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    plntanightlunch

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    plntanightlunch

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    歌舞伎町で働くバーテンダーのリョというご都合AU。チンピラの沢を拾い、三井サンとバスケットし、深さんにコーヒーせがまれ、ヤスとパピコ食べてます。
    リョとモブの性行為を匂わせる描写あり。流血あり。かけざんはリョと三ですが、左右はなし。

    続き>>https://poipiku.com/8143004/9277437.html

    1.境界線 歌舞伎町の時間の流れは独特だ。午前8時、世の人々が日々のささやかな営みを始めるころ、この界隈にはやっと静寂が訪れる。どこからか集まってきてゴミを漁るカラスと、悠々と散歩を楽しむ猫がでかい顔をし、通りを行く人の姿はまばらで一様に疲れて見える。この場に人が戻ってくるのは夕方以降。日が落ち、夜の帳が降りてから、昼間とは打って変わって街は活気を取り戻す。大きすぎるネオンサイン、歩道に突き出た看板。あらゆる言語が飛び交うにぎやかでスリルに満ち、少し危険な街。今日もまた、あと数時間もすれば、ネオンの美しく光るライトに吸い寄せられる蛾みたいにたくさんの人がここに集まるのだろう。そのネオンの輝きが偽りかどうかはあまり関係ない。本物だと夢を見る人もいれば、偽りとわかっていてそれでも楽しむ術を知っている人もいる。ある種の人たちにとってはこのまがいものの光こそが本物だ。どの人たちにも共通するのは、みんながそれを楽しんでいること。リョータはそんな人たちがちょっとだけうらやましいと思う。そのどこにも属さず、ただぼんやりとそれを眺めているような自分がどこか壊れている気がするからだ。だが、それでもこの街から去ることもなく、リョータは小さなカウンターの中からそんな世界を眺め続ける。手を出し、感触を確かめることもなく、摺りガラスを通して外をぼんやり眺めている感じ。

     歌舞伎町の細い通りにひしめく雑居ビルのひとつ、その地下にリョータの勤めるバー「7」はある。「7」と書いてスペイン語でSieteと読ませるが、どのくらいの人がちゃんと読んでいるかは疑問。カウンターとテーブル席がそれぞれ十席ほど。奥にあんまり使われることがないビリヤード台とジュークボックス。どこにでもあるような店だ。酒はそれなりのものを出す。地下にあるせいでちょっと入りにくいとか、敷居が高いとかと思われがちだが、そうでもない。だが、一見して学生みたいなやつらは来ない。デートの締め、あるいはベッドに誘う最後の一押しには悪くない店だ。

     この店でリョータが勤めて三年とすこしになる。高校時代の友人、ヤスが紹介してくれた。三年前といえば夢を追うのに疲れ、アメリカから帰国したばかりで、リョータは少々荒れていた。ヤスがこの仕事を紹介してくれなかったら、今でも何もせずにふらふらしていたかもしれないから、拾ってくれたヤスには感謝しかない。

     高校を卒業してすぐアメリカへ行ったばかりのころは夢に溢れていた。バスケで奨学金をもらったとき、自分の世界は開けたと思った。ずっと夢見た世界で活躍できると信じて疑わなかったし、そのことで頭がいっぱいだった。だがそれはほんの短い間だった。学業は思った以上に大変で、言葉は通じず、バスケのレベルは想像していたよりずっと高かった。極度のストレスが続いていたある日、バイクの後ろに乗っていて事故にあった。制限速度を超えて走っていたこちらに明らかに落ち度がある事故だった。肋骨と足を折って全治一か月。体に負った怪我自体は起こした事故の割にたいしたことはなかった。だが、奨学金が打ち切られた。そこでなんだかぎりぎりのところで耐えていた糸が切れた。人はそれを挫折と呼ぶ。まあ、そうに違いない。

     ほとんど逃げ帰るように帰国した。これからどうするなんて考えるのも面倒な気持ちだったが、生きていくために金が必要だった。何をするにも先立つものがなければどうしようもない。ヤスの言葉に飛びついた。それからあっという間に3年。慣れない仕事だったが、今までの自分の生活と180度違う生活は覚えることが多すぎて何かを考える暇もなく、結果的にそれがよかったのかもしれない。手を動かしている間に日々が過ぎる忙しなさもリョータにはちょうどいい。もとより体力はある。がむしゃらに走っているうちに、気がついたら時は過ぎていた。オーナーに気に入られ、いまでは店の鍵も預けられるまでになっている。開店の準備はリョータの仕事になった。仕事に向かう人たちがどこからともなく歌舞伎町に集まってくるころ、リョータもまた自転車を漕いでここまでやってくる。

