店で働くモブの久保さんが、「7」に行く話です。
    おいしいお酒が飲みたいだけなのに 店に入る少し前に約束をしていた友人から遅れると連絡をもらった久保は急がずにきてと返信し、そのまま店に入るか本屋に行って時間を潰すか数秒迷った後で、やはりそのまま歩を進めるほうを選んだ。かばんには読みかけの本が入っていたし、今日行く予定の店は一人で飲むことに躊躇するような店の雰囲気でもない。なにより喉が渇いていた。

     歌舞伎町はそれほど行きたい街というわけではない。ごちゃごちゃしているし、道には人も多ければゴミも多い。そのくせ隠れた名店みたいなのが多いのが、ついつい好きでもない街に足を向けたくなってしまう理由でもあるのだが。「7」だってそのひとつかもしれない。ホテルほど敷居も値段も高くなく、だからといってカジュアルに振りすぎていることもない。外の喧騒とは逆に静かに飲むことだけを目的としている客が集まっているし、酒はうまい。カウンターに座るとわかるが、バーテンダーの後ろの棚に並ぶ酒は結構なコレクションで、これはまあ、うちの社長の営業の成果だろう。口はうまいからあの人は……考えるともなしに考えて、そこまで思考が到ったところで、久保は息を吐き出した。仕事が終わってまで会社のことを考えるなんてよくない。オフィスを一歩出たら仕事のことは忘れる。これが日々を穏やかに過ごす大原則だというのに。
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