     梅雨があけたばかりの今日はひどい暑さだ。アスファルトから上がる熱気だけで自転車のタイヤが溶けるんじゃないかと思うくらい。今日はこの夏一番の暑さになるでしょう。日差しも厳しく照りつけます。熱中症には十分お気をつけてお過ごしください。水分補給はこまめに――昼間つけたテレビのアナウンサーは穏やかにそう繰り返していた。

     海の夢を見た日はとにかく体が重い。夢の中でソーちゃんは何も言わないので、リョータを迎えに来ているのか、それともふがいなさに文句を言いに来ているのか、どっちかわからない。どっちでもいいが、今の感じじゃ困る。話したいことがあるなら言ってもらわなくちゃわからない。ちょっとでいい。話すチャンスを作ってくれないかな。だが、文字通り死人に口なしだ。ソーちゃんへの文句にはいまのところ返事はない。

     店の鍵を開けて中に入ると、古いビルの匂いとしみついた酒の匂い、そして籠った熱気がいっぺんに襲ってきて、リョータは思わず眉をひそめた。まずはエアコンと空気清浄機のスイッチを押す。どちらも強に合わせる。それからステレオとモバイルを繋ぎ、仕事用のプレイリストをオン。なんとなく元気が出るやつ。それから床掃除、次はテーブルの上を拭く。レジに入れる金を確認しているころ、ヤスがやってくる。ヤスはこの店のキッチンスタッフだ。親友だが、リョータとは正反対の性格。優しくて穏やかで、最高の男だ。店に入ってきたヤスはコンビニの袋を掲げて見せる。

    「リョータ、パピコ買ってきたけど、食べる?」

    「うおー、いいね。今年初パピコだ」

    キッチンには入らず、カウンターにやってきたヤスとパピコを分けた。ふと思いついて、パピコっぽいカクテル作れないかな、と呟いてみた。

    「え? 別にパピコとテキーラ交互に口に入れればいいんじゃない?」

     バーで働いているくせに、あんまり酒には興味を持たないヤスらしい一言だった。こういうマイペースさもいい。センスねー、とっているうちにパピコはなくなった。

     ヤスがキッチンに向かうと、リョータもカウンターに戻ってまた準備を再開する。今日は水曜日なので、ビールサーバーの洗浄もする。樽ビールはサーバーの洗浄と炭酸のガス圧で決まるからな、というのは店に出入りしている酒屋の口癖だ。いや、それ以外ないだろうよ、と思うのだが、酒屋曰く、結構それができてない店が多いらしい。                           

    ――どっか飲みに行って、適当な店に当たるたびに腹立つからさ、近頃うちでチューハイ飲んでんの。宮城、週に一回ちゃんとサーバー洗浄しろよ。それからレギュレーターもこまめにチェックしとけ。俺が飲みに来たときにまずいビール出しやがったら承知しねえからな。酒屋の言葉を思い出したら頬が緩んだ。頬が緩んだところで、ドアベルが鳴る。開店前の店に来るのは出入りの業者か飛び込みの営業だが、今日顔を出したのは、酒屋だった。リョータの様子をどこかで見ていたんじゃないかと思うくらいのタイミングだ。  「お世話になってます。三井酒店です」

    よそ向きの声が告げる。ちわっす、三井サン。リョータが答えると、口調を崩してきた。

    「あっちいなあ、宮城」

    澄ました声は最初の一言だけだ。今日は配達日じゃないはずだが? と首をかしげると、いや、ちょっと近くまで来たから、なんとなく顔見たくなって寄ったわと言う。

     三井酒店は「7」に酒を卸している酒屋で、三井サンはそこの三代目社長。とても社長って感じには見えないが、先日、先代の父親から社長の席を譲られた。社長といっても名ばかりでよ、というのが本人の弁だが、そのあたりはよくわからない。ただ、社長になっても当たり前のように配達に来るし、ごくたまにこうして何もないのに、店に顔を見せたりもする。

    「なに? 会社に居場所、ないんすか?」

    言ってやったら、渋い顔をして見せて、ひどいなあ、と言う。

    「ちげーよ。リョータ君の顔見たかっただけじゃん」

    「そーすか。ま、どっちでもいいっすけど。ちょっと休憩してく?」

     だけど気持ち悪いからリョータ君ってやめてください。アンタが呼ぶと源氏名みたいに聞こえるし。ははは、「リョータ君と休憩」ってちょっとやらしいな……どうでもいい会話をぽんぽんとやり取りしながら、リョータは彼にコーラを注いでやる。それからリモコンをいじってテレビをつけた。三井サンが来たとき、NBAの試合を流すのはお約束だ。ここに行こうって思ってたこともあったよなあ、夢の場所は最初から最後までこの黒い小さな箱の中にあって、結局手が届かなかった。不思議なことに悔しさも、なつかしさも、ボールを持ちたいって欲も今ではあまりない。長方形の画面の中で背が高くて手足の長い人たちが、簡単そうに飛んで、簡単そうにジャンプを決めている。

     三井サンが大学までバスケをしていたと聞いたとき、リョータはソーちゃんのことを考えた。ソーちゃんが生きててバスケを続けてたら、大学とか行ってバスケットしてたのかな、と。うまく想像ができなかった。うまく想像ができないほど、記憶は遠くなっていて、ソーちゃんの顔も実はうまく思い出せなくなっている。それなのに、なぜか、リョータはいつもソーちゃんを追いかけている。バスケットを始めたきっかけも、やめられなかったのも、やめたくなかったのも、全部ソーちゃんみたいになりたかったから。いなくなっても背中を追いかけていた。そうしてソーちゃんがやったかもしれないこと、のその先に飛び出したとき、自分はどうしたいのか、どうすればいいのかわからなくなった。――なんて言ったら、体のいい言い訳だとソーちゃんに一蹴されそうだ。

     よくない。夢のせいで、どうしてもソーちゃんのことを思い出してしまう。

    「今日は暑いから、ビール出るぜ」

     受け取ったコーラを飲みながら、三井サンが言う。

    「暑いときはビール飲みたくなるからよお。夏休みはどこからともなく若者が溢れ出てくるからなあ、新宿。夏の過ちも起こるしな」

    「いや、そこ、ひと夏の恋とかそーいうのにしない?」

    「夢見すぎ」

     三井サンはガハハ、と大きな声で笑う。声が大きくて、いつもどうでもいいことをしゃべっている。圧倒的な陽のオーラは少しソーちゃんに似ている、と思う。そう思ってる自分に嫌気もさすが、仕方ない。今朝がたソーちゃんが夢に出てきたばかりだから許してほしい。別に兄の代わりがほしいわけでもない。

    「なんならビールも飲んできます? サーバー掃除したばっかりだからうまいと思いますよ」

    「いや、いーわ。まだ仕事中だし」

     この店でビール飲んでまずかったら承知しねえって言うくせに、この人はまだここでビールを飲んだことはない。あんた店には飲みに来ないですよね? そう毒づいてやったこともあるが、ここはとっておきだからよ、とまたも適当なことを返してきた。ここぞってときに使うんだよ。まあ、あんたなら小道具なしでも困らなさそうだけどな、と思ったがそれは口にしなかった。180オーバーの身長に顔も悪くない。ついでに社長とくれば、周りは放っておかないだろう。しょうがないのでバーテンダーとして建設的なアドバイスをひとつしておいた――ここぞってときはね、こんな店でビールはなしですよ。もうすこしおしゃれな酒じゃないと雰囲気出ないんで。ま、そのときは俺に任せてくださいよ。悪いようにはしません。

    「そういやあ、今日お前を見かけたぜ」

     思い出したように三井サンが話題を変えた。

    「出勤途中じゃないすか?」

    「いや、朝。二丁目の外れあたりでよ」

     心当たりはある。だが、動揺は見せない。

    「それ、俺っすか?」

    「宮城だったな。間違いない。朝帰りした?」

     好奇心にちょっとばかりのいやらしさを載せた視線。もしかしてそれだけを言いに来たのか、と思った。ホテルから出てくるところを見たのならそう言えばいいのに。

    「だとしても、アンタに関係ないでしょ」

    「あー、そういうこと言う……」

    これも、また俺の日常なんで。リョータは肩をすくめる。仕事して、飯食って、寝て、クソして、性欲溜まったら吐き出す。淡々とそれを繰り返す、日常。

     ソーちゃんがいなくなって、リョータのどこかは一度死んだと思う。そしてアメリカで挫折を味わって、別のどこかが死んだ。今の生活は、円満というにふさわしいほんのひととき家族5人が揃っていた子供時代や、夢を抱えてどこまでも走って行けると思ってただただバスケに打ち込んでいたころの残響のようだ、と思うことがある。それに耳を傾けながら、たぶんこのままずっと残りの人生を生きていくんだろう、と。だが、悲観したり、絶望したりしているわけでは決してない。そんなもんなんだろうな、と思っている。

     心のどこかが損なわれているのは、例えばお尻にほくろがふたつあります、みたいなものだ。普段は人からは見えない特徴みたいなもの。それで、そんなリョータはささやかに望む。心を動かすものはいらない。むしろ自分の心を動かすかもしれないすべてのものから遠ざかりたい、と。

    テレビの中で歓声が上がる。美しいゴールです。これを芸術と言わずして、なんと言うでしょう。興奮したアナウンサーの声が響く。美しいゴールシーンが何度か再生されたた

    め、二人ともそのシーンを目にすることができた。

    「すげえな、おい」

     三井の独り言にリョータも頷く。

    「そーいや、お前、バスケやってたってヤスから聞いたけど、ほんとか?」

     全く今日はこの人、妙にプライベートを探ってくるじゃないか。たぶん三井にそんな気はないのはわかっているので、邪険に扱うこともできず、リョータはあいまいに頷いた。

    「まじかー。早く言えよ」

     三井は天を仰ぐ。

    「お前、ほんと自分のことはなんにも話さねーよな」

    「は? もう俺たちかれこれ5分は会話してますけど?」

     話が通じないふりで、リョータは言い返す。意外にもそれは肯定された。

    「最初の『宮城、リョータっす』っていうあの中二かよって挨拶よりはだいぶ進歩した。それは認める」

     あのときはとんがってたもんねえ、三井のにやにや笑いは無視だ。

    「バーテンダーってたぶんそんなもんすよ。話すんじゃなくて、話を聞く姿勢のほうがずっと大事だからね」

     こっちは出しゃばらず、客の話したいことを少し引き出して聞いてやる。客商売なんてみんなそんなもんだろうが。だが、頭の後ろで両手を組んだ三井は少し考えてから口を開いた。

    「こりゃあもうなんかすっごいことが起こるしかないよな?」

    「なんすか?」

    「だから、お前がどうしても俺にいろいろ話したくなるような何か」

    「いや、起こったとしても、三井サンに話すかなあ、俺?」

     そう嘯いてやれば、はあ? それひどくねえ、俺ら結構仲いいのに、と三井はわざとらしく嘆く。でも心配しないで。「すっごいこと」は起こらないし、望んでもいない。

     ちょうどアラームが小さく鳴った。開店15分前。

    「お? そろそろ時間か。じゃ、俺も仕事に戻るか」

     三井が席を立った。

    「じゃ、また来週」

     だが、ドアに向かいかけた三井は思い出したように振り返った。

    「おう。宮城、夏が来るぞ。こっから別の試合が始まるぜ」

     あーあ、なんなんすか。何が試合だよ。夏と年末が忙しいのはあたりまえなんだっつー

    の。呆れて言い返した声はちょっと大きくなった。

    「わかってるよ、俺もうここで働いて三年っすよ」

    「まじで? お前三年もそこにいるのか。いや、俺も年取るわけだわ」

     意味不明のことを言って三井サンはポケットに手を突っ込んだ。じゃあな、と今度こそ振り返らなかった背中を、リョータはカウンターの中から見送った。

     リョータはいつもカウンターの中にいる。カウンターの向こう、「そっち側」には行かない。狭いバーカウンターは絶対領域としてリョータとその向こうの相手の前に君臨している。リョータはいつもこの狭苦しいカウンターからその向こうにいる誰か、あるいは誰かの世界を眺めている。

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    plntanightlunch

    DONE残響スピンオフ。もういくつめかわからない。三井酒店で働くモブの久保さんが、「7」に行く話です。
    おいしいお酒が飲みたいだけなのに 店に入る少し前に約束をしていた友人から遅れると連絡をもらった久保は急がずにきてと返信し、そのまま店に入るか本屋に行って時間を潰すか数秒迷った後で、やはりそのまま歩を進めるほうを選んだ。かばんには読みかけの本が入っていたし、今日行く予定の店は一人で飲むことに躊躇するような店の雰囲気でもない。なにより喉が渇いていた。

     歌舞伎町はそれほど行きたい街というわけではない。ごちゃごちゃしているし、道には人も多ければゴミも多い。そのくせ隠れた名店みたいなのが多いのが、ついつい好きでもない街に足を向けたくなってしまう理由でもあるのだが。「7」だってそのひとつかもしれない。ホテルほど敷居も値段も高くなく、だからといってカジュアルに振りすぎていることもない。外の喧騒とは逆に静かに飲むことだけを目的としている客が集まっているし、酒はうまい。カウンターに座るとわかるが、バーテンダーの後ろの棚に並ぶ酒は結構なコレクションで、これはまあ、うちの社長の営業の成果だろう。口はうまいからあの人は……考えるともなしに考えて、そこまで思考が到ったところで、久保は息を吐き出した。仕事が終わってまで会社のことを考えるなんてよくない。オフィスを一歩出たら仕事のことは忘れる。これが日々を穏やかに過ごす大原則だというのに。
